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(2009/1/1 - 2009/6/30)

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1月1日。あけましておめでとうございます。

ことしもよい一年でありますように。


 


1月11日。お正月テレビ / 後厄脱出 / セロリに牛蒡にホウレン草。

けっきょく正月は、もひとつ体調がかんばしくなくてぐずぐずと下宿で過ごしていた。帰省するようなつもりで冷蔵庫の中にはあまりたいした食品が入っていなくて、まぁそれでも年越しの蕎麦と元日二日のもちぐらいはお祝いした。あとはぐずぐずとテレビを見ていたようなものだけれど、テレビ局の予算が逼迫しているのがありありとわかるような、正月特番らしさのない、ただ一山いくらの若手芸人が芸も無くわいわい言ってる番組と、あとはドラマの再放送とかそんなのばっかしだった。まぁ、視聴率が何%、という数字に還元して考えれば、お金をかけて正月特番や新春特別ドラマを作っても、一山いくらの若手芸人番組と大差なかったり、むしろ数字的に負けたり、するんだったら、苦労したり工夫したりお金をかけたりするのがばかばかしいと思うだろう。
そういえばNHKで、いろいろなテレビ番組について語り合おうみたいなこれまた正月らしくない貧乏くさい(なにしろスタジオにテーブルを置いて、芸人やらタレントやらコメンテーターやらアナウンサーやらを数人座らせて喋らせて1時間だかの番組にしてしまったわけで)かったのだけれど、そこで昨年の「ネタ番組の隆盛」みたいなテーマも取り上げていたのだけれど、そんなの、予算と手間をかけずに視聴率が取れるスキームが確立されたというだけで、「芸とは笑とは何か、視聴者は受身か、」みたいなことを語り合っていてもいかにもNHK的にねぼけていてくだらない。予算と手間をかけて作り込んだ番組よりネタ番組のほうが視聴率を取れるとして、なぜそれが可能になったのかというのは、たぶん経済学みたいなことじゃないかと思う。使い捨ての若手芸人が次々と供給されるならば、それらを搾取して湯水のように使い捨てながら大量生産大量消費型の番組作りができる。若手芸人たちは勝手に芸人養成スクールに入り、粗製濫造されて、一分程度間が持つようになったら勝手にオーディションに押し寄せてきて、勝手にベルトコンベアーに乗ってつぎつぎと画面に一分程度ずつ登場して何かやってつぎつぎと消えていく。番組制作サイドとしては、ベルトコンベアーだけ動かしておけばいいというしくみ。たとえばさんまだの紳介だののような雛壇タレントを切り回す個人的能力の持ち主さえ「ネタ番組」には不要になってきて、しいていえば、笑い屋のサクラに相当するタレントたちが雛壇に並んで芸人のネタをみてゲラゲラ笑ってみせるという演出が必要ではあるのだけれど、それはべつに個人的能力を必要とする仕事でもないし、要するに同じ局でやってるドラマとかの番宣の一環で出演するのだから、局としてまったく無駄がない。うまくできたしくみではある。でもってそれは、「芸とは何か」とかそういう次元で動いているものではないな。
このお正月は、テレビを見てそんなことを考えさせられつつ過ごしていた。

さて、特筆大書すべきは、年が変わって「後厄」を脱出したことである。
そもそも厄年というのを、「本厄」のときにはさっぱり意識していないまま過ごしていて、なにせ数え年というのがピンとこない(とくに11月の半ばに生まれたので、生後ひと月半で「2歳」になるような数え方がぴんとくるわけないのだけれど)ので、厄年というのを意識したのは、もう「後厄」も終わろうという去年の秋だったわけだけれど、まぁ、いずれにせよ脱出したのはめでたいことである。

一年間の無病息災を願って七草粥を食べる。前日にスーパーで、七草セットみたいのを見かけたけれど、その場であまり買う気がおこらず、スルーしていた。
で、7日の朝になって冷蔵庫をがさごそと漁って、なんとか七種類の植物を入れたお粥をつくった。セロリ、カイワレ大根、人参、キャベツ、ほうれん草・・・ぐらいまではなんとなくありとして、葱、というのは七草というにはじゃっかんの抵抗があるけれど健康にはよさそうなのでいいとして、あとひとつどうしよう、と迷いつつ結局ゴボウを。いやしかし、出来上がってみれば、セロリの香りがよくて、あとゴボウが微妙な根っこ的風味をかもし出して、今年は思いのほか七草粥っぽい七草粥になった気がするのでぜひ無病息災といきたい。


 


1月31日。このところなにをしていたのか。

いやまぁ、べつになにをしていたということもない。例年通りといえば、通りなのだけれど、今年度は学内委員のぐあいで、この時期がシーズンなので、それで忙しくはなっている。昨年度と一昨年度の役は、作文を仕事としていたのだけれど、このたびの役は、もっぱら時間をとられる仕事である。いろいろあるものだ。

某日、早起き出勤をしていたこともあって、黙って真面目な顔をしていないといけない仕事中にねむくなりそうな気配がしてきたので、頭の中で考え事をする。高校時代に聞いたネタで、「逆・裏・対偶」の話。まぁ、パラドックスみたいなことで知られているネタではある。
「先生が怒ると生徒は勉強する」という命題が真であるとき、その対偶はどうなるでしょう、というので、そこで、否定にして否定にしてひっくりかえして、「生徒が勉強しないならば先生は怒らない」とすると、あれれ?ということになる。ある命題が真であるときに、対偶命題も真である、というのを習ったばかりの高校生がもりあがるネタ、というわけなのだけれど・・・
高校時代に同級生にこのネタをふっかけられて、じつは当時の自分は即答で「時間が問題でしょう」と言い当てて同級生の舌を巻かせたのだ、というのが自慢なのだけれど、じつはもんだいはここからで、つまり、ほんとうにこのネタの問題は「時間」であるのか?というのが、ねむけざましの考え事の内容物である。
「先生が怒ると生徒は勉強する」の対偶は、「生徒が勉強しないならば先生は怒らない」ではなく、「生徒が勉強してないのは、先生が怒ってないってことだ」みたいなことで、「先生が怒ってない」のところが、英語で習った「完了形」になってる、つまり、「時制」を考えにいれると、トリックに引っかからずにすむのだ、というのが、高校生のときの自分の解答で、それで同級生も正解といってくれてたのだ。けれど、ほんとにそれは「時制」っていうか「時間」の問題なのか?厳密にいうと「因果関係」の問題なのではないか?そして「時間」と「因果関係」というのは厳密にいうと異なる問題なのではないか?
というので、「時間」ぬきの「因果関係」でなにか考えられないか、とか、黙って真面目な顔をしながら考えていた。
という話を、その日の帰りの電車で、同じ委員会で帰りもごいっしょした先生がたに、話していた。文学の先生と言語学の先生だったのだけれど、いろいろと説明していただいてとても面白かった。むつかしいところはここで再現できない。というか、とにかく「むずかしいんです」ということを言われたので、つまり、「時間の問題か、因果関係の問題か」という自分の疑問は、どうやらストライクだったらしいし、それこそ電車の中で簡単に解説できるようなものではないらしい。そしてそれは、言語の問題として考えられるようである。たとえば、「生徒が勉強してないのは、先生が怒ってないってことだ」と言うばあいに、「勉強しない・怒らない」ではなくなにげに「勉強していない・怒っていない」という言い方をしているけれど、その「している・していない」という言い方を選ぶことで何を言っているのか。それを「完了形」と呼びたいとして、では「完了形」ってそもそもなんなのか(ちなみに、「完了」というのは時制ではなく、それとは区別して「アスペクト」というのだそうです)。学校の英語の時間で習った文法では「完了形の結果用法」とかなんとかかんとか習ったのだけれど、あらためて考えて同じ完了形に4つ(だっけ)も用法があるってなんじゃらほいということになるし、あらためてじゃあ完了って結局なに?ということにもなるし、また、「結果用法」という言い方には、「因果関係」につながりそうなふんいきもある。
そのへんの話を、言語学の先生と文学の先生とに挟まれながら、完了形の語源のはなしとか、論理学の話とか、いろいろ、していた。そういうのは面白い。

ふしぎなもので、年末には、晴れていても世の中がこれからどんどん寒くなっていくというような気がしていたのが、年が変わって一月には、なんだか寒くても晴れてさえいれば、あるいは曇っていても風が温かくさえあれば、なんとなくこれから春に近づいていくのだという気配を感じる。毎年おなじことをいっているのだけれど。


 


2月12日。ほっと一息。

なんの具合やら、先月末ごろからだろうかしら、あわただしいことになっていて、会議とか行事とか出張とか、あれやこれやが並んだあいまが採点や成績付けで埋まり、おまけに某業務では無闇に責任ばかり重い(実務的な仕事は意外と少なくてもっぱら責任の部分だけ重いというような器用な)任務を命ぜられたりもして、週末もつぶしつつぶっ通しであわただしく過ごし、それがようやく一段落して、成績も無事提出できてほっと一息である。

あわただしい日々のさなかにスーパーでおいしそうな牛すじ肉を見かけて、時間が空いたらすじ煮込みを作ろう、等々と夢想し、それで時間が空いたので念願どおり、煮込みを作る。作ってみればあっけなくできてしまうのだけれど、圧力鍋を使ったりするのが気分的に大層なかんじがするので、気ぜわしいときにはなかなか作る気にならなかったわけで、こういうのもやはり気分のものなのである。すじとかれんこんとか厚揚げとか煮たのをぼちぼちとつつきながらちょっとあったかいものをちびちび呑んだりしているとようやく人心地を取り戻すようだ。

近所のパン屋さんというのに入り、はじめて入る店だったのできょろきょろと棚を見ていたのだけれど、近所の中学生が買いに来るようなやきそばパンとかが売れているような小さいふつうの店で、バゲットとかカスクートとかないなぁ、とかいいつつハンバーガーとカツサンドを見繕って、それでひょいと見たら、隅っこのほうにビニル袋に詰まった「へたパン」というのか「耳パン」というのか、があって、わぁなつかしいなあ、学生の頃に、自分はパン屋さんとかは行かなくてスーパー派だったのであまり縁がなかったけれど、パン屋でへたパンを一袋20円で買ってきて食べてた同級生というのはいたなあ、とか走馬灯のようにめぐっていたのだけれど、店の人に声をかけてハンバーガーとカツサンドのお勘定をしてもらったら店の人がひょいと袋にそのへたパンを、「これ食べてね」と入れてくれたんである。自分がよほどじっとへたパンを見つめていたのだろうかしら、それとも自分の風体がよほど困窮した人のように映ったのだろうかしら、わからないけれど、ともあれそういうなんともないようなことで、人情に触れたような心地ぞするのである。
うちに帰って食べてみたら、ちょっと揚げてあっておいしかった。あともちろんハンバーガーとカツサンドもしっかりしていておいしかったのは、いい人が作ったらちゃんとおいしいものができるということかな。

少し宣伝を。
去年の秋ごろに作文をしていたのだけれど、4年前に出てた『家族とこころ』って本の「改訂増補版」ってのがこの2月に新しく出た。
自分の担当した部分に関しては、短い「補論」を新しく書いて付け加えた。増補っつってもあんまり図に乗って増補しすぎると厚くなって大幅値上げしないと合わなくなるので短い文章しか書けなかったのだけれど、気がついたら例によって例のごとく圧縮的にごちゃごちゃ書いてしまった気もする。雇用の流動化と家族とこころと管理社会論、みたいな話。あれこれ悩んだあげくに書いたのだけれど、この補論けっこう気に入っている。


 


2月28日。日が長くなった。

さて、授業がなくて会議もないとなればこれは大学は春休み、というふうにみなされうるわけで、しかし、その間なにをしていたのかというと、なにか気がつけば月末、というかんじで、とくに何を、というようなことは何もしていた記憶がないのである。論文を書かないといかんのだけれど、さて現在、手元に完成した原稿があるか、というと、ないわけで、してみれば執筆活動がはかばかしく進んでいたということでもないらしい。それでは、いざ春休みとばかりに羽を伸ばしたり足をのばしたり遊びまわったりしていたかといえば、それもさっぱり記憶にないし、それではのんびりと一年間の疲れを抜いて新年度に備えた充電をしていたかといえば、そういう感覚もない、どころか、リフレッシュ感などみじんもない。それでは結局何をしていたのか、というと、実はこれこれ、といったようなオチが用意されているわけではなくて、ようするに漫然と日々を過ごしていたようなのだ。
寝ていたというわけでも遊んでいたというわけでもないので本のようなものは読んでいたようであるが、これといって特筆すべき読書ができたわけでもなかったようだ。以前読んだ本を何度目かに開いて読み返してみたりとかどうせそういうようなことである。そういうふうにして何となく気がつくと、いつも夕方になっていて、そういうときに、日が長くなったなあと思うわけである。

月が替われば、また会議だのなんだのがぼちぼち始まるし、もちろん年度内のしめきりのものをいよいよどうにかしなくてはならない。まぁちょっと気合をいれなおすんだな。

まだしばらく宣伝を。


 


3月14日。花粉症デビューかもしれない / 「パン屋さんでお買い物」。

暖かくなってくるにつれて、なんとなく目がシパシパしてきた。これは世に言う花粉症かもしれない。自分の理解するところでは、花粉症というのは、累積ポイントみたいなもので、水がたまっていってあふれるように、いつか発症するのだ、というふうに思っている。テレビか何かで見たような気がするけれど、違ったかもしれないけれど、いずれにせよ、いままで花粉症ではなかった人がある年からいきなり花粉症デビューするのだ、ということなので、いつか自分もと思ってはいた。しかし、じっさいに花粉症になったら、春先の散歩シーズンに散歩ができなくてさぞかしつまらないだろう。
部屋の中にいても目がシパシパして、居間にいてもさほどでもなくて、寝床を敷く部屋で寝ようとするとシパシパしてくるので、部屋の中にも花粉が侵入してきているのかと思ったりもする。居間のほうは空調のためにときどきしか窓を開けていないけれど、寝床の部屋のほうは、朝起きて晴れていたら換気のために一日中開け放ったりしているので、そのせいかとも思う。それで、押入れの中から空気清浄機を引っ張り出して、部屋においてみる。なんか、ときどき動いているようだけれど、空気がきれいになったのかなってないのか、なにしろ相手は空気なのでさっぱりわからない。そもそも空気は見えないものの代表格なのだし、しかもその空気をきれいにしてしまったら(たぶん)もっと見えなくなるんじゃないかと思う。しかし、さしあたり目のシパシパするのはさほどでもなくなってきたような気がするので、空気清浄機の効果があったのかもしれないし、そもそも花粉症じゃなかったのかもしれないし、朝方ちかくまで夜更かししたり不規則にしていたせいかもしれない。

そうこうしているうちに3月も半ばなわけである。3月にはいると、会議だなんだが続いて、また学校に通いつめることになる。それでも授業がないので、朝会議があって、昼過ぎに次の会議で、夕方にまた別の会合が、みたいなことになったりすることが何度かあって、そのあいまあいまの時間はなんとなく空いてしまう。それで、春だし、大学のある街を歩こうという気になる。
それで、話の前提としては、自分は通勤にあたって寄り道をしませんということがあって、12年通っているのに、ほとんど駅と大学の往復ルートを外れて歩くということをしない。これはもう、歩かないとなったらごく自然に、ぜんぜんまったく歩かない。そうであるけれど、このところちょっと、大学の近くでお昼のパンとか買えるパン屋さんとかないかしらん、という心が起こっていて、住んでいる下宿の近所でもパン屋さんを利用するようになって、おなじように大学の近くでも探そうという気になったわけで、それでお話はもとに戻って、会議と会議のあいまの時間に街を歩いてみようという気になったわけである。
それでまぁ、ある日、少し歩いてみて、思いのほか通学路から離れていないところにパン屋さんを2件みつけて、そのうちの一軒で買って大学に戻った。まぁ、現実的に昼休みにちょっと覗いてパン買って、というほど大学起点で行くと近くないので、まぁ余程暇なときにはということだろうけれど、しかし、なにはともあれパン屋さんが見つかったのはよいことである。

それで、別の日にまたちょうどおなじように会議と会議のあいだに昼前に時間があいて、そうだ、このまえ入らなかったもう一軒のパン屋に行ってみようと思い立ち、「パン、パン、パン屋さんでお買い物おー」と歌いながら散歩にでかける。そういう歌が以前あったわけで、「おかあさんといっしょ」のなかで出てきた歌なのだけれど、振りがついていて、子どもたちは大喜びだったので、よくできている歌だと感心して気に入っていたのだけれどそれはともかくとして、歌いながら散歩に出かけたところ。
それで目的とするパン屋の近くにきて、あの角を曲がればすぐだというところにきて、それで角を曲がったら、目の前に大きな白馬がいて、パン屋さんからへたパンの入ったビニル袋を、馬に乗ったままのおじさんがもらっていて、まわりにはテレビカメラの撮影のクルーが何人かで囲んでおり、店のおねえさんがコメントらしきことをしたりしていて、白馬はそのまま悠然と、おじさんをのせて、通学路のほうに去っていった。

まだしばらく宣伝を。


 


4月6日。新学期。

桜がきれいである。4月だ。このところなにをしていたのか。しめきりが過ぎた原稿がある。あまりぐあいがよろしいとはいえない。

新学期が3月終わりから始まり、入学式もあって、新入生が入ってきた。専攻での新入生オリエンテーションをやって、例年のように自己紹介もしてもらったのだけれど、ことしもなかなか多士済々、面白そうな学生たちが集まってきた。これからの4年間がたのしみ。よろしく。

3月末日に、専攻の教授が定年退職された。4年間という短い間だったけれど、ひじょうにお世話になった。ちょうど、この前卒業した私の担任クラスの諸君と同時にうちにいらして、彼らと4年間過ごして、彼らと同時に卒業、ということになった。なんか、担任クラスをちょうどきっかり見ていただいた、というような感慨もある。新しい学校でのご活躍をお祈りします。
で、新年度から、新しい先生が着任された。若いかたなのである。これはもう、即戦力としてご活躍いただけることを期待できそうである。

客観的には、フレッシュな新年度のスタートである。個人的には、春休みにリフレッシュしたとはとうてい思えないし仕事をひきずりながら心ここにあらずの新年度突入であるが、ま、そんなこといっててもしょうがない。まずは原稿を手から離すことだな。

まだしばらく宣伝を。


 


4月19日。授業でやせるダイエット。

春休みのあいだ、まぁ会議だなんだでけっこう学校には出頭していたものの、それ以外は基本的に下宿に引きこもって論文を書いて(書けなくて)いたので、体重が増え気味になっていたのだけれど、4月になって授業が始まると、半月ほどであっさり元に戻った、というより今年最安値を記録である。その教訓はというと、やせたい人は大学で授業をやるといいですよということではたぶんなくて、やはりまっとうに働け、ということなんでしょうけれど、しかし半月で2kgもストンと落ちるというのは、自分としてはちょっと急で、身体に負担がかかってるのだろうなと思わなくはない。そうすると逆に、あまり働くのは身体に悪いぞという教訓が得られそうでもあるのだが、そういう正論は往々にして封殺されてしまうというのがこの日本という国の文化なのである等々。まぁ、いずれにせよどうせ授業期間に身体が順応してきたらまたもとにもどるのであろう。

そういうわけで、夕方まで授業をやったり、授業の後に会議があったりしてなんやかんやで遅く帰宅すると、あまり丁寧に台所で料理をするということにもならずにビールを飲んで寝てしまう(ので痩せるわけですが)。とくに、ごはんの冷凍したのがなくなってるとそうなりがちなのだけれど、何も食べないというのもなんなので、そういうときにはやはりパスタということになって、先日何度か「きょうの料理」とかで春パスタの特集をしていたのの影響もあって、パスタ期が到来している。
このところ連続して作ってたのは、フレッシュトマトのパスタで、ふつうのトマトをざくざく切って適当に崩れるていどに火を入れると、半分は具です、半分はソースです、というかんじになって、あとはほうれん草とか水菜とかで青みも足して、なかなかそれっぽいのができる。自分の中ではけっこうおいしいので、けっきょく食べ過ぎになるわけで、そんなこんなで体重なんてすぐ戻るんだよなあ。

まだしばらく宣伝を。


 


5月4日。五月の風邪。

ゴールデンウイークだそうである。原稿が書けない。

連休に入る前の土日と非常勤の月曜日が肌寒かった。それで非常勤から帰宅したらどんどんとのどが痛くなってきた。肌寒い中を歩いてそれから授業でチョークの粉を吸いながら大声でふたコマ喋ったらのどにわるいわね。それで原稿を書く時間を連休にとろうと当て込んでいたので風邪はひきたくなかったのだけれど、とにかく自分は風邪をひくとなったらどうしてもひいてしまう。二日間ほどのどが痛く、のどの痛さがひいたと思ったらそのまま気管支に落ちてきて咳が出てくるというお決まりのコース。折りしも新型流感のニュースで持ちきりで、うちの大学は(非常勤先もだが)国際系学部があって留学生がたくさんいたりするのでNHK地方局が取材に来ていたりしたカメラを横目で見つつ咳をしつつさっさと帰宅したりしてなんとか連休に突入。
咳とか微熱とかあったけれど、栄養を取ったり静かにしていたりしてなんとか長引かずに治まっていく方向性の模様で、これは自分としてはじつはかっき的なことだったりするかも。気管支まで落ちてきたらまず数ヶ月の咳までは覚悟していたのだけれど。でもまだ完全にスッキリしたわけではないし、油断すると微熱や全身の倦怠感や節々の痛さがぶり返すので要注意の状態である。

まだしばらく宣伝を。


 


5月19日。連休が明けるとタフな日程ではある。

今年は、連休が明けると5月はけっこうタフな日程で、週末に合宿、ソフトボール大会、保証人懇談会(というのは保護者会のこと)、が入っている。

さしあたり一泊二日の合宿研修をやった。雨の予報だったのだけれど、なんとかうまいぐあいに全プログラムを終了。雨といってもだいたい霧雨なかんじだったのでたすかったのと、一日目の野外炊飯は、屋根のあるところでできたのでセーフ、夜のキャンプファイヤーが室内のキャンドルファイヤーになったけれど、これは案外、室内でやってむしろ良かった気もする。去年もだけどこの時期、山の上の夜はとても寒いのでキャンプファイヤーどころじゃないってのがひとつと、あと、屋外だと声が通らないし、細かいネタが使えないので、むつかしいってのがひとつ。二日目はフォトテーリングってのがメインで、写真見てオリエンテーリング、という趣向なのだけれど、まぁ私はもう歩かずに本部でまったりと待機していましたが、うまいぐあいに二日目の午前のその時間だけさわやかに晴れてくれたので、学生諸君はたのしくプログラムを満喫していた。
天気というのはうごかしようがないのだけれど、そのへんは誰かのふだんのおこないがよかったのであろう。
まぁしかし、今年はじつは事前の準備があまり進んでいなくてだいじょうぶかいなといっていたので、これでそこそこ合宿がうまくいってしまったということになると、なんなの?ということにもなる。施設側で用意されているプログラムのあいまあいまを、アイスブレイクや簡単なゲームで埋めて全体をスムーズに流せれば、そこそこうまくいってしまう。そこそこうまくいくということはもちろんそれだけでたいしたことではあるのだけれど − 感じからして、ここ数年、こういうアイスブレイク+既成プログラム、というのが続いていて、その仕切りじたいは年々上手になっているように見えなくもない。下級生のときに参加した学生が、完成予想図のイメージを共有しつつ進めることができてるという気もするので、それじたいは悪くないことだと思う − しかし、だからこそそろそろここらでもう一段階ステップアップを考える時期ではあるのだろうと思う。
そのためには、むしろ目立つ失敗をしてくれたほうが変化のきっかけになっただろうなあとおもうのでもあるけれど、やはりそういうのは酷ではあるのかね。
いやしかし、たとえば今年、よかったのが、ずっと司会進行役をやっていた学生が、ストイックに進行役に徹していて、おちゃらけずに適切な司会進行をしていたこと。そこに、サブ的な数人がおちゃらけて絡んだりして盛り上げ役になる、という体制を作っていて、全体としては楽しげに進んでいたのだけれど、これ、重要なのは司会進行がしっかりとしていたことだと思うのだけれど、めだってたのはおちゃらけ役のほうだったかもしれなくて、後輩の子たちがそこをどう受け止めて次に活かすかというのはけっこうきわどいところかもしれない。おちゃらけ役が空回りでもしてすべってくれればむしろ勉強のためには良かったのだけれど、今回はまぁようするに、そのへん上手にチームプレイをやり切ってたので、ぱっと見には、ノープランでおちゃらけていても活動が進行できるような錯覚をうけたんじゃないかという心配がなきにしもあらずだ。
あとことし、アイスブレイクをたっぷりやった後に、1時間ほど「情報ゲーム」という、班ごとで相談してやるグループワーク的なゲームをやっていて、それがけっこうおもしろそうだった。そのへんをもうすこし発展させるといいのかしら。
ま、しかし、ごじゃごじゃいいつつ、まずまずうまくやってくれたので、よかったんだけどね。おつかれさま。
こちらは、中年化に伴って、学生さんの活動に付き合うこともやめて極力じっとしていたのにもかかわらず、やはりしんどいのが残ってるしとくに足腰がいたい。年はとりたくないねえ。

で、山から帰ると下界は新型流感の渦中。
けっきょく、「水際作戦」とかものものしくやっていたのは、しっぱいだったのだろう。水際で100人ぐらい止めていたのなら、「水際でとめていたからこのぐらいですんだ」とか言えるけれど、高校生数人を大騒ぎで足止めにしただけなわけなので、いまとなっては、あの数人が足止めされていてもいなくても同じだったような気もする。
ともあれ、関西はなんかえらいことになっているという感じもする。
週明けの月曜、非常勤先に行こうと電車に乗ったら、南北に走る某電車ではマスク率が低かったのだけれど東西に走る某電車はマスク率が高かったような気もする。まぁ、ぱっと見の印象だけれど、わからんではない気もする。
それで、非常勤先の学校に到着したら妙にひとけがなくて、むむ?と思い、講師室に行ってみたらドアに「本日は創立記念日で終日休講」と書いてありました。ややこしいときに創立するなあ。しかしそんなことならもう少しちゃんと予定表を見て気づいておけばよかった、ゆっくり動けたのに、と思いつつ、ちょっと早かったが2件目の非常勤先に向かった。

まだしばらく宣伝を。


 


6月4日。よし、あとは快復を待つばかりだ!

5月の末にしめきりがあって、その原稿を出してしまってようやくひといきついた。ありがたいことにいくつかのお仕事をいただいて、冬休み以来ずっと、複数のしめきりが常に念頭にあるような状態がつづいていたのだ。どうやら自分はそういう器用なことは向いていないらしく、とてもしんどかった。しっかり体調も崩して、何年かぶりに咳が続いている。もう半月ばかり咳をしている。喋るのが商売なのでなかなかなおらない。

それでも、まがりなりにも原稿を提出してしまったいじょう、ひといき、である。あとは快復を待つばかりだ。



 


6月21日。夕立の翌朝に置き傘を学校に持っていく方法。

ずいぶん前に梅雨に入ったと言っていたわりには雨があまり降らない。それはまぁかまわないのだけれど、水不足になるのも困るし、かといってこれからいきなりゲリラ豪雨的なものが増えるのもいやなので、なるべく梅雨には梅雨らしい天気のほうがいいかもしれない。
去年、ここに書いていたような気がするけれど、朝、晴れていて、夕方から降り始めたら、研究室においている置き傘をさして帰ることになる。それで翌朝また晴れるということになると、研究室の置き傘がなくなってきて、下宿の玄関先に傘があふれることになる。それで置き傘を学校に持っていかないといけないのだけれど、晴れた朝に傘を持って歩いていると格好がつかないかなあ、と思う。それで、とんちをきかせて、傘をいちどに二本持っていってみた。傘ばっかり持って変な人だ、と見えなくもないけれど、天気を間違ってる人とは思われないだろう。傘を運搬する必要に迫られている人と思われるんじゃないかなと思う。どっちかというとそういう見られ方のほうがいい気がする。

せんだって、公開講座というのをやった。以前もやったことがあって、しかしそのときはなんだかもうひとつだった気がするが、このたびはそれよりはよかっただろう。受講者アンケート、というのを見せてもらったが、ものすごくおもしろかったというのは二人ぐらいだったけれど、回答した人の中ではそこそこおもしろかったという人が多かったので、まぁいいことにする。そこの欄に回答してなかった人もけっこういたので、そういうひとにはおもしろくなかったのだろうと思うけれど、まぁ、つまらなかったに○をつけてやれというような気持ちにまではさせなかったということなのだろうと思っておくことにする。わかりやすかったかわかりにくかったかぜんぜんむつかしかったか、みたいな質問には、たいていの人が、わかりやすかったと答えていた。そのへんは、そうしようと思っていたことなので、ひとまずよかったと思うのだけれど、わかりきったことばかりだった、というところでいまひとつおもしろくなかった、という人もあったかもしれない。内容としては、社会学から見た子どもと教育の現在、ということで、まぁとにかくさしあたりデータ的には児童虐待が増えてるってのもあやしいし、少年犯罪も少年が被害者になる犯罪も減っているし、いじめも減っているし、裏サイトなんてのも騒ぎすぎだし、みたいな話をしていたので、まぁそういうのは知っている人からすれば知っている話なので、いまさら、ということだったかもしれない。それならまあそれで健全な話ではある。

6月というのは春学期の山場だし、リレー式の四半期の授業の順番がまわってきたので、なかなか身体は休まらないところではあるのだけれど、あまり無理をしない方向性でなんとかのりきっていこう。