グアム旅行記

1999年2月5日〜2月7日

地元の市場金曜日の夜に全日空のジャンボに乗り、3時間あまりでグアムへ。入国審査官が、かなりのんびりとやっており、なかなか入国できない。こんなに時間がかかる国は初めてだと思い、腹を立てながらようやく審査を受けて、外に出ると、旅行者全員を対象に抽選を行っている。私も抽選マシーンをぐるぐる回すと、金色の小さな玉が出てきた。おばはんが、ベルを鳴らして、「No.1」と言っている。どうやら、200ドルの小切手をゲットしたらしい。ラッキー!たまたまみた雑誌の片隅の占いで、「臨時収入あり。」となっていたのは、このことだったのかー!と思いつつ、小切手をもらう。これは、10ドルの小切手が20枚綴りになっており、しかも、有効期限が今年の5月までで、グアム内で使用可能となっている。なんじゃー!これは、某国の「地域振興券」と全く同じではないかと思ったのであった。

ホテルに戻り、午前7時頃まで、仮眠する。そして、ホテル(Grand Plaza Hotel)までタクシーを呼び、庶民の市場に行く(タクシー代18ドルほど)。そこは、下記の写真にあるとおり、地べたが赤土のままで、ここは南米か!(行ったことはないけれど...)と思わすような風景だった。がらくたや3枚10ドルのTシャツ、魚、お菓子等のお店が並んでいたが、アジア特有のあの熱気はなく、私たち観光客も地元民同様、相手にされていない。東南アジアの市場で、おっさんが日本語で話しかけてくるのもうっとしいが、これも、逆に寂しいものだ。飯を食べようということになり、私はバット・チョイなる伸びた太い麺に肉の細切れの入ったスープが入ったラーメンとバーベキューとペプシを頼んだ。味はあまり美味しいとはいえなかったが、想像より、不味くはなかった。

海岸にてホテルに戻り、レンタカーを借りるため、日産レンタカーに行く。2日サニーを借りて、136ドル(全て込み)。Y嬢は4ドアの車なのに、2ドアの車だと勘違いして、後ろの席に乗るために前のドアを開けて、入ろうとするスペシャルおおぼけをかましていた。車はまず、南に向かい、ホテル街のある中心地を抜け、静かなビーチに向かう。なんて綺麗な海なんだ!そして、気持ちがいい。天気はサイコーで、晴れ渡った空にアクセントの雲、そして、透き通った青い海。なんて、僕に似合わないんだ!でも、サイコー。何カ所か訪れたビーチの中では、ごつごつした岩山があったビーチが良かった。そこの岩に登って、海を見ると、そこには海と空以外に何も遮るものはない。この海の水はどこからきたのかと考えていると時間が経つのを忘れてしまった。

夜は、現地料理を食べさせてくれる店に行った。どう考えても、美味しそうな気はしないが、知らない料理を食べることを楽しみにしている私には嬉しかった。まず、ヤシ酒だ。これが、100%フレンチドレッシングの味がして、今まで飲んだ酒の中で、一番不味い。嬉しくなってくる。これもいい思い出である。あとは肉料理などが、出てきたのだが、だいたい予想通りの味でまあまあであった。そして、おきまりのハードロックカフェでビールを飲み、ホテルに戻る。(もちろん、免税店などショッピング街にはいったが、私は何も買わなかったので、何も書くことはありません。)

次の日、昨日は南の方を一周したので、北の方を廻ろうとしたものの、さして名所もなく、パイナップル農園も日曜日が定休日らしく、閉まっていた。ということなので、また、南のビーチに向かい、昨日撮ることができなかった綺麗な海の証拠写真を撮る。そして、ホテルに帰る途中のスポーツショップで、スカッシュラケットを買おうとしたものの、ラケットボールのラケットしかなく、断念。そして、Kマートなるでかいスーパーマーケットに行く。グアムは小さな島なのに、やはりスーパーマーケットはアメリカサイズであった。本当にでかくて、結構楽しめた。その後、夕飯として、プラネットハリウッドにいき、私はラザニアを頼んだ。結構いける味だ。他のメンバーはハンバーガー、スパゲッティー、ピザを頼んでいた。どれも、1人分がでかい。お腹が満杯になり、ぶらぶらした後、ホテルに午後10時ほどに戻り、午前2時には空港に向けて出発し、朝7時過ぎに関西空港に戻る。日本では午後から、職場に行き、夜にはスカッシュというハードスケジュールであった。疲れた。

(写真:グアムの市場と海岸)

アメリカ合衆国旅行記総集編に戻る】