サンサーンスが旅行中、カーニバルに出会いました。「動物の謝肉祭」は、この時、ふと思いついて、いろいろな動物が謝肉祭に戯れる様子を曲にしたものだそうです。
この中でひときわ有名なのが「白鳥」です。
「白鳥」のバレエはフォーキンがマンドリンでこの曲を弾いていた時、突然思い立ってアンナパブロヴァの為にこの曲を振付けたということです。
一羽の白鳥が怪我をして飛べなくなり、もがき苦しんで力尽きて死んでしまうまでを一人のバレリーナが表現するというものです。
パブロヴァは胸に赤い血のついたような衣装を着て踊ったそうで、以降このバレエは「瀕死の白鳥」として親しまれています。
ほとんど全編トゥで立って細やかなブーレを繰り返すことで、足首の負担ははかりしれません。また、わずか4分弱と短いだけに、
失敗してもとりかえす時間がない。ごまかしがききません。
「トゥの先が滑って転ばぬように祈るだけ。恐怖の舞台でした。」と言ったダンサーもいました。
「瀕死の白鳥」は、年齢を重ねて踊り込むほど味が出てくると言われます。「若さの芸術」と言われるクラシックバレエの中でも異色の作品です。 私は、長年「瀕死の白鳥」を踊り続けてきた渡邊順子に魅力を感じます。背中に容赦なく観客の視線を受けるこの踊り。他のダンサーの後姿からは、「うまく踊らなくては!、うまく演じなくては!」と思うあまり、押し付けがましさを感じる人もいます。渡邊順子は、人の目を気にすることなく、白鳥という世界に入りきって、無心に踊っているのです。白鳥になりきっているようで、押し付けがましさなど全く無く、本当に自然な踊りなのです。 辛口の批評家・藤井修治氏が、渡邉順子は「自作自演『瀕死の白鳥』とはいうものの百年以上前のフォーキンの原作に近く、奇を衒わず品良く踊った。 近年多くのバレリーナが生への執着を濃厚に見せるのに対し、これが本来の断末の姿かもしれない。」(DANCE KANAGWA第84号)と書いているのも頷けます。 「『瀕死の白鳥』を踊るときの気持ちは清らかな心で舞うこと。何度踊っても納得のいかない『瀕死の白鳥』。踊る度にいつも思うことは『難しい』。だから常に勉強し稽古して踊ってきました。 」と渡邉順子(JUNバレエ塾[手紙]から)。まさに「奇を衒わず品の良い」、死に至る白鳥の踊り。いぶし銀のような輝きの円熟の踊り、真の芸術です。 なお渡邉順子は「2004年・よこすか芸術劇場の『瀕死の白鳥』は色々な方々から好評を頂いています。 また捻挫しても頑張って踊った2008年・神奈川県民ホールの踊りも評判が良かったです。」と、自身のHPに書いていました。 |
「瀕死の白鳥」は、わずか4分たらずの短いバレエですが、ダンサーの精神力と体力の消耗はたいへんなもので、踊り終わった舞姫の体には汗が滲み、
心身ともに痺れきってしまうと言われます。
バレリーナとしての表現力と情緒性を試され、短いだけに誤魔化しがきかず、小さなミスも観客に気づかれやすく、極度の集中力を強いられる至難な踊り。
ベテランダンサーでさえ、出の前、足がすくむほど恐怖感を覚えるという反面、バレリーナなら一度は踊ってみたいいう珠玉の作品です。
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