衰弱死進行に怯え→あせり・もがき9方針連発

11年7月後、党勢力全面衰弱化からの脱出作戦と結果

根底に独善的政局観支部・党員=新聞拡張店舗・拡張員観

(宮地作成)

 〔目次〕

   1、衰弱死進行に怯え→2011年7月3中総からあせり・もがき9方針連発 (表1)

   2、あせり・もがき方針連発→支部・党員の受け止め度と結果・展望 (表2〜10)

     〔あせり・もがき1〕、「大運動」発令−「コミンテルン型革命政党」創立90周年党勢拡大

     〔あせり・もがき2〕、志位・市田による「革命政党」強調・連呼、「反共作戦」連呼

     〔あせり・もがき3〕、「大運動」12カ月間途中にHN拡大目標大幅引上げ強要と結果

     〔あせり・もがき4〕、「緊急支部会議開催」指令2週間→支部崩壊データを露呈

     〔あせり・もがき5〕、「全国活動者会議」5月24・25日開催−「大運動」目標総達成

     〔あせり・もがき6〕、「大運動」の大量減紙結果と総括レベル−(8月に追加予定)

 

     〔あせり・もがき7〕、全300立候補に逆戻り方針と供託金7億円以上没収政党継続路線

     〔あせり・もがき8〕、宮本・上田著作集刊行と2つの狙い・思惑

     〔あせり・もがき9〕、原子力平和利用堅持・原発ゼロ→反原発・脱原発を非科学と敵視

   3、根底に、うぬぼれた独善的政局観と支部・党員=新聞拡張店舗・拡張員観

      1、うぬぼれた独善的政局観−不破・志位の「21世紀版赤色天動説」

      2、支部・党員=新聞拡張店舗観・拡張員観−「支部が主役」の本音

 

 〔関連ファイル〕       健一MENUに戻る

     『4中総後の共産党衰弱死3指標の進行状況』

       ()党勢拡大3月結果−党員600人拡大、日刊紙2123部減紙・日曜版8865部減紙

       ()緊急支部会議未開催31.1%・約6400支部=崩壊か拒否

          6400÷31.1%≒20578支部。−6400支部=14178支部のみ残存

          95年28000支部→12年3月残存14178支部13822支部・49.3%消滅

     『4中総志位報告の総選挙逆戻り方針と空想的拡大目標11年12月

       (表10) 7月以降12年2月までの「大運動」6カ月間通算HN339部減紙2月も後退

 

     『第25回大会中央委員会報告・決議の行間を読む』党勢力5分野衰弱死データ

     『支部活動部分停止→全面停止→解党行動の広がり』

     『日本共産党2010年度政治資金報告の表裏』11年11月30日

       1年間で、党費収入−7515万円、機関紙収入−5億4441万円

       月別党費納入党員数−4245人、党費納入率−1.0%など全指標衰退

     『地区財政破綻政党+党資金横領常幹政党=?』

       地区専従13年間で458人・33.2%リストラ+毎年6000万円横領常幹

 

 1、衰弱死進行に怯え→2011年7月3中総からあせり・もがき9方針連発

 

 党勢力6分野の全面的衰弱死進行度合いが止まらない。むしろ、進行テンポが上がっている分野もある。志位・市田・不破ら3人独裁者は、2011年7月3中総から、衰弱死脱出へのあせり・もがきを強めた。それが異様な9方針連発である。

 

 2011年12月4日、志位和夫は4中総報告をした。ところが、()党勢力6分野増減データほとんどを沈黙・隠蔽した。さらに、後半の()総選挙方針()党勢拡大に関する報告内容とそのレベルは、ともに異様だった。総選挙東北・近畿ブロック落選恐怖が色濃く出ていた。恐怖感に基づく300小選挙区立候補逆戻りになった。党勢拡大方針では、賽の河原の石積み政党化が明白になった。達成不能な拡大目標引上げを全中間機関に指令した。それは、全専従・役員のトゥフタ幹部化を促進する。

 

(表1) 2中総→3中総→4中総の比較→あせり・もがき9方針

6分野

2中総の数量的データ、109

3中総データ、117

4中総の数量的データ、1112

3中総後のあせり・もがき

 

1、党員数

党大会公表党員数40.6万人というウソ→党費納入党員62.0%・25.172万人。復帰不能党員15.428万人。年齢構成比−65歳以上97年2割→10年4割。綱領読了率40.6%・16.4836万人=党費納入党員8.6万人・34.1%が未読

データなし。党員拡大中心。12年7月90周年まで12カ月間連続の「大運動」決定

3中総後、新入党員を迎えた支部15.2%、1年間で、月別党費納入党員数−4245人、党費納入率−1.0%沈黙・隠蔽

党員拡大中心→8カ月間の入党決意?2120人。

2、読者数

2中総公表140万部弱。101月第25回大会145.4万部より、9カ月間6.6万部もの大量連続減紙党大会決定の減紙力・赤旗読者連続蹴散らし力を証明

(値上げ文書) 。日刊紙→10年余で36万部→24万部

日刊紙500円値上げを原因とする大きな後退の危険性→読者数を維持

3月合計は、HN10988部減紙「大運動」の結果は、増えるどころか、総計HN11327部減紙

 

3、支部数

1カ月間支部会議なし20%×22000支部。残存17600支部。

199528000支部から15年間10400支部・37%が崩壊か支部解党を選択

なし

なし

緊急支部会議未開催31.1%・約6400支部=崩壊か拒否6400÷31.1%≒20578支部。−6400支部=14178支部のみ残存95年28000支部→12年3月残存14178支部13822支部・49.3%消滅

 

4、党財政

党費納入率63%→62%に下落。党費機関紙収入2001342.8億円→08249.6億円に激減。7年間で、93.2億円・27.2%減収→党機関財政破綻→専従の大量リストラ。地区専従19971376人→10918人、13年間で、専従458人・33.2%をリストラ。党専従全体の推計4000人×33.2%=1328人をリストラ

なし。(値上げ文書)

日刊紙→毎月2億円赤字

党費納入の後退傾向(1年間で、党費収入−7515万円、機関紙収入−5億4441万円沈黙・隠蔽)

なし

 

5、民青数

972年民青20万人・315地区→72年新日和見主義事件→2.3万人に激減→94年民青全地区廃止命令→05年地区再建方針に逆転換→109月2中総、73地区再建、242民青地区崩壊のまま

なし

兵庫で民青1地区再建、241民青地区崩壊のまま

(民青財政崩壊→寄付で建てた民青会館売却)

 

6、議員数

114の統一地方選結果−41道府県議選は、議席16、得票数828034、得票率1.93、県議047の連続全面惨敗。15政令市議選は、議席16、得票数251226、得票率2.08の連続全面惨敗。2000年不破路線・体質・人事体制確立後の11年間で、4462議席から2011年4月790議席へと、1672議席・37.4%喪失

なし―統一地方選の数量的データ沈黙・隠蔽

なし

中間選挙5議席減少

 

 2010年9月2中総と比べると、3中総・4中総においてはその数量的データの沈黙・隠蔽ぶりが明白になる。2中総は、2010年参院選の全面惨敗結果を受け、かなり具体的データを報告した。

 

    志位4中総『幹部会報告の全文』

    『日本共産党2010年度政治資金報告の表裏』

       1年間で、党費収入−7515万円、機関紙収入−5億4441万円

       月別党費納入党員数−4245人、党費納入率−1.0%など全指標衰退

    志位3中総『幹部会報告の全文』 『「しんぶん赤旗」日刊紙発行の危機打開のために』

    『第25回大会中央委員会報告・決議の行間を読む』5分野データ

 

 

 2、あせり・もがき方針連発→支部・党員の受け止め度と結果・展 (表2〜10)

 

 〔小目次〕

     〔あせり・もがき1〕、「大運動」発令−「コミンテルン型革命政党」創立90周年党勢拡大

     〔あせり・もがき2〕、志位・市田による「革命政党」強調・連呼、「反共作戦」連呼

     〔あせり・もがき3〕、「大運動」12カ月間途中にHN拡大目標大幅引上げ強要と結果

     〔あせり・もがき4〕、「緊急支部会議開催」指令2週間→支部崩壊データを露呈

     〔あせり・もがき5〕、「全国活動者会議」5月24・25日開催−「大運動」目標総達成

     〔あせり・もがき6〕、「大運動」の大量減紙結果と総括レベル−(8月に追加予定)

 

     〔あせり・もがき7〕、全300立候補に逆戻り方針と供託金7億円以上没収政党継続路線

     〔あせり・もがき8〕、宮本・上田著作集刊行と2つの狙い・思惑

     〔あせり・もがき9〕、原子力平和利用堅持・原発ゼロ→反原発・脱原発を非科学と敵視

 

 〔あせり・もがき1〕、「大運動」発令=「コミンテルン型革命政党」創立90周年党勢拡大

 

 志位・市田・不破ら3人独裁者は、2011年7月3中総において、「90周年党勢拡大大運動」を決定した。これは、3つの点で異様な党勢拡大運動だった。

 

 〔異様1〕、90周年記念党勢拡大とは何か―驚くべき時代錯誤運動

 

 90周年とは、1919年レーニン創設コミンテルンという暴力革命路線世界単一政党3年後の日本支部1922年創立以来の期間である。ソ連共産党・コミンテルンと日本支部とは、民主主義的中央集権制・分派禁止規定と軍事的規律に基づく支配→隷従関係だった。その反民主主義的隷従関係は1922年から敗戦後1949年まで28年間続いた。その後、ソ中両党隷従期間が1967年までの合計45年間あった。そもそも、この創立経緯と長期隷従50.0%期間とを祝い、記念する価値はあるのか。

 

    『日本共産党90周年の根本的な逆説』

        国際共産主義運動関係を基準とした5時期分類−6部作1

    『日本共産党90周年の根本的な逆説、第1期』

        ソ連共産党支配下の反国民的隷従政党

    『日本共産党90周年の根本的な逆説、第2期』

        ソ中両党支配下の反国民的隷従政党

 

 世界でも、90周年を迎えたのは、()中国共産党と()フランス共産党という2党だけだった。コミンテルンは終了し、国際共産主義運動も完全消滅している。2党は記念拡大運動などしていない。党勢拡大の口実に事欠いて、暴力革命路線世界単一政党日本支部の「90周年大運動」を提起するとは、なんという時代錯誤感覚なのか。

 

 〔異様2〕、1年間連続の「大運動」期間−党勢拡大運動史上初の長期拘束・一面的活動期間

 

 宮本顕治は、1958年第7回大会において、「宮本綱領案」が党大会代議員40%の反対で否決された。宮本・袴田は、その屈辱を突破する手口として2つを選択した。()、党員拡大運動を強烈に展開し、「宮本綱領案」支持の新規入党者比率を飛躍的に高めた。()反対代議員たちを、でっち上げの分派活動規律違反処分・降格・任務変更などで全員を、61年第8回大会までに粛清・排斥した。これが、宮本・袴田による第1次党内クーデターと言われるものである。()、クーデターの結果、宮本顕治は、第8回大会で、「2段階革命綱領案」を満場一致で採択させた。

 

 ちなみに、宮本顕治の第2次党内クーデターは、1980年代前半、ユーロコミュニズムへの急接近→逆旋回と4連続粛清事件である。

 

    『不破哲三の宮本顕治批判』逆旋回、逆旋回遂行のための4連続粛清事件

 

 彼は、それ以降、党員・日刊紙・日曜版の党勢拡大運動を毎年、1年に2〜3回指令した。それらの期間は、せいぜい1〜2カ月間だった。半年以上の党勢拡大期間は一度もない。もっとも、目標未達成として、中間機関にその実質的延長を強要はした。党勢力が増えていた時期はまだよい。党員も意気込みがあった。ところが、1970年代後半から、ヨーロッパの共産党の党勢力・選挙結果が軒並みに激減し始めた。宮本共産党も、1980年をピークとし、赤旗部数の激減過程に突入した。

 

 彼は、その後、赤旗が減り続けても、党勢拡大→党勢拡大と支部・党員を駆り立てた。80年以降2012年までの32年間、赤旗が増えた党大会は一度もなかった連続減紙政党になった。不破・志位も赤旗減紙・選挙14連続惨敗政党党首に居座ってきた。それにたいし、あせり・もがいたその結論が、全支部・党員をして、90周年を祝賀させよ→1年間連続で党勢拡大に決起させ続けようと思いついた

 

 党勢拡大運動期間中は、党員・赤旗拡大を最重点とする。実質的な唯一の課題にさせる。それは、中間機関・全支部を一面的な党勢拡大運動だけに歪曲させ、日報・週報・月報点検党を変質させる。党費納入25万党員は、賽の河原の石積み党勢拡大に疲れ果てている。拡大対象者もいなくなった。支部・党員は、党勢拡大運動史上初の長期拘束期間耐えうる体力・気力を失っている。

 

 〔異様3〕、12カ月間連続「大運動」の目標を当初無提起→5カ月後に目標大幅引上げを強要

 

 党中央は、通例の党勢拡大運動期間で、赤旗拡大目標を提起する。連続大量減紙なので、総選挙・参院選以降の減紙部数回復目標、または、130%目標にしてきた。しかし、異様なことに、「大運動」で党中央は目標に沈黙し、中間機関の自主目標決定と報告に任せた。ところが、その全党集計は、前回総選挙時点赤旗HN部数を下回っていた

 

 志位・市田・不破は、それを5カ月間放置した。その期間中、HNは増えるどころか、減紙が続いた。焦った彼らは、増紙に転じさせるいい手はないかと悩んだ。その全中間機関・支部・党員の目を覚まさせる特効策としては、拡大目標の途中大幅引上げというショック療法しかないとひらめいた。「大運動」開始5カ月後、志位和夫は4中総において、2009年総選挙以降の減紙部数回復目標に引上げよと、47都道府県委員会・315地区委員会に命令した。そんな途中引上げ反対を表明した中間機関は皆無だった。全中間機関・役員は、トゥフタ機関・幹部へとさらに無気力になり、腐敗した。

 

 目標の途中大幅引上げ命令→中間機関決定にもかかわらず、むしろ、その当然の拒否反応として、12年3月は、大量減紙になった。かつ、緊急支部会議命令は、公表22000支部中、31.1%・約6400支部が崩壊、支部解党選択か党勢拡大会議拒否をした実態を露呈した。

 

    『4中総後の共産党衰弱死3指標の進行状況』

      ()党勢拡大3月結果−党員600人拡大、日刊紙2123部減紙・日曜版8865部減紙

      ()緊急支部会議未開催31.1%・約6400支部=崩壊か拒否

         6400÷31.1%≒20578支部。−6400支部=14178支部のみ残存

         95年28000支部→12年3月残存14178支部13822支部・49.3%消滅

 

 〔あせり・もがき2〕、志位・市田による「革命政党」強調・連呼、「反共作戦」連呼

 

 2012年1月、志位和夫は、新春インタビュー旗びらきを行った。そこで後半の特徴4番目として、「反共作戦」「反共キャンペーン」27回連発、「革命政党」7回連発をした。

 

    志位和夫『創立90周年の年にふさわしい躍進を』2012年1月1日新春インタビュー

          『党創立90周年―歴史に学び、新しい歴史をつくろう』12年1月5日党旗びらき

 

 とくに、旗びらきにおいて、「革命政党」7回連発をした。昨2011年までは、「革命政党」というレーニン型政党規定などをほとんど言っていない。硬直した規定に逆もどりした。いくつかの発言を見てみる。

 

 (1〜3)、「4中総決定――「革命政党」としての不屈の気概がわき起こりつつある。とりわけ、多くの同志から「革命的気概をよびおこされた」という声が寄せられている。わが党は「革命政党」です。私たちが目標とする民主連合政府とは、民主主義革命を実行する政府であり、「革命政党」としての不屈の気概が全党にわき起こりつつあることはきわめて重要だと考えます。

 

 ()、「量とともに質を――「革命政党らしい党づくり」への特別の努力をはらうことであります。」

 ()、「真の意味で「革命政党」といえる政党は、日本共産党をおいてほかにありません。」

 

 ()、「「革命政党」としての誇りと自覚を、党機関を先頭に、全支部、全党員のものにする努力を大いに強める年にしていこうではありませんか。」

 ()、「歴史を切り開く「革命勢力」が、「結束した反革命」にたいして、より強固な結束力を発揮して、粘り強く立ち向かってこそ、逆流を踏み越えて新しい情勢を切り開くことができます。」

 

    『2012年1月、志位和夫新春インタビュー+旗びらき=その特徴4つ』 (表1)

        「反共作戦」「反共キャンペーン」27回連発、「革命政党」7回連発

 

 どうも変である、おかしい。今更のように、なぜ「革命政党」を連呼する必要があるのか。「革命政党」党員という気概が失われてきたことが、大量減紙党勢拡大への支部・党員不参加の原因と考えているのか。笛吹けども踊らない支部・党員にたいし、いらだちを募らせ、あせっているのが連呼理由なのかもしれない。今日、「革命政党だ」と連呼され、目が覚め、党勢拡大に決起する党員がいるとでも思っているのか。志位・市田・不破らが抱く党費納入25万党員の意識にたいする認識がまるでずれて、狂っている

 

 市田書記局長も、演説会で、「革命政党」を連呼し始めている。志位・市田の「革命政党」連呼に倣って、国会議員・地方議員も多数が演説会・各集会で連呼し始めた。この現象は、衰弱死全面進行にたいする怯え→あせり・もがきの表面化の一つと想定される。

 

 21世紀の今日、有権者・支部・党員「革命政党」連呼により何を連想するか。東欧・ソ連10カ国崩壊までは「社会主義」「革命政党」という理想があった。その犯罪実態が暴露され、その理想イメージは砕け散った。今や、「革命政党」と言えば、有権者・支部・党員連想するのは、中国共産党・ベトナム共産党・キューバ共産党・朝鮮労働党の4党しかない。

 

 それらは、党独裁・党治国家という犯罪体制である。不破・志位・市田らは、その犯罪国家・政党内政不干渉の共産主義友党関係を結んでいる。4党とも、「社会主義国家」「革命政党」を自称している。

 

 「革命政党」を連呼すれば、支部・党員90周年党勢拡大に決起すると思っているのか。有権者「革命政党」の「しんぶん赤旗」を購読する雰囲気になっていると判定しているのか。「革命政党」連呼は、有権者を蹴散らすだけであろう。衰弱死進行に怯え、なんとも驚くべき錯覚・時代錯誤認識ではないか。志位和夫と常幹たちは気が狂ったのかと思ったほどである。

 

 これらも、衰弱死進行にあせり・もがき、その原因を支部・党員の思想になすりつける責任転嫁思考の表れである。

 

 〔あせり・もがき3〕、「大運動」12カ月間途中にHN拡大目標大幅引上げ強要と結果

 

 2011年7月、志位和夫は、3中総において、2012年7月15日「コミンテルン型共産党創立90周年」に向け、その1年前から1年間連続の「党勢拡大大運動」を決定した。47都道府県委員会・315地区委員会にたいし、党勢拡大の自主的目標確定を指令した。全中間機関が党中央書記局に目標数を報告した。全党挙げての12カ月間連続党勢拡大運動が開始された。

 

 1960年代以降、日本共産党の党勢拡大運動は、数十回行われてきた。ただ、その拡大運動期間は、党大会前や国政選挙前の数カ月間だけだった。12カ月間連続党勢拡大運動という「大運動」期間は、前代未聞の異様な長さである。

 

 それだけでも異常なのに、2011年12月4日、志位和夫は、4中総において、「大運動」5カ月間経過途中にもかかわらず、党勢拡大目標の大幅引上げという異様な命令を出し、全中間機関に次の強要をした。

 

 「基本的考え方にたって、次の方向で目標の見直し・発展をはかることを提案します。まず、「しんぶん赤旗」日刊紙の読者拡大の目標についてですが、各都道府県が決めている目標を見ますと、ほとんどの県で、党員拡大の目標を下回っています。全党的にも、党員拡大の目標が約5万人であるのにたいして、日刊紙拡大の目標は合計で2万8千人となっています。すべての党員が「日刊紙」を購読する党をつくることを入党の最初から貫く、さらに党外にも広く「日刊紙」読者を広げていくという見地にてらせば、この目標では足らないということになるのではないでしょうか。

 

 そこで、いまの目標見直して、すべての支部、地区、都道府県で、党員拡大目標に匹敵する、あるいはそれを上回る「日刊紙」読者拡大目標を決め、それを達成するようにしたい。かりに全党的に党員拡大目標と同水準の5万人の「日刊紙」読者を拡大するならば、前回総選挙時比で108%の峰を築くことができます。5万人の党員と「日刊紙」読者を拡大し、党の基幹的部分を強めることは、質的にも強い党をつくることになります。採算面でも、「日刊紙」発行の赤字を脱し、情勢が求める党活動構築の財政的基盤を確立することができます。」

 

 「「しんぶん赤旗」日曜版の読者拡大の目標についてですが、各都道府県が決めている目標は、多くの県で「大会時回復」が多く、全党的な目標の合計は、12万5千人となっています。これでは実は目標をやりきっても、前回総選挙時比で96%にとどまります。ここでも目標を見直して、すべての支部、地区、都道府県が、「大運動」期間中に、少なくとも前回総選挙時を上回る日曜版読者の陣地を築くことを提起したい。その場合、全党的な目標の合計は約17万人ということになりますが」。

 

 「「党勢拡大大運動」をつうじて、5万人の党員、5万人の日刊紙読者、17万人の日曜版読者を、全党が力をあわせて増やし、党勢拡大の高揚をつくりだし、総選挙勝利の土台となる自力をつけよう」。「この点で3中総決定の読了・徹底は、39%にとどまっていますが、ここに党の抱える最大の弱点の一つがあります」。

 

(表2) 中間機関の拡大目標と目標大幅アップ命令と拡大結果

党勢力

中間機関目標

目標大幅アップ命令

5カ月間の拡大数

12812カ月間拡大結果

 

目標計

比率

目標アップ命令

比率%

 

3月→8

党員

5万人

 

5万人

 

入党決意?者4600

累計+2120

日刊紙

2.8万人

95

5万人にアップ命令

108%以上

維持09年総選挙時26.8万人。以後減紙2.8万人

2123

日曜版

12.5万人

96

17万人にアップ命令

100%以上

沈黙09年総選挙時137万人。以後減紙17万人

8865

中間機関目標の比率%は、09年総選挙比。志位目標大幅アップ命令も09年総選挙比

11年7月〜12年3月HN累計11327部減紙

 

 志位和夫は、HNの拡大目標の途中大幅引上げを命令した。全中間機関はその比率通り目標だけを引き上げた。しかし、結果は連続減紙だった。志位の手口は、机上の空論に基づく暴挙だった。そもそも、「12カ月間連続党勢拡大大運動」の途中・5カ月後に目標だけを引き上げを命令したケースなど一度もない。気が狂ったのでなければ、衰弱死全面進行あせり、もがいている結果なのか

 

 〔あせり・もがき4〕、「緊急支部会議開催」指令2週間→支部崩壊データを露呈

 

 「90周年党勢拡大大運動」は、2011年7月3中総から2012年7月15日までの12カ月間連続党勢拡大期間である。ところが、公称22000支部は、コミンテルン型共産党創立90周年党勢拡大に決起しなかった。それどころか、減紙が続いた。志位・市田・不破ら3人独裁者は衰弱死進行に怯えた

 

 そこで、思いついたのが、総選挙と党勢拡大目的の緊急支部会議開催指令だった。緊急支部会議開催『特別期間』とは、3月3日〜17日までの15日間である。それは、「90周年記念党勢拡大大運動」期間中の異様な二重期間である。()「党勢拡大大運動」期間中に、()別目的の『特別期間』などという特殊な二重期間を設定したケースは、今まで一度もない。その理由は何か緊迫した危機感、もしくは、「90周年記念12カ月間党勢拡大大運動」マイナス結果に終わるのではないかという恐怖感に、志位・市田・不破ら独裁者3人が恐れおののいた証拠である。

 

 その結果は、公称22000支部の崩壊現実を露呈した。31.1%・6400支部が()賽の河原の石積み党勢拡大目的だけ会議の開催拒否または、すでに()崩壊支部か、()実質的な解党選択支部だった。

 

 ()()()の根拠は何か。()のように、地区委員会は党中央公表で315ある。各地区には、地区委員が30人〜70人いる。専従も数人いる。未開催31.1%・6400支部÷315地区≒1地区当り平均20.3支部しかない。私の共産党専従13年半体験から見ても、専従・地区委員は平均20.3支部の未開催理由や実態を完璧に掌握できる筈である。95年28000支部→12年3月残存14178支部13822支部・49.3%が消滅したとの推計になる。

 

(表3) 2012年3月20日時点22000支部の会議開催・拒否状況

3月20日赤旗「党勢拡大大運動推進本部」公表

 

支部数

比率%

原因や実態

1地区当り支部数平均

支部会議開催

14178

68.9

「大運動」参加支部は、「2〜3割」にとどまっている。

14178÷31549.0

未開催

6400

31.1

党勢拡大目的なので、開催拒否。または、すでに崩壊支部か、実質的な解党選択支部

6400÷31520.3

20123月計

20578

 

形式上の残存支部数

20578÷地区合計31565.3

3月3日〜17日までの結果

 

    『緊急支部会議開催結果』短期(表8)未開催31.1%・約6400支部=崩壊か拒否

       6400÷31.1%≒20578支部。−6400支部=14178支部のみ残存

 

 〔あせり・もがき5〕、「全国活動者会議」5月24・25日開催−「大運動」目標総達成

 

 常任幹部会は、4月25日赤旗において、「総選挙勝利、党勢拡大大運動目標総達成−全国活動者会議を5月24・25日に党本部で開催決定」と発表した。記事によれば、全国活動者会議は、1960年第1回から、1987年まで14回開かれた。その目的は、総選挙勝利や党勢拡大の集中的な運動だった。

 

 今回は第15回目になる。なんと、25年間非開催のままで、25年ぶりに復活させるという異様な会議である。被招集者も明記した。都道府県委員長47人・地区委員長315人、国政選挙立候補者−衆議院比例代表全員・小選挙区候補者300人予定(5月3日時点139人未決定)・参院選候補者全員、党中央が発言を要請する支部・補助指導機関・グループ・地方議員代表などである。

 

 決定文書執筆は「党勢拡大大運動推進本部」名である。会議の狙いは、単一であり、見え透いている。「12カ月間連続党勢拡大大運動」期間は、7月15日で終わる。5月1日で、2カ月半しか残ってない。ところが、赤旗HNは増えたどころか、激減し続けている。党勢拡大3月結果は、党員600人拡大、日刊紙2123部減紙・日曜版8865部減紙だった。

 

 異様な緊急支部会議命令にたいしては、未開催31.1%・約6400支部だった。それらは崩壊・支部解党選択か会議開催を拒否をした。6400÷31.1%≒20578支部と判明した。−6400支部=残存しているのは、14178支部のみになった。95年28000支部→12年3月残存14178支部13年間で13822支部・49.3%が消滅した。しかも、会議を命令により開いた支部も、賽の河原の石積み拡大に決起するとは限らない。「党勢拡大大運動」目的だけの支部会議を開けと指令されたので、開いただけで、拡大の成果など挙げていないケースも多いと思われる。

 

 「大運動」は大量減紙続きである。緊急支部会議開催命令服従した党員たちも、賽の河原の石積み拡大連続で、もはや拡大対象者がいなくなっている。志位・市田・不破らにとって、このままでは、党勢拡大運動史上、前代未聞の恥さらし結果に終わる。なんとか打つ手はないか。彼ら3人は、あせり・もがいた末に、画期的な発想を思いついた。「そうだ! 忘れていた。全国活動者会議という手があったんだ。よし、それで行こう」。

 

 「全活」の次に、全国で連鎖的に活動者会議を開かせればいい。()「全活」()47都道府県委員会の活動者会議()315地区委員会の活動者会議()地区補助指導機関活動者会議を開けと指令しよう。5月24・25日を契機に、「大運動」の残り期間1カ月半で、党費納入25万党員全員を党勢拡大に突入させようではないか。

 

 ところで、「全活」の党勢拡大効果があるかどうかを検証する。なぜ、1987年以降25年間も開催されなかったのか。非開催長期継続の理由は何か。()国政選挙勝利目的なら、決起集会か数千人規模の大演説会である。()党勢拡大の単一目的会議の場合は、「全活」→中間機関活動者会議連鎖システムとなる。1987年までは、「全活」→中間機関活動者会議が頻繁に行われた。「全活」決定文書執筆が、党勢拡大推進本部長市田「党勢拡大大運動推進本部」名というのも当然で、彼が書いたとも思われる。

 

 私の共産党専従13年半時期も、愛知県で赤旗拡大目的だけの県活・地区活・補助指導機関活(ブロック活)を数十回行った。私は5地区合併により愛知県党党勢力の半分を占める巨大地区の常任委員で、5つのブロック責任者すべてを歴任した。地区補助指導機関はブロックとも呼ぶ。それは、地区内で行政区別に創る補助指導機関である。現在は再分割により5つの地区委員長だったが、そこへの動員に走り回った

 

 しかし、1980年のHN355万部をピークとし、2012年までの32年間、日本共産党は長期連続大量減紙政党に転落した。その傾向は、東欧・ソ連10カ国の停滞・犯罪システム情報の流入を原因とし、資本主義ヨーロッパの共産党すべてが、国政選挙惨敗・党勢力全面減退・党員大量離党をした現象と共通したものだった。ヨーロッパで1970年代後半から顕著になった動向と同じで、それに比例していた。

 

 宮本・不破・志位らは、1980年後の連続大量減紙動向にあせり・もがきつつも、1987年まで「全活」→中間機関活動者会議システムを7年間も続けた。しかし、「全活」は、()党勢拡大で無効果だった。しかも、()「全活」の費用対効果も極端に下がった。拡大成果が挙らないのに、全国から参加させる交通費・宿泊費だけは多額になったからである。党大会の交通費・宿泊費はやむをえない。しかし、「全活」費用は捨て金になる。そんな無効果・金食い会議など開いても無駄だとなったのが、25年間非開催の根本的な理由である。

 

 「大運動」期間もどん詰まりになって、志位・市田・不破らは、無効果・金食いとして放棄された会議に、目を付けた。古ぼけて、苔むした死者を、代々木党本部地下のごみ箱から甦らせ全党動員の道具にしようと思いついた。彼らは、藁をも掴む想いで、1980年ピークまでの躍進栄光を再現させようとする空想的社会主義者=あせり・もがく3人独裁者に変質・堕落した。「全活」は、はたして、衰弱死しつつある彼らを救出する一本の藁になりうるか。

 

 〔あせり・もがき6〕、「90周年党勢拡大大運動」の大量減紙結果と総括レベル(8月に追加予定)

 

 2012年7月15日で「大運動」は終わる。前代未聞の長期間にわたる12カ月間連続党勢拡大運動結果データはどうなるか。志位・市田・不破らは、データを全面的に公表するか。その総括をどうするか。その公表後に、この項目を追加する予定である。

 

 「大運動」結果データの公表内容・データ項目とその総括レベルは、〔あせり・もがき〕実態を剥き出しにする。

 ()党勢拡大結果−党員数・日刊紙部数・日曜版部数、()拡大参加支部数、()拡大参加党員数、()党財政−日刊紙発行毎月2億円赤字の増減、()中間選挙結果−議員数の増減などは公表必須項目である。それらに沈黙・隠蔽する項目によって、〔あせり・もがき6〕の度合いが浮き彫りになる。

 

 

 〔あせり・もがき7〕、全300立候補に逆戻り方針と供託金7億円以上没収政党継続路線

 

 2011年12月4中総において、志位和夫は次の報告をした。「私たちが出発点とすべきは、2010年参院選比例票の356万票(6・1%)であります。この水準では、現有9議席のうち、東北と近畿で議席を減らすことになります。650万票(10%)の得票目標の獲得のためには、参院比例票を1・8倍(得票率では1・6倍)に伸ばすことが必要となります」。

 

 しかし、5回の小選挙区比例代表並立総選挙データを見ても、この目標達成は不可能である。

 

(表4) 5回目の小選挙区比例代表並立制総選挙

比例議席

得票数(万票)

得票率(%)

小選挙区データ

96

24

727(小)  710(比)

13.08(小)  12.55(比)

299190

00

20

735(小)  663(比)

12.08(小)  11.23(比)

300162

03

9

484(小)  459(比)

8.13(小)  7.76(比)

30065

05

9

494(小)  492(比)

7.25(小)  7.25(比)

27552

09

9

297(小)  494(比)

4.22(小)  7.03(比)

15228

小選挙区データとは、立候補者数→得票率10%以上選挙区の激減ペース

 

 共産党は、2009年総選挙において、小選挙区候補者299→300→300→275→152に激減させた。そこから、小選挙区データの比較が単純にはできない。152選挙区どうしなら比べられる。09年総選挙結果を見ても、今後の総選挙300小選挙区において、いかなる政党との選挙協力拒絶する路線の共産党が当選する見込みは皆無である。

 

(表5) 当選7ブロックだけの当落予想

ブロック

定数

当選

得票率

当選順位

比例代表定数そのまま

次回総選挙

05年→09

05年→09

 

 

東北

14

1

6.245.89

1314位最下位

落選?

 

北関東

20

1

6.646.26

121220

 

 

東京

17

1

8.849.61

9817

 

 

南関東

22

1

6.847.00

121222

 

 

東海

21

1

6.325.83

131221

 

 

近畿

29

3

9.669.56

8192981626

3人目落選?

 

九州沖縄

21

1

5.805.27

151621

 

 

180

9

7.257.03

 

 

 

    『比例代表11ブロックの05年→09年結果比較』11ブロック全体の選挙結果データ

 

 300小選挙区全区を立候補させれば、比例代表票が増え、東北・近畿3人目の落選から免れることができるか。志位・市田・不破の選挙予想は外れる確率が高い。それだけでなく、供託金7億円以上没収政党を続けることになる。

 

(表6) 供託金と没収者数・額・率−89%候補者が没収、6億6600万円

立候補

供託金

当選

没収者

没収額

没収者率

 

03

小選挙区

比例代表

合計

300(単独269)

47(重複31)

347(重複31)

9億円

18900万円

108900万円

0

9

9

235人

29

264人

7億500万円

9500万円

7億9200万円

78

重複94

80

 

05

小選挙区

比例代表

275(単独253)

39(重複22)

314(重複22)

82500万円

16800万円

99300万円

0

9

9

223

21

244

66900万円

6300万円

73100万円

81

重複95

84

 

09

小選挙区

比例代表

152(単独92)

79(重複60)

171(重複60)

27600万円

47400万円

75000万円

0

9

9

2

61

153

27600万円

39000万円

66600万円

100

77

89

 

 総選挙小選挙区の得票率10%以上は、供託金300万円が没収されない。その10%以上小選挙区数は、立候補数−没収者数である。10%以上小選挙区数は、96年190→00年162→03年65→05年52→09年28激減してきた。私が供託金没収データにこだわるのは、没収金額問題だけではない。得票率10%以上に到達する小選挙区がいかに激減してきたのかというデータによって、それが、日本共産党の衰弱死テンポを示すバロメーターの一つになっているからである。次回総選挙では、10%以上小選挙区数が、09年28以下に減ると予想される。

 

一方、志位報告の供託金強化方針に反し、党大会で確認した「国政選挙供託金支援基金」納入拒否をする党員・支部が激増している。09年総選挙不参加・サボタージュ党員と、供託金基金納入拒否・不服従党員との党員数・比率は照応している。ほぼ重複している。ただ、志位和夫が報告した09年総選挙不参加党員とは、選挙期間12日日々=毎日の選挙活動をしなかった党員のことであり、2〜4日は活動したかもしれない。

 

(表7) 総選挙活動不参加党員と、供託金基金納入拒否党員

項目−党費納入25万人中

時期

党員数

党員比率

総選挙活動不参加

09年総選挙12日間−日々の選挙活動

17.6万人

68.5

供託金基金納入拒否

06年第24回大会〜09年総選挙−3.5

14.4万人

57.6

 

 この()データは何を表しているか。党費納入25万党員中、17.6万人・68.5%党員が、志位和夫の自己保身式選挙総括反発し、選挙活動へのやる気を失い12日日々=毎日の選挙活動拒否するようになった。かつ、それらの党員と重複し、14.4万人・57.6%党員党大会代議員約1000人軽蔑し、満場一致50年間政党の党大会決定にたいし不服従の行動を起こした。

 

 納入拒否・不服従をしている57.6%、14.4万人を、支部数に換算するとどうなるか。支部全員でないとしても、機械的換算では、22000支部×57.6%≒12672支部が、供託金基金納入拒否・不服従を公然としていることになる。支部としての決定でないとしても、支部長・LCらが、どうも供託金基金方針そのものには納得でないから、納入しないと言えば、他党員も全員が納入しなくなるケースが多発する。14.4万人もが納入拒否をしていることは、支部全員が結果として不服従というケースも多いと推定される。

 

    『国政選挙供託金支援基金にたいし党費納入党員の58%が納入拒否・不服従』データ

 

 次回総選挙における供託金没収額300小選挙区選挙費用は、党財政破綻スピードを一段と促進する。4中総志位報告の根本的に誤った総選挙逆戻り方針は、党財政面から衰弱死テンポを早める。

 

    『総選挙で東北・近畿ブロック落選恐怖に基づく300小選挙区立候補逆戻り』 (表2〜8)

      1、志位報告の東北・近畿ブロック落選恐怖、152→300小選挙区立候補に逆戻り

      2、逆戻り方針は東北・近畿ブロック落選を防ぐ特効薬になるか―70%というウソデータ

      3、供託金7億円没収推定と300小選挙区選挙費用による党財政破綻スピード促進化

 

 〔あせり・もがき8〕、宮本・上田著作集刊行と2つの狙い・思惑

 

 共産党は、2012年1月、宮本、上田著作集刊行についてを以下のように予告した。日本共産党は、今年七月十五日、党創立九〇周年を迎えます。党常任幹部会は、党創立九〇周年を記念する事業のひとつとして、宮本顕治、上田耕一郎両氏の著作集刊行を計画し、次の諸同志からなる編集委員会を任命して、その準備にあたってきました。著作集編集委員会岡宏輔、志位和夫、浜野忠夫、不破哲三、山口富男このほど、編集委員会によって、著作集の内容と刊行予定が決まりました。

 

 その概要は、次のとおりです。『宮本顕治著作集』(全一〇巻)は、七月から隔月で刊行をはじめます。『上田耕一郎著作集』(全六巻)は、十二月から同じく隔月で刊行します。

 

    共産党『宮本顕治、上田耕一郎両氏の著作集刊行について』二〇一二年一月四日

 

 2012年の現時点において、宮本顕治・上田耕一郎の著作集を刊行する意義があるのか。しかも、日本共産党は党勢力6分野で全面的な衰弱死過程に突入してきている。不破哲三は、2012年現在、新日本出版社から、自分の著書を2種類に分けて載せさせている。()全体で100冊出版・掲載し、かつ、()6分野に分類した50冊別掲載させている。一方、彼は、1997年宮本議長引退強要=党内クーデター後、宮本顕治著書を15冊以外、すべて絶版にしてしまった。また、弟・不破哲三こと上田建二郎は、兄・上田耕一郎著書も10冊以外、すべて絶版にさせてしまった。

 

    新日本出版社()『不破哲三100冊』 ()『不破哲三の本』6分野分類・50冊

              『宮本顕治15冊のみ』 『上田耕一郎10冊のみ』

 

 弟・建二郎は、中国・チュニジア訪問の著書を3冊出版させ、広告している。一方、兄・耕一郎のキューバ訪問では、そっけない赤旗記事だけで、その著書出版もさせなかった。しかも、兄・耕一郎の好評著書『先進国革命の理論』絶版にしている。3人の出版比率は次である。上田建二郎−上田耕一郎−宮本顕治=100冊−10冊−15冊という異様な比率をどう考えたらいいのか。

 

(表8) 不破哲三と他3人との出版著書冊数 1997年→07年→12年

名前

97年→07→12

出版年

最新著書名と経歴

不破哲三

9697100

197012

07『「科学の目」講座』。06年議長引退→常幹・社会科学研究所所長留任

志位和夫

131415

199110

07『ベトナム−友好と連帯の旅』『日本共産党とはどんな党か』

宮本顕治

261515

196702

02『獄中からの手紙』。他全面削除9497脳梗塞→不破は議長引退強要

上田耕一郎

101010

199106

06『人生の同行者−対談集』。2006年党中央役員引退

 

 それ以前の問題点として、コミンテルン型前衛党指導者()「書いたこと」と、()「したこと」との隔絶・乖離のテーマがある。私は、何度も書いているが、民青・共産党専従15年間時期熱烈なレーニン信奉者だった。「レーニン全集」の基本文献ほとんど、「レーニン10巻選集」を3廻り熟読した。しかし、レーニンが「書いたこと」だけからは何の誤りにも気づかなかった批判も持たなかった1991年ソ連崩壊後「レーニン秘密資料」6000点やアルヒーフ(公文書)が発掘・公表されてから、初めてレーニンが「したこと」誤り=数十万人大量殺人犯罪やウソ詭弁犯罪を知った。レーニンが()「書いたこと=全集と、()「したこと=秘密資料」隔絶・乖離について知り、その対比・研究をし始めたのは、愚かにもソ連崩壊1991年後からだった。それらをHPに載せ始めたのは、ようやく60歳になってからだった。

 

    『20世紀社会主義を問う−レーニン神話と真実』宮地ファイル32編+転載ファイル56編

    『ウソ・詭弁で国内外の左翼を欺いたレーニン』レーニンのウソ・詭弁7つを検証

    『「赤色テロル」型社会主義形成とその3段階』レーニンが「殺した」ロシア革命勢力の推計

    『レーニンの大量殺人総合データと殺人指令27通』大量殺人指令と報告書

 

 宮本顕治・上田耕一郎ら2人が()「書いたこと」を、新日本出版社の「絶版ずみごみ箱」から甦らせても、()「したこと」=2人がした無数の党内外犯罪との隔絶・乖離を検証する材料にはならない。「レーニン全集」が、レーニンのウソ詭弁犯罪・数十万人大量殺人犯罪を検証する材料にならないのと同じである。

 

 ウソ詭弁犯罪者レーニン「レーニン全集」を今さら購読しようとする日本共産党員はいないであろう。それと同じく、不破哲三こと上田建二郎が、いったん「絶版ずみごみ箱」に投げ込んだ著書を購読する党員は、忠誠派党員や専従以外ほとんどいないと思われる。故人2人の著書は、「絶版ずみごみ箱」から甦らせるレベルの価値などない日本共産党員読ませる価値などない。ただ、2人を「絶版墓場」から甦らせれば、2人とともに、弟・建二郎を合わせ美化する効果は多少ともあるかもしれない。

 

 宮本・上田の著作を「絶版墓場」から甦らせるにあたって、2人が共同正犯になった1964年反国民的隷従犯罪も同時に再考する必要がある。1964年、日本共産党は、まだソ中両党支配下の隷従政党だった。ソ中両党決裂したのは、文化大革命時期1967年である。

 

 ソ連核実験再開をめぐり、それまで、日本共産党「いかなる国の核実験にも反対」路線を堅持していた。しかし、突如、180度逆転換させた。その原因は、原水協世界大会に参加していたソ連共産党代表団・中国共産党代表団が、「ソ連の核実験は防衛的なものである。しかも、死の灰をほとんど出さないきれいな核実験だ」と強烈に主張したことである。ソ中両党隷従政党党首の宮本顕治は、「ソ連核実験を支持せよ」との国際的命令屈服した。そして、被爆国日本原水爆禁止運動分裂させる反国民的隷従犯罪者変質した。

 

 副委員長上田耕一郎は、宮本顕治命令を受け、「ソ連の核実験は防衛的なものである」との『前衛』論文で大宣伝キャンペーンの先頭に立った。しかも、「アメリカの核実験は汚く黒い。しかし、ソ連核実験は美しく白い」との秘密口頭発言も党内で宣伝した。ただ、「きれいな核実験」と発言した証拠はない。この経緯については、別ファイルで詳細な検証をしたので、これ以上書かない。上田耕一郎も、宮本顕治と同列で、原水爆禁止運動分裂させた反国民的隷従犯罪者である。

 

 彼ら2人を美化するような著作集刊行は、2人の反国民的隷従犯罪偽造歪曲・隠蔽する企みになる。彼らの原水爆禁止運動分裂犯罪の結果は現在までも続いている。

 

    はじめに−運動と理論面における共産党3回の誤り・分裂犯罪

    〔1回目〕、1963年、ソ連核実験賛否での原水爆禁止運動分裂犯罪

     1、1962年、ソ連の核実験再開と「いかなる国の核実験にも反対」賛否の論争

     2、1963年、「ソ連核実験は防衛的な実験」で支持との共産党主張で原水禁運動分裂

         1原水禁運動分裂の経緯と分裂の主犯=ソ中両党隷従時期の日本共産党

         2、反国民的分裂犯罪の共同正犯者=宮本顕治・内野統一戦線部長・上田耕一郎

         3、支持の表裏理由−表「防衛的」、裏側党内口コミ「死の灰が出ない、きれい」

 

 故人の絶版著書を新日本出版社の「ごみ箱」からわざわざ甦らすのは、どう見てもおかしい、何か変である破綻している党財政を潤す売上効果もそんなに期待できない。別の狙い・思惑があるのではないか。

 

 不破哲三・82歳は、「科学の目」講演や「古典講座」など、自分のマルクス・エンゲルス知識をひけらかし、「現代のマルクス」と讃えられている。これほどうぬぼれた、自己顕示欲が強烈なトップが形成されたのは、日本共産党史上初めてではなかろうか。新日本出版社HPの()全体100冊、()6分野分類・50冊リストなど、それを象徴している。ただし、それらは、ばらばらの単行本でしかない。

 

 時系列別・分野別の『不破哲三選集』または『不破哲三全集』を出版できないか。それは、『マルクス・エンゲルス全集』『レーニン全集』匹敵する貴重な価値を持つはずである。不破哲三のうぬぼれた性情からすれば、彼がその誇大妄想的な思惑を抱いても不思議でない。ばらばらの単行本だけでは物足りない。やはり、マルクス・レーニン並に、『私個人の選集、全集』が欲しい。自分の著書を1冊も出版していない輩には、(上田建二郎)の崇高な赤い欲望を理解できないであろう。現在、100冊も出版している私には、それらをまとめた『不破個人選集、全集』出版させる特権が与えられてしかるべきである。

 

 しかし、いきなり、『不破哲三選集、全集』を出版するのは、唐突すぎる。まずは、その野心の捨石・布石として、『宮本・上田著作集』を出したらどうなるか。しかも、編集委員には、不破社研分派を配備してある。すでに『不破哲三選集、全集』の出版体制は万全である。

 

 ただ、このような不破・82歳の妄想・野心の心理分析は行き過ぎで誤りと、共産党員・支持者は否定するであろう。彼は、「現代のマルクス」として温情溢れる常幹・社会科学研究所長である。

 

 〔あせり・もがき9〕、原子力平和利用堅持・原発ゼロ→反原発・脱原発を非科学と敵視・分裂策動

 

 日本共産党は、原子力政策をなし崩し的に変えている。とくに、3・11大震災後、高揚する「脱原発、反原発」の市民運動にたいし、共産党独自の()「原発ゼロ・原発からの撤退」スローガンを対置・強調し、大宣伝をしている。しかも、従来からの()「原子力の平和利用」路線堅持をし、放棄をしていない。

 

 これは、共産党独自の誤った路線・分裂スローガンになっている。その根底には、独自性を宣伝しないと、共産党路線・スローガンの優位性→党勢拡大に結び付けられないという市民運動・組織支配思考がある。志位・市田・不破ら3人独裁者は、宮本顕治と同じく、レーニン・スターリンの犯罪的なベルト理論信奉者・遂行者を続けている。それは、レーニンの政治の優位性→共産党の優位性・支配的地位を要求するうぬぼれた排他的犯罪的政党理論である。

 

 ちなみに、共産党系大衆団体は、党勢力6分野激減に比例し、軒並みに崩壊しつつある。12年4月、東大教養自治会が全学連から脱退した。今や民青系の加盟自治会は10程度にまで縮んだ。民青も財政崩壊で12年に民青会館を売却した。

 

 志位・市田・不破らは、衰弱死全面進行への怯えから、「脱原発、反原発」の市民運動への埋没を恐れている。長島功・加藤哲郎も分析し、提言しているように、彼らは、なぜ「原子力の平和利用」路線堅持をするのか、なぜ放棄をしないのか。共産党固執の原子力に関する「科学主義」とは、「核と人類とは共存できない」にたいする驚くべき反動的犯罪理論でないのか。

 

 はっきりしていることは、「原発ゼロ、原発からの撤退」スローガンだけを唱え、かつ、「脱原発、反原発」けっして言わない組織・集会・個人・学者文化人・原発をなくすXX県の会は、共産党員か共産党系団体・個人だということである。それらの団体・学者文化人は、共産党が主張する「平和利用否定は反科学主義」説を信じているからである。そして、「脱原発、反原発」スローガンだけを掲げる団体を敵視している。インターネットのHPやブログにおけるスローガン使用ケースも同じである。

 

 「原発をなくすXX県の会」とは、日本共産党だけ基本的な特殊・分裂路線「原子力の平和利用路線堅持、不安定・未完成だが、原子力研究・開発継続」と、共産党だけ特殊・分裂スローガン「原発ゼロ、原発からの撤退」を掲げ、かつ、「脱原発、反原発」を「反科学主義」と敵視する新設組織である。

 

 ()市民運動と、()共産党との違いを()で検証する。ただ、基本路線・スローガンについては、市民運動側も、その相違が十分に認識されていない。混同して使われている面・ケースがある。()スローガン中、共産党の第1〜3期の内容は、長島功論文にある。

 

    長島功『日本共産党の原子力政策の批判』

       「原子力の平和利用」路線堅持→「原発ゼロ」「原発からの撤退」

       「反原発」「脱原発」「平和利用」拒絶=反科学だ排斥→分裂路線

 

(表9) 原子力政策における市民運動と共産党側分裂路線・スローガン

 

基本路線

スローガン

相手への批判

支持団体や行動

市民運動

平和利用は不可能と否定

核と人類は共存できない

脱原発、反原発

さようなら原発

平和利用は可能か?

さまざまな集会・デモ

 

共産党

原子力の平和利用路線堅持

不安定・未完成だが、原子力研究・開発継続

1期、196175年、原子力の平和利用

2期、197699年、平和利用路線堅持。安全性を備えた原子炉の開発・研究を提唱

3期、200011年、平和利用路線堅持。311、原発ゼロ、原発からの撤退

脱原発、反原発=平和利用否定は反科学主義と敵対=分裂路線

共産党系団体すべて−原水協・平和委員会・民青・全労連・民医連・新婦人・民商、自由法曹団、(日本科学者会議)(原発をなくすXX県の会)

 

 理論面における日本共産党の「原子力の平和利用」論の修正・形骸化過程については、加藤哲郎がHPにおいて、4回の転機があったとして詳細な分析・資料・データをのせている。この分析・資料は膨大なので、その見出しだけを()にする。直接には、加藤哲郎HPを見ていただきたい。(表2)のページ数は加藤HPのページを示す。

 

    加藤哲郎『日本マルクス主義はなぜ「原子力」にあこがれたのか』痛烈な共産党批判と資料

 

(表10) 加藤哲郎『61年綱領後のJCP「原子力の平和利用」論の修正・形骸化過程』

4つの転機

転機の内容

資料−〈参考〉と共産党決定・文書

ページ

1の転機

1960年代「社会主義の防衛的核=原爆の平和利用、抑止力」に固執し、ソ連・中国の核実験を支持して原水禁運動の分裂を招く

〈参考〉森滝市郎日記・証言2編。〈参考〉上田耕一郎。共産党資料4

1619

 

2の転機

「核と人類は共存できない」反対し、反原爆運動と反原発運動の合流妨害

 共産党は1970年代総合エネルギー公社構想・石油代替の新エネルギー「原子力」で、「原爆と原発」住民運動・市民運動合流原子力資料調査室(武谷・高木)に敵対、原水禁運動再統一チャンスを逸す

共産党資料5編。〈参考〉森滝市郎証言

2023

 

3の転機

チェルノブイリ後の広瀬隆ブーム、高木仁三郎らの脱原発運動「反科学」と批判し、「原子力の平和利用」を弁証法的唯物論の原理に仕立てあげる。

 1980年代 スリーマイル島・チェルノブイリ事故後も「平和利用」理念に固執、高木仁三郎・原水禁の「脱原発」運動批判し広瀬隆ブームに冷や水「未完成技術」論にもとづく「放射性廃棄物をロケットに積んで太陽にぶちこむ」で、JCPは日本における非核運動の分裂を固定化

共産党資料6

2324

 

4の転機

フクシマの悲劇を見ても、なお「平和利用」を唱えるのか?

 存立条件も綱領も変わり、2011年フクシマの悲劇を見てもなお23世紀先の平和利用可能性」(位・福島「老舗」対談)を信仰−意見の相違で運動を分裂させてきた過去の自省を

共産党資料4

2526

 

    HP『日本科学者会議の野口邦和による広瀬隆批判−東日本大震災の歴史的位置』

    『核・原子力問題にたいする共産党3回目の誤り』()1963年()1984年()2011年

      運動・理論面での反国民的な分裂犯罪史

 

 

 3、根底に、うぬぼれた独善的政局観と支部・党員=新聞拡張店舗・拡張員観

 

 〔小目次〕

   1、うぬぼれた独善的政局観−不破・志位の「21世紀版赤色天動説」

   2、支部・党員=新聞拡張店舗・拡張員観−「支部が主役」の本音

 

 1、うぬぼれた独善的政局観−不破・志位の「21世紀版赤色天動説」

 

 衰弱死進行にたいするこれらのあせり・もがき方針9連発の根底には何があるか。そこには、不破・志位のうぬぼれた独善的政局観がにじみ出ている。それは、日本の政局は、日本共産党を中心に動いているという観点である。日本共産党が伸びれば支配勢力が総反攻をし、党勢力・国政選挙得票率が減るとする詭弁である。この論理は、不破・志位の「21世紀版赤色天動説」ともいうべき驚くような左翼反動的本質を持つ。

 

 不破哲三は、共産党HP「不破さん科学の目で日本の政治史を読む」の末尾に、日本共産党の得票率グラフを載せた。その増減特徴は、2000不破規約・綱領路線から10年間一貫した激減ぶりである。得票率がアップした国政選挙は一つもない。そして、得票率激減経過と何の関係もない「国・地方の長期債務残高の対GDP比」を折れ線で付け加えた。2つの関係性について説明もしていない。10年間の不破規約・綱領路線の根本的な誤り・連続惨敗原因をごまかす意図なのか。

 

 さらに、3回の総反攻と期間をグラフ上と青帯棒で描いた。その意図は、3回とも支配勢力の総反攻を原因として、共産党得票率がダウンしているという詭弁理屈グラフにしてある。不破規約・綱領路線の根本的な誤りが原因でなく、10年間の国政選挙得票率連続惨敗3回目の総反攻こそが原因だったとする。それは、外部要因責任転嫁をする不破式詭弁である。なんとも古臭い、使い古された責任隠蔽・転嫁論理を持ち出したものである。

 

 

 不破式「日本の政治史」は、非科学的で我田引水の歪曲史である。3度目の総反攻による10年間の激減原因を次のように捏造した。「支配勢力は3度目の総反攻に出ます。2000年の選挙で謀略反共リーフの洪水。その上で03年財界が直接乗り出し、民主・自由党合併で「二大政党」をつくって、今すぐ首相を出す段階にない政党を締めだす「マニフェスト選挙」の仕掛けを総がかりで持ち込みました」。

 

    『不破「科学の目」講座と参院選惨敗原因の責任転嫁』3回の総反攻

 

 激減の真因は、党内民主主義抑圧する不破規約路線時代錯誤の不破綱領だった。3度目の総反攻が原因ではない。不破規約・綱領路線の誤りによる有権者・支部・党員騙しが破綻したことが原因だった。それは、10年間選挙14連続惨敗データで証明されている。

 

 志位和夫は、2012年、赤旗に、新春インタビューを載せた。彼は、そこで長い長い日本共産党90周年党史を語った。その内容は、不破哲三『日本共産党の八十年』内容をそのままコピーしたレベルだった。1月5日党旗びらきあいさつ内容も合わせて検証する。彼は、3回の総反攻という不破式詭弁を繰り返し使って、支部・党員騙しをしている。韓国との交流事実以外、志位独自の新しい党史解釈はまるでない。いくつかの特徴があるので、そのうちの4点だけを簡単に取り上げる。

 

    志位和夫『創立90周年の年にふさわしい躍進を』2012年1月1日新春インタビュー

          『党創立90周年―歴史に学び、新しい歴史をつくろう』12年1月5日党旗びらき

 

 〔小目次〕

   〔特徴1〕、「党史の力」を何度も力説−国際共産党日本支部90周年という規定を隠蔽

   〔特徴2〕、北朝鮮・拉致犯罪・金正日死去問題への沈黙・隠蔽−韓国との交流のみ

   〔特徴3〕、党勢力全面的衰退データに沈黙−83.1%支部が「90周年大運動」にそっぽ

   〔特徴4〕、停滞・後退2回の真因は党内部崩壊→「反共作戦」が原因とすり替え転嫁、「革命政党」を連発−「反共作戦」「反共キャンペーン」27回連発、「革命政党」7回連発

 

 2、支部・党員=新聞拡張店舗観・拡張員観−「支部が主役」の本音

 

 志位和夫は、何十回となく「支部が主役」スローガンを唱えてきた。その本音は何か。そこにあるのは、支部=新聞拡張店舗観である。赤旗大量連続減紙32年間状況において、支部騙し、煽てて、赤旗HNを拡大させようとする魂胆が見え透いている。支部は、賽の河原の石積み党勢拡大に数十年も駆り立てられる中で、息切れしてきた。そもそも、宮本・不破・志位らの誤った路線・政策・方針の下で、拡大対象者がいなくなった。拡大しようにも、元読者に再購読を頼むしかなくなっている。

 

 それにつれ、支部自体()崩壊、()解党選択、()賽の河原の石積み拡大目的だけの支部会議開催拒否をするようになった。「支部が主役」スローガンとは、支部にたいする新聞拡張店舗観だと見抜くようになった。党費納入25万党員にたいする志位の見方も、新聞拡張員観だと悟った。志位和夫とは、何者か。彼は、新聞さえ増やせば、その支部・党員だけ高く評価するスタイルの新聞社社長でしかない。財政破綻が切迫しているような新聞社社長ウソ詭弁で動く支部・党員は激減してきた。

 

 一般商業全国紙は、多数の販売店・アンカーを持っている。アンカーは、朝夕刊の配達・集金・拡張をする。その店長と従業員は、本社との契約に基づく集金額の一部収入で生活する。ちなみに、全国紙最大の読売新聞の最新データを見てみる。朝刊992万部・夕刊346万部である。購読料は朝夕刊セット3925円・朝刊のみ3007円になる。契約をした販売店は7600軒がある。

 

 赤旗新聞社はどうなのか。1980年最高時点のHN355万部→2011年7月3中総時点の日刊紙(朝刊)24万部・日曜版(週刊)115万部=合計HN139万部・39.1%に激減した。購読料は朝刊のみ3400円になる。読売朝刊のみ3007円より約400円も高い。日曜版との合計4200円になる。販売店(支部)は、1995年28000支部→2012年3月14178支部・50.6%に半減した。

 

 ただし、日刊紙(朝刊)・日曜版(週刊)の配達・集金・拡張をすべて行うのは地域支部である。志位和夫は、生き残った14178支部中、地域支部数の比率沈黙・隠蔽している。職場支部は配達・集金をしない。拡張だけに駆り立てられる。しかも、職場支部の党員高齢化に伴って、定年退職党員が続出してきた。定年退職党員の内、()かなりが地域支部に転籍をしないで、そのまま職場支部に党籍だけ残すか、()党費納入拒否党員になる。または、()年金の1%を守らないで、ごく少額だけを払う。これらも、共産党衰弱死進行要因の一つになっている。

 

 1980年最高時点読者の60.9%が日本共産党とは誤った路線・政策・方針の時代錯誤政党だとして、離脱した。日刊紙は激減により毎月2億円赤字になるので、3400円に値上げした。しかし、不破哲三は毎年6000万円の党資金横領犯罪をやめようともしない。販売店(支部)は、17年間で49.4%が崩壊・解党選択・支部会議開催拒否などで消滅した。

 

     『地区財政破綻政党+党資金横領常幹政党=?』

       地区専従13年間で458人・33.2%リストラ+毎年6000万円横領常幹

 

 志位・市田・不破らが、この衰弱死進行テンポに怯え、異様なあせり・もがき9方針を連発するのは無理もないか。彼らには、イタリア共産党のように大転換→解党選択をする気力もない。専従給与に上乗せするお手盛りの常幹手当毎月50万円・年収600万円さえ遅配なしで手に入れればいいのか。

 

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 〔関連ファイル〕

     『4中総後の共産党衰弱死3指標の進行状況』

       ()党勢拡大3月結果−党員600人拡大、日刊紙2123部減紙・日曜版8865部減紙

       ()緊急支部会議未開催31.1%・約6400支部=崩壊か拒否

          6400÷31.1%≒20578支部。−6400支部=14178支部のみ残存

          95年28000支部→12年3月残存14178支部13822支部・49.3%消滅

     『4中総志位報告の総選挙逆戻り方針と空想的拡大目標』11年12月

       (表10) 7月以降12年2月までの「大運動」6カ月間通算HN339部減紙2月も後退

 

     『第25回大会中央委員会報告・決議の行間を読む』党勢力5分野衰弱死データ

     『支部活動部分停止→全面停止→解党行動の広がり』

     『日本共産党2010年度政治資金報告の表裏』11年11月30日

       1年間で、党費収入−7515万円、機関紙収入−5億4441万円

       月別党費納入党員数−4245人、党費納入率−1.0%など全指標衰退