● 名前を変えました、と通知する人がよくいますが……
名前は本人が主観的に「変えた」と思っても変わることはなく、正当な理由をそえて裁判所の許可をとり、戸籍を書きかえなければ変わりません。ですから名前の専門家は「名前を変えなさい」などと人には絶対に言いません。
わたしの名前を変えたいのですが、どうすれば変えられる?
ややこしい話がイヤでしたら、「名前は原則として変えられない」とだけ知っていれば充分です(これだってあまり知られていないんですヨ)。ただ、改名は原則としてできませんが、名前をつくること、つまり作名は、それほどきびしいオキテはなく、やることは可能です。改名と作名はよく混同されますが、まるっきりちがうことなのです。
改名と作名はどうちがうの?
戸籍に登録された本名を書きかえるのが改名です。これは裁判所の許可がいり、社会的な必要性、きちんとした理由がないとできません。
戸籍の名前とちがう名前をつくって使うのが作名です。これも厳密には違法ですが、違法だなんてゆめゆめ知らない人が多く、罰則もないので、じっさいは野ばなしです。ただし、何かの作品発表のためにペンネーム、芸名、雅号などをつくって使うことは合法的でみとめられています。
★作名には罰則はないですが、その名前で人をカンちがいさせてだませば、もちろんサギ罪になります。
自分の名が大キライ!改名ができないなら、ほかにテはないの?
何かの作品発表のために別名をつくることは合法でみとめられていますから、趣味の世界でそういう名前をつくり、それを日ごろ使っていれば、イヤな本名を使うことは少なくはできます。
名前はどうして変えられないの? 本人の自由だと思いますけど…
これは本人の自由ではないのです。名前をすきカッテに変えられるようにすると、名前で人を識別することがむつかしくなり、犯罪ばかりやりやすくなって、社会が大混乱します。ですから名前はよほどの理由がなければ、気分的なことで軽はずみに変えられないよう、法律できびしく定めているのです。
本人が15才になれば自分で名前をかえられると聞きましたが本当?
かの悪魔くん騒ぎのとき、「本人が15歳になれば名前を変えられる」などと言われました。これは正しくいうと「本人が15歳になり、正当事由があれば、改名の申し立てができる」ということです。「悪魔」とつけられたらたぶん正当事由にはなるでしょうが、改名を許可するかどうかは裁判所がきめることで、私たちが結論まで言ってはいけないのです。
出生届に書いた名前を訂正することはできる?
「気が変わった」という理由ではできません。ただ出生届の提出自体に手ちがいがあった(たとえば親に無断で他人がカッテに書いて出した、など)という場合は、事情を説明し、訂正を許可されたケースはあります。
今の名前では運勢が悪いから変えたほうがいいと言われました。そのほうがいいかしら?
それは聞きながしてけっこうです。名前の専門家は絶対にそういう話はしません。改名は正当事由といって、「いまの名前ではこんな社会的な不利益がある」という、社会的にスジのとおった理由を裁判所に出す必要がありますが、「わたしの名前、大キライ」という感情的な話や、「運勢が悪い」などという占いの話は、正しい理由とはみなされないのです。
字画が良くない名前をつけてしまいましたが、どうしても変更は無理?
名前の変更は社会的にスジの通った理由(正当事由といいます)がないとできず、占いは正当な理由とみなされません。また世の中に字画のいい名前、悪い名前というのがあるわけではありません。字画というのは占いの流派によって見方がマチマチです。ひとつの流派を信じた場合だけ、字画の良し悪しが決まるのです。
まわりにも名前を変えた人がいますが、変えられるのでは?
「名前を変えた」という話はよくありますが、失礼ながらそのほとんどは、戸籍とべつの名前を作って、変えたつもりでいるというだけの話です。つまり作名と改名をまちがえていることが多いのです。
本人が「名前が変わった」「これが私の名前だ」と思えば、それがその人の名前じゃないの?
名前は個人の持ち物ではなく社会の共有物ですので、戸籍に書かれた名前をOKだとか、ちがうだとか、個人にはきめる権利はありません。戸籍の名前だけが私たちの正しい名前であって、戸籍とちがう名前を「こっちがホントの名前だ」と思っても、それは空想であって事実ではありません。
個人がある日思ったことをそのまま事実と認めたら、どの人がどんな名前なのか本人にしかわからなくなり、はじめから名前をもつ意味はなくなってしまうのです。
芸能人などは実名とちがう芸名を使っているけど、いいの?
文芸、芸能、芸術など、いわゆる「芸」のつくような世界の人が、作品発表のために実名とべつの名前をつくって使うことは、みとめられています。
名前はどんな場合に変えられるの?
名前は原則として変えられませんが、例外があります。世の中には名前で余計な苦労をしている人もいますし、芸人、役者、作家、芸術家の名前は、人に覚えやすいか、作品のイメージと合うかどうかはときに死活問題です。家業をついで○代目○太郎と名のりたい人もいますし、同姓同名の人が近くにいて混乱することもあるでしょう。
そこで特別な理由のある人には、二つの名前をもったり、名前を変えることがはじめから例外として認められました。古い話ですが、スタートにもどると本質がよくわかるのでちょっと書いておきます。
1872(明治5)年 | 太政官布告=戸籍制度スタート。一名主義。改名の禁止。ただし同氏同名の人がいて混乱する場合は、改名したい旨を届け出れば許可する。 |
1873(明治6)年 | 太政官指令=事業上の襲名、出家、還俗による改名、俳優や娼妓を廃業する場合の改名を許可する。 |
1875(明治8)年 | 内務省指令=芸業では戸籍と別の名を使用してよい。 太政官指令=家の再興のための襲名を許可。 |
そのはるかのち、1948(昭和23)年にあらたな戸籍法がつくられ、そのときもやはり「改名は裁判所の許可を要する」ときめられました。おなじ年に最高裁判所は、「改名はどんなとき許可していいの?」という地方裁判所からの問いあわせに、甲三七号という回答を出しました。「改名の許可はつぎの条件で考えてね」というものです。
1 営業目的による襲名(名前入りの屋号を継ぐような場合)
2 同姓同名の人が近くにいて大混乱している場合。
3 神官、僧侶になったり、またはやめたりするとき
4 珍奇な名。難解な文字の名。
5 帰化した場合。
そのあとも改名の条件については、1952(昭和27)年の大阪高等裁判所の、同じような判例があります。
いまもこの基準はひきつがれています。上にあげたような事情、またはそれに見おとりしないだけの社会的な理由があれば、改名がみとめられることはあります。つまり名前に対する考え、あつかいは、明治のはじめから今日までほぼ一貫して変わっていない、ということです。
なぜでしょう? それは逆のことを想像すればわかります。だれもが気ままに、ひんぱんに名前をかえられたなら、社会はどんなふうになっちまうのか、ということを。
名前の変更の具体的な手順を教えてください
例外的に名前を変えられるケースの手続きについて整理しておきます。
@ こんなときは役所に届けるだけ
これを更正の申出(コウセイノモウシデ)といいます。更正と訂正は意味がちがいますが、ここではそんなことは気にせず、ようするに直してもらうことだ、と思ってください。たとえばつぎのような場合はできます。
変えるまえ | 変えたあと |
戸籍の名前に実際に存在しない誤字がある | 正字 |
戸籍の名前が常用漢字・人名用漢字以外の字種で、特殊な字体である | 康煕字典体の漢字 |
戸籍の名前の通用字体と異なる字体 | 通用字体 |
戸籍の名前の変体仮名 | ふつうの平仮名 |
戸籍の名前の旧仮名づかい | 現代仮名づかい |
★字種とは「どの漢字か」ということ、字体とは「どんな書き方か」ということです。
★正字とは、定義がとてもむつかしいのですが、大きめの漢和辞典にのっているような字、と思ってください。
★康煕字典(こうきじてん)は18世紀に中国の清王朝の命で作られた字典で、20世紀に各国で新字体が作られるまでは、この字典が漢字の楷書体の基準とされてきました。
★通用字体とは、常用漢字、人名漢字のリストとして発表されている字体で、私たちがふだん読み書きしている楷書のほとんどがそうです。
★このほか、名前の文字をかえずに読み方だけをかえる(あまり非常識な読みかたでないこと)という場合は、更正の申出でなく、報告だけになります。戸籍の名前そのものにふりがながないかぎり、読み方だけの変更は名前の変更にはなりません。
A こんなときは裁判所に申立てをする
戸籍とまったくちがう名前に変えるためには、家庭裁判所に「名の変更許可申立書」を出します。用紙は家庭裁判所にあります。このさい客観的な理由(正当事由=セイトウジユウ)と、新たにつけたい名前を書いて出します。
家庭裁判所で改名が許可されたら、許可の審判書の謄本を添付して市町村の役所へ改名の届出をします。家庭裁判所が許可しないときは「却下の告知」がされますが、それが不服なら即時抗告の手続をとって高等裁判所で争うこともできます。高等裁判所で許可になれば、判決文を添付して同じく改名の届出をします。
では高等裁判所でも許可しなかったら…? もういさぎよくあきらめてください。