１９２１年３月～２２年末、「ネップ」後のロシア革命勢力弾圧継続・強化

　このファイルは、クロンシュタット事件と「ネップ」以降、レーニン・政治局がしたことを諸データ・資料から検証する。『第６部』において、私は、１９２１年３月クロンシュタット事件鎮圧でもって、ロシア革命＝ソヴィエト革命は、レーニン・トロツキーらによって息の根を止められたと規定した。よって、革命終焉後のソ連史がどうなったのかを解析する必要がある。P･アヴリッチ、ロイ・メドヴェージェフ、梶川伸一らも、３月でロシア革命は終わったと明記している。ソ連崩壊後に出版された研究も、ほとんどが同じ論旨である。それらの研究者は、「十月革命」と呼ばれてきた事件が、革命ではなく、クーデターだったという実態認識・規定の点でもほぼ全員が一致している。

　となると、ロシア革命＝ソヴィエト革命とは、１９１７年二月革命から１９２１年３月までの４年１カ月間だったことになる。それなら、革命終焉後のソ連はどうなったのか。レーニンは１９２２年１２月１６日、第２回脳梗塞発作で倒れ、最高権力者としての活動が終わった。レーニンは、ロシア革命の息の根を止めて以降の１年９カ月間において、何をしたのか。

　ただ、それに関する研究データはまだ少ない。『第５部』ペトログラード労働者の全市的山猫ストライキと、『第６部』クロンシュタット事件を分析したP･アヴリッチ、ヴォーリン、イダ・メットら５人は、それ以降の歴史を書いていない。彼らは、全員がソ連崩壊前だったので、崩壊後に発掘・公表されたデータを見ることができなかった。Ｅ・Ｈ・カーは『ボリシェヴィキ革命２』において、ネップの詳細な研究をしている。しかし、原著１９５２年までに公表された公認データに基づく研究という制約がある。

　そこから、１年９カ月間の資料は、ソ連崩壊後に出版された研究者の著書になる。一連のファイルで紹介・転載した研究者はかなりいる。彼らはすべて、この時期のテーマを分析している。その中でも、この期間に関し事系列的なデータを載せているのは、ニコラ・ヴェルトと梶川伸一の２人である。よって、この『第７部』は、ニコラ・ヴェルトの『共産主義黒書』の第５章「タンボフから大飢饉へ」(Ｐ．１１８～１４１)からの抜粋・引用を基本として、梶川伸一と他研究者のデータで構成する。

　この期間の最後に含まれるが、第７次クーデター「反ソヴィエト」知識人追放「浄化」作戦については、『第８部』ファイルで検証する。それは、レーニンが二月革命以来のソヴィエト権力を連続簒奪した最後のクーデターとなった。

　２、「ネップ」転換の背景・理由とその実施状況に関する諸見解

　(１)、食糧独裁令の軍事割当徴発に反対するソ連全土での土地革命８０％・９０００万農民反乱、(２)ペトログラードの革命労働者の全市的山猫ストライキ、(３)クロンシュタット革命水兵の平和的要請など、ロシア革命全勢力によるボリシェヴィキ党独裁政府の路線・政策反対の総決起と、(４)第１０回大会での「ネップ」転換は、すべてが同時期だった。レーニンのボリシェヴィキ党独裁政権は、十月クーデターの３年４カ月後、崩壊の危機に直面した。

　「ネップ」の内容と性格を確認する。レーニンは、「ネップ」＝НЭП＝ＮＥＰ(Ｎｅｗ Economic Policy、新経済政策)によって、食糧独裁令と軍事割当徴発を撤廃した。それに変わる政策として、(１)１０％の現物税、(２)余剰穀物・家畜の自由商業、（３）中小企業の国有化を解除し、(４)資本主義的生産と商業を認めた。「ネップ」転換の背景・理由とその実施状況については、いろいろな見解がある。

　〔小目次〕

　　　〔見解１〕、公認ロシア革命史、ソ連崩壊前の「レーニン神話」と不破哲三

　　　〔見解２〕、梶川伸一の「ネップ」評価

　　　〔見解３〕、ニコラ・ヴェルトによるネップの背景分析

　　　〔見解４〕、私の「ネップ」認識

　〔見解１〕、公認ロシア革命史、ソ連崩壊前の「レーニン神話」と不破哲三

　公認ロシア革命史、『ソ連邦共産党史』や「レーニン神話」の見解は次である。「ネップ」はレーニンが最初に発想し、実施した独創的な政策転換だった。その政策のお陰で、農民反乱は瞬時になくなった。農業・工業も回復した。不破哲三にいたっては、２００２年、中国まで出向いて「ネップの学術講演」をし、レーニンの先駆的な社会主義市場経済政策と絶賛した。彼の目的は、それにより、(１)レーニン「ネップ」の先駆性→(２)中国共産党の社会主義市場経済路線の正しさと大成功→(３)レーニン研究の世界的権威者としての不破哲三自身を系列付け、売り込むことだった。

　宮本・不破らは、１９９１年ソ連崩壊を「もろてを挙げて歓迎」した。レーニンの「ネップ」とその後を、もろてを挙げて賛美しているのは、２１世紀資本主義世界で、不破哲三以外に一人もいないであろう。ソ連崩壊の１１年後において、よくもここまでばら色に描けられるものだと感心するほどである。

　　　　不破哲三『学術講演「レーニンと市場経済」』　『不破哲三議長の中国訪問』２００２年８月

　　　　山椒魚『不破哲三の資本論「研究」と中国「賛美」の老害ぶり』

　　　　TAMO2『ソ連邦共産党史２』１９１７年～４１年公認党史　『ソ連邦共産党史１』

　〔見解２〕、梶川伸一の「ネップ」評価

　梶川伸一は、６著書・論文を出版した。彼は、そこで、ロシア革命の現実として、１９２０年半ばまでに、食糧独裁令・軍事割当徴発システムは実態として崩壊していた事実をアルヒーフ(公文書)データで証明した。「ネップ」はレーニンの独創・発意どころか、彼が現物税への移行実態を追認したにすぎない。さらに、ネップは農民・労働者への宥和政策ではなく、ネップの現物税徴収は、かなりの地方で軍事割当徴発と同程度の食料収奪の継続だったことを論証した。詳細は下記リンクにある。

　それらの現実を引き起こした原因の根底には、レーニンら政治局の農民・農業への無知と敵視がある。党独裁政権が８０％・９０００万農民に仕掛けた内戦と食料収奪路線は、農民反乱だけでなく、農民の農業経営意欲を破壊した。その結果が、(１)ソ連農業の破壊と崩壊、(２)大飢饉と、(３)５００万人飢死だった。彼は、レーニンらの食糧独裁令・軍事割当徴発システムがもたらしたソ連農業破壊の実態データを克明に載せている。以下は、梶川著書からの引用と２つの(表)である。

　　　　『ボリシェヴィキ権力とロシア農民』ファイル末尾の２つの(表)

　二〇年末までにボリシェヴィキ権力が直面していたのは反コムニストを掲げる武力反乱だけではなかった。農業の荒廃がそこにあった。割当徴発はロシア農業をほとんど完全に崩壊させていた。

表８－１　主要穀物の播種面積と減少率　(単位：万デシャチーナ，％)

	１９１６年	１９２１年	減少率
秋蒔ライ麦	１，６７１．２	１，３９３．３	１６．６
春蒔ライ麦	４８．８	２６．４	４５．９
秋蒔小麦	２３７．４	１５９．６	３２．８
春蒔小麦	１，４８８．２	８２９．１	４４．３
大麦	４３９．２	２２７．６	４８．２
オート麦	１，２７２．６	７３２．７	４２．４
馬鈴薯	１７７．３	１５８．５	１０．６
亜麻	１２３．２	６５．１	４７．２
向日葵	８８．３	５８．３	３４．０
黍	２３０．５	３０９．５	＋３４．３
総播種面積	６，０４１．７	４，１５６．３	３１．２

表８－２　家畜頭数と減少率　(単位：万頭，％)

ロシア共和国	１９１６年	１９２１年	減少率
馬牛羊山羊豚	２，５５３．５４，１６２．９７，１５０．５３００．７１，４４７．５	１，７９１．５２，８７２．５３，６６３．５１２５．６７８６．１	２９．８３１．０４８．８５８．２４５．７
総頭数	１５，６１４．６	９，４３９．２	３９．５
下流ヴォルガ
馬牛豚	３１６．４５０４．３１２４．８	１５８．１２５７．７２９．４	５０．０４８．９７６．４

　ロシア共和国全土で主要穀物の播種面積は自家消費用のライ麦を除いて激減したのは、表８・１からも明らかである。工芸用作物は、食糧用に転換され、種子当たりの収穫率が高い馬鈴薯と向日葵を除き、それは穀物以上の減少を見せた。これは工業復興の大きな障碍となるはずである。

　家畜の減少はいっそう悲劇的であった（表８・２参照）。あらゆる家畜が総じて激減し、特に割当徴発が徹底的であった下流ヴォルガ地域にそれは集約的に現れた。これは農業経営の破滅以外の何物でもなく、二一年の飢饉はそれをさらに深刻にした。二〇、二一年に認められる播種不足は、(１)割当徴発による種子不足や、(２)旱魃のような条件のほかに、(３)明らかに自家消費まで経営を縮小しようとする農民の心性が大きな影響をおよぼしていた。

　農民の不満は自分たちの経営を破壊するボリシェヴィキ権力への憎悪であった。タムボフ郡の農民の気分は次のように報告された。(１)中農は荷馬車賦課から逃れるために馬を売り払った。(２)「家畜は徴発されるのだから、余分に家畜を増やさず、自分の分だけしか持たない。(３)土地を耕作し、家畜を増やし、人々のために働く意欲が失せ、そうして播種面積の半分以上が播種されず、家畜をわずかしか繁殖させない」。トヴェリ県の農民はより簡潔に述べている。「割当徴発は農民から経営を復興しようとするあらゆる期待を奪い取った」。(４)農民経営の縮小は、農民の消極的なボリシェヴィキ権力への抵抗であると同時に、暴力的収奪による勤労経営の崩壊の兆候であった。それはこの時までに革命ロシアが直面した最大の敵であり危機であった。

　　　　梶川伸一『幻想の革命』十月革命からネップへ　これまでのネップ「神話」を解体する

　　　　　　　　　　『レーニンの農業・農民理論をいかに評価するか』ネップは宥和政策か

　〔見解３〕、ニコラ・ヴェルトによるネップの背景分析

　ニコラ・ヴェルトは、ネップ後における農民反乱の収束原因として、(１)「ネップ」に転換したことによる効果よりも、(２)大飢饉による結果の方を挙げている。(３)大飢饉と５００万人飢死のため、(４)とくに、レーニンらが、反乱地方にたいし飢饉救援活動を放棄・意図的に阻止したという犯罪的な飢死殺人政策を採ったことを原因として、反乱運動自体が飢餓・飢死によってなかば壊滅してしまったという見解である。梶川伸一も、同じ見解の立場から、３大反乱地方ウクライナにたいするレーニンの飢死殺人政策データを挙げている。

　ネップの背景は、ニコラ・ヴェルト『共産主義黒書』の「第五章、タンボフから大飢饉へ」(Ｐ．１１８)にある。そのまま引用する。

　一九二〇年末には、ボリシェヴィキは勝利したかに見えた。(１)白軍の最後の部隊は敗れ、(２)コサックは打ち負かされ、(３)マフノの部隊も敗走していた。しかし、赤軍の白軍に対する戦争が終わったとしても、体制側と社会の広範な部分との対決は一層激しく続いていた。

　(４)農民戦争は、諸県がボリシェヴィキ権力から離れた一九二一年初めに絶頂に達した。タンボフ県やヴォルガ流域の一部の県（サマーラ、サラートフ、ツァリーツィン〔ロシア語版にはない〕、シンビルスク）、そして西シベリアで、ボリシェヴィキは都市を掌握していたにすぎなかった。地方は緑軍の何百もの徒党や、それどころか真の農民軍が押さえていた。

　(５)モスクワ、ペトログラード、イヴァーノヴォーヴォズネセンスク、トゥーラといったまだ生産活動を行なっているロシア最後の工業中心地でも、労働者のストライキや反乱や抗議が増大していた。

　(６)一九二一年二月末には、ペトログラードの沖にあるクロンシュタットの海軍基地で、今度は水兵が反乱を起こした。情勢は爆発寸前になり、ロシアは統治不能になるかもしれなかった。体制を呑みこみかねない激しい社会的潮流の中で、ボリシェヴィキ指導部は後退し、最も大きく、普遍的で危険な不満、すなわち農民の不満を一時的に押さえるために、唯一の手段を講じなければならなかった。彼らは食糧徴発をやめて、現物納に代えた。一九二一年三月から「ネップ」と呼ばれる新経済政策が現れ始めるのは、このような体制側と社会の対決を背景にしてであった。

　長いこと支配的だった政治的な歴史は、一九二一年三月の「転換」を強調してきた。ところが一九二一年三月のボリシェヴィキの第十回大会最終日に、食糧徴発を現物納に代えるという緊急決議は、農民反乱や労働者のストライキを終わらすことなく、弾圧を手控えさせることにもつながらなかった。今日入手しうる史料によれば、一九二一年春のすぐあとに国内の平和が確立したわけではなかった。緊迫した情勢は少なくとも一九二二年の夏まで、ところによっては、はるかそれ以後も、きわめて強く残った。

　(１)地方では食糧徴発隊が依然として弾圧を続け、(２)労働者のストライキは残酷に打ち破られ、(３)最後の社会主義活動家たちは逮捕され、(４)「森の匪賊一味の根絶やし」は人質の大量虐殺、毒ガスを使っての村の爆撃など、ありとあらゆる手段で続けられた。

　しかし、食糧徴発隊に最も痛めつけられ、生き残るために蜂起した、熱狂的な村落を打ち負かしたのは、結局のところ一九二一～一九二二年の大飢饉であった。飢饉の地図は、それ以前の年に食糧徴発隊に一番攻撃され、農民の反抗が最も激しかった地帯と完全に重なっている。

　体制の「客観的」同盟軍であり、平定作戦の絶対的武器となった飢饉は、この他にも、大災害に奮起して立ち上がった(１)正教会や(２)インテリゲンツィアに止めを刺す口実としてボリシェヴィキによって使われた。

　〔見解４〕、私の「ネップ」認識

　第１、「ネップ」は、レーニンの独創でなく、９０００万農民第２要求とエスエル農業政策を、３年遅れで丸呑みしたもの

　穀物・家畜の自由処分権は、１９１７年３月土地革命総決起以来、土地革命農民の一貫した第２要求だった。それは、「ネップ」と同一の要求内容だった。エスエルだけでなく、全他党派も、その政策を提起していた。「レーニン神話」は、それらの歴史的事実をすべて隠蔽して、「ネップ」をレーニンの独創的偉業としてきた。

　それは自発的な決断でもない。レーニンが、土地革命農民の要求を丸呑みした契機は、全階級反乱、とりわけクロンシュタット事件による政権崩壊の危機意識だった。その証拠は、第１０回大会演説のための「レーニン梗概メモ」である。P･アヴリッチが、『クロンシュタット１９２１』(Ｐ．２７１)で発掘・公表した。レーニンは、そこに「クロンシュタットの教訓：政治学では――(１)党内における隊列(および規律)の閉鎖、(２)メンシェヴィキと社会革命党にたいする一層の闘争。経済学では―(３)中産農民を可能なかぎり満足させること」と記していた。メモの出典(注)があるが、ロシア語のため省略する。

　第２、｢ネップ｣は、「一時的戦術的後退」で、レーニンにとって「屈辱的な大敗北」

　これは「戦略的転換」ではない。たしかに、「ネップ」後、穀物・家畜が自由商業で出回るようになった。反乱地方を除いて、農民は、現物税を収めるようになった。レーニンは、その予想外の進行を見て、戦術的効果を評価する発言もしている。しかし、あくまで「後退・退却」とする観点を変更していない。なぜなら、「ネップ」は、社会主義政権が、資本主義経済に後退する政策を、権力奪取から約３年半も経ってから、一時的にせよ、採らざるをえないという「屈辱的な大敗北」だったからである。政治局、ボリシェヴィキ内で、論争になったテーマは、「この後退をいつまで、どの範囲まで続けるのか」ということだった。「いつになったら、後退を中止し、社会主義農業政策に戻るのか」が、重大関心事だった。「ネップ」期間中、いかに秩序だった後退を行うのかが、政権崩壊のがけっぷちから、生き長らえる最大問題になった。

　３、レーニンによる「ネップ」後のロシア革命勢力弾圧継続・強化データ

　〔小目次〕

　　　１、「ネップ」以外に３つの弾圧作戦を全面的遂行

　　　２、革命農民の反乱鎮圧・皆殺し「浄化」作戦、移動革命裁判所

　　　３、革命労働者のストライキ鎮圧と労働の軍事規律化のさらなる強化

　　　４、革命水兵のクロンシュタット参加者皆殺し作戦

　　　５、社会主義他党派の全員逮捕・銃殺・強制収容所送り

　１、「ネップ」以外に３つの弾圧作戦を全面的遂行

　レーニンは、この危機において、一党独裁システムを放棄せずに生き残るため、「ネップ」以外にも、３つの作戦を遂行した。

　〔作戦１〕、１９２１年～２２年、反乱した農民・労働者・水兵の指導者を皆殺しにし、社会主義他党派を残らず逮捕し、今後の反乱の芽を根絶

　(１)、３大穀倉地帯における３大農民反乱を武力鎮圧し、裁判なし射殺・毒ガス使用指令で、コサック農民を合わせて数十万人を殺した。(２)、ストライキ労働者・メンシェヴィキ１００００人を逮捕し、即座に５００人を銃殺した。(３)、クロンシュタット・ソヴェト５５０００人を殺戮、銃殺、強制収容所送り、移送中の殺人、強制収容所での拷問死・銃殺で殲滅した。(４)社会主義他党派を残らず逮捕・銃殺・強制収容所送りにした。この詳細は、下記〔小目次〕２～５において検証する。

　〔作戦２〕、１９２１年夏、「秩序ある後退」をするために、党内規律強化と党員粛清・大量除名を決行

　「ネップ」発令の第１０回大会で、「分派禁止規定」を大会最終日に、レーニンが突如提案し、決定した。そして、１９２１年夏前後、「党の頂上から底辺までの粛清」を指令した。除名党員数データは、さまざまである。(１)Ｐ・アヴリッチは、「全党員のほぼ４分の１を除名」(P.２７３)としている。(２)ダンコースは、「党員の２４％、１３６８３６人を規律違反・重大な誤ち・不活動で除名」(『ソ連邦の歴史１』Ｐ．２２３)と書いた。(３)『ロシア史(新版)』は、「約２０万人を除名」(P.４８２)と推定している。

　シャルル・ベトレーム『ソ連の階級闘争、１９１７～１９２３』(第三書館、原著１９７４、絶版)は、次の事実も書いている。除名キャンペーンと除名決定は、中央審査委員会・地方審査委員会で行われた。それにより「労働者反対派」のほとんどが党から追放された。しかし、レーニンは、除名対象者の調査・リストアップをチェーカーにもやらせた。この瞬間から、レーニンは、チェーカーを、(１)ソ連国民向けの「赤色テロル」オルガンから、(２)ボリシェヴィキ党内における党員向けの秘密政治警察の役割も備える機関に変身させた。ロイ・メドヴェージェフは、スターリンが、１９３６年前後の大テロル時期に、現役党員１００万人・除名された元党員１００万人を銃殺・処刑したというデータを載せた。スターリンとＮＫＶＤは、レーニンの教え＝秘密政治警察が持つ党内外での二面的役割を忠実に受け継いだ。

　レーニンは、１９２２年３月においても、この「後退、退却」観を堅持していた。Ｒ・ダニエルズ『ロシア共産党党内闘争史』(Ｐ．１３１)を、そのまま引用する。

　一九二二年の三月末から四月はじめにかけて開催された第一一回党大会は、レーニンの指導下における最後の党大会であった。更にいっそうの団結と規律というのが党指導者の考えた主要なテーマであった。

　レーニンは時を移さず、党の団結を維持するには無慈悲さが必要なのだと断じた。「もし人々が狼狽をもちこむならば―こういう瞬間には、どんなわずかな規律紊乱も、厳重に、手ひどく、容赦なく罰する必要がある」。ネップは一種の退却であるから、党の隊列における秩序はそれだけますます必要である。「本物の軍隊にこのような退却が行なわれるときは、機関銃をすえる。そして正常な退却が無秩序な退却になっていくときには、『射て！』という命令がくだる。しかもそれは正しいのである。」

　レーニンは反対派活動の弱まりを認めたが、代議員たちは分派主義を根絶するために倍旧の努力を献げるように要請された。「党全体とその地方諸組織の全権力をあげて、党の組織を分裂させるあらゆる種類の現われと決定的な闘争を行なわねばならない。…党全体が、あらゆる異論と不一致の表現を党に対する最も重大な犯罪とみなさねばならない。」

　〔作戦３〕、１９２２年、「反乱の危険因子」を持つ階層にたいする予防的殺人・予防的肉体的排除

　大飢饉が始まると、(１)あらゆる聖職者・信徒と(２)ボリシェヴィキでない多数の知識人が、飢饉救援活動に立ち上がった。しかも、党独裁政府から自立した救援組織をソ連全土で結成した。しかも、彼らは、救援活動において、当然ながら、アメリカを中心とする国際的な救援組織と連携して活動した。レーニンは、クーデター政権とは別個の自主的な組織と聖職者・知識人たちを「反乱」の危険因子を持つ階層と敵視した。彼が企んだのは、大飢饉の真っ最中にもかかわらず、救援活動をしている聖職者・知識人の予防的殺人・追放「浄化」作戦だった。

　それを、大飢饉の１９２２年に強行し、一党独裁国の「浄化」を図った。レーニンは、２２年前半、聖職者全員銃殺を指令し、聖職者数万人銃殺、信徒数万人殺害を行った。２２年後半、第１回脳梗塞発作後、「反ソヴィエト」知識人数万人を３方針で肉体的排除＝「浄化」した。

　　　　『聖職者全員銃殺型社会主義とレーニンの革命倫理』

　　　　『「反ソヴェト」知識人の大量追放「作戦」とレーニンの党派性』

　２、革命農民の反乱鎮圧・皆殺し「浄化」作戦、移動革命裁判所

　これは、ニコラ・ヴェルト『共産主義黒書』(Ｐ．１２６～１２９)、ロイ・メドヴェージェフ『１９１７年のロシア革命』とヴォルコゴーノフ『レーニンの秘密・下』に載っている「ネップ」後のデータである。データの出典(注)が多数あるが省略する。レーニンは「ネップ」後、革命農民にたいし何をしたのか。

　〔小目次〕

　　　１、１９２１年４月２７日、ソ連全土での「浄化」作戦開始

　　　２、１９２１年６月１２日、毒ガス使用によるタンボフ農民の絶滅命令

　　　３、１９２１年７月１０日、タンボフ県匪賊抑圧政策の人質・公開処刑報告

　　　４、１９２１年１２月、移動革命裁判所の設置による即決の投獄・収容所送り

　１、１９２１年４月２７日、ソ連全土での「浄化」作戦開始

　ニコラ・ヴェルトは、『共産主義黒書』(Ｐ．１２６)でこのデータを発掘・公表した。

　一九一二年春に行なわれたその他のボリシェヴィキの優先的政策に、匪賊と農民の別働隊に占領された全地域の「浄化」作戦があった。一九二一年四月二十七日、政治局はトハチェフスキー将軍を「タンボフ県アントーノフの徒党掃討作戦」の責任者に任命した。トハチェフスキーは、かなりの部分がチェーカーの特別部隊からなる大砲と飛行機をもった約一〇万の軍勢を率いて、アントーノフの部隊に前代未聞の苛烈な弾圧を加えた。トハチェフスキーと中央執行委員会全権代表委員のアントーノフ－オフセエンコは、真のタンボフ県占領政府を確立するために、大規模な人質獲得、処刑、強制収容所収監、ガス毒殺を行い、「匪賊一味」を援助もしくは隠蔽した疑いのある村全体を強制移住させた。

　アントーノフーオフセエンコとトハチェフスキーの署名した一九二一年六月十一日付け日々命令第一七二号は、タンボフ県を「平定する」方法を記しているが、これは特に以下の点を明記している。

　「一、名を名乗ることをこばむ者は、裁判なしで即刻銃殺に処する。

　二、地区政治委員会もしくは郡政治委員会は、武器を隠匿せる村に対し、人質をとり、もしその武器を引き渡さぬ時はその人質を銃殺すると宣言する権利を有す。

　三、もし武器が発見された時は、家長は裁判なしに即刻銃殺に処される。

　四、匪賊を家の中に隠した家族は逮捕され、県外に移住させられ、財産は没収となり、その家長は裁判なしに即刻銃殺される。

　五、匪賊の家族もしくは財産を隠した家族は匪賊と見なされ、その家長は裁判なしに即刻銃殺される。

　六、匪賊の家族が逃走した時は、その財産はソビエト権力に忠実な農民に分配され、放棄された家は焼却される。

　七、この日々命令は情け容赦なしに厳密に履行すべし。」

　命令第一七一号の公布の翌日、トハチェフスキー将軍は反乱者を毒ガスで殺す命令を下した。「敗北した徒党の一味と孤立した匪賊は、依然として森の中に集まって身をひそめている…匪賊たちの隠れている森は毒ガスを使って浄化すべきである。ガスが森の中に染み入り、そこに隠れているすべてを殲滅するように、あらゆる事がよく計算されなければならない。砲兵隊の軍監察官とこの分野の作戦の専門官とは、必要とされる量の毒ガスをただちに供給しなければならない」。七月十九日、この極端な「絶滅」形態は、多くのボリシェヴィキの指導者の反対に出合って、命令第一七一号は取り消された。

　この一九二一年七月にはチェーカーの指導部はすでに七つの収容所を設置し、そこに少なくとも五万人を収容したが、これはまだ部分的データでしかない。彼らの大部分は女、年寄り、子ども、「人質」と、農民出身の逃亡兵の家族であった。収容所の状態は酷いものだった。チフスとコレラが流行し、半裸体の被拘留者にはすべてが欠如していた。一九二一年の夏には飢餓が到来した。秋には月間死亡率が一五～二〇％にもなった！

　一九二一年二月の農民一揆の最盛期には、四万からの武装した仲間がいたが、九月一日には全部でわずか一〇〇〇人ばかりになってしまった。すでに地方はだいぶ前から「平定」されていたのに、一九二一年十一月から、最も健康な被拘留者の中から数千人がロシア北部の強制収容所、アルバンゲリスクとホルモゴールイへと送られた。

　ボリシェヴィキ指導部にあてたチェーカーの週報告が証言するように、地方の「平定」作戦は少なくとも一九二二年の後半までウクライナ、西シベリア、ヴォルガ諸県、カフカスなどで継続して行なわれた。それまで行なわれてきたやり方は、依然として続けられた。食糧徴発は一九二一年三月に公式には廃止されたとはいえ、それに代わる現物税の徴収が、しばしば極端に苛酷なやり方で取り立てられた。一九二一年の食糧事情からして、このきわめて高い割り当て率は、多くの農民が武器を保有していた地方で、恒常的緊張を生んだ。

　一九二一年五月に、トゥーラ、オリョール、ヴォロネジ諸県を視察した農業人民委員蔀次官のニコライ・オシンスキーは、その旅行の印象の中で、地方公務員は秋にはまた食糧徴発が再開されることを確信していたと記している。地方当局は「農民は生まれながらサボタージュする者としか、考えることができなかった。」(『黒書』Ｐ．１２６)

　ヴォルコゴーノフも、同一データを発掘・公表した上で、次の事実も記した。「政治局は、あちこちの県で大虐殺が行なわれるのを認めていた。」(『レーニンの秘密・下』Ｐ．１５８)

　２、１９２１年６月１２日、毒ガス使用によるタンボフ農民の絶滅命令

　ロイ・メドヴェージェフは、『１９１７年のロシア革命』(Ｐ．１３５)で、次のように認めている。

　「ボリシェヴィキが再びロシアを奪還した一九二一年春は、どことなく一九一八年春と似ている。だが今度は国が土台まで破壊されていた。工場は操業を停止していた。工業労働者の大部分が村へ去っていった。農業生産は半減した。だが農民は、ただぶつぶつ不平を言っていただけではなかった。再び武器を取って立ち上がり始めた。ロシア中央部ではエスエル党員アレクサンドル・アントーノフに率いられたタンボフの反乱、すなわちアントーノフの反乱が荒れ狂った。この時、内戦期において初めて軍は兵器庫から化学兵器を取り出し、使用した。」（P.１２５）

　ヴォルコゴーノフは、この詳細を『レーニンの秘密・下』で公表した。

　「一九二一年四月二十七日、レーニンの率いる政治局は、トゥハチェフスキーをタンボフ地方の司令官に任命した。彼は一カ月以内に農民の反乱を鎮圧すること、およびその進捗状況を毎週文書で報告するように命じられた。トゥハチェフスキーはその期限を守ることはできなかったが、要求の達成には全力を尽くした。

　六月十二日に、トゥハチェフスキーは次のような命令を出した。

　敗北集団や単独行動の盗賊の生き残り……などが森に集まり、平和に暮らしている住民を襲っている。（1）、盗賊が隠れている森に毒ガスを撒き、彼らを一掃すること。窒息ガスを森中全体にたちこめさせ、そこに隠れているすべてのものを確実に絶滅させるように綿密な計画を立てること。

　(２)、小火器監察官は必要数の毒ガス入り気球と、その取り扱いに必要な専門技術者をただちに現場に派遣すること。

　体制から見て、どういう種類の農民が、本物の階級の敵、とみなされたのかは想像しにくい。だが、似たような措置は他のところでもとられ、政治局はそれを承知し、認めていた。」（Ｐ．１３５）

　３、１９２１年７月１０日、タンボフ県匪賊抑圧政策の人質・公開処刑報告

　これは、ニコラ・ヴェルトが『共産主義黒書』（Ｐ．１２８）に載せた。

　「タンボフ県匪賊抑圧政策に関する全権五人委員会議長報告　１９２１年７月１０日

　クドリュコフスク郡の掃討作戦は、以前匪賊の一味をかくまったオシノフカ村から、６月２７日に開始された。わが抑圧部隊にたいする農民の態度は、ある種の不信感をもって特徴づけられる。農民は森の匪賊どもを通報することなく、質問にたいしては何も知らないと答えた。われわれは４０人の人質をとらえ、村に戒厳令をしき、村の住民に匪賊と隠匿武器を引き渡すために２時間の猶予を与えた。村人は集まって相談し、いかになすべきか躊躇していたが、しかし積極的に追い出し作戦に協力するとは決めなかった。

　きっと彼らは、人質を処刑するというわれわれのおどしをまじめにとらなかったのだろう。猶予時間が過ぎたので、われわれは２１人の人質を村人の集まる前で処刑した。全権委員、共産主義者の目の前で、慣例にしたがって形式にのっとり、一人ひとりを銃殺によって公開処刑にしたことは、農民に衝撃的な印象を与えた……

　カレーフカ村に関しては、その地理的情況から、匪賊の一味にとって恵まれた場所になっていた……委員会はこれを地図から抹消することに決定した。全住民は赤軍勤務者の家族を除き、移動させられ、その財産は没収された。赤軍勤務者の家族はクルドウーク村に移され、匪賊一味の家族の、没収された家に住まわせた。いくつかの価値ある品－窓枠、ガラス製品、木製品等々－を回収したあと、村の家々に火が付けられた……

　７月３日、われわれはボゴスロフカ村の作戦を開始した。ここの農民ほど頑固で、組織化された者は、前に出会ったことがまずない。これらの農民と言い争っていると、若い者も年取った者も、異口同音に驚いたふうでこう言うのだった。

　「わしらのところに匪賊だって？　まさか、そんなことを考えなさるなんて、とんでもない！　一度くらい近くを通るのを見たことはあったかもしれねえが、匪賊だなんて思ってもみませんでした。わたしどもはだれにも悪いことはせず、静かに暮らしとりますだ。なんにも知りません。」

　われわれはオシノフカでも同じ処置をした。人質を５８人とった。７月４日にわれわれは第１グループの２１人を公開処刑し、翌日には１５人処刑した。しかし匪賊ども６０家族、約２００人を退治することはできない。最終的にわれわれは目的を達し、農民は強制されて匪賊狩りと隠匿武器の探索に出発した……

　上記諸村の掃討は７月６日に終了した。作戦は見事成功し、その影響は近くの２郡を越えて響いている。匪賊どもの降伏が相次いでいる。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　全権五人委員会議長　ウスコーニン。（注）」（Ｐ．１２８）

　（注）、ダニ一ロフ、シヤーニン『タンボフ県における農民反乱１９１９～１９２１年』２１８頁

　　　　『「反乱」農民への「裁判なし射殺」「毒ガス使用」指令と「労農同盟」論の虚実』

　　　　梶川伸一『ボリシェヴィキ権力とロシア農民』食糧独裁令の誤りと農民反乱

　４、１９２１年１２月、移動革命裁判所の設置による即決の投獄・収容所送り

　これも、ニコラ・ヴェルト『共産主義黒書』(Ｐ．１２７)にある。

　飢饉がヴオルガ沿岸の全県に大きな被害を与えているときに、農業生産物の大きな供出を提供すべきシベリアにおいて、税の徴収を促進するために、一九二一年十二月、フエリクス・ジェルジンスキーが特別全権として派遣された。彼は村々をめぐって税を支払わぬ農民を即決で投獄もしくは収容所送りにする「移動革命裁判所」を設置した。食糧徴発部隊のように、この革命裁判所は「租税部隊」に支援されて、多くの職権乱用をしたところから、最高裁判所長官ニコライ・クルイレンコ自身、チェーカーの長官によって任命されたこの機関の悪事について調査を命じた。

　一九二二年二月十四日に監察官はオムスクから書き送った。「食糧徴発隊の悪事は想像を絶するものがあります。逮捕した農民を(１)計画的に暖房していない納屋に閉じこめ、(２)鞭打ち、殺すぞと脅します。(３)引き渡しの割り当てを完納しない者は手を縛られて、村の本通りを裸で走らされ、(４)そのあと暖房のない納屋に閉じこめられるのです。(５)たくさんの女を気絶するまで打ちのめし、(６)裸で雪の中に掘った穴に押し込めました……」。すべての県で緊張が高まった。ネップ開始一年半後の、政治警察の報告の一部が、事態を証言している。

　「ブスコフ県の現物納の固定割り当て率は、収穫の三分の二である。四郡が武器を取って立ち上がった……ノヴゴロド県では不作にかんがみて、二五％減額したが、割り当ては達成されないであろう。リャザン県とトヴェーリ県では、一〇〇％の割り当て達成は、農民を餓死させることになろう……〔トムスク県の〕ノヴォ・二コラエフスク市では、飢饉が迫り、農民は雑草や草の根を食料にしている……しかしこれらの事実は、かつてないほど自殺が流行っているとのキエフ県から届いた情報に比べるなら、まだそれほど深刻ではないように思われる。農民は税を払えず、武器も押収されたため取ることができないので、集団自殺をしている。一年来この地域全体を襲っている飢饉から、農民はその未来について、きわめてペシミスティックになっている。」(『黒書』Ｐ．１２７)

　　　　第３部『１９１８年５月、革命農民への食糧独裁令・第３次クーデター』

　　　　梶川伸一『幻想の革命』十月革命からネップへ　これまでのネップ「神話」を解体する

　　　　　　　　　　『レーニンの農業・農民理論をいかに評価するか』ネップは宥和政策か

　３、革命労働者のストライキ鎮圧と労働の軍事規律化のさらなる強化

　このデータは、ニコラ・ヴェルト『共産主義黒書』(Ｐ．１２５)にある。彼は、軍隊組織化企業の一例として、ウクライナのドンバス大工鉱業地帯で施行された政策を発掘・公表した。そこに書かれたドンバスの実態が２０００企業で強行されたら、それにたいし革命労働者はどうすべきか、どうしたのか。

　そこは、地図にある(１)ソ連南西部ロストフ州とウクライナ南東部にまたがるドネツ大炭田、都市ドネツク、(２)中南部のクリヴィイ・リィ鉄鉱産地を合わせ、炭鉱・金属関係労働者の町として、「十月革命」時期はウクライナ革命運動の拠点地帯だった。しかも、マフノ運動解放区のすぐ北部に位置した。

　トロツキーは、１９１９～２０年、軍事人民委員としてウクライナも担当し、フルンゼとともに、マフノ農民軍５万人の殲滅、マフノ運動参加者皆殺しの指揮・命令をした。１９２１年にかけて、レーニン・トロツキーは、マフノ運動への報復として、ウクライナで食糧独裁令による過酷な食糧収奪作戦を展開し、意図的飢餓政策も含めウクライナ国民１００万人を飢死させた。下記ドンバス大工鉱業地帯における実態は、ウクライナの悲劇に新たなデータを加えた。

マフノ運動解放区の中心地グリャイ＝ポーレは、ドニエプル河の

東で、地図のサボリジジャとベルジャンスクの中間に位置する

　　　　『マフノ運動とボリシェヴィキ政権との関係』ウクライナの悲劇データ・資料集

　ドンバスのデータは、１９２１年３月８～１６日第１０回党大会以降も、「労働の軍隊化、軍事規律化」が、レーニン・トロツキーらによって一段と強化され、遂行された事実を証明している。ニコラ・ヴェルトは、その政策を「ネップ導入後」と明記している。

　一九二一年春における体制側の優位の一つは、一九一三年の十分の一に落ちていた工業生産が持ちなおしたことだった。労働者に対する圧力を弱めるどころか、いまやボリシェヴィキはそれまで行なってきた労働の軍事規律化を維持し、さらに強化した。ネップ導入後、一九二一年に全国の石炭と鋼鉄の八〇％以上を生産していたドンバスの大工鉱業地帯で施行された政策は、あらゆる点で「労働者を再び就業させる」ためにボリシェヴィキがもちいた独裁的方法を表しているように見える。

　一九二〇年の末、指導部の一人でトロツキーに近かったピャトコーフがドンバス石炭産業局中央指令部の代表に任命された。一年間で彼は石炭の生産を五倍にすることに成功したが、それは自分の下の十二万炭坑夫の労働を軍事規律化するといった、労働者階級にかつて例のない搾取と抑圧の政策によってであった。ピャトコーフのとった政策は次のような厳しい規律であった。(１)欠勤はすべて「サボタージュ行為」と見なされ、強制収容所送りか死刑をもって処罰された。(２)一九二一年には十八人の炭坑夫が「札付きの寄生生活」で銃殺された。(３)彼は労働時間を延長し（とりわけ日曜労働）、(４)労働者の生産性を高めるために「配給券による恫喝」を広く行なった。

　すべてこれらの政策は、(５)労働者が給料のかわりに、生きるために必要な量の三分の一か半分だけのパンを支給され、(６)毎日仕事が終わった時には自分のたった一足の靴を交替する同僚に貸さなければならないという時期に行なわれたのだった。石炭産業局が認めているように、欠勤が多かったのは伝染病のほかに、「恒常的飢餓」と「衣服、ズボン、靴がほとんどまったくない」ことからきていた。飢餓が差し迫っている時に、食い扶持を減らすためにピャトコーフは、一九二一年六月二十四日、(７)炭鉱で働いていない者、したがって「厄介者」を、すべて町から追放することを命じた。炭坑夫の家族からも配給券が取り上げられた。(８)配給量は厳密に各炭坑夫の出炭高に応じて決められ、給与も出来高払いという原始的形態がとられた。

　すべてこれらの施策は平等の思想と、ボリシェヴィキの労働神話にたぶらかされて末だ甘い夢をみていた労働者の「保証された配給」といった考えに逆行するものだった。それは三〇年代の反労働者政策を見事に予示していた。労働者はもはやできる限り有効に搾取されるべき「ラブシーラ（労働力）」でしかなかった。労働組合は単に労働生産性を高める役割しか持たず、組合や労働立法といったわずらわしいものは回避された。労働の軍事規律化は、この強情で、腹をへらし、生産的でない労働力を、最も有効的に指導する形態のように見えた。

　この(１)自由な労働の搾取形態と、(２)三〇年代初めにつくられた懲罰機構の強制労働との類似性を疑問に感じないわけにはゆかない。ボリシェヴィズム揺藍期の他の多くのエピソード－それは国内戦だけに帰するわけにはゆくまい－と同じように、一九二一年にドンバスで起ったことは、スターリン主義の最盛期に実施されたいくつかの事柄を予告していた(『黒書』Ｐ．１２５)。

　　　　第５部『１９２１年２月、革命労働者ストライキの弾圧・第５次クーデター』

　　　　第５部２『１９２０年３月、トロツキー「労働の軍隊化」構想と党内論争』

　４、革命水兵のクロンシュタット参加者皆殺し作戦

　『第６部』に載せたデータの一部を再度載せる。「ネップ」後の皆殺し作戦である。１９９１年のソ連崩壊後、レーニン指令による大量殺害データが、３つ発掘された。これら資料は、レーニンが、(１)革命労働者にたいする弾圧実態を隠蔽・抹殺しただけでなく、ソ連が崩壊する前まで、(２)革命水兵にたいする皆殺し作戦も完璧に隠蔽していたことを証明した。これらレーニンの隠蔽体質と大量殺人犯罪隠蔽体制の完璧さをどう考えたらいいのか。

　〔小目次〕

　　　〔皆殺し対応のデータ１〕、銃殺・死刑・強制収容所送り

　　　〔皆殺し対応のデータ２〕、クロンシュタット関係者の大量銃殺

　　　〔皆殺し対応のデータ３〕、クロンシュタット生き残りも強制収容所で全員虐殺

　〔皆殺し対応のデータ１〕、銃殺・死刑・強制収容所送り

　ニコラ・ヴェルト『共産主義黒書』(恵雅堂、２００１年)が、ソ連崩壊後の衝撃的なデータを載せた。「作戦は三月八日に開始された。十日目にクロンシュタットは双方数千の犠牲を出して陥落した。反乱の鎮圧は容赦ないものだった。敗北後、投獄されていた何百人もが銃殺された。最近公刊された史料によれば、一九二一年四月～六月だけで二一〇三人が死刑、六四五九人が強制収容所へ収監となった。

　クロンシュタット陥落の直前に約八〇〇○人が凍った広い湾を越えてフィンランドへ逃げ延びたが、結局彼らはテリオキ、ヴィボルグ、イノの移送収容所に強制的に収監された。彼らのうち大赦の約束に騙されてロシアに帰った者は、ただちに逮捕されてアルハンゲリスク近くの最も忌まわしい収容所であるソロフキ島とホルモゴールイに送られた。アナキスト系の史料によれば、ホルモゴールイに送られた五〇〇〇人のクロンシュタットの拘留者中、一九二二年春まで生き延びた者は一五〇〇人以下であった。同年、移送特別委員会は、事件の時、要塞にいたというだけで、二五一四人のクロンシュタット市民をシベリアに送ったのだった！」(Ｐ．１２４)

説明: http://www2s.biglobe.ne.jp/My%20Documents/water.jpg

『共産主義黒書』クロンシュタット反乱者たちを集団溺殺　「ドヴィナ河畔のホル

モゴールイの収容所は、多くの収容者を手早く処分することで、悲しい名声を

轟かせていた。平底船で上陸した囚人は首に石を、両手に手枷をつけられて、

川に投げ込まれた。この集団溺殺は一九二〇年の六月に、ミハイル・ケドロフ

というチェーカーの指導者によって始められた。一致した証言によると、ホルモ

ゴールイに運ばれてきた多くのクロンシュタットの反乱兵やコサックやタンボフ県

の農民が、一九二二年にドヴィナ川で溺殺されたに違いなかった。」(Ｐ．１２４)

　Ｈ・カレール＝ダンコースは、『レーニンとは何だったか』(藤原書店、原著１９９８年)において、次の事実を発掘・公表した。

　第十回大会の翌日に、ジェルジンスキーは、クロンシュタットの生き残りを「ウフタの犯罪者収容所」へ送ることを示唆した。彼は、レーニンとの合意によって、ホルモゴールイに「犯罪者収容所」を建設し、強制収容所の世界を拡大する決定を下した。ネップに転換したその裏で、強制収容所は多数の収容所に枝分かれしていった。ジェルジンスキーは、その拡大にともなって、国家や官庁や工場で雇われているメンシェヴィキやアナキストや社会革命党員たち全員を逮捕させた(Ｐ．５４７)。

　アン・アプルボームは、『グラーグ－ソ連集中収容所の歴史』(白水社、原著２００３年)を出版し、ピュリツァー賞を受賞した。そこに、レーニン時代の収容所データを、次のように載せた。

　赤色テロルはレーニンの権力闘争の重要な一環だった。集中収容所、いわゆる「特別収容所」は、その赤色テロルの重要な一環だった。囚人の数についての信頼できる数字はない。ただ、一九一九年末現在、ロシアには登録された収容所が二十一カ所あった。一九二〇年末には、それが五倍以上の一〇七カ所となった(Ｐ．４８)。その拡張テンポで行けば、１９２２年には、何カ所になっていたのだろうか。そのデータは発掘・公表されていない。

　ヴォルコゴーノフは、『レーニンの秘密・上』で、「ネップ」後も、レーニンがラーゲリ・システムの拡大・強化を続けたデータを載せた。白衛軍との内戦は、１９２０年夏に基本的に終っていた。１９２０年１１月、ウクライナにおけるウランゲリ軍の亡命で完全に終った。となると、「ネップ」後のラーゲリ収容対象者は、ボリシェヴィキ党独裁に抵抗・批判・反乱するロシア革命勢力しかない。

　一九二一年四月二十日、レーニンを議長とする政治局は、極北のウフタ地方に一万から二万人を入れる収容所の建設を承認している。一週間後ジェルジンスキーは、一九二一年三月にソヴィエト政権にたいして反乱を起こし、赤軍の攻撃にたいし二週間の抵抗を示したクロンシュタットの兵士と水兵、一九一七年にはボリシェヴィキ支持の先鋭だった―を「ウフタの犯罪者植民地に入植させる」べきだと提案した。

　当時、チェーカーはやはり北部のホルモゴルイに新しい入植地の建設を提案していた。計画は続行された。まもなく、この国の大きな秘密地図には忌まわしい収容所の所在地を示すマークが点々と散らばるようになる。そこにはレーニン主義体制下の七十年間に数百万の人が送られることになった(Ｐ．３８８)。

　〔皆殺し対応のデータ２〕、クロンシュタット関係者の大量銃殺

　ヴォルコゴーノフ『七人の首領・上』(朝日新聞社、１９９７年、原著１９９５年)が、「レーニン秘密資料」６０００点、その他から、皆殺し対応データを発掘し、公表した。

　「ボリシェヴィキの専横にたいしてクロンシュタット軍港の水兵らが蜂起したとき、レーニンは、彼に騙された人たちの自然発生的な騒乱に過酷な弾圧の提唱者となった。クロンシュタットの要塞、あるいは艦船にいたというただそれだけの理由で銃殺された。たとえば、一九二一年三月二十日、特別三人委員会（トロイカ）の会議で、戦艦ペトロバヴロフスクの水兵一六七人について審理された。三人委員会にひきだされた全員に銃殺刑が言い渡された。判決はただちに執行された。翌日、同戦艦でさらに三二人が銃殺された。そして三月二十四日にはまたこの戦艦で二七人の水兵が銃殺された…。数十の法廷なるものが活動した。ぺトログラード県チェーカー非常委員会だけで、なんと二一〇三人の銃殺刑を言い渡している。昨日まで農民だった水兵や兵士たちが、党の専横に抗議の声をあげただけなのに(注２４０)。

　第七軍を指揮していたトゥハチェフスキーは、強襲の開始を命じた。明日中に戦艦ペトロバヴロフスクとセヴアストーポリを、窒息性ガスと有毒性爆弾で攻撃すべし(注２４１)。しかし、窒息性ガスの到着が間に合わなかった……。

　一九二一年夏までに二一〇三人が銃殺刑、六四五九人が刑務所拘留および流刑を言い渡された(注２４２)。のちに、スターリンによってボリシェヴィキ的秩序が確立されると、流刑者たちはみんな銃殺されてしまった。

　レーニンの権力は、テロと死刑なしにはやっていくことができなかった。暴力なしでは、権力はあっけなく崩壊したであろう。」(Ｐ．１６０)

　(注２４０)、ロシア国家保安省文書保管所、クロンシュタット暴動関係資料、ファイル一

　(注２４１)、ロシア国立軍事関係文書保管所、フォンド三三九八八、目録二、資料三六七、ファイル四〇

　(注２４２)、ロシア国家保安省文書保管所、フォンド一一四七二八、クロンシュタット暴動関係資料、ファイル一－一五

　〔皆殺し対応のデータ３〕、クロンシュタット生き残りも強制収容所で全員虐殺

　内田義雄・元ＮＨＫ特派員は『聖地ソロフキの悲劇』(ＮＨＫ出版、２００１年)で次の事実を記している。生き残って、別のソロフキ収容所に送られた者も、収容所内の処刑システムで殺された。

『聖地ソロフキの悲劇』収容所の機関銃による虐殺　「一九二一年春のクロンシュタットの反乱

の鎮圧後、処刑を免れた水兵およそ二〇〇〇人が送られてきた。その他コルチャーク将軍

指揮下の白軍の残党、農民、知識人、聖職者、ドンコサックなどいろいろの人たちがいた。連日

のように処刑が行われ、ある時は人々の目の前で囚人たちを川に浮かぶはしけに乗せて流し、

そのまま沈めて溺死させた。そのなかには女性や子どもたちも大勢混じっていた。何とか泳いで

岸に向かってくる者は、機関銃で容赦なく、撃たれた。それが何回も繰り返された。」(Ｐ．５５)

(３ＤＣＧは、２枚とも長男・宮地徹作成)

　　　　宮地徹ＨＰ『Grafic World』

　レーニンは、クロンシュタット臨時革命委員会が採択した(１)１５項目の民主的要求と(２)自由で平等な新選挙運動にたいし、白衛軍の将軍の役割と、真っ赤なウソをついた。これが、レーニンの恣意的なウソであったことは、アイザック・ドイッチャー、Ｐ・アヴリッチ、イダ・メット、ヴォーリンらが、歴史的事実として証明している。農民・労働者・兵士の総反乱による党独裁クーデター政権崩壊の恐怖におののいたレーニン・政治局は、それだけでなく、クロンシュタット水兵・労働者１４０００人にたいし、反革命の豚・白衛軍の豚というレッテルを貼りつけ、(１)鎮圧司令官トハチェフスキーや(２)強制収容所幹部に皆殺しを指令した。反革命の豚の殺し方が上記のようになるのは必然だった。

　クロンシュタット事件の死傷者・処刑数

　この（表２）データは、あくまで判明分である。クロンシュタット事件については、レーニン、トロツキーの具体的皆殺し指令文書などを含め未発掘データがかなりある。彼らは、その証拠を隠滅・焼却した可能性もある。というのも、ヴォルコゴーノフは「レーニン秘密資料」６０００点を調べたとき、スイス長期亡命時点の資金関係データやドイツ軍封印列車で帰国したときのデータが、明らかに、レーニンの直接指令の下で、秘密資料ファイルから完全に抹殺・除去されていた証拠があると、『レーニンの秘密』において証言しているからである。

(表２)　クロンシュタット事件の死傷者・処刑数の判明分

項目	クロンシュタット水兵・労働者			政府軍
	分類	人数	出典	分類	人数	出典
勢力	水兵基地労働者コトリン島他住民	10000 4000 41000	全文献	鎮圧司令官攻撃軍、クルサントゥイ、ボリシェヴィキ党員軍など	トハチェフスキー 50000	全文献
死傷	死者負傷者フィンランドに脱出　　内帰国者	600～数千 1000以上 8000 不明	アヴリッチと『黒書』	死者　　内代議員負傷者入院　　内死亡	700 15 2500 4000 527以上	アヴリッチ
鎮圧後の処刑	銃殺　　内3月20日　　　3月21日　　　3月24日銃殺刑強制収容所送りホモゴールイ収容所　　内溺殺・虐殺ソロフキ収容所　　内虐殺シベリア収容所	数百人 167 32 27 2103 6459 5000 3500 2000 全員 2514	アヴリッチと『黒書』、ヴォルコゴーノフ『聖地ソロフキの悲劇』『黒書』	追放、バルト水兵と全海軍部隊クロンシュタット・ソヴィエト	15000 ソヴィエト閉鎖、復活させず	アヴリッチイダ・メットとアヴリッチ
逮捕	社会主義活動家メンシェヴィキ中央委員　　内国外追放	2000 全員１２	『黒書』
スターリン	生残り流刑者銃殺・虐殺	生残り全員	全文献、ヴォルコゴーノフ

　　　　第６部『１９２１年３月、革命水兵の平和的要請鎮圧・第６次クーデター』

　５、社会主義他党派への一層の抑圧、全員逮捕・銃殺・強制収容所送り

　これは、「ネップ」後＝レーニンがロシア革命の息の根を止めた後、社会主義他党派にたいして行った抑圧・逮捕の実態である。３つのデータを載せる。

　〔小目次〕

　　　１、ニコラ・ヴェルトのデータ

　　　２、ロイ・メドヴェージェフの分析

　　　３、ヴォルコゴーノフのデータ

　１、ニコラ・ヴェルトのデータ　『共産主義黒書』(Ｐ．１２４)

　クロンシュタットの反乱を鎮圧した政府は、戦闘的な社会主義者の追跡、ストライキと「なげやりな」の労働者との戦い、食糧徴発の廃止を公式的に宣言したにもかかわらず依然として続いている農民一揆の粉砕、教会の弾圧へと全力を傾けた。

　すでに一九二一年二月二十八日、ジェルジンスキーはすべての地方チェーカーに以下のように命じていた。「（一）すべての無政府主義的、メンシェヴィキ的、エスエル的インテリゲンツィア、とりわけ農業と食糧調達部門の人民委員部で働いている役人をただちに逮捕すること。（二）この活動開始後、工場で働いていて、ストライキやデモを呼び掛ける可能性のあるすべてのメンシェヴィキ、エスエルおよびアナキストを逮捕すること。」

　一九二一年三月からのネップの導入は、抑圧政策の緩和どころか、穏健な社会主義の活動家の一層の抑圧を招いた。この弾圧は、(１)彼らが経済的「新政策」に反対する危険からではなく、(２)むしろ長いこと彼らがこの政策を唱えてきて、その分析の正しさと洞察力を示したからであった。「自称であれ、僭称であれ、メンシェヴィキとエスエルの唯一の居場所は－とレーニンは一九二一年四月に書いている－それは牢獄である。」

　数カ月後になっても社会主義者がまだあまりにも「活動的」なのを見たレーニンは、「もしメンシェヴィキとエスエルが、まだちらっとでも顔を見せるようだったら、容赦なく彼らを銃殺してしまえ！」と書いた。一九二一年の三月から六月の間に二〇〇〇人以上の穏健な社会主義の活動家やシンパが逮捕された。メンシェヴィキ党の中央委員会の全委員が投獄された。シベリア流刑で脅迫された彼らは、一九二二年一月にハンストを始めた。ダンとニコラエフスキーを含む十二人の指導者が国外追放になり、一九二二年二月ベルリンに到着した。

　２、ロイ・メドヴェージェフの分析　『１９１７年のロシア革命』(Ｐ．１３３)

　「ネップ」への転換は、ボリシェヴィキが政治的独裁を止めたということを意味するものではなかった。ボリシェヴィキは今や「小ブルジョア」政党の綱領を武器としている。しかし、レーニンは、経済政策の自由化がこうした政党の影響力強化につながりはしないかと懸念していた。したがって、経済の自由化が政治の民主化を伴わなかった。党の内部においてさえ前からあった様々な会派の活動が例外なく禁じられた。労働者反対派の参加者の一人、ガヴリーラ・ミャスニコフは「無政府主義者から君主制主義者まで」出版の自由を拡大することを提案した。この提案をレーニンは怒りをもって斥けた。

　様々な口実のもとに、メンシェヴィキやエスエルの党活動は禁じられ、これらの政党はソヴィエトから除外された。フョードル・ダンやメンシェヴィキの他のリーダーたちもソヴィエト・ロシアから追放された。ゲー・ペー・ウーの監視下にあった右派エスエルのリーダーたちは逮捕されて、でっち上げに基づく裁判が始まった。エスエル党指導者は銃殺刑を言い渡されたが、死刑が十年の禁固刑に取り替えられた。こうした見せ物裁判に対する抗議は当時、全世界の社会主義者の間に広がった。

　一方、左派エスエル党はそれとは反対に、新経済政策をボリシェヴィキの世界革命に対する裏切りであり、革命の敗北を認めるものだと評価した。懲罰機関の圧力の下で左派エスエルは、一九二一年事実上その政治活動を停止した。しかし党解散の決定は全くなされなかった。また例えば、メンシェヴィキのアンドレイ・ヴィシンスキーから右派エスエルのイヴァン・マイスキーまで他の政党の有力活動家がしばしばおこなったように、左派エスエルの党中央委員会メンバーが様々な種類の権利を放棄したり、過ちを認めることもなかった。ネップ期にはロシア共産党を除く全政党が合法活動をすることができなくなった。

　３、ヴォルコゴーノフのデータ　『七人の首領－レーニンからゴルバチョフまで』(Ｐ．１５５)

　同盟者として十分可能性のあったメンシェヴィキと社会革命党(エスエル)は、たちまちのうちに、容赦なく一掃された。それも政治的にだけでなく、肉体的にも抹殺された。昨日の友、同盟者、ほぼ同じ信念の持ち主だった人たちが、(１)僻地へ追いやられたり、(２)強制収容所(ラーゲリ)に放り込まれたり、(３)刑務所に閉じ込められたり、(４)国外に追放されたりした。(５)レーニンは、こうした迫害や弾圧で中心的な役割を果たした。彼の文書やメモ、決裁、報告書は、ひとつの目的だけを追い求めている。すなわち、ボリシェヴィキと異なった世界観をもつロシアの社会主義者たちを、いかに絶滅するか、ということであった。

　一九二一年六月、レーニンの指示にもとづき、ウンシュリフトは政治局にこう報告している。「全ロシア非常委員会(ヴェー・チェー・カー)は、まず第一に、社会革命党とメンシェヴィキの組織を、個々の非合法活動家たちと同様に、組織の指導者もすべて見つけだし、壊滅させるために徹底的な作業を続行するよう提案する。党の指示にもとづき、国家的規模の大々的な作戦を展開しなければならない…」(注２２５)。

　レーニンは同意した。まもなく政治局は、このウンシュリフトの報告にもとづいて、メンシェヴィキを「僻地」に追放する措置を強化することを決めるとともに、国外追放することにも反対しなかった(注２２６)。

　(注２２５)、最新資料研究ロシア中央文書保管所、フォンド二、目録一、資料二四四七二、ファイル一

　(注２２５)、最新資料研究ロシア中央文書保管所、フォンド二、目録二、資料六四一、ファイル一

　４、大飢饉での５００万人飢死原因と反乱地方への２５０万人飢死殺人政策の手口

　〔小目次〕

　　　１、大飢饉と５００万人飢死原因１－「度を越した」食糧徴発

　　　２、原因２－遅すぎた選択としての「ネップ」への転換

　　　３、反乱地方への２５０万人飢死殺人政策の手口データ

　１、大飢饉と５００万人飢死原因１－「度を越した」食糧徴発

　ニコラ・ヴェルト『共産主義黒書』の原因分析(Ｐ．１２９)を載せる。

　一九二一年七月二一日、全露執行委員会議長カリーニンがこの「大災害」の原因を列挙したときに、まだあえてその名を口にしない主な原因があった。それはすでに弱っていた農業に、何年もの間くさびを打ち込んできた食糧徴発政策である。一九二一年六月、飢饉に襲われた地域の指導者がモスクワに召集されたが、彼らは異口同音に政府の責任を強調した。彼らは飢饉の拡大と深化の上で、とくに絶大な権力をもっている食糧人民委員の責任を指摘した。サマーラ県代表のヴァヴィーリンなる者は、県の供給委員会が、徴発隊の設置以来、絶えず収穫見積もりの水増しを行なってきたと説明した。

　一九二〇年は不作だったにもかかわらず、一〇〇〇万プード〔約一六万四〇〇〇トン〕の食糧が徴発された。翌年の播種のための種籾もふくめて、すべての予備が押収された。一九二一年一月以降、農民には食べるものがまったくなかった。二月になると死亡率が上昇した。二、三カ月のうちにサマーラ県では体制に反対する一揆や反乱が事実上、止んでしまった。「今日では－とヴァヴィーリンは説明している－もはや反乱はありません。新たな現象が見られます。何千という飢えた群衆が、静かにソビエト執行委員会や党を昼も夜も取り囲んで、奇跡的に食物が到着するのを待っています。人々が毎日虫けらのように死んでゆくのですから、これらの群衆を追い立てるわけにはいきません……県下では少なくとも九〇万人が飢えていると思います。」

　チェーカーと軍事情報部の報告を読むと、食糧の欠乏は一九一九年以来、多くの地域で始まっていたことが確認できる。一九二〇年を通じて、事態は悪化の一途をたどった。チェーカーも農業人民委員部も食糧人民委員部もその報告で見れば、事態を完全に認識しており、一九二〇年夏から「飢餓の」あるいは「食糧欠乏の」地域や県のリストを作成していた。一九二一年一月のある報告は、タンボフ県を襲った飢餓の原因として一九二〇年の「度を越した」食糧徴発をあげている。

　２、原因２－遅すぎた選択としての「ネップ」への転換

　３人の研究者が、この実態を論証している。ロイ・メドヴェージェフの研究は、別ファイルにある。

　第一、梶川伸一は、下記６ファイルにおいて、ソ連崩壊後に発掘・公表された膨大なアルヒーフ(公文書)に基づき、詳細な実証的研究をした。ソ連崩壊後に出版されたさまざまな研究書を見ても、ボリシェヴィキ権力と農民との関係、ソ連全土における農民反乱、飢餓・飢饉・飢饉死者などの実態を、これら６著書・論文ほどのレベル・精密さで、各地の詳細なデータを駆使し論証した研究者は、世界的にもいないであろう。その結論として、彼は、レーニンの「労農同盟の成立」論は誤り・ウソであり、「労農同盟は成立していなかった」事実を証明した。以下は、彼とロイ・メドヴェージェフの研究に基づく私の判断である。

　レーニンには、「ネップ」への転換という選択肢を採るチャンスが４回もあった。５回目が、クロンシュタット事件の衝撃に基づく後退・敗北作戦＝「ネップ」である。後退・敗北という意味は、社会主義政権が、十月クーデターから３年４カ月間も経ってから、(１)社会主義経済・農業路線を放棄し、→(２)党独裁体制を維持し抜くには、自由商業・資本主義的生産を認めざるを得ないという屈辱的な選択だったことである。

　第１回は、１９１７年１１月７日(旧暦１０月２５日)、武装蜂起・権力奪取クーデター時点である。梶川伸一は、それを軍事クーデターと明記している。ただ、そのときは、ドイツ軍との戦争を継続中という特殊条件があった。しかし、すでにその時期は飢餓が深刻になっていた。彼は、その飢餓状態を詳細に論証している。ボリシェヴィキは、「土地・平和・パン」という国民要求の解決を公約していた。１０月時点では、ソヴィエト勢力のかなりが、エスエル・メンシェヴィキよりも、ボリシェヴィキの３公約の方を支持した。

　しかし、クーデター政府は、「パン＝飢餓解決」公約について、臨時政府の穀物専売制という統制経済を継続するだけで、飢餓解決策・９０００万土地革命農民の第２要求である「穀物家畜の自由商業」要求＝「ネップ」との同一内容を拒絶した。他党派すべても、その要求を支持・主張していた。

　第２回、１９１８年３月３日、ブレスト講和条約によるソ連のみ単独離脱・平和回復後の１９１８年３、４月の２カ月間である。レーニン側に「市場経済廃絶、貨幣経済も廃絶の青写真」戦略さえなければ、「ネップ」に転換できた。ロイ・メドヴェージェフがその転換条件が存在していたデータを挙げている。レーニンは臨時政府の経済路線・穀物専売制をそのまま継続した。

　レーニンらは、「パン＝飢餓解決」要求への解決策を出すどころか、４月２９日、全露執行委員会で、８０％・９０００万農民にたいし内戦を仕掛ける路線を決定した。５月１３日、それを具体化した「農村における階級闘争・農村の社会主義化」作戦として、食糧独裁令・貧農委員会システムを開始した。

　　　　ロイ・メドヴェージェフ『１９１７年のロシア革命』食糧独裁令の誤り、「ネップ」への転換条件

　　　　第３部『１９１８年５月、革命農民への食糧独裁令・第３次クーデター』

　第３回、１９１８年１２月、貧農委員会システムのわずか７カ月間での失敗と解散の時期である。すでに、貧農委員会に反対し、転換を求める農民反乱が頻発していた。それ以前の５月１３日、レーニン・トロツキー・スヴェルドロフらは、「富農(クラーク)・中農・貧農」という架空の、存在しない農民階級３分類に基づく食糧独裁令を決定し、遂行していた。土地革命農村・ミール共同体は、地主・富農・貴族から没収した土地を共同体内で平等に分配していた。土地革命により、ソ連全土で、富農(クラーク)と貧農はいなくなっていた。

　レーニンらは、存在しなくなった富農(クラーク)にたいし、これまた、いなくなった貧農を決起させ、農村における階級闘争、９０００万農民の社会主義化を図った。そのような架空の存在に基づく空想的社会主義理論・机上の空論作戦は、成功するはずもなかった。貧農委員会の失敗時点で、「ネップ」要求に転換すべきだった。レーニンは、それを拒絶し、食糧独裁令第２段階の軍事割当徴発制という過酷な穀物収奪路線に踏み込んだ。この根本的な誤りは、農民反乱を激発させるとともに、飢餓をますます深刻化させた。

　第４回、１９２０年夏～１０月、白衛軍との内戦が事実上～完全に終結した。それ以降、食糧収奪の過酷化とともに、ソ連全土において農民反乱は一段と激しくなった。４回のいずれのチャンスにも、その要求は、レーニンに届いていた。とくに、この時期、党内からの転換要求も強烈だった。トロツキーも、１９２０年秋、現物税への転換を正式に提案した。レーニンは、それらを知りつつ、すべて拒絶してきた。

　第５回目、１９２１年３月第１０回大会、ところが、彼は、１９２０年末から１９２１年３月にかけての全階級反乱、とりわけクロンシュタット事件によって、一党独裁政権の崩壊危機をようやく悟った。しかし、レーニンの権力維持・党独裁執着度は、異様ともいえるほど高いものだった。彼は、その窮地に陥っても、一党独裁放棄→連立政権という選択肢だけは、拒絶した。彼は、あくまで党独裁権力を保持し抜くため、やむなく、涙を飲んで、「小ブルジョア生産者」と軽蔑・敵視していた９０００万農民の要求を受け入れた。

　飢饉死亡者５００万人は、この遅すぎた選択と直接的関係がある。(１)食糧独裁令・軍事割当徴発は、土地革命農民の総反乱を引き起こしただけでない。→(２)農業器具・生活用品などの現物を交換給付もしないままでの穀物・家畜の一方的収奪は、２０００万農家の農業経営意欲を萎縮させた。→(３)その結果、農業経営を破壊し、農業生産規模を４０％以上も激減させた。→(４)全国民を、餓死させる極限状態に追いこんだ。→(５)レーニンは、遅すぎた選択によって、５００万人を根本的に誤った戦略で殺した。

　ただ、この恐るべき１９２１、２２年飢饉史データは、「レーニン秘密資料」の中に隠蔽されたままで、公表されていない。よって、(１)天災・旱魃を主要原因とする死亡者数と、(２)意図的政策結果としての飢餓殺人者数との分別は、分からない。ランメルは、意図的政策による飢饉死亡者を２５０万人・５０％と推計している。

　　　　梶川伸一『飢餓の革命　ロシア十月革命と農民』１９１７、１８年貧農委員会

　　　　　　　　　　『ボリシェヴィキ権力とロシア農民』レーニンの「労農同盟」論を否定

　　　　　　　　　　『幻想の革命』十月革命からネップへ　これまでのネップ「神話」を解体する

　　　　　　　　　　『レーニンの農業・農民理論をいかに評価するか』十月革命は軍事クーデター

　　　　　　　　　　『レーニン体制の評価について』１９２１～２２年飢饉から見えるもの

　　　　　　　　　　『十月革命の問題点』２００６年４月１６日講演会レジュメ全文

　第二、ダンコースも『レーニンとは何だったか』(藤原書店、２００６年、原著１９９８年、Ｐ．５６０)の「大飢饉－強権政治への回帰」で、統計資料に基づく具体的データを挙げている。

　一九二一年七月十二日、スヴェルドロフの後任としてソヴィエト中央執行委員会議長に就任したミハイル・カリーニンは、『プラウダ』紙にて発せられた「市民へのアピール」の中で、ロシアは異常な旱魃にみまわれ収穫が打撃を受けるため、深刻な食糧問題に突き当たる恐れが大いにあると明言した。彼の発言は、「便乗利得者」などの「破壊行為者」に関する伝統的な説明を折込んだ慎重な物言いだったが、その裏にある現実は悲劇的なものだった。

　飢饉がロシアに襲いかかったのだ。旱魃ですべてを説明するのは無理な話だった。強制徴発を初めとする農村部で実行された暴力行為が、(１)農村の社会組織を破壊し、(２)農民たちを飢えさせ、(３)その生産能力を打ち砕いたのである。飢饉はヴオルガ川中・下流地域の一部、カフカス北部、およびウクライナの一部で特に顕著だった。

　入手可能な統計(注２４)によれば、(４)三五の地域に住む四〇〇〇万人が飢え、(５)ロシアの耕作地の六〇％が被害を受けた。(６)死者が五〇〇万人、(７)家族を失い放浪と犯罪に身を任せた孤児が数百万人、これが決算表であった。これは確かに旱魃の決算表ではあったが、何よりもまず、農民を意のままに租税や労役を課すことのできる敵に仕立てた政策の代償であった。ロシアは過去に多くの自然の災禍に見舞われたとはいえ、いまだかってこれほどの規模の人的破局が起こったことはなかった。飢饉の深刻さのあまり、飢えた者は死体を食べて飢えをしのぎ、さらには食糧として人を殺す者まで出た。

　(注２４)、Wehner『１９２１～２２年の飢饉』、Fischer『ソヴィエト・ロシアにおける飢饉』(原著１９２７年)

　３、反乱地方への２５０万人飢死殺人政策の手口データ

　〔小目次〕

　　　１、研究者３人が発掘・公表した反乱地方への飢死殺人政策の存在データ

　　　２、コサック殲滅作戦での政策的飢死殺人手口＝大飢饉での手口の先例・手本　１９１９～２０年

　　　３、タンボフ県、アントーノフ反乱への政策的飢死殺人　１９２１年６月１１日

　　　４、レーニンらによる大飢饉最中の「食糧徴発強化と懲罰機構活用」指令電報　１９２１年７月３０日

　　　５、ウクライナの反乱・マフノ運動への政策的飢死殺人という報復　１９２１年８～１１月

　　　６、レーニンの「ネップ後における経済的テロル」≒飢死殺人テロルの手紙　１９２２年３月３日

　　　７、(事後データ)スターリンによるウクライナでの飢死殺人をウクライナ議会が認定　１９３２～３３年

　１、研究者３人が発掘・公表した反乱地方への飢死殺人政策の存在データ

　「ネップ」前では、１９１９年から２０年、コサック４４０万人殲滅作戦に用いられた政策的飢死殺人がある。これは、大飢饉での手口の先例・手本となった。殺人手口の重要な見本としてそのまま引き継がれたので、〔小目次２〕にそのデータを載せる。

　「ネップ」後、レーニンらボリシェヴィキは、大飢饉を利用した意図的な政策的飢死殺人を、コサック殲滅手口を見習って強行した。それについて、ソ連崩壊後、研究者３人が、そのデータを発掘・公表し、その存在を証明した。３大農民反乱地方である西シベリア、タンボフ、ウクライナや戦争状態地方の３６県において、飢死殺人政策が、(１)「ネップ」後も激発している反乱平定作戦の絶対的武器として、かつ、(２)反乱地方への報復として遂行された。

　第一、ニコラ・ヴェルトは、『共産主義黒書』(Ｐ．１１８)において、飢死殺人政策の存在と反乱地方への行使を明記している。

　食糧徴発隊に最も痛めつけられ、生き残るために蜂起した、熱狂的な村落を打ち負かしたのは、結局のところ一九二一～一九二二年の大飢饉であった。飢饉の地図は、それ以前の年に食糧徴発隊に一番攻撃され、農民の反抗が最も激しかった地帯と完全に重なっている。

　体制の(１)「客観的」同盟軍であり、(２)平定作戦の絶対的武器となった飢饉は、この他にも、大災害に奮起して立ち上がった(１)正教会や(２)インテリゲンツィアに止めを刺す口実としてボリシェヴィキによって使われた。

　ニコラ・ヴェルトの見解は、地方別の飢死者資料に基づく大飢饉地図と思われるが、具体的に載せていない。彼が、過酷な軍事割当徴発による飢饉・飢死者がひどい県として挙げているサマーラ県、タンボフ県は反乱激発地方である。

　第二、Ｒ・Ｊ・ランメルによる内戦期１９１７年～２２年における「民衆殺害推計」データがある。その原因別として、(１)テロル７５万人、(２)収容所３．４万人、(３)飢え２５０万人、(４)死者数計３２８万人と推計した。彼は、餓死５００万人中、意図的政策による飢饉死亡者を２５０万人・５０％と推計した。それを紹介した中野徹三は、「意図的な政策の結果でない餓死者などは除外されている」『社会主義像の転回』(Ｐ．２３４)としている。

　第三、梶川伸一は、餓死５００万人中の２０％を占めるウクライナの飢死者約１００万人が出た原因を検証した。それは、レーニンらが、反乱地方ウクライナとマフノ運動地域も大飢饉に陥っている事実を承知の上で、それら地方にたいする(１)意図的な食糧収奪強化、(２)飢饉救援地域から除外、(３)救援活動阻止などによる政策的な飢死殺人をした結果だとしている。その詳細データは、別ファイルに載せた。

　　　　『マフノ運動とボリシェヴィキ政権との関係』ウクライナ反乱と梶川伸一の飢饉データ

　(１)、ウクライナの反乱地方だけで平定作戦・報復による飢死殺人１００万人という数値は定説になっている。それなら、(２)、タンボフ県・サマーラ県など中央黒土地帯数県における飢死殺人は、反乱の激しさと広がりから、１００万人を超えるとも推計される。(３)西シベリアの反乱地方や、(４)他３６県の戦争状態地方を合わせれば、ランメルが推計する意図的な飢死殺人数２５０万人は真実の可能性が高い。

　もちろん、レーニンらは大飢饉・飢死者の総計データ、地方別死者データを隠蔽し抜いた。よって、これらの研究は、ダンコースが(注２４)として載せた下記研究文献やソ連崩壊後に発掘・公表された膨大なアルヒーフ(公文書)に基づいている。

　(注２４)、Wehner『１９２１～２２年の飢饉』、Fischer『ソヴィエト・ロシアにおける飢饉』(原著１９２７年)

　レーニンによる大飢饉を利用した飢死殺人犯罪との評価を一方的で悪意に満ちた偏見と見る人もいると思われる。ところが、１９２２年前半、大飢饉の最中、レーニンがトロツキーに命令して、やらせたもう一つの事件は、レーニンが大飢饉を利用した大量殺人犯罪の遂行事実の完全証明になっている。それは、ソ連全土における(１)ロシア正教教会破壊・(２)教会財産没収、(３)聖職者数万人銃殺・信徒数万人処刑だった。利用という意味は、トロツキー・カーメネフらの任務遂行が、大飢饉救済のためという名目で行われたのにもかかわらず、没収財産のほとんどが政治局・ボリシェヴィキ地方組織の自己資金として使われた実態だったからである。その実態は、別ファイルに載せた。そこに載せたレーニンの手紙は、利用という意図を剥き出しにしている。

　　　　『聖職者全員銃殺型社会主義』大飢饉を利用した教会財産没収と大量殺人犯罪

　２、コサック殲滅作戦での政策的飢死殺人手口＝大飢饉での手口の先例・手本

　これは、大飢饉の１～２年前、１９１９年～２０年に行われた手口である。以下２つのデータは長いが、初めに確認する。なぜなら、(１)コサック４４０万人殲滅に乱用された飢死殺人政策が、→(２)大飢饉時期において、そのままストレートに、タンボフ、ウクライナ、西シベリアの３大反乱地方に適用された手口と酷似しているからである。以下のデータを見れば分かるが、むしろ、レーニンは、大飢饉を意図的に利用して、反乱地方の革命農民を、その地方まるごと飢死させるという反乱農民殲滅・皆殺し作戦を採ったと、私は判断する。

　〔小目次〕

　　　コサック４４０万人の身分、「白」「赤」の流動的二面性とレーニンらの大量予防殺人犯罪

　　　１９１９年１月２１日、〔殺人指令文書１〕コサックへの赤色テロル指令

　　　１９２０年１０月２３日、〔殺人指令文書２〕オルジョニキッゼのコサック解体命令

　コサック４４０万人の身分、「白」「赤」の流動的二面性とレーニンらの大量予防殺人犯罪

　コサック身分農民は、４４０万人いた。彼らは、民族でなく、ロシア人だが、帝政時代から軍事的義務とひきかえに、土地利用で一般農民より優遇される特殊階層だった。内戦中は、「白いコサック(白衛軍側)」と「赤いコサック(赤軍側)」とに分かれ、それぞれが流動的に入れ替わった。一方は、フルンゼの赤軍コサック騎兵軍団になって活躍した。コサックたちが内戦にほんろうされる有り様は、ショーロホフが『静かなドン』において、農民兵士グリゴリー・メレホフの流転する生涯を通して、リアルに描いている。

　９０００万農民の土地革命後、レーニンは、コサック優遇措置を廃止し、一般農民と同じにした。コサック騎兵集団は、たしかに「白」と「赤」の両面性を持っていた。それにたいして、レーニンと政治局は、コサックにたいし、土地革命農民なみの権利・権限をも剥奪し、下記の「赤色テロル」極秘指令を先制的に仕掛けた。これは、メドヴェージェフの言うように、極めてひどい誤りであるだけでなく、ロシア革命にたいする犯罪行為だった。レーニンとスヴェルドロフは、未来の反革命因子を排除するための一つの階層まるごとを抹殺する大量予防殺人をした。

　レーニンの一方的なコサック抹殺の先制テロルにたいして、コサック騎兵集団が「白」「赤」とも総反発して、対赤軍の反乱を起したのは当然だった。レーニンとコサック反乱鎮圧司令官オルジョニキッゼは、３０～５０万人のコサックを戦闘、虐殺、餓死で殺し、あるいは強制収容所送りにした。トロツキーは、反乱したコサック村の家族をシベリアに徒歩で強制移住させ、その穀物没収をした上での死の行進手法により、数千人を餓死させた。

　１９２０年１０月、生き残ったコサック騎兵３万人は亡命した。政治局は、自分の馬と別れ難いので亡命を断ったコサックを、すべて銃殺するか、強制収容所送りにした。これにより、ソ連各地のコサック領地に住むコサック身分４４０万農民は離散した。亡命者たちの一部は、有名なコサック合唱団を作り、コサックの歌と踊りを世界に広めた。

　スターリンも、レーニンのコサック根絶政策を忠実に継承した。それにより、４４０万人の７０％、３０８万人が、戦死、処刑、流刑死で抹殺された。これらの詳細を、植村樹・元ＮＨＫモスクワ特派員が『ロシアのコサック』(中央公論社、２０００年)で書いている。

　１９１９年１月２１日、〔殺人指令文書１〕コサックへの赤色テロル指令

　この日付は、ニコラ・ヴェルト『共産主義黒書』のものである。メドヴェージェフ『１９１７年のロシア革命』は、２月となっている。メドヴェージェフの文をそのまま引用する。

　一九一九年春までに赤軍も著しく力をつけ、その兵員数は二百万に近づきつつあった。中農の気分が急変し、三百万人にまで増員することが決定されていた赤軍の補充が容易になった。一九一九年秋までに内戦を成功裡に終結させることができるだろうとの確信が生まれた。しかしちょうどこの頃から、赤軍にとっては失敗と敗北続きの時期が始まるのである。一九一九年三月十二日ヴェンシェンスカヤ村を先頭とするドン北部のコサック村で新しい反乱の火の手が上がった。それはすでに反赤軍の反乱であった。

　反乱の原因はドン上流地域のコサック村でおこなわれた最も無慈悲な赤色テロルであった。このテロルの直接の実行者は軍後方部隊あるいは前線司令官たちであったが、イニシアチブを取ったのは彼らではなかった。赤軍の側につき、戦闘をつい最近開始したばかりのコサック自身もテロルへの口実を全く与えてはいない。テロルの指令はモスクワから入ってきたのである。それは、ロシア共産党中央委員会組織局指導者にして全ロシア中央執行委員会議長であったヤコフ・スヴェルドローフ署名の同党組織局決定であった。指令は次のようなものであった。

　各地の戦線やコサック地区での最近の諸事件、コサック入植地奥地へのわれわれの前進とコサック部隊に囲まれての崩壊によりわれわれは党活動家に対し、上記地区での仕事の性格について指示を与えねばならない。コサックとの内戦の経験にかんがみ、コサック上層部全員に対する最も仮借なき闘争、彼ら全員を根絶やしにする闘争を唯一正しいものであると認めねばならない。

　一、裕福なコサックに対して大量テロルをおこない、彼らを一人残らず根絶やしにすること。ソヴィエト政権との闘いに直接あるいは間接に、何らかの参加をしたコサック全員に対し仮借なき大量テロルをおこなうこと。中間コサックに対してはソヴィエト政権に反対する新たな行動をとろうとするいかなる試みをも予防するためあらゆる措置を講ずること。

　二、穀物を没収し、余剰すべてを指定の場所へ運び、引き渡させること。これは穀物だけでなく、あらゆる農産物に適用される。

　三、よそから来た貧民移住者を援助するあらゆる措置を講じ、移住可能なところへ移住させること。

　四、土地関係やその他すべての関係において、他都市から来た人々とコサックとを平等に遇すること。

　五、完全武装解除をおこない、武器引渡期限以降に武装の所持が発覚した者は、すべて銃殺すること。

　六、他都市から来た人々のうち信頼のおける人々にのみ武器を渡すこと。

　七、今後完全な秩序が確立されるまでコサック村には武装した部隊を駐留させること。

　八、いずれかのコサック入植地へ任命されたコミッサールは最大限に毅然たる態度を示し、一貫して本命令を遂行すること。農業人民委員部は貧民がコサックの土地へ大量に移住できるように実際的措置を早急に準備すること。

　ロシア共産党中央委員会。(党中央アルヒーフ、ЦПА,Ф.17, оп.4,д.21, л.216)

　二月にドン上流地域のコサック村で実施され始めた恐ろしい、身震いさせるこの指令について私はコメントするつもりはない。これは極めてひどい誤りであるばかりでなく、ロシアと革命に対する犯罪行為であった。政治的あるいは倫理的判断やその結果については言うまでもない。二月のスヴエルドローフ指令が実施されたのはコサックの州なのである。この地域では男性住民はみな武装し、武器の扱いにたけており、大、小の村落で動員を短時間におこない、何十もの歩兵および騎馬連隊を編成することができるのである。この状況で「非コサック化」と大量テロルをおこなえば必然的にコサックの蜂起を招き、南部戦線の安定だけでなく、革命の運命をも脅威にさらすことになるのである。

　現にドン上流地域で始まった反乱を鎮圧することは出来なかった。ドン上流地域のコサックは連隊と師団を巧みに活用し、対コサックのために投入され、たいていは大急ぎで編成された兵団をことごとく打ち破った。このおかげでデニーキン軍は十分に態勢を整え、一九一九年五月、強力な攻撃を開始することができたのである。六月末までにデニーキン軍はウクライナのほぼ全域と、中央黒土地帯と、ヴォルガ地域のかなりの部分を占領した。六月二十四日、赤軍はハリコフを、六月三十日にはツァーリンを放棄した（Ｐ．１２１）。

　１９２０年１０月２３日、〔殺人指令文書２〕オルジョニキッゼのコサック解体命令

　これは、ニコラ・ヴェルト『共産主義黒書』(Ｐ．１０９～１１１)にある。

　もっとも手っ取りばやいコサック解体の方法は、コサックの村を破壊して、すべての生存者を収容所送りにすることだった。ボリシェヴィキ指導者の一人で、当時北カフカス革命委員会の議長だったセルゴ・オルジョニキッゼの文書の中には、一九二〇年十月末から十一月初めにかけて展開された作戦の一つの資料が含まれている。

　十月二十三日、セルゴ・オルジョニキッゼは以下のような命令を下した。

　「一、カリノフスカヤ村を完全焼却すること。

　二、エルモロフスカヤ村、ロマノフスカヤ村、サマシンスカヤ村、およびミハイロフスカヤ村の全住民を立ち退かせ、住民の家と土地は、ソヴィエト権力に常に愛着を示してきた貧農とチェチェン人に分配すること。

　三、上記諸村の十八歳から五〇歳までの全男子を列車に乗せ、見張りを付けて、重度の強制労働を行なわすべく、北方へ強制移住させること。

　四、女・子ども、老人を退去させること。ただし、もっと北の他の村に居住する許可を与えること。

　五、上記諸村の住民の全家畜と全財産を徴発すること。（注１）」

　三週間後、オルジョニキッゼあての報告は、以下のように作戦の展開を述べている。

　「カリノフスカヤ村－全村焼却。全住民（四二二〇人）は強制移住または退去。

　エルモロフスカヤ村－全住民排除（三一二八人）

　ロマノフスカヤ村－一六〇〇人強制移住。一六六一人移住待ち。

　サマシンスカヤ村－一〇一八人強制移住。一九〇〇人移住待ち。

　ミハイロフスカヤ村－六〇〇人強制移住。二二〇〇人移住待ち。

　このほか、一五四両の食糧輸送車がグローズヌイに向けて出発しました。強制移住がまだ完了していない村では、まず初めに白軍と緑軍の家族と、最後に反乱参加者の家族が移住させられました。移住させられなかった者の中には、ソヴィエト体制のシンパ、赤軍兵士・役人・コミュニストの家族がいます。強制移住作戦の遅れは、もっぱら車両の不足からきています。作戦のために送られてくる列車は、一日平均たった一編成でした。強制移住作戦を完了するために、さらに三〇六車両の追加が緊急に要請されます。（注２）」

　（注１）、ロシア現代史文書保存研究センター、８５／１１／１３１／１１

　（注２）、ロシア現代史文書保存研究センター、８５／１１／１２３／１５

　これらの「作戦」は、どのように行なわれたのだろうか？　残念ながらこの点については、我々にはいかなる正確な資料もない。わかっているのは、「作戦」は長引き、最終的に移住者はしばしば極北地方ではなく、その後も相次いだように、近くのドネツ炭田の方へ送られたということである。一九二〇年末の列車の状況からして、数量的に把握するのは難しい……それでも、諸方面から見て、一九二〇年のコサック解体の「作戦」は、十年後のクラーク撲滅の大「作戦」の前ぶれであった。(１)連帯責任といい、(２)列車による強制移住のやり方といい、(３)経理の問題といい、(４)移住者を受け入れる場所が準備されていなかったことといい、(５)移住者を強制労働に使うという考えにおいて、このように言えよう。

　ドンとクバンのコサック地域は、ボリシェヴィキに反抗したために、多大の犠牲を払わされた。最も信頼できる評価によると、三〇〇万足らずの全人口中、一九一九～一九二〇年に殺されたり、強制移住させられたりしたものは、三〇万から五〇万の間であった(Ｐ．１０９～１１１)。

　３、タンボフ県、アントーノフ反乱への政策的飢死殺人　１９２１年６月１１日

　以下は、上記に載せた。その一部のみを再確認する。この殲滅命令における「財産の没収」とは、自家用食糧も完全没収＝その本質・実態としての飢死殺人を意図した報復政策のことである。

　アントーノフ－オフセエンコとトハチェフスキーの署名した一九二一年六月十一日付け日々命令第一七二号は、タンボフ県を「平定する」方法を記しているが、これは特に以下の点を明記している。

　「一、名を名乗ることをこばむ者は、裁判なしで即刻銃殺に処する。

　二、地区政治委員会もしくは郡政治委員会は、武器を隠匿せる村に対し、人質をとり、もしその武器を引き渡さぬ時はその人質を銃殺すると宣言する権利を有す。

　三、もし武器が発見された時は、家長は裁判なしに即刻銃殺に処される。

　四、匪賊を家の中に隠した家族は逮捕され、県外に移住させられ、財産は没収となり、その家長は裁判なしに即刻銃殺される。

　五、匪賊の家族もしくは財産を隠した家族は匪賊と見なされ、その家長は裁判なしに即刻銃殺される。

　六、匪賊の家族が逃走した時は、その財産はソビエト権力に忠実な農民に分配され、放棄された家は焼却される。

　七、この日々命令は情け容赦なしに厳密に履行すべし。」

　４、レーニンらによる大飢饉最中の「食糧徴発強化と懲罰機構活用」指令の電報　１９２１年７月３０日

　これも、レーニンらが、「ネップ」４カ月後の１９２１年７月３０日、大飢饉の真っ最中に、大飢饉を利用して、(１)反乱農民や(２)現物税完納に抵抗する農民にたいし、国家の全懲罰機構を伴う飢死殺人政策を指令した電報の事実を証明するデータの一つである。この電報については、２人の研究者が検証している。

　第一、ニコラ・ヴェルト『共産主義黒書』(Ｐ．１３０)の分析である。

　貧しい庶民にとって、政治警察が報告している話が証言するように、「ソビエト権力が自らに抵抗せんとするすべての農民を飢え死にさせたがっている」ことは明々白々であった。食糧徴発政策の避けることのできない結果を十分承知しながら、政府はいかなる措置も講じなかった。

　飢餓が多くの地域を襲っている時に、レーニンとモロトフは一九二一年七月三十日、党地方委員会と県委員会の全指導者にあてて次のように要求した。「収集機構を強化し、農村住民に完全納税の政治的・経済的重要性を説明して盛んな宣伝活動を行い…現物税収集機関が党の権威と国家の全懲罰機構とを活用するようにせよ！」(ロシア現代史文書保存研究センター)

　第二、ダンコースは『レーニンとは何だったか』(Ｐ．５６０)においても、同じ電報内容をさらにくわしく載せた。

　こうして飢饉に対する救援を求める声が至る所で上がったわけだが、当のレーニンはどちらかといえば大災害の主要な原因が、農民層に加えられた暴力であることに気づいていないようであった。一九二一年七月三十日、彼は党のすべての地方委員会に宛てて電報を送り、危機に対処するに適切と彼が称する措置を命じた(７月３０日電報の出典、Unkown Lenin、Ｐ．１３０)。

　電報で彼が提案した、というよりむしろ命令したのはどのようなことか。(８)直ちに徴発のための組織を立て直すこと、(９)多数の活動家をこの機関での活動に動員すること、さらにはすでにこのような職務を実行したことのある者に呼びかけることである。次の一文が、この上なく的確にレーニンの立場を要約している。(１０)「食糧危機を解決するための主要な条件は、食糧の現物租税の有効な徴収である」。

　したがって最大の危険の時期に、(１１)レーニンの指令は詰まるところ徴発と力に訴えるものにすぎなかった。(１２)これこそまさに大災害の真の原因から目を背けようとする彼の意志と、(１３)いかなる場合にも暴力による解決に訴えようとする彼の性向を、むごたらしく証言するものにほかならない。(１４)ネップが採択されて幾月も経たぬうちに、彼がこの行動方針を提案したというのは、「休息」(ネップ)についての彼の考え方を暴露する指標である。

　５、ウクライナの反乱・マフノ運動への政策的飢死殺人という報復　１９２１年８～１１月

　これは、梶川伸一が実証的に証明した。その詳細は別ファイルにあるので、一部のみを転載する。飢死５００万人中、ウクライナの餓死者だけで１００万人・２０％と言われている。これは異様な比率である。

　　　　梶川伸一『レーニン体制の評価について』１９２１～２２年飢饉から見えるもの

　　　　『マフノ運動とボリシェヴィキ政権との関係』共闘２回と政権側からの攻撃３回

　飢餓は村落内で急速に広まり、荒廃した農村には何も残されず、猫や犬、それに油粕やトウモロコシの芯などの代用食が通常の食事となった。粘土や雑草も食べた。これら食糧がなくなったとき、飢饉の最終局面が訪れる。人々は農家の屋根に葺かれた藁、長靴、馬具の革を食べ始める。彼らが耐えている非人間的苦痛は彼らを非人間的にし、そのように野獣になった人々は屍肉を食用にし、カニバリズムに至る。民衆の悲劇は常に至る所で同じ光景で幕が閉じられる。

　飢饉は人為的=政策的段階から、次いで犯罪的段階へと移る。２１年８月に飢餓民援助のためにロシヤ政府とＡＲＡとの間で行われたリガ交渉で、そこは相対的に豊作であるとの理由で、援助対象地域にウクライナは含まれなかった。２１年６月に開かれた第３回全ロシヤ食糧会議で、２１～２２年度穀物調達の以下の方針が確認された。ヴォルガ流域の凶作は６０００万プード以上の食糧税収入の減退を意味し、そのため政府はほかの地域での徴収を強化しなければならない、という。すなわち、ボリシェヴィキ政府の構想とは、ヴォルガ流域諸県の飢饉だけを認め、その援助はＡＲＡを含む外国組織に任せ、ほかの地域での穀物徴収を強化するというものである。その際に当該地域が飢餓地区であるか否かは斟酌されなかった、正確にいえば飢餓地区であったとしても容赦はしなかった。

　こうして、飢饉に喘ぐキルギス共和国のうちアクモリンスクとセミパラチンスク県は調達対象県になったために飢餓地区に認定されなかったように、ウクライナもそこがシベリアと並んで２１～２２年度の主要な穀物調達対象地域に設定されたため、リガ協定には含まれなかった。ＡＲＡ代表は、２１年１１月２３日づけ飢餓民援助中央特別委議長宛の書簡で、ロシヤ政府のＡＲＡへの統制を強めようとする様々なリガ協定違反を指摘した後、ウクライナでの飢饉を調査しようとのＡＲＡの提案に対してロシヤ側は（具体的に誰かは言及なし）、ウクライナには飢饉は存在しないとの理由でそれを拒否した事実を挙げてロシヤ政府の対応を非難した。１１月２９日にハリコフを訪れたＡＲＡ代表団は、ウクライナ当局からウクライナは独立国であり、ロシヤと締結されたリガ協定にウクライナは含まれていないとの説明に驚きを隠さなかった。ロシヤ政府はそこでの飢饉の存在を認識しながらも、ウクライナ民衆への飢饉援助を妨害し続けたのであった。

　ウクライナのステップ諸県、ザポロジエ、ドネツ、ニコラーエフ、オデッサ、エカチェリノスラフ県が飢餓地区に認定されたのは、２２年１月１日のことである。２２年８月に出されたＡＲＡの報告書はニコラーエフ県の飢饉の惨状に触れた後、次のように指摘する。「ニコラーエフ地区で飢饉を引き起こした原因を以下に纏めることができる。２１年の凶作、前年までの収穫からの貯蔵の欠如、ニコラーエフ地区自体が飢饉であることが判明する以前に、ヴォルガ流域に引き渡すため割当徴発が実施されたことであり、中央ウクライナ政府は２２年１月１日までニコラーエフ地区を飢饉地区に認定しなかった」。

　また、２２年に発行された飢饉に関する公式資料集では、「ウクライナ全土で［２１年の］主要穀物の総収穫は平年（１６年）の３０％しかなかった。個々の凶作県では、オデッサは１６.５％、ドネツは１２.３％、エカチェリノスラフは５.１％、ザポロジエは５.１％、ニコラーエフ県は３.９％しかなかった」とその厳しい現状を示すが、飢餓の認定が遅れたことは「１２月まで情報が入らず、飢餓民の数に関する正確な情報はなかった。そのような情報はようやく１２月に多少なりとも正確に入るようになった」と説明するが説得的ではない。なぜなら、この同じ資料集ですでに２１年秋から始まる農業の崩壊が指摘されているからである。２１年秋には飢えた農民の殆どが播種することができなかった。

　「冬の訪れまでにエカチェリノスラフ、ザポロジエ、ドネツ県では家畜の半数以上が失われた。２０年秋と２１年秋の家畜総頭数を比較するなら、ザポロジエ県が最大で５８％を失い、ドネツは５６％減少した。農民によって豚が真っ先に清算され、初秋で７０～８０％が屠畜された。家禽も同様であった」。要するに、ウクライナでの飢饉は政策的に隠蔽され、飢餓にもかかわらず穀物は強制的に供出させられ、さらに飢餓民援助の遅れはウクライナでの飢饉の被害をきわめて甚大にした。

　ソヴェート政府の公式資料集によれば、２２年５月にはザポロジエ県では飢餓民は７４.５％に達した。「ヘルソン［飢饉地区に認定されていない］では７万人の人口のうち３万人しか残らず、後は死につつあるか四散した。時には村全体が死滅した。オデッサ県統計局の資料によれば、２２年４月で生誕６９人に対し死亡は３７４９人であった」。

　大凶作であることを知悉しながらも、現物税を徴収し、飢餓民援助を拒絶し続けた結果がこれであった。

　6、レーニンの「ネップ後における経済的テロル」≒飢死殺人テロル宣言の手紙　１９２２年３月３日

　ヴォルコゴーノフは、『七人の首領－レーニンからゴルバチョフまで』(朝日新聞社、１９９７年、原著１９９５年)において、次のレーニンがカーメネフに出した手紙を載せた。その内容は、ネップ後における経済的テロル再開を宣言している。手紙全文は『レーニン全集・第４５巻』の「エリ・ベ・カーメネフへの手紙」にある。

　ヴォルコゴーノフは、レーニンの手紙とそこにある思想を次のように規定した。

　厳格な中央集権的、指令的経済を基盤としたレーニンのシステムだが、無分別な国有化、不断の没収および強制収用－それでは飢えたロシアを食べさせることはできなかった。ボリシェヴィズムの破綻という客観的状況、さらにはもうすこし冷静に考えることのできた同志たちの要望に譲歩し、レーニンはしぶしぶ、「私有財産所有者」を大目に見ることにした。新経済政策(ネップ)の目的がいかなるものか、レーニンはだれにも疑いを持たせなかった。レーニンは、ネップの導入は戦術的考慮によって決まった、とネップにたいして特別な見方をしている。

　一九二二年三月三日、レーニンはカーメネフに宛てた手紙でこう述べている。「ネップがテロルを終わらせたと考えるのははなはだしい誤りである。われわれはこれからもテロルを、ただし経済的テロルを再開するだろう」。

　そして周知のように、この脅しは大規模なスケールで現実となった。ネップはレーニンのシステムを救った。しかし、このロシアの指導者に正当な評価を下さねばならない(Ｐ．１６５)。

　手紙の日付は、ネップから丁度１年後である。「経済的テロル」とは何を意味するのか。ネップは、たしかに、軍事割当徴発という食糧収奪路線から、農民による現物税納付に移行させた。一方で、自由商業・資本主義的生産を認める戦術的後退作戦は、多数の「袋を担ぐ男」や闇屋を発生させた。それらで資本主義的利益を得る「ネップマン」も現れた。「経済的テロル」は、それらを取り締まる行為でもある。しかし、それだけではない。

　日付は、大飢饉の真っ最中である。知識人や全教会・聖職者が、政府とは別個に飢饉救援活動に自主的に立ち上がっていた。党独裁政府が、大飢饉の惨状に、当初、無為無策だった実態を見るに見かねたからである。アメリカを中心とする国際的な飢饉救援活動も盛り上がっていた。党独裁政府最高権力者レーニンは、その救援地方を取捨選別できた。彼は、反乱地方への救援を意図的に外し、そこでの救援活動を妨害した。それだけでなく、反乱地方からの食糧収奪作戦を一段と強化させた。

　その狙いは、その反乱地方を大飢饉の放置・収奪強化によって、まるごと飢死させる手口で反乱農民を殲滅することにあった。彼は、大飢饉を利用した意図的飢死作戦＝農民反乱平定作戦を採った。ただ、「経済的テロル」は、上記のような取締り・逮捕・強制収容所送りを含む。よって、レーニンの宣言の性質を、飢死殺人テロルを当然含むという意味から「≒」という記号にした。レーニンの飢死殺人犯罪を証明する具体的データは、上記タンボフ県とウクライナの実例である。この手紙の真意は、１９２２年度においても、レーニンが、その犯罪的作戦を続行するという意志である。

　７、(事後データ)スターリンによるウクライナでの飢死殺人をウクライナ議会が認定　１９３２年～３３年

　以下２つの新聞記事を載せる。２００６年１１月３０日、朝日新聞に載ったモスクワ・大野正美記者の記事と、２００６年１２月１日、中日新聞のモスクワ・常盤伸記者の記事である。

　1、朝日新聞　ウクライナ「飢饉は虐殺」－ソ連時代１千万人死亡

　【モスクワ＝大野正美】。ウクライナ議会は、２００６年１１月２８日、同国でソ連時代の１９３２～３３年に起き、１千万人から１４００万人が死亡したとされる大飢饉を「ウクライナ国民に対するジェノサイド（大量虐殺）」と認定する法案を可決した。法案は、大飢饉をスターリン時代のソ連の全体主義体制による(１)強制的な農業集団化と、(２)過酷な穀物徴発の結果とするユーシェンコ大統領が提案した。(１)国連や(２)ソ連の継承国ロシアによる大飢饉のジェノサイド認定も同大統領は求めており、議会の認定はこの主張を強く後押ししそうだ。

　だが、ロシアは、大飢饉で同国も南部を中心に多くの犠牲者が出たとし、反発している。ウクライナ議会のジェノサイド認定についてロシア外務省は同月、「大飢饉の検討は歴史家にまかせ、問題を政治化するべきでない」と批判した。

　２、中日新聞　スターリン時代の大飢饉－ウクライナ　大虐殺と認定

　　　　　　　　　　　　７００万人～１０００万人死亡。ロシアと新たな火種に

　【モスクワ＝常盤伸】。ウクライナのユーシェンコ大統領は、二十九日、旧ソ連・スターリン時代の一九三二～三三年にウクライナで起きた未曾有の大飢饉（ききん）を、「ウクライナ人民に対する大虐殺」と認定する法律に署名した。ソ連時代への「回帰」を強めるロシア側は、これに強く反発しており歴史問題が両国間の新たな火種となりそうだ。

　ウクライナでは、(１)強制的な農業集団化と、(２)治安機関などによる過酷な穀物徴発が原因で、七百万人から一千万人が餓死した。ウクライの民族主義を警戒するスターリンによる人為的な「ウクライナ民族根絶政策」との見方が根強く、ソ連時代の歴史の見直しを進めるユーシェンコ大統領が法案を提出、二十八日に議会で採択していた。同法では、大飢饉の事実を否定する行為は違法と規定している。

　一方、ヤヌコビッチ首相ら東部を基盤とする親ロ派議員は、対ロ関係を配慮し、「大虐殺」ではなく「悲劇」という文言に修正するよう提案していた。ロシア外務省のカムイニン情報局長は「歴史学者が研究すべきで、二国間の政治問題化すべきでない」と批判している。米国など十カ国は既に大飢餓を大虐殺と認定している。

　　　　Google検索『ウクライナ　大飢饉』

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　従来のデータは、１９３２年～３３年大飢饉におけるソ連全土の死者を約６００万人としている。ロイ・メドヴェージェフとニコラ・ヴェルトも６００万人説を採っている。下記ウクライナ議会が認定した、ウクライナだけで１０００万人から１４００万人(朝日)、または、７００万人から１０００万人(中日)という数値とはかなり異なる。しかし、議会側データの詳細はまだ報道されていない。

　ただ、ニコラ・ヴェルト『共産主義黒書』の第８章「大飢饉」(Ｐ．１７７)は、約６００万人の内訳として、「肥沃な『飢餓地帯』」における発生として、次のデータを載せた。(１)ウクライナの農民は、少なくとも四〇〇万人という最大の犠牲を払った。(２)カザフスタンは約一〇〇万人の死者を出したが、これは集団化の結果、強制的に家畜を奪われ定住を余儀なくされた個人的遊牧民層から出た。(３)北カフカスと黒土帯では一〇〇万人が死んだ…(出典注－ウクライナ語かロシア語。アラロヴェッツ『三〇年代の人口喪失』、オソーキナ『一九三三年の飢饉の犠牲者』、ツァプリン『スターリン主義の犠牲者の統計』)。

　この資料だけ見ても、ソ連全土の死者６００万人中、ウクライナだけで４００万人・６６％が飢死殺人をされたという恐るべき比率を占める。その数値・比率は、まさにウクライナ議会が認定した「ウクライナ国民に対するジェノサイド（大量虐殺）」＝政策的飢死殺人をスターリンがした事実を証明する。

　ウクライナ人は、大ロシア人でなく、ソ連における少数民族である。ウクライナの土地は肥沃で、タンボフ県など中央黒土地帯、西シベリアと並ぶ３大穀倉地帯である。よって、隣国のドイツ・ポーランドからも、食糧収奪目的の侵略を常時受けてきた。その結果、ウクライナ人の民族意識は高まり、独立志向も強かった。穀倉地帯だけに、それら地帯にたいする食糧収奪は、レーニン時代、スターリン時代ともに、他地方にまして想像以上に過酷だった。３大穀倉地帯は、両時代とも、３大農民反乱地方となった。

　　　　『マフノ運動とボリシェヴィキ政権との関係』共闘２回と政権側からの攻撃３回

　ただ、ソ連における第２回目大飢饉・大量死者発生において、スターリンが「ウクライナ国民に対するジェノサイド（大量虐殺）」＝政策的飢死殺人をしたと、ウクライナ国家の大統領が提案し、議会が正式に認定し、大統領がその法律に署名したという事実は、国家レベルの歴史認識決定として、きわめて重要である。なぜなら、議会による認定、法律としての成立は、個々のウクライナ人研究者や世界のウクライナ問題研究者という個人レベルの歴史認識・研究論文と質的に異なるからである。

　しかも、このウクライナ国家レベルの認定・法律は、カティンの森大量虐殺事件をめぐるソ連とポーランド政府との真相解明問題と同じ両国間紛争に発展する火種になった。スターリン署名によりＮＫＶＤが、１９４０年５月、ポーランド捕虜の将校・知識人ら１４５５２人をカティンの森で銃殺・虐殺した。殺された知識人たちはポーランド社会の精華だった。それ以外にも、ソ連当局によって、迫害を受けたポーランド人は１００万人にのぼっている。ソ連は一貫して否定し、ドイツ軍の犯行説を主張した。ペレストロイカの進展につれ、ゴルバチョフ大統領は、１９９０年４月、ＮＫＶＤの行為と認め、ポーランド側に正式謝罪をした(『新版・ロシアを知る事典』Ｐ．１３８)。

　この資料発掘・認定作業の先には、レーニン時代の第１回目大飢饉において、レーニン、および、ウクライナ反乱・マフノ運動の殲滅作戦を当時担当したトロツキー・フルンゼが、ウクライナで１００万人もの政策的飢死殺人をしたというデータも、国家レベルで発掘・公表される可能性がある。

　５、飢饉救援勢力敵視とその大量殺人・追放「浄化」作戦

　飢饉救援勢力とは、(１)ボリシェヴィキでない多数の知識人、(２)ロシア正教の教会・聖職者・信徒、(３)アメリカを中心とした国際的な救援組織・メンバーである。(１)(２)は、大飢饉の当初、党独裁政府が無為無策であるのを見るに見かねて、政府とは別個に救援活動に立ち上がり、ソ連全土で救援組織を自主的に作った。レーニンは、クーデター政府と離れて活動を開始した自律的組織や個々人を危険視した。それらへの敵視は、大飢饉最中の１９２２年における(２)聖職者数万人銃殺・信徒数万人殺害と(１)知識人数万人追放「浄化」作戦に繋がった。

　〔小目次〕

　　　１、全ロシア飢餓救済委員会

　　　２、教会財産の国有化と聖職者数万人銃殺の赤色テロル

　　　３、国際的な飢餓救援活動と終了の３つの原因

　１、全ロシア飢餓救済委員会

　ニコラ・ヴェルト『共産主義黒書』(Ｐ．１３０)がこの経過を載せている。

　是が非でも農民を従わせるという当局の態度を見て、情報に通じた見識あるインテリゲンツィアが立ち上がった。一九二一年六月、農学者、経済学者、大学関係者がモスクワ農業協会に集まり、「飢餓と闘う全露社会委員会」を結成した。この委員会の最初のメンバーには有名な経済学者のコンドラチェフ、元臨時政府の食糧大臣のプロコボーヴィチ、マキシム・ゴーリキーに近いジャーナリストのエカチェリーナ・クスコーヴァ、作家、医者、農学者たちがいた。

　ボリシェヴィキの指導部によく顔のきくゴーリキーの仲立ちで、委員会の代表は、レーニンが会見を拒否したところから、一九二一年七月中旬にレフ・カーメネフにお目にかかることができた。常に何人かのボリシェヴィキ指導者のセンチメンタリズムに不信感を抱いていたレーニンは、この会見のあと政治局の同僚にこう書き送った。「クスコーヴァを完全に無害にすること……クスコーヴァからは名前と署名、それに彼女（およびその同類）に共感を抱く者からの貨車一、二両分〔の食糧〕は受け取ってもよいが、それ以上は絶対にだめだ。」

　最終的に委員会のメンバーは、自分たちの役に立つ何人かの指導者を説得することに成功した。彼らはその大部分が、すでに一八九一年の飢饉の犠牲者救援組織に積極的に参加したことのある、西欧でもよく知られた、科学、文学、ロシア文化の優れた代表だった。その上彼らは全世界の知識人と多くの接触を持ち、可能な国際的救援を飢えた人々に正しく配分することを保証することができたかもしれなかった。彼らはすすんで救援活動をするつもりで、飢餓救済委員会に公式的な社会的地位が与えられることを要求した。

　一九二一年七月二十一日、ボリシェヴィキ政府はいささかの躊躇のあとで、社会委員会を合法化し、それに全ロシア飢餓救済委員会という名称をつけた。委員会は赤十字の旗を自分の旗にした。委員会は、(１)ロシアおよび外国で食糧、飼料、医薬品を購入し、(２)困窮者に援助物資を配分し、(３)これらの配給品を送り届けるための特別輸送手段を持ち、(４)困窮者用の食事を用意し、(５)「外国の指定された諸機関と自由に連絡をとり」、(６)「中央および地方当局が飢餓克服問題に関してとった政策について是か非か話し合う」権利を持っていた。ソビエト史のいかなる時期にも、このような権利を持った社会組織は見られたことがなかった。ネップの公式的な開始後四カ月たって、しぶしぶながら行なわれたこの政府の譲歩は、国中を覆った危機に見合ったものであった。

　委員会は正教会の長であるチーホン総主教と連絡をとった。彼はただちに全ロシア飢餓救援教会委員会を設立した。一九二一年七月七日、総主教はすべての教会において次のような主教書簡を読み上げさせた。「飢えた民衆には動物の死骸が料理の一品になった。しかもそれすらなかなか見つからないのである。至る所から泣き声とうめき声が聞こえてくる。すでに人肉を食らうことすら起こっている……汝等の兄弟、姉妹に救いの手を差し伸べよ！　信徒の承諾あれば、指輪、腕輪、聖なるイコンを飾る装飾品等々、飢えたる人々を救うために、礼拝に必要でない教会の宝物を役立たすがよい。」

　教会の援助をえた全ロシア飢餓救済委員会は様々な国際機関と接触したが、中でも赤十字、クエーカー、アメリカ救済委員会　（ARA）は積極的に応えてくれた。しかし政府と委員会の協力はわずか五週間しか続かなかった。一九一二年八月二七日、政府がバーヴァード・フーヴァーを委員長とするアメリカ救済委員会の代表と協定を調印した六日後に、委員会は解散させられた。レーニンにしてみれば、アメリカがその最初の食糧供給船を送ってくれた今となっては、委員会はその役割を終えたのだった。「クスコーヴァの名前と署名」はボリシェヴィキに保証人の役割を務めたのだった。それで十分だった。

　「本八月二十六日金曜日、私はここに－とレーニンは書いている－(１)委員会の解散を提案する…、(２)その反政府的演説のためプロコボーヴィチを逮捕し、三カ月間獄に収監せよ…、(３)本日ただちに他の委員会のメンバーをモスクワから追放し、互いに切り離して県庁所在地に送り込め。もしできれば鉄道沿線から離れた、監視のきく居住地がよい…、(４)明日我々は以下のような五行の短い政府声明を発表する。委員会は仕事を拒否したが故に解散する。(５)新聞編集部に明日から委員会のメンバーを誹諾する記事を掲載する命令を出すこと。彼らはドラ息子で、白衛軍で、田舎へ行くより外国旅行が好きな連中だと、二カ月間すくなくとも週に一度は、あらゆる手段を使って彼らを嘲笑し、酷評すること。」

　(６)新聞はこの訓示を忠実に履行して、委員会に参加していた六十人の著名な知識人に対する猛烈な攻撃を始めた。掲載された記事のタイトルを見れば、この誹謗のキャンペーンの性格がたちどころにわかるだろう。「飢餓を弄ぶべきではない！」（『プラウダ』一九二一年八月三十日）、「奴らは飢餓で大儲けを狙っている！」（『共産主義労働』一九二一年八月三十一日）、「反革命の…救済委員会」（『イズヴエスチア』一九二一年八月三十日）。(７)逮捕・収容された委員会のメンバーに好意的なとりなしをした一人に対して、チェーカーにおけるジェルジンスキーの補佐官の一人であるウンシュリヒトは断言した。「あなたは、委員会はいかなる不正も働かなかったという。その通りだ。しかしそれは社会の人気の的になった。我々が承認できないのはそのことなのだ。水の入ったコップにまだ芽生えていない小枝を入れたら、すぐに芽をふくだろう。委員会はそれと同じに、社会全体に枝を広げ始めたのだ……小枝を水から出して、踏みつぶさなければならなかったのだ。」

　(８)政府は〔全ロシア飢餓救済〕委員会に代わって飢餓救済中央委員会〔ポムゴル〕を設置した。これは様々な人民委員部の役人からなる重苦しい官僚機構で、きわめて効率が悪く腐敗していた。一九二二年の夏には飢餓は最高潮に達し、約三〇〇〇万人が飢えに苦しんだが、中央委員会が不定期に食糧援助を保障したのは三〇〇万足らずでしかなかった。一方、アメリカ救済委員会、赤十字、クエーカーは毎日およそ一一〇〇万人に食事を供給した。このような国際的救援にもかかわらず、飢餓に瀕した二九〇〇万人のうち、一九二一～一九二二年に餓死した人は少なくとも五〇〇万にのぼった。

　一八九一年にほぼ同じ地域（ヴオルガ中・下流とカザフスタンの一部）を襲った前回の大飢饉の犠牲者は四〇～五〇万人だった。当時国家と社会は旱魃の犠牲になった農民を救済するために、先を争ったものだった。若き弁護士のウラジーミル・ウリヤーノフ・レーニン〔ウリヤーノフは本名〕は、一八九一年の飢饉の巌も酷かった諸県の一つであるサマーラ県の県庁所在地に住んでいた。彼は社会の飢餓救済に参加しなかったばかりか、このような援助に反対だとはっきり公言した地方インテリゲンツィアの唯一の代表だった。

　彼の友人の一人が回顧して言っている。「ウラジーミル・イリッチ・ウリヤーノフは勇気をもって公然と言い切った。飢饉はよい結果をもたらした。即ち、ブルジョワ的秩序の墓掘り人たる工業プロレタリアートを出現させた……遅れた農民経済を破壊することで、飢饉は資本主義のすぐ後の段階である、我々の最終目的である社会主義に客観的に我々を近付けるのだと。飢饉はツァーリに対する信仰だけでなく、神に対する信仰をも破壊すると。」

　２、教会財産の国有化と聖職者数万人銃殺の赤色テロル

　　ニコラ・ヴェルト『共産主義黒書』がこの経過を載せている。

　三〇年後にボリシェヴィキ政府の首班になった若き弁護士は、再び昔の考えに立ち戻った。飢饉は「敵の頭に瀕死の一撃を与える」ことになるかもしれないし、そうすべきだ。この敵とは正教会であった。「電気が神にとって代わろう。農民をして電気に祈りを捧げさせよ。彼らは神の力より電気の力を感じるであろう」とレーニンは一九一八年に、ロシアの電化についてレオニード・クラーシンと議論したときに言っている。(Ｐ．１３３)

　このテーマについては、別ファイルで分析した。レーニンの指令により、トロツキーが(１)教会財産没収・(２)教会破壊とともに、党独裁国家における邪魔者としての(３)聖職者数万人銃殺・信徒数万人殺害の赤色テロルを遂行した。かくして、レーニンは飢饉をたくみに利用し、飢饉救済に立ち上がった(１)知識人層と(２)聖職者・信徒とをソ連全土から一掃「浄化」する最後のクーデター作戦を遂行した。知識人追放「浄化」作戦は、第７次クーデターとして別ファイル『第８部』で検証する。

　　　　『聖職者全員銃殺型社会主義とレーニンの革命倫理』

　３、国際的な飢餓救援活動と終了の３つの原因

　リチャード・パイプス『ロシア革命史』(成文社、２００６年、原著１９９５年、Ｐ．３６０)は、次のデータを発掘・公表した。

　一九二一年の七月まで、モスクワは、破局が起きていることを否定し続け、彼ら飢饉農民の輸送を拒否した。当時のある人の言葉によると、ここで、彼らは、「決して来ない列車か、さもなくば、避けることのできない死を」待っていた。被災地城を訪れた人が通りすぎた村々には、生命の徴候が何らなかった。というのも、住民は村を立ち去ったか、あるいは、衰弱して動けずに茅屋に横たわっていたからである。都市では、街路に死体が散乱しており、それは拾いあげられ、馬車に積まれた。しばしば、まず身ぐるみをはがれて、裸にされて、そして墓標のない大衆墓地に投げ捨てられた。

　飢饉には、飢えで弱った肉体をむしばむ疫病が伴った。死因は主にチフスであったが、何十万もの人々も、また、コレラ、腸チフス、天然痘の犠牲になった。

　ソヴエト政府は、飢饉の拡大を手も足も出せずに見守っていた。というのは、フランスの歴史家ミシェル・エレの言葉によれば、政府は「初めて、力に頼ることをもってしては解決できない問題に直面した」からであった。(１)最初、政府は何も悪いことはないと装っていた。そして、→(２)破局がもはや否定しえなくなると、政府は、その破局を「白衛軍の支持者」と「帝国主義者」のためであると非難した。ついに、→(３)その悲劇の広がりが十分に明らかになったとき、政府は、自らが代表して外国への援助を求める気になれず、→(４)著名な私人に頼ることになった。七月に、マキシム・ゴーリキーは、間違いなくレーニンの是認を得て、諸外国にアピールを出し、食糧と医薬品を懇請した。→(５)政府もまた、飢饉救済を組織するために、共産党の細胞が監督する非党派的な委員会の形成を認可した。

　ゴーリキーのアピールから十日後に、当時の米国商務長官ハーバート・フーヴアーが応えた。彼は、戦後のヨーロッパを食糧、その他の必需物資で支援するためにアメリカ救済局（ARA）を設立していたが、今や、ロシアに同様の援助を申し出たのであった。レーニンは、資本主義の指導的な国から援助を受けるのは醜悪であると判断した。とりわけ、フーヴアーが援助の前提条件として、(１)ソヴエトの監獄から全てのアメリカ人を釈放することと、(２)彼の救済計画に政府が干渉しないことを要求していたためであった。「アメリカ、フーヴァー、そして国際連盟の卑劣さはまれにみる」と、レーニンは政治局に告げた。「フーヴアーを懲らしめてやらねばならない、公然と彼の顔に平手打ちをしてやらねばならない、世界中に見えるように」。しかし、この問題で彼には選択の余地はなく、フーヴアーの提供をその条件ともども、彼は受諾した。

　一九二二年の夏に、アメリカ救済局の活動は頂点に達し、一日にほぼ一一〇〇万の人に給食を施していた。外国の他の組織が、さらに三〇〇万人に食物を与えた。外国の救済機関は、医薬品も供給した。これらの活動の結果、一九二二年の初夏までに、餓死は実質的になくなった。フーヴアーの慈善活動により、少なくとも九〇〇万の人々が確実な死から救済されたと、考えられている。たとえそうであっても、一九二〇年から二二年のあいだに、五一〇万人のソヴエト市民が飢えとそれに伴う病気で死亡したと推測されている。それは、戦禍を除けば、十四世紀の黒死病以来、ヨーロッパ史における人類最大の不幸であった。

　アメリカ救済局の活動は、一九二三年の六月に終了した。それは、(１)その奉仕活動がさほど必要でなくなったということもあるが、それだけではない。

　(２)、アメリカからの慈善行為を受ける一方で、ソヴエト政府が、工業および農業備品の購入資金を得るため、国外へ穀物を販売していることが判ったためでもあった。

　(３)、一九九〇年代にソヴエトの文書局が公開され、飢饉が頂点に達した時期に、ドイツでライフル銃と機関銃を買い付けるためにトロツキーが何百万ドルも使ったという事実が、さらに明らかにされた。(Ｐ．３６２)

　６、テロルの合法化と赤色テロル型社会主義体制の確立

　〔小目次〕

　　　１、「非常」委員会から国家政治保安部へ－赤色テロル型社会主義体制の確立

　　　２、新刑法によるテロルの合法化

　　　３、「ソ連刑法」制定による銃殺対象範囲の拡大－１９２２年５月～６月

　１、「非常」委員会から国家政治保安部へ－赤色テロル型社会主義体制の確立

　以下１９２２年度の国家テロルシステムの確立というテーマに入る時点で、１９２２年という時期と大飢饉の状況を同時に考察すると何が見えてくるのか。上記のように、１９２１年～２２年は大飢饉の真っ最中で、５００万人が飢死した。その内、２５０万人は、上記研究者３人のデータによれば、農民反乱地方へのレーニンらによる意図的な飢死殺人政策の結果と見なされる。大飢饉を利用した反乱地方と反乱農民の大量飢死作戦によって、(１)「ネップ」の成果というよりは、(２)飢饉・飢死によって、レーニンは農民反乱を平定・沈静化できた。

　さらに、１９２２年度、エスエル・左翼エスエル・メンシェヴィキの逮捕・投獄だけでなく、彼らの裁判劇をでっち上げた。レーニンによる他党派裁判は、スターリンのモスクワでっち上げ裁判劇の手本を示した。レーニンは、飢饉救援活動に立ち上がって、党独裁政府から離れた自立的組織を結成した聖職者・知識人を「未来の反乱因子」として危険視し、敵視した。それと同じく、救援活動をソ連国内で展開した国際的組織・メンバーも敵視した。そこから、でっち上げ裁判劇において、「国際ブルジョアジーの手先」というレッテルも捏造した。

　(１) 大飢饉を利用した２５０万人飢死作戦と、(２)他党派へのでっち上げ裁判劇を強行する一方で、下記のように、(３)テロルの合法化とソ連刑法制定による銃殺刑範囲拡大を謀ったのが、１９２２年にレーニンがしたことの一側面である。

　これは、ニコラ・ヴェルト『共産主義黒書』(Ｐ．１３７)からの引用である。

　一九二二年初めに行なわれた政治的暴力の合法化の一環として、政治警察の名前を変えることが望ましいということになった。一九二二年二月六日の政令で、(１)チェーカーは廃止され、(２)内務人民委員部に属するGPU（ゲー・ペー・ウー、国家政治保安部）となった。(３)名前こそ変わったものの、制度・機構の継続があきらかに示しているように、責任も組織も同じだった。

　それではこの名称の変更はなにを意味するのだろうか？　(４)チェーカーは名前からして臨時の委員会（コミッシア）であって、その存在とその正当性は過渡的性格のものであることを示唆していた。(５)名称変更の背景には、新しい国家と社会の対立関係解決方法としての、テロルの永続化と合法化が浮かび上がってくる。

　新法典の前代未聞の条項には、もしロシアに帰ったら即座に死刑という永久追放があった。これはボリシェヴィキに敵対的と疑われた約二〇〇人の有名な知識人を襲った大追放作戦の後に、一九二二年秋から実施された。この中には一九二一年八月二十七日に解散された飢餓と闘う全露社会委員会の全メンバーが絶好の位置にいた。

　これらの詳細な経過は、別ファイル『赤色テロル型社会主義形成とその３段階』において検証してある。ジェルジンスキーはチェーカー議長→ゲー・ペー・ウー議長になり、チェキスト２８万人→国家政治保安部員２８万人にそのまま横滑りした。レーニンらは何を変えたのか。レーニンと政治局は、赤色テロル型社会主義の第３段階目として、チェーカーという臨時・非常時体制→合法・恒常的なテロル国家体制へと格上げした。

　スターリンは、レーニンの赤色テロル思想・テロル国家システムを忠実に受け継いで、テロルの規模・形態を一段と発展させた。

　　　　『赤色テロル型社会主義形成とその３段階』レーニンが「殺した」ロシア革命勢力の推計と根拠

　２、新刑法によるテロルの合法化

　以下も、ニコラ・ヴェルト『共産主義黒書』(Ｐ．１３６)からの引用である。

　一九二二年六月六日、モスクワで二月二十八日以来新聞に発表されていた一大公開裁判が開かれた。三四人の社会革命党員が、「反革命活動と反ソビエト政府テロ活動」を行なったという理由で裁判にかけられた。これらの中には一九一八年八月三十一日にレーニンを暗殺しようとした者や、タンボフの農民反乱の「政治指導部」もいた。その後、三〇年代にひろく応用されるようになるやり方にしたがって、被告はアブラム・ゴーツとディミートリー・ドンスコイに率いられた社会革命党の十二人のメンバーなど本当の政治指導者と、共同被告人の不利になる証言をしたり、「自らの罪を告白する」任務を担った扇動者との、異質な要素からなっていた。

　エレーヌ・カレール・ダンコースが書いているように、この裁判は「正確な事実－一九一八年以降エスエルはボリシェヴィキの指導する絶対主義に反対してきた－から出発して、すべての反対派は最終的には国際ブルジョワジーと協力することになる…という原則に到達するという、ロシアのはめ込み人形のような、型にはまった告発方法をテストする」ことになった。

　この裁判中、当局は「テロリスト」を死刑にせよという民衆デモを組織したが、裁判の結果、一九二二年八月七日、十一人の被告－社会革命党の指導者－が死刑の判決を受けた。亡命したロシア人社会主義者が起こした国際的抗議と、まだ「社会革命党の精神」が根強く生き残っている地方で再び蜂起が起こるかもしれないとの危惧から、死刑の執行は「社会革命党がその陰謀的、テロリスト的、一揆的すべての活動を中止することを条件に」停止された。一九二四年一月には、死刑は五年の懲役に減刑になった。しかし、受刑者はけっして釈放されることはなかった。そして、もはやボリシェヴィキ指導部が国際世論も農民蜂起の危険も考慮する必要のなくなった三〇年代に、彼らは処刑された。

　社会革命党員の裁判に際して、一九二二年六月一日に施行された新刑法が適用された。レーニンは、公式には終了した国内戦によって正当化される、政敵を迅速に皆殺しするために行使される暴力を合法化するこの刑法の作成に、とくに熱心に携わった。レーニンは提出された最初の素案を見て、一九二二年五月十五日、司法人民委員のクルスキーに以下のようなコメントを与えた。「わたしの意見では死刑の適用範囲をメンシェヴィキ、エスエルなどのすべての活動形態に広げるべきだ。新しい外国追放の刑罰を考えるべきだ。そしてこれらの活動と国際ブルジョワジーとを結ぶ表現を考え出すべきだ」。

　二日後にレーニンはまたしてもクルスキーに書いた。「同志クルスキー、わたしは刑法のために以下の補足的条項の素案を、我々の対話に付け加えたい…基本的な点ははっきりしていると思う。テロルの本質とその正当性、その必要性と限界とを示す、まさに政治的な原則を－単に狭い法律的用語ではなく－公然と挿入すべきだ。裁判所はテロルを無くすことにはならないだろう。もし無くすというなら、それは自分を欺くか、嘘をつくことになろう。そうではなくて、真実を粉飾なしに、誤魔化しなしに、テロルをはっきりと、原則の中で基礎づけ、合法化しなければならないのだ。表現はできるかぎり率直なものでなければならない。なぜなら革命的法意識と革命意識だけが、事実の中に適用条件をつくるからだ。」

　レーニンの訓示にしたがって、刑法は「プロレタリア革命によって樹立した労農ソビエト政権を打倒もしくは弱体化」せんとするすべての行為のみか、「武力、軍事的干渉、封鎖、スパイ活動または新聞等への資金供与その他これに類した行為によって、ソビエト政権を転覆せんとし、資本主義制度の次の段階たる共産主義的所有権の合法性を認めない、国際ブルジョワジーの側を援助する」すべての行為も反革命罪と規定した。

　(１)「反革命的行為」と呼ばれうるすべての行為（反乱、暴動、サボタージュ、スパイ活動その他）のみならず、(２)「国際ブルジョワジーの側を援助する意味で」なんらかの組織に参加したり、協力することも死刑たりうることとされた。「国際ブルジョワジーの側に援助をもたらすと見なされるプロパガンダ」さえもが、反革命罪とされ、「三年を下回らない」自由剥奪か永久国外追放とされた。

　３、「ソ連刑法」制定による銃殺対象範囲の拡大－１９２２年５月～６月

　ソ連刑法は、権力奪取後の４年半なかった。その間、チェーカーと革命裁判所は、無数の銃殺刑を執行した。そこには、なんの法的根拠もない。１９２２年６月にようやく「刑法」を制定することになった。その内容にたいするレーニンの指導は、「銃殺刑の対象範囲の拡大」だった。以下は、赤色テロル型社会主義形成の第３段階目になる。３段階の経過と内容は、別ファイルで分析した。

　　　　『赤色テロル型社会主義形成とその３段階』赤色テロル第１段階から第３段階の分析

　〔小目次〕

　　　１９２２年５月１５日、１７日、レーニンの「銃殺刑の範囲拡大とテロル」指令

　　　１９２２年６月、「ソ連刑法典」の「国事犯罪」における「銃殺」条文数

　１９２２年５月１５日、１７日、レーニンの「銃殺刑の範囲拡大とテロル」指令

　以下は、ソルジェニーツィン『収容所群島』(Ｐ．３４２)からの引用である。５月１５日の指令は『レーニン全集』(第４２巻、Ｐ．５８６)に載っている。５月１７日「手紙」は、『レーニン全集』(第３３巻、Ｐ．３７１)にある。ニコラ・ヴェルトの上記分析と重なる箇所も一部あるが、そのまま載せる。

　五月十二日、所定のとおり全露中央執行委員会会議が開かれた。だが、法典草案はまだできあがっていなかった。草案は目を通してもらうためゴルキにいるウラジーミル・イリイッチのもとへ提出されたばかりだった。法典の六カ条がその上限に銃殺刑を規定していた。これは満足すべきものではなかった。

　五月十五日、イリイッチはその草案の余白に、同じく銃殺を必要とする六力条をさらにつけ加えた（その中には、第六九条による宣伝および煽動…特に、政府に対する消極的反抗、兵役および納税義務の不履行という呼びかけが含まれる）。イリイッチは主要な結論を司法人民委員にこう説明した。

　「同志クルスキー！　私の考えでは銃殺刑（国外追放でそれに代える場合もあるが）の適用範囲をメンシェヴィキ、社会革命党員等々のあらゆる種類の活動に対してひろげねばならないと思う。これらの活動と国際ブルジョアジーとを結びつける定式を見つけねばならないと思う」（傍点はレーニン）

　銃殺刑適用の範囲を拡大する！　簡明直截(ちょくせつ)これにすぎるものはない！（国外に追放された者は多かったろうか？）　テロとは説得の手段である。このことも明白だろう！

　だが、クルスキーはそれでもなお十分には理解することができなかった。彼にはおそらく、この定式をどう作りあげたらいいか、この結びつきをどのようにとらえたらいいかわからなかったにちがいない。そこで翌日、彼は説明を求めるために人民委員会議議長を訪れた。この会談の内容は私たちには知る由もない。

　五月十七日、レーニンは追いかけるようにしてゴルキから二通目の手紙を送った。

　「同志クルスキー！　われわれの会談を補うものとして、刑法典の補足条項の草案をお手もとへおくる…原案には多々欠陥があるにもかかわらず、基本的な考え方ははっきりわかっていただけるとおもう。すなわち、テロの本質と正当性、その必要性、その限界を理由づける、原則的な、政治的に正しい（狭い法律上の見地からみて正しいだけでなく）命題を公然とかかげるということがそれである。

　法廷はテロを排除してはならない。そういうことを約束するのは自己欺瞞(ぎまん)ないしは欺瞞であろう。これを原則的に、はっきりと、偽りなしに、粉飾なしに基礎づけ、法律化しなければならない。できるだけ広く定式化しなければならない。なぜならば革命的な正義の観念と革命的良心だけがそれを実際により広くあるいはより狭く適用する諸条件を与えるだろうからである。

　　　　　　　　共産主義者のあいさつをおくる　　　　レーニン」

　私たちはこの重要文書をあえて注釈しないことにする。この文書に対しては静寂と思索とが似つかわしい。

　この文書は、まだ病にとりつかれてないレーニンのこの世での最後の指令の一つであり、彼の政治的遺言の重要部分であるという点で特に貴重である。この手紙を書いてから九日目に、レーニンは最初の脳卒中に見舞われ、一九二二年の秋に彼はようやくこの病から一時的に回復するのである。クルスキー宛の手紙は二通とも、二階の隅の明るい白大理石の小さな書斎で書かれたらしいが、そこは間もなく彼の臨終の床となった場所であった(Ｐ．３４２)。

　１９２２年５月２６日、レーニン第１回脳梗塞発作。５月３０日、「１２×７」の計算ができない症状になる。この詳細データは、『「反ソヴェト」知識人の大量追放作戦とレーニンの党派性』に載せた。

　レーニンは、５月「銃殺刑の範囲拡大とテロル」指令の２カ月前の３月、聖職者全員銃殺をトロツキー・カーメネフらに指令した。トロツキーは、聖職者数万人の銃殺、信徒数万人の殺害任務を遂行した。脳梗塞病み上がりの６月、「反ソヴェト」知識人の大量追放「浄化」作戦を指令し、知識人数万人を３方針で肉体的排除＝「浄化」した。

　　　　『聖職者全員銃殺型社会主義とレーニンの革命倫理』大飢饉を利用した大量殺人犯罪

　　　　『「反ソヴェト」知識人の大量追放作戦とレーニンの党派性』

　レーニンは、３回の発作を経て、死去した。第２回、１９２２年１２月１６日。以後、最高権力者としての活動は終わった。『党大会への手紙』口述、１２月２３日～２６日。第３回、１９２３年３月１０日。以後、口述も不可能。死去、１９２４年１月２１日。死因は、脳梗塞発作・動脈硬化症である。

　１９２２年６月、「ソ連刑法典」の「国事犯罪」における「銃殺」条文数

　これは、ジャック・ロッシ『ラーゲリ・強制収容所注解事典』(恵雅堂出版、１９９６年、原著１９９６年、Ｐ．３３)のデータである。

刑法典	国事犯罪(刑法典条文数)
	政治犯罪		重刑事犯罪
	総条文数	うち銃殺条文	総条文数	うち銃殺条文
１９２２年	１５	１２	３８	６
１９２６年	１７	１２	１７	１０
１９６０年	１０	７	１８	４

　レーニンの細部にわたる「銃殺刑の対象範囲拡大」指令によって、政治局は、「国事・政治犯罪」１５条中の１２条文を「銃殺条文」とした。１２条文のうち、その半分にあたる６条文は、「五月十五日、イリイッチはその草案の余白に、同じく銃殺を必要とする六力条をさらにつけ加えた」という指令に従ったものだった。

　この法典制定により、「広範な銃殺」は、党独裁クーデター政府が行うテロル第３段階目としての「刑法体系による赤色テロル」となった。革命裁判所は、刑法制定によってなくなった。「赤色テロル」型社会主義の法体系が、レーニンの直接指導によって完成した。１９２２年以後の「反革命罪による逮捕、処刑数」は、塩川伸明ファイルのデータにある。

　　　　『赤色テロル型社会主義形成とその３段階』赤色テロル第１段階から第３段階の分析

　　　　塩川伸明『スターリニズムの犠牲の規模』粛清データ

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　　　第１部『１９１７年１０月、レーニンによる十月・ソヴィエト権力簒奪第１次クーデター』

　　　第２部『１９１８年１月、憲法制定議会の武力解散・第２次クーデター』

　　　第３部『１９１８年５月、革命農民への食糧独裁令・第３次クーデター』

　　　第４部『１９１８年６月、他党派をソヴィエトから排除・第４次クーデター』

　　　第５部『１９２１年２月、革命労働者ストライキの弾圧・第５次クーデター』

　　　第５部２『１９２０年３月、トロツキー「労働の軍隊化」構想と党内論争』

　　　第６部『１９２１年３月、革命水兵の平和的要請鎮圧・第６次クーデター』

　　　第７部『１９２１年３月～２２年末、「ネップ」後での革命勢力弾圧継続・強化』

　　　第８部『１９２２年５月、知識人数万人追放「浄化」・第７次クーデター』

　　　第９部『１９１７年～２２年１２月、レーニンの最高権力者５年２カ月間』

　　　第１０部『「レーニンによる７連続クーデター」仮説の自己検証』

　　　(農民問題と飢餓・飢饉の関連ファイル)

　　　梶川伸一『飢餓の革命　ロシア十月革命と農民』１９１７、１８年貧農委員会

　　　　　　　　　『ボリシェヴィキ権力とロシア農民』クロンシュタット反乱の背景

　　　　　　　　　　食糧独裁令の割当徴発とシベリア、タムボフ農民反乱を分析し、

　　　　　　　　　　レーニンの「労農同盟」論を否定、「ロシア革命」の根本的再検討

　　　　　　　　　『幻想の革命』十月革命からネップへ　これまでのネップ「神話」を解体する

　　　　　　　　　『レーニンの農業・農民理論をいかに評価するか』十月革命は軍事クーデター

　　　　　　　　　『レーニン体制の評価について』１９２１～２２年飢饉から見えるもの

　　　　　　　　　『十月革命の問題点』２００６年４月１６日講演会レジュメ全文