BCJフォーラム(16) [03/02/23〜]


ご意見・ご感想のコーナー
BCJファンの皆様からお寄せいただいたご意見やご感想などを集めてみました。内容をできる限りBCJのみなさんにもお伝えして、お返事などを頂けましたらあわせてこのコーナーでご紹介していきたいと思っています。是非こちら[makoto-y@mxi.mesh.ne.jp]までご意見等をお寄せ下さい。特に投稿フォームは設けませんが、お送りいただいたメールの内容をこのコーナーで紹介させていただこうと考えておりますので、掲載をご希望されない場合は、その旨お書き添えいただけますようお願いいたします。(ご意見・ご感想No.284〜)

*ご意見・ご感想の中の太字表記は、当ホーム・ページの制作者によるものです。

316 《初めまして。(みなとみらいの野々下さん)》

矢口様 初めまして。
VIVA!BCJを毎日のように拝見しています。頻繁な更新と幅広い情報、本当に重宝しております。

おとといみなとみらいの野々下さんの公演を聴きに行ってきました。とっても素敵だったのでご報告したいと思いメールを差し上げた次第です。
感想を一言で申し上げると、野々下さんの魅力を十二分に満喫させていただきました。カンタータの公演ではソプラノの出番が少ない時もあり歯がゆい思いをすることがあるのですが、そういった点でも嬉しい2時間でした。
素朴な民謡風のスペイン歌曲を歌う野々下さんはとても生き生きとして表情豊かで、バッハを歌う時とは全く違った顔を見せてくれました。野々下さんの声は柔らかで明朗なところがいいですね。
また立ち居振る舞いも堂々としておられて、ご自身の魅力を最大限に見せるすべを熟知しているようで、プロなのだなあと感じさせられました。そしておとといの野々下さんはいつにも増してお綺麗でした!(衣装も素敵でした。)
次の公演は一年後ですが今から楽しみです。歌を聴きながら、一年後自分が何をしているんだろうと思いを馳せるきっかけともなりました。

私はBCJの公演はまだ5〜6回しか行ったことがなく、音楽の鑑賞暦も乏しいので正直なところ演奏の巧拙などはよく分からないのですが、BCJの魔法のような演奏には毎回魅了されています。東京に住んでいて、こうした演奏会に気軽に足を運べることは本当に幸せなことですね。生活にどれほどの潤いを与えてくれているか分かりません。9月定期が今から待ち遠しいです。

長くなってしまいました。これからもVIVA!BCJを楽しみにしています。

(石塚朋子様) (04/07/03)

315 《神戸公演を聴いて》

 6月26日の神戸公演では、初めて耳にしたコンチェルト.パラテイーノあたたかく、たおやかな響きに魅了されました。3月、5月のフラウト・トラヴェルソやリコーダーを聴いた時も感じたことですが、古楽器の奏でる音はなんて優しくて素敵なんでしょう!
 ソプラノのミールズさん、透明感のある美しい歌声でした。チラシのお写真、あまりの美貌にオペラ歌手のような方を想像してましたが、実際には気さくでやさしそう、好感がもてました。外国のソプラノソリストで、いいなと思ったのは、ミア・パーションさんについで2人目です。次の機会は、ソロのアリアを聴いてみたいです。
 プログラムに、コーイさんのインタヴュー記事が載っていて、とても良かったです。CDで、マタイのイエスの声を聴く時に、またカンタータ15巻BWV60第4曲や18巻BWV67第6曲を聴く時に、本当にイエス様が語りかけて下さっているような気がするので、どうしてかなと思ってましたが、その答えはコーイさんのインタヴューの中にありました。
 27日夕方、新神戸の駅で、向かいのホームにバスの浦野さんを見つけて、同行の娘2人とはしゃいでしまいました。浦野さんはソリストでない時も、今回のように合唱で歌って下さり、聴き手にとっては、とても贅沢な楽しみを与えて下さっていることに感謝します。
 矢口様は、想像していたとうりの優しそうな方ですね。懇親会に参加できなかったので、矢口様のお話し、ミールズさんのご挨拶きいてみたかったなと、残念です。懇親会のご報告、それから欲張りですが、野々下さんの『スペインの光りと影』のご報告どうかよろしくお願いします。

(斎藤まひる様) (04/07/03)

314 《無伴奏 in Sydney》

レッスン風景!
チケットです
ここが会場でした!
矢口さん、こんにちは。福田です。只今、シドニーから日本への飛行機の中で書いてます。
鈴木秀美さんが、シドニーで無伴奏チェロ組曲2,4,6番を演奏するというので、同行してきました。勝手に押しかけたという方が正しいかもしれないですが… そのコンサートと、それに先だって行われたワークショップの様子を報告します。

1990年に設立されたオーストラリア・ブランデンブルク・オーケストラは、鈴木秀美さんの留学時代からの友人であるポール・ダイン氏が音楽監督を務め、オリジナル楽器による演奏活動を続けています。いただいたパンフレットによると、今月末に17〜18世紀のイタリアやフランス人作曲家の曲を取り上げる予定です。

鈴木秀美さんもその設立者の一人で、今回のコンサートに先立つ何日間はメンバーのレッスンに費やされました。私がお邪魔した時は、モーツァルトの「リンツ」の演奏を通して秀美さんが教えていました。

さて、昨年の1,3,5番に引き続き、本年は6月5日夜7時からシドニーの音楽学校コンサートホールで、鈴木秀美さんによる2,4,6番のバッハ無伴奏チェロ組曲演奏会が開かれました。
この音楽学校はシドニーのシティーに位置し、開拓当時の遺跡を上手に保存した素晴らしい施設です。ここからもオーストラリア人が、いかに音楽教育を大事にするかが理解できます。

さて、会場のコンサートホールは500人収容の大きさですが、ほぼ満員の聴衆が押し掛け、大盛況でした。日本でどのくらいのチケットが売れるのかな?と想像すると、こちらのバッハを中心にしたバロック音楽、ひいては鈴木秀美さんのファンがいかに多いかわかると思います。

演奏はいきなりという感じで、2番のプレリュードから始まりましたが、すごく深い響きを持って聴衆を引き込んでいきます。続けて4番を演奏した後に休憩があり、最後にチェロピッコロによる6番と進みました。緊張感を伴った素晴らしい演奏で、一瞬も緊張を解けない濃密な時間でした。

熱狂的な拍手に促されて、「バイオリニストの叱責を買いながら」と前置きして、ピッコロで演奏したアンコールの無伴奏バイオリンソナタ第2番からアンダンテ、これもまた素晴らしいのひと言でした。これがこの日のベストだったかも…私にはそう思えるくらい素晴らしいアンコールでした。

こうして、駆け足で回った私のオーストラリア旅行の、最後を飾るコンサートが終わりました。最高の思い出でした。


(福田充男様) (04/06/08)

313 《復活と昇天,喜びの中の悲しみ 〜BCJの復活祭&昇天祭オラトリオ〜》


 Bach Collegium Japan第171回 神戸松蔭チャペルコンサート−復活祭オラトリオ,昇天祭オラトリオ−を聴きに行きました (5月22日(土) 15:00-17:10)。 2時過ぎに到着したにもかかわらず,既にかなりの人が並んでいて,驚きました。

【プログラム】

 題名や曲順はやはりチラシの表記とは違っておりました(全てJ.S.Bach)。

トッカータ,アダージョとフーガ ハ長調 BWV564 (オルガン独奏:今井奈緒子)
昇天祭オラトリオ「神を讃えよ,その諸々の国において」BWV11
復活祭オラトリオ「来たれ,急げ,走れ」BWV249

【プログラム冊子】

 プログラム冊子(\1,000)は,江端さんの「《復活祭オラトリオ》オリジナル資料と,稿の変遷について」と徳善牧師の「ルーテル教会と復活祭」という興味深い記事が掲載されていました。

【配置など】

 今回も演奏会後にレコーディングが行われるためにマイクが林立していました。 配置は,上手にチェンバロとポジティフ・オルガンがあるためか,オケが全体に下手に寄っているような感じでした。チェンバロが指揮者の前にはなくて,今回は雅明さんは弾かれずに,大塚さんに任せていました。
 コンチェルティストでは野々下さんが出色の歌唱。「典型的」ベルギーのCTファン・フートヘム(と後で本人にサインをもらうために少しオランダ語[フラマン語]で話しかけたらそのように名前を訂正されました。「良い」(goed)「家」(huis)という意味だそうです)もしっかり芯のある歌。 コボウも振幅の豊かなテノール。 浦野さんも淡々とした中に情感豊かでした。
 合唱ではソプラノが一人少なく,後で伺うと体調不良ということでした。それでもよく頑張っていましたが,相対的にアルトがよく聞こえることに。
 オケの方はラッパ3とティンパニ1も絶好調で大所帯でした。コントラバスは5弦でlow-Cで,重厚な低音を響かせていました。トラヴェルソやリコーダーが2本使われることがあるのでどこで吹くのかと思っていたら,指揮者の目の前の席で。

【トッカータ,アダージョとフーガ ハ長調】

 この有名な3楽章の曲は,今井さんのレジストレーションが面白く楽しく聞けましたが,いかんせんこの曲のように色々な調が用いられて「オルガンの調律がきちんとなされているかを試し,証明しようとしているか」(ホーフマン)のような曲だとミーントーンは厳しく聞こえる局面がありました。

【昇天祭オラトリオ】

 1.合唱でオケの後に合唱が入るともうそこは喜ばしいバッハの世界。 2.レチタティーヴォ他でコンティヌオの他にオルガン用の別楽譜があるのが興味深い。《ロ短調ミサ》の「アニュス・デイ」にも転用されたアルトの4.アリアはゆったり。チェンバロを抜いたコンティヌオ群に乗せてカウンター・テナーのファン・フートヘムは豊かで芯もあり,ヴァイオリンの豊かな悲しみが印象的。それにしてもこの八分音符と八分休符のコンティヌオを合わせるのは長さなどが難しそう。 J.リストの6.コラールもしみじみ。女声合唱の音域が低いだけに,オクターヴ上のトラヴェルソが伴うと何とも天国的。バスーバスとテノール−アルトと続く7.レチタティーヴォも喜びへの変化が明快。ソプラノのバセットヒェンの8.アリアでは野々下さんが素晴らしい。最後のG.W.ザーツェルの9.合唱も祝祭的でありながら悲しげ。後で雅明さんと話すと「モールの旋律に無理矢理ドゥーアの和声を付けている」。ホーフマンの解説にもありましたが,キリストの昇天は栄光あることだけど地上に残されたものには悲しいということでしょうか。約32分の長い曲でした。


 休憩になり,雅明さんの本,カンタータ第24巻(輸入盤)のCDの他に,先日なくなられた小島さんと夏美さんが演奏されたモーツァルトのCDなどがあり,小島さんを偲んでCDを買い求めました。


【復活祭オラトリオ】

 指揮者の目の前にリコーダー2名とトラヴェルソが配置されて開始。喜ばしい1.シンフォニアに続いて,じっくりとした2.アダージョではトラヴェルソが素敵。 3.合唱[と二重唱]では中間部のテノールとバスの二重唱の豊かさが特に印象的。 4声部が出てくる4.レチタティーヴォでは厳しい歌詞の中,不協和音のテノールとバス,ソプラノとアルトの二重唱が良い。トラヴェルソのソロを伴うソプラノの5.アリアはチェンバロは休みでコントラバスも入ってじっくりと。チェロをよく聞くと違う音が聞こえてくるので,よく聴いて見ると何と和音弾き!リハーサルの時は楽器を横に構えていたそうな。このアリアはとても素晴らしく,高級な眠りに入っている方々も見受けられました。 6.レチタティーヴォではテノールが一人二役。後半の喜ばしさが印象的。有名なテノールのまどろみの7.アリアでは,今回の演奏会で唯一のリコーダー。チェンバロを抜きコントラバスを入れた(low-Cが効いていました)速めのテンポで,中間部の「そうです」が特に印象的。ソプラノとアルトの8.レチタティーヴォでは,アリオーソでのコンティヌオのキレの良さ。アルトの8.アリアではダモーレとファゴットがよくわかり,中間部最後のアダージョがゆっくりしっかり。最後の10.合唱はしっかり。《ロ短調ミサ》の「サンクトゥス」と似てはいますが,3/8のアレグロからはBCJの真骨頂と言わんばかりにラッパとティンパニを伴って,一気呵成にエンディングへ(「ギリギリの線だった」という話もありましたが)。祝祭感満点に復活と勝利の表現がなされて,約40分のオラトリオが終わりました。


(竹内茂夫様)(04/06/07)

312 《映画「パッション」のこと》

 矢口様、いつもVIVA! BCJを愉しみにしています。5月9日「パッション」を見て帰宅し、金原様が書かれていた感想を読みたいと思いホームページを開きましたら、矢口様御自身の感想が載っていて、感激しました。
 BCJを知り、2つの受難曲を聴いて(CDですが)学生時代以来の聖書も少しずつ読みだしたところですが、イエス様の十字架に至る道が、これほどまでに過酷で、恐ろしいものだったという映画の描写は、やはりショックで心にズーンと重い映画でした。BCJのヨハネ(第4版のCDです。)を聴きかえしてみると 11曲コラール、19、20曲アリアなどもまさにその恐ろしい様子を歌っているのですが、BCJの合唱、ソロは、あまりに美しいので、イエス様の貴い血、清らかな崇高な死というイメージばかり抱いてしまっていました。
 映画の中で印象的だったのは、矢口様もふれていたキレネ人シモンのこと。はじめは「なぜ、関係ない自分が、十字架を担がされるのか?」といっていたのに、道のりをともにする過程で、イエス様を必死に支えようとし、ついにはローマ兵たちに、「この人に、そんなひどい仕打ちをするならもう十字架を担がないぞ!」と反抗したのですから、シモンの勇気に拍手でした。また母マリアが、イエス様の苦難をじっと見守り続け(どれほど深い悲嘆だったでしょうか?)十字架の死まで見届けたことも描かれていて、観ているこちらまで胸がはりさけそうでした。
 最近BCJのシュッツのCDを買って、美しい合唱曲と十字架上の7つの言葉に聴きほれている毎日でしたから、最後のイエス様の言葉が、心にしみました。当時話されていたというアラム語の不思議な響きも心地よかったです。

 5月10日矢口様の情報にあった、鈴木雅明様のチェンバロを、ラジオで聴きました。パルテイータ 6番のトッカータ(シフのピアノのCDで特にフーガの部分が、好きなのですが)、鈴木先生のトッカータのはじめとおわりの速さにびっくりしました。「バッハのスピード感が魅力」と、『バッハからの贈り物』の中で仰っていらしたのが、少しわかりました。5月22日の神戸公演をとても楽しみにしています。

(斎藤 まひる様) (04/05/15)

311 《ありがとうございます。》

矢口様、誕生日のメッセージどうもありがとうございました。いつも皆さんに応援していただき、本当に感謝しております。昨日は、神戸・松蔭でのオルガンリサイタルと講演がありましたが、講演してくださったミシガン・グラン・ラピッヅのカルヴァン大学のStapertさんが、昨日の朝いちばんに『半世紀クラブへようこそ!』と言って、歓迎してくれたのです。ああ、これでぼくもついに『半世紀クラブ』に入会してしまったのでした。みなさん、早くこのクラブへ来てくださいね。昨日は、コンサートの後、後援会の方々が池のまわりで誕生パーティをしてくださいました。本当に最高の誕生日でした。ありがとうございました。

(鈴木雅明様) (04/04/30)

310 《バッハの楽譜発見について》

こんばんは。北畠です。
もう知っておられるかもしれませんが、I教授の家のHPにてバッハの楽譜(オリジナル・パート譜)が見つかったという話(毎日新聞4/3朝刊)ですが、曲は世俗カンタータBWV216「満ち足れるプライセの都よ」です。現在は、国立音大に保管されているそうです。はたして、どこの楽団が最初に演奏するか楽しみです。また、BCJの演奏も聴いてみたいです。

(北畠 学 様) (04/04/15)

309 《NECレクチャー2004「復活の音楽」》

神出鬼没の矢口様、昨日のレクチャーは良かったですね。というよりも物凄い内容で、頭がクラクラするような思いでした。

前半のカンタータ4番の詳細な分析も見事でしたが、後半の復活祭オラトリオについて、単に音楽だけ聴いて、世俗曲からパロデイ―した牧歌的カンタータなどと判断してはならない、受難と復活の神学的意義を理解して、この曲に込めたバッハの重大な意図を受取らねばならないと言われたのはショックでした。さらにバッハの意図を考えれば、ヨハネ受難曲と復活祭オラトリオはペアで聴かれるべきであり、受難から再臨に至るバッハの巨大なメッセージを理解する必要を強調され、両曲の驚くべき密接な関係を、コラール・歌詞などから聖書劇まで詳細に引用・指摘されたのには本当に目からウロコの連続でした。

こんな息を呑むようなすごい内容を、歌手との演奏も含めてあの短時間で講義が出来るとは、なんと驚くべき集中力と才能でしょうか。(しかもあの浦和でマタイを演奏した直後に!) それにつけても、多忙を極めるはずの鈴木さんが、一体いつこんな精緻な研究をするヒマがあるのでしょうか、まったく信じられません。「私はバッハと同じで、泥縄でないと仕事が出来ない」などと言われましたが、大分以前に過重スケジュールで体調を崩されたことがあったと聞くにつけ、今後のことを考えれば、健康には十分留意されて戴きたいなどと余計な事まで考えた次第です。

メモを取りながら伺いましたが、お話の最後でのあまりの盛り上がりに思わず筆記も忘れて聞き惚れてしまい、肝心な所が空白になってしまいました。中年ボケですねえ。次回の演奏会とNECのレポートでの再読することにしましょう。

帰りの電車でボンヤリ考えました。受難と復活と言えばあの素晴らしいロ短調ミサの Crucifixus と Et resurrexit を思い出さない訳にはいきませんが、生涯最後にラテン語通常文に作曲したロ短調ミサと今回のドイツ語の受難曲・復活祭オラトリオとの、バッハのメッセージに違いがあるのかどうか、質問すべきだったか・・・・後の祭りでした。
矢口さんは如何でしたか?

(玉村 稔様) (04/04/14)

308 《見事な聖金曜日のマタイでした!》

 何より驚いたのはコラールも含めた合唱の見事さで、一段と幅と強さが加わった劇的表現にはまったく圧倒されました。エヴァンゲリストに間髪を入れずに応える激しさから一転してコラールでの聴衆として真摯でデリケートな合唱の感情表現の素晴らしさに加えて、合唱から離れることなく定位置で歌われた野々下さん・波多野さん・コーイ氏以下の深い感情にあふれたアリア。マタイの歌手は3つの立場を兼ねるべきという、かねてよりの鈴木さんの思いは、今回は完全に実現されたのではないでしょうか。

前田さんのフルート・三宮さんのオーボエ以下オーケストラも見事でしたが、今回のレシタチーヴォにおける弦楽合奏の雄弁さには瞠目するばかりでした。しかしこれはルーシー・ファン・ダ―ル参加の影響なのでしょうか、今までのBCJとは微妙に違う表現意欲の強さのようなものも感じましたが如何でしょうか。強力すぎた第一オケに対して、(おそらく達人・鈴木秀美さんとバルサの力量の差なのでしょう)第二オケが多少見劣りしたのはやむを得ない所でしょう。

矢口さんも言われましたが、今回は聴衆も良かったですね。敬虔にコラールを歌い上げる合唱におそらく会場の聴衆の皆さん全員が心の中で唱和したに違いありません。実に共感に満ちた雰囲気でした。

そして最後の疑問。毎回マタイを聴くたびにかくも大きく変貌してゆくBCJは、今後一体どこにまで行き着くのでしょうか?それを思うと、殆どおののきのようなものすら感じる此の頃ですが、矢口さんはどうお考えでしょうか。

それにしても昨年といい、マタイの演奏時に限ってどこかで戦争が起こるのはなぜなのでしょう。偽りで固めた愚かなブッシュのイラク侵略に追随した日本の当然の報いとは言いながら、人質3人の無事解放を祈るばかりです。(後略)

当日ロビーで、サイン本を購入して有頂天の玉村   (玉村 稔様) (04/04/12)

307 《3/20神戸公演短評》

・・・昨日の久々の松蔭でのカンタータは素晴らしかったです!久々のロビンの圧倒的な歌唱、いつものペーターも特にBWV62の周りを引き込むアリア!夏美さんと高田さんのデュオの甘い響き、合唱とオケの集中力の高さと共鳴の凄さを感じました。今井さんのオルガンも待降に引き込まれて良かったです。
後半開始にはロビンの素晴らしいアリアのオマケもありました!東京もあるんでしょうか!? アンコールに短いコラールが演奏されました。
後の懇親会でもロビンの幼少時のLPやお子さんの写真が登場して、楽しいひとときでした。東京でも楽しんでください!

(竹内茂夫様) (04/03/21)

306 《いつも貴重な情報をありがとうございます。(3/30、鈴木雅明オルガンコンサート)》

(前略)矢口さん情報に狂喜して、大雨の中を渋谷教会に出かけました。いつも貴重な情報をありがとうございます。

前半のブクステフーデのパッサカーリアなども良かったですが、後半のバッハになると、いつもながらですが、それまでとはケタ違いの音楽の表現には圧倒されます。
 
 素晴らしかったのはオルガン小曲集の「人よ汝の大いなる罪を嘆け」。人の心に真っ直ぐ入る祈りの音楽。大昔の92年4月の祐天寺のコンサートでもこの曲を聴きましたが、あの時はこんなに説得的な演奏ではなかったと思います。最後はパッサカ―リアとフーガハ短調。少々早目のテンポで、考えられる限り演奏効果・喧騒から遠ざかった、実に真摯な演奏でした。鈴木さんのこの誇張やハッタリの皆無な正攻法な真率さはどこから来るのでしょうか。
 
 そして最後に全員で歌ったマタイの受難コラールをオルガンで伴奏(即興?)した鈴木さんの伴奏がまた凄かった。見事なコンサートでした。(後略)

(玉村 稔 様) (04/04/02)
 年度末の片づけもさておいて、私もこの演奏会には参加させていただきました。実は私もBCJ定期が始まる直前のあの祐天寺での「人よ汝の大いなる罪を嘆け」を思い浮かべていたのです。あの祐天寺・聖パウロ教会のオルガンで、ブクステフーデの「我らがイエスの四肢」の前に奏でられたコラールには、これからスタートする一大プロジェクトを前にした畏れにも似た心持ちを持って聴き入っていた記憶があります。あれからもう12年も経つのですね。時の流れの早さと変わらぬバッハの音楽の力に大いなる感慨を持ちました。マタイのコラールをともに唱和できたことも素晴らしい経験でした。これからもできるだけの情報をお届けしたいと思っています! (矢口) (04/04/05)

305 《オルガン会議2004》

 VIVA!BCJ 矢口 真さま、満開の桜の中をオルガン会議2004に出かけて参りました。
 私は2日目の午後の鈴木雅明先生のペダル・クラヴィコード演奏より参加させていただきました。近江楽堂でのクラヴィコードのお披露目演奏会(=BCJアメリカ公演支援矢口さん主催の演奏会)以来、私は初めて、完全な状態のクラヴィコードの演奏を聴かせていただきました。
 繊細な音色の楽器ということをすでに経験済みでしたので、前列正面の席にBCJ常連の方々とともに座り演奏に耳を澄ませました。曲目は、「トッカータとフーガ ニ短調」「パストラーレ」そして「パッサカリア」でした。2曲目の「パストラーレ」の頃にはもうすっかりクラヴィコードの音色が心地よく、3曲目の「パッサカリア」に至っては、この国際基督教大学の満開に咲き誇る桜の、その桜蕊の繊細なる音で心満ちてゆきました。「パッサカリア」は、このクラヴィコードのための1曲なのです。オルガン研究会現会長の保田様は、「ペダル・クラヴィコードの音が繊細なのに外の風の音に消されることなく同時に聴くことができ感動しました」と、閉会式の終わりの言葉の中で述べられました。風の音はきっと神様がいらっしゃったのだと思います。「パッサカリア」を聴きながら、桜蕊のような心の琴線に触れるものを感じました。桜への想いは数多なるものがあります。かけがえのない時の中を、心の深淵を触れてゆくバッハの音の一つ一つが、水色の空を舞う桜の花びらとなり、その桜蕊を、我らが魂を、揺さぶるがごとく心充ち満ちてゆきました。オルガンや、チェンバロの魅力とはまた異なるクラヴィコードならではの魅力に満ち溢れた「パッサカリア」でした。聴衆は、心からの演奏に、繊細な耳を傾け、感動の涙。。。でした。演奏をしてくださった鈴木雅明様に感謝申し上げます。
 演奏前のクラヴィコードの説明で、1844年ペーター版の「6曲のトリオソナタとパッサカリア」について、「正しくクラヴィコードのための曲である」とグリーケンペルが断言しているとのことでした。現在は、この楽器の構造上、雅明先生が「トリオソナタ」を弾くことは不可能なので、残念であるとのことでしたが、いつか聴いてみたい想いです。偉大なるバッハは、バロック時代のクラヴィーア音楽の、オルガン、チェンバロ、クラヴィコードのそれぞれの楽器の特色を活かした作曲をされたのですね。今回のクラヴィコード演奏を拝聴し、外観はタンスの引き出しを三つ重ねたような楽器の本当の魅力を知ることができました。最初は、雅明先生のオルガン演奏が変更されたので、残念に思ったのですが、オルガンやチェンバロ同様に、クラヴィコードがとても素敵な響きであることを実感し、特に今回はその繊細な響きに魅了されてしまい、これからも演奏会の機会やCD発売もあれば良いなと思いました。「嗚呼!パッサカリアは、桜の蕊の調べなる?!」

 さて、最終日のシンポジウムは、オルガン研究会前会長の金澤正剛先生の司会(座長)で「オルガンの様式と展望」というタイトルで、横田宗隆廣野嗣雄鈴木雅明武久源造保田紀子各氏のパネラーが壇上に登られ、3時間にわたり、熱心な討議が行われました。その中で、雅明先生は、「様式」つまり演奏スタイルは「人」であると述べられました。音楽の目的はその人の存在全体に関わるものであり、演奏の価値は、全体としての音楽の勢いが、音楽が伝わってくれば良いのであり、一人ひとりに語りかけるものであり、演奏の力はその人が聴衆に何を伝えたいかということである。そして、次の世代に伝えたいという想いが、教育プロセスを経て学派ができ上がるが、型にはまることを目的とはしていないのであり、型にはめると失敗する。それを「様式」と呼ぶのは間違いである。アーティキュレイションがどこにあるかを議論すべきではない。アーティキュレイションには一つの誤解があるが、アーティキュレイションは、拍節感との関係となる。まとめとして、技術的にも、建造的にも、ディテイルの集積が徐々に演奏スタイルを構築する。どのインフォメイションからどれを使うか?どのように?ということは、「人」による。それが、「様式」なのである。
 その他各パネラーが、それぞれの思いをそれぞれの言葉で語られましたが、どの方にも、オルガンに対する深い愛情を感じました。また、オルガンビルダーの横田氏は、オルガン製作の上で、与えられた条件の中で、最大限の「クオリティ」のものを製作するということを目標とされていると、お話になりました。そして、手本を持つことは、枠組みを持つこととなり、(それは教祖になってはいけないが)鑑(鏡)となり、それを忠実に磨くと、映る自分がはっきり出る。鏡を磨く事は、正しい言語を使うことであり、それは心のこもった言語であり、愛する人への幸せを願うこと。それを第1に考え製作をしているとのお話で、オルガンのことだけでなく、各パネラーの人間性を、ひしひしと感じさせるシンポジウムでした。雅明先生の、「オルガンの「様式」とは「人」である」というまさにその結論に、オルガンを愛する聴衆の一人として、全く同感です。オルガンの美しく奥深い音色を聴いていると、演奏家の心の広さ、あたたかさ、大きな愛が伝わってきて、心があたたかくなるのです。そして、心を込めて製作してくださったビルダーの方の想いや、さまざまな時代の数多の演奏家の誠実さ、オルガンへの想い、聴衆の音楽を愛する気持ち、演奏家への感謝等、人間の優しさのいっぱいつまったチャペルの、ホールの空間が、オルガンを奏でるその空気の振動が、ひとりひとりが求めているものを与える。オルガンを愛する聴衆の一人として、オルガンを求め、今回のオルガン会議に参加し、オルガンのみならず、オルガンに関わる人々と接する中で、いかに生きるべきかという点についても学ぶことが多く、大変有意義な機会でした。桜の、ICUのオルガンの澄んだ音色は、ステキでした。実行委員長の金澤正剛先生や出会えた方々に感謝致します!

 以上また長くなってしまいましたが、オルガン会議のお福分けと致します。詳しくは、オルガン研究会が、録音をされていましたのでご確認下さい。今回も私の印象を拙い文で記しましたので、勘違いなどあるかもわかりません。ご教示ください。感謝を込めて。。。 From *Akiko  Suzuki*

p.s. 4/1の鈴木優人さまの演奏会のチラシを拝見しました。プログラムもとても魅力的ですね。宮沢賢治の「永訣の朝」もあり、聴きに伺いたい!と思いますが、行けませんので残念です!ゆうじんさんのゴルトベルクも楽しみでしょうね!?(雅明氏のadviceはあるのでしょうか?) 昨年の芸大の講座では、とても親切にしていただき、感謝しております!「才能溢れる素晴らしき青年」という印象があります。演奏会(個展)のご成功をお祈りいたします!    

pp.ss. 3/21,2004に東京オペラシティにてBCJのカンタータを家族(=夫)と拝聴。
2000年のBachの命日には「ヨハネ」(於サントリーホール)を聴き、今回はBachのBirthdayに優しい音色の「カンタータ」を聴きました。特別の日の演奏はまた、特に心に響くものがあります。(後略)

(Akiko Suzuki様) (04/04/01)
Akiko Suzuki様、オルガン会議2004のレポートありがとうございます!レポートを拝読していて、もうずいぶん前にこのHPにUPしたヘッセの「パイプオルガン」という詩を思い浮かべましたのでここに再びリンクを作らせていただきます。今回のオルガン会議、私もうかがいたかったのですが、勤めの関係で時間がとれず涙を飲みました。ご報告の内容、うらやましい限りです。しかし、4/1の鈴木優人さんの個展はじっくり聴かせていただきました。ゴルトベルク変奏曲をいくつかのブロックに分け、その間に自作(最新作も含め)を配置するという意欲的な試みが、それぞれの作品の持つ力に支えられ、説得力を持ったものになっていました。またこのような機会も持っていただきたいものです。
ペダルクラヴィコードは公開の場での演奏は先日(2月14日)の二俣川での演奏についで2度目のことだと思います。演奏の機会を重ねるごとにますますその魅力を発揮していることと思い、次の機会を待ち望む気持ちがふくらみます。 しかしいよいよ今週末は受難節。まずは心してマタイ受難曲に耳を傾けましょう。 (矢口) (04/04/05)

304 《アメリカのキリスト映画》

矢口さん お久しぶりです。いかがお過ごしでしょうか?アメリカに来て、1年半が過ぎましたが、こちらの生活にはだいぶ慣れてきました。

私は、東京や神戸でのBCJの演奏会に全く足を運べなくなっているという、大変寂しい思いをしていますが、滞在期間が延び、もうしばらくBCJの生演奏がお預けになってしまっている今日この頃です。。帰るのは、名古屋の万博が終わった頃でしょうか???
そろそろ聖金曜日が近づき、そろそろBCJのマタイが…と、期待と共にその日を待っていらっしゃることでしょう。羨ましいです。

さて、そんな頃、ここアメリカでは、日本のメディアでもおそらく話題になっているであろう、メル・ギブソンのキリスト映画「The Passion of the Christ」が注目されています。アメリカではキリスト教の教会が宣伝し、映画館でブースを作って、内容に関する質問なども受け付けていたりしているそうです。日本では確か5月上映開始だと思います。イースター後なので、教会暦としての意味はなくなってしまうのが残念ですね。色々な前評判があり、まだ見ていない人には想像だけが膨らんでいっているのではないでしょうか。

さて、私も大変関心を持って観てきました。ストーリーとしてはイエスのゲッセマネの園での祈りから始まり、埋葬と復活のさりげない場面で締めくくられるというものでした。イエスの十字架上の言葉もすべてあり、Passionの記録としてすばらしい作品だと考えています。
聖書を読めば、読者は想像力を働かせることができますが、個々においてそれには限界があります。暴力的な場面が多すぎるという意見もありますが、それは当時の時代背景などあまり考慮せずに、記事を解釈した人の考え方なのではないかと思うのです。事柄を美化せず、聖書の記事と当時の風習をよく考えると、映画にある描写はありうることだったと思えます。正直、尋問や鞭打ちの場面などは、私の想像の範囲外でした。また聖書には書かれていない執拗な悪魔の試み(ささやくように出てくる悪魔役)というのも、私の中では新しい解釈でした。
映画では、おそらく当時あったであろう、出来事がほぼ忠実に再現されています。
そして、「弟子の足を洗うイエス」、「最後の晩餐」、「エルサレム入場」、「ペテロの宣言」などの場面映像が、一番適切だと思われるところで、フラッシュバックのように出てきます。そこに何の説明も無いので、おそらくクリスチャンでない人には、何のことだかさっぱり分からないのではないでしょう。しかし、聖書を知っているクリスチャンたちにとっては、それらがとても良いのです。聖書をおさらいしているようで、受難の場面を再認識する良い機会になっているようです。

作者の解釈による表現や場面などが多少織り込まれていますが、それらが良く機能して受難の要旨を上手く支えているように思えます。
映画では、全く主体的に何かを訴えるということをせず、忠実に聖書を再現したいというスタンスを貫きつづけているので、解釈は完全に聴衆それぞれの受け取り方によるのです。

私は、バッハの作曲したマタイ受難曲といい対比ができました。互いの良い面が少し異なるおかげで、キリストの受難をさらに深く知ることができたと思います。
あの映画のように、忠実に表現して、視聴者の判断に一切任せてしまうというスタンス、マタイ受難曲のように、対話と時代の入り混じりを感じながら、自分も受難の場面に入っていける音楽、どちらもすばらしいと思います。映画を見ることによって、バッハのマタイ受難曲が持つ表現力、説得力というものが見えてくるような感じがします。

あの映画が、日本で上映されて、果たしてどれほどの人が理解できるか分かりませんが、正しく理解されればと思います。間違って認識する人が出て、誤った方向に行ってしまう人も、今の日本にはいそうな気がしますので、なるべくならそうならないでほしいとも願っています。

バッハ、とりわけマタイ受難曲を知っている人なら、あの映画は必見です。おそらく評価は、さまざまになるでしょう。

あの映画がバッハの受難曲演奏にどう影響するのか or しないのか、というのも私の興味のあるところです。
また、BCJの鈴木雅明さんがどのような感想をお持ちになるのかというのも、興味があります。
もしかしたらBCJの器楽陣や合唱にもう少し積極性がつくぐらいでしょうが、全体の音楽性はあまり変わってほしくありません。
むしろ、BCJの受難曲演奏に、いっそう、BCJらしい深みが増すことに期待をしています。

矢口さんも見たら、ぜひ感想をください。
それでは失礼します。

(金原秀行様) (04/03/31)
金原さん、こんにちは。昨年のBCJアメリカツアーレポート以来のお便り、ありがとうございます!しかし、今回は重い宿題をいただいてしまいました・・・。
この話題作「The Passion of the Christ」は、日本では「パッション」というタイトルで5月1日から公開されるようです。詳しくはこちら公式ページをご覧ください。またネット上にもすでに様々な形で反響がUPされています受難の痛みを痛切に映像化していることが大きな特徴となっているようですね。私たちは今週末に迫った受難日とその翌日に先にBCJのマタイを味わうことができるのですが、5月になりましたら、いくらかの畏れを感じつつ是非この映画も味わってみたいと思います。ご紹介ありがとうございました。 (矢口) (04/04/05)
 話題作『パッション』、見て参りました!・・・とにもかくにも“受難”の痛みを、それを見守る視点から追体験できる2時間余でした。ただ、当然のことながらそれは『マタイ』や『ヨハネ』に触れる時の体験とは異なる種類のものでした。私の場合、バッハの『マタイ』や『ヨハネ』に触れた時には耳からを中心とした情報が自分の中の感情と結びつくことを強く感じますが、この映画の場合では、外から(主に目から)くる情報が、自分の頭の中の知識と結びつき、その結果、受難の痛みというものの理解が深まるという印象だったのです。きっとこの違いが、金原さんのおっしゃる「互いの良い面が少し異なる」ということなのでしょう。
 私が今回なるほど、と実感した点をいくつか上げてみます。まず“茨の冠”について。そう、茨の冠をかぶせられるとその棘が食い込み激痛が襲うのですね。さらに、イエスが倒れられるなどして地面に頭を打ち付ければ、当然その棘が改めて突き刺さるわけです。そんな当たり前な事実を改めて実感できました。また、十字架を担ぐのを途中から手伝わされたシモンについて。なぜ途中から彼が手伝わされたのか、実は今まで今ひとつ得心がいっていなかったのですが(ただ不勉強なだけかもしれません・・)、なるほど、イエスがもう担げなくなってしまわれたから手伝わされたのですね。等々。これらの、目で見て感じた実感はこれから受難曲に触れる時にもきっと思いおこされることと思います。ただ、こういった感じ方はこれまで、聖書なり受難曲なりに触れて、キリストの受難のストーリーを少しなりとも知っているからこそのものですので、いきなりこの映画に接した場合、イエスがあんなにも傷つけられかわいそうといったような、一面的な理解に終始してしまう恐れも感じました。アメリカでの上映に際しても、映画館内に教会関係者が質問にこたえるブースを作っていたというようなこともあったようですね。日本での公開に際してもこちらのページのような予習サイトもありますので、自分なりの問題意識を持って接すれば、大変多くのものを得ることができる作品だなと思いました。そういった意味では受難曲と同じかもしれません。
 映画につけられた音楽(ハリウッドの実力派の作曲家、ジョン・デブニーによるもの)は映像を邪魔することなく、場面場面の流れを良くサポートした幻想的なものでした。しかし、私の脳裏にはいつしか『ヨハネ』や『マタイ』の音楽が浮かんできたのです。映画そのものの感想は例えばこちらのような大変詳細な考察などもありますのでご覧いただくこととして、私は、各場面で受難曲のどんなナンバーが思い浮かんだかを書いてみたいと思います。それぞれの場面に、この映画の画像をUPしているサイトへのリンクも作っておきますので、よろしければご覧ください。ただ、ネタばれになることと、場合によってはかなり刺激の強い画像も含まれますのでご注意ください。
 
・オープニング:ゲッセマネの祈り(画像1、画像2 →『マタイ』NBA No.18〜25  
・銀貨30枚を受け取るユダ(画像 →『マタイ』NBA No.7,8  
・最後の晩餐(画像)  →『マタイ』NBA No.9c  
・このパンは私のからだである。(画像1画像2画像3 →『マタイ』NBA No.11〜13  
・この杯から飲みなさい。(画像
・ペテロへの預言(3度知らないというだろう)(画像 →『マタイ』NBA No.16,17  
・寝ている弟子たち(画像 →『マタイ』NBA No.24  
・ユダとイエス(画像1画像2 →『マタイ』NBA No.26 →『ヨハネ』NBA No.2a
・私がそうだ(画像   →『ヨハネ』NBA No.2b〜e
・イエスの捕縛(画像 →『マタイ』NBA No.27〜29 →『ヨハネ』NBA No.5
・連行されるイエス(画像 →『マタイ』NBA No.30〜37 →『ヨハネ』NBA No.6,7,15
・裁判の成り行きを見守るペテロ(画像 →『マタイ』NBA No.38〜40 →『ヨハネ』NBA No.8〜14
・鞭打ち(画像1画像2画像3 →『マタイ』NBA No.51,52 →『ヨハネ』NBA No.
・鞭打ちの背中(画像   →『ヨハネ』NBA No.20
・茨の冠(画像 →『マタイ』NBA No.53 →『ヨハネ』NBA No.19,21a
・血潮にまみれ(画像 →『マタイ』NBA No.54 →『ヨハネ』NBA No.1
・ピラトと妻(画像 →『マタイ』NBA No.45  
・バラバかイエスか(画像 →『マタイ』NBA No.45 →『ヨハネ』NBA No.18
・「ユダヤの王」イエス・・・こんな人だぞ(画像   →『ヨハネ』NBA No.21c,23c,25
・十字架につけろ!(群衆の叫び)(画像 →『マタイ』NBA No.45b,50b →『ヨハネ』NBA No.21d,23d
・手を洗うピラト(画像 →『マタイ』NBA No.50c  
・十字架を担うイエス(画像1画像2画像3 →『マタイ』NBA No.1 →『ヨハネ』NBA No.23g,24
・十字架の道行き(画像1画像2
・シモンと十字架を担うイエス(画像1画像2 →『マタイ』NBA No.55〜57  
・手に釘を(画像 →『マタイ』NBA No.67  
・十字架上のイエス(画像 →『マタイ』NBA No.58〜60 →『ヨハネ』NBA No.25,26
・エリ、エリ・・・(画像1画像2 →『マタイ』NBA No.61,62 →『ヨハネ』NBA No.31
・脇腹を刺す(画像   →『ヨハネ』NBA No.36,37
・十字架降下(画像 →『マタイ』NBA No.63c〜65 →『ヨハネ』NBA No.38,39
・悲しみの聖母(ピエタ)(画像 →『マタイ』NBA No.68 →『ヨハネ』NBA No.35

このようにしてみますと、図らずも『マタイ』と『ヨハネ』の重点の置き方の違いなどもわかる気がします。・・・ということで、私にとっては、多くを学ぶことの出来た貴重な体験となりました。金原さん、ご紹介ありがとうございました!! 鈴木雅明さんやBCJのメンバーの皆さんがご覧になったら、どのようなことをお考えになるか、そして金原さんもおっしゃっておられる「 あの映画がバッハの受難曲演奏にどう影響するのか or しないのか」という点には、私も大変興味を覚えます。機会がありましたらうかがってみますね。 

(矢口) (04/05/09)

303 《感動の神戸公演!!》

 3月20日、神戸ではじめて定期公演を聴きました。
 オルガンコラールは、荘厳で重厚、吹いているような音に力強さを感じました。
 カンタータの演奏が始まると、冒頭の合唱から豊かな響きに包まれてBCJの世界に引き込まれていきました。
 CDを聴いている時は、歌声にばかり耳がいっていましたが、生で聴くと、楽器の素晴らしさ・迫力に圧倒されました。コントラバスの西澤さん、熱く熱く演奏される姿が一般席からも拝見でき、身体の芯に響く深い音とともに心に残りました。BWV26のテノールアリア、前田りり子さんのフラウトトラヴェルソが、うっとりするほど魅力的で、櫻田さんの端正な澄みきったお声と、すてきなアンサンブルでした。歌の美しさゆえに水の流れのように過ぎ去っていく人生の儚さが、ひしひしと伝わってきて感動の1曲でした。
 野々下さんは、コーイさん、櫻田さんとの三重唱が素晴らしかったですし、BWV62のレシタテイーヴォは、ブレイズさんとの息もピッタリで美しく、本当に飼い葉桶に近づいて神のひとり子イエス様の誕生を讃美していらっしゃるようでした。(19巻のBWV37第3曲:コラールを思い起こさせるお二人のデュエットでした。)
 コーイさんは温かく深く、そしてエネルギッシュな歌をきかせて下さいました。
 アンコールのコラールを満ち足りた心で聴きながらも、演奏が終了してしまうことが寂しくいつまでも聴いていたかったです。
 懇親会にも参加させていただきました。ブレイズさん、櫻田さんに、赤ちゃん誕生の喜ばしいニュースが、野々下さんからは、鈴木先生と今井さんのビッグニュースが発表されて、会場は喜びに湧きました。手作りのおいしいお料理、ごちそうさまでした。憧れの皆様にあつかましくも、お話しさせていただいたり(緊張のあまり、ききたかったこともきけず、しどろもどろでしたが)写真を撮らせていただいたりしました。ご無礼お許しください。
 2004年度の神戸会員になりましたので、5月のオラトリオカンタータとても楽しみです。櫻田さんのお声は、しばらく聴けないので残念ですが、今回堪能させていただきましたので来年2月を待ちわびることとします。

(斎藤 まひる様) (04/03/24)
 斎藤さま、神戸公演の感動を伝えてくださるお便り、ありがとうございました!公演&懇親会を十二分に堪能されたご様子、うらやましいです。私も翌日に行われた東京公演で、大変質の高い(曲も演奏も)今回のカンタータ公演を堪能させていただきました!
 お便り中にある鈴木先生と今井先生のビッグニュースとは、お二人が「教授」になられるとのことのようです!詳しくわかりましたらお知らせいたします。
 2004年度は神戸会員になられたとのこと、どうか毎回交通機関が無事に動き、至福の時を得られますように!私もまた神戸に行きたくなってしまいました!!!! またのお便りをお待ちしております。 (矢口) (04/03/29)

302 《「辻荘一・三浦アンナ記念学術奨励金」受賞記念講演(1/31)》

1月31日(土)、鈴木雅明さんの「辻荘一・三浦アンナ記念学術奨励金」受賞記念講演を聴くことが出来ました。(中略) 学長の適切な表彰弁論も感銘深く聴きましたが、鈴木さんの、限られた時間での講演でした。自分は学問の人間ではないと言われながらも、長年のBCJの演奏経験を踏まえられたお話は実に興味深く、また今後の演奏の覚悟を示された、見事な講演だったと思います。

演奏上で直面するピッチの問題、また楽器や声楽の問題も、実際の演奏に携わっておられる鈴木さんならではの説得力のあるお話でした。演奏の共感を通じての真のバッハの探求。かねてアルノンクールの、文献的・博物館的バッハ演奏には違和感を感じていた私には、まさに核心を捉えたお話だったと思います。
中でも以前にプログラムでも書かれていた、ドイツ語と外国人の特権について触れられた個所は感動的でした。

「ドイツ語を日常語としているドイツ人ならばあたりまえで気づかないことを、外国人として敢えて発音に拘り、自分でバッハの言葉を味わいたいと思って無謀にもカンタータのテキストの翻訳を始めた。これは難しいが多くの発見があった。ルター派神学・典礼・聖書とカンタータがどのような関係か、聖書のどこにインスピレーションを感じたのか、それを調べるのは演奏には不可欠であり、またルター訳聖書と日本語訳聖書の意味の違いへの配慮がバッハの演奏には不可欠であると思う・・・」 
「カンタータ全曲演奏を決意し、どこで演奏するのか、コンサート会場でカンタータを演奏することに危惧を感じていた。」
「聴衆の皆さんにコラールを理解して貰えるか不安だったので最初期はコラールで終らない曲を選んだりしたが、皆さんの反応ははるかに自分の予想を超えていて、恥ずかしく思った。今ではまったく心配してない、コンサートは典礼を奪うのではない、それに大きな意味があることを確信した。」
「演奏家の使命は全霊をもって演奏するまで。それから後は聖霊の働きに委ねるべき。神の栄光のために。」

短い時間でしたが、現代に生きるバッハの核心に触れた、実に素晴らしい講演だったと思います。

矢口さん情報では、近々リリングに招聘されてシュットガルトで指揮をなさるそうですが、あの暖かいが少々ルーズな合唱団がどこまで鈴木さんの真意を理解出来るか・・・おそらく地元の方々を驚かす超名演を披露されることでしょう

(玉村 稔様) (04/02/02)
玉村さん、いつもお便りありがとうございます!好天に恵まれた1/31、私もこの受賞記念講演とその後に行われたレセプションに参加させていただきました。記念講演にはこの「辻荘一・三浦アンナ記念学術奨励金」の第1回受賞者でいらっしゃる礒山雅先生もお見えになっておられ、ご自身のHPでも講演内容についてご紹介してくださっています。(こちらをご覧ください!)
授与式と記念講演は立教大学内のチャペルで礼拝の形で行われました。以下に式次第をご報告いたします。なお、礼拝ということもあって式中の写真撮影ははばかられましたので、文字のみでのご報告になることをお許しください。記念講演の内容なども後日ご紹介できればと考えております。改めて、鈴木雅明さん、おめでとうございます!! (矢口) (04/02/17)

第16回 辻荘一・三浦アンナ記念学術奨励金 授与式 

日時:2004年 1月31日 12:00〜13:00
場所:立教大学・チャペル

前奏
聖歌
序言 〜詩編 第149編
聖書 〜マタイによる福音書 5:13-16
授与 受賞者:鈴木雅明氏(東京芸術大学助教授)
    賞状授与:押見輝男(立教大学総長)
    奨励金授与:辻 成史氏(故人ご子息)
    挨拶:押見輝男(立教大学総長)
    講演:鈴木雅明氏(東京芸術大学助教授)
アンセム 立教学院諸聖徒礼拝堂聖歌隊
       「O how amiable」(R.V.Williams)[詩編 84,90]
祈祷
立教大学特祷
聖歌
後奏 

レセプション:立教大学・セントポールズ会館 13:00〜

301 《250000!》

矢口真さまへ
はじめまして。いつもVIVA!BCJを楽しく拝見しております。8月13日13時過ぎに25万人目をGETし、ビックリいたしました。その後、「こちらからご一報ください。」というメッセージが私に向けて発せられているのだということに再びドキドキしております。

・・・猛暑の中での旅のご無事と、今後のご活躍をお祈り申し上げます。

(makicon様) (03/08/14)
昨年夏のオルガンツアー最終日の8/14、上記の250000アクセスGETのお便りをいただきました。makiconさま、ご連絡ありがとうございました!その後、ずいぶん時間がかかってしまいましたが、記念プレゼントをBCJ事務局や鈴木雅明さんのご協力も得てお贈りすることが出来ました。今回は最新のBCJカンタータCD23巻と、その収録時のコンサートプログラム冊子鈴木雅明さんサインをいただき、BCJのステッカーを添えてお贈り致しました。CDならびにプログラム、ステッカーを提供していただいたBCJ事務局の皆様とお忙しい中サインをしてくださった鈴木雅明さんに感謝いたします。
その後、プレゼントでさし上げたカンタータCD23巻のご感想もお寄せいただきましたのでご紹介させていただきます。makicon様、ありがとうございました。
今後ともBCJ&「VIVA! BCJ」をごひいきに! (矢口) (04/02/17)
・コルノと一緒になったときの、ソプラノの美しいこと!
・松蔭の響きなのか、楽器の響きなのか、人間の体の響きなのか、よく判りませんが、とにかく豊かな響だこと!
・「コラールが聞こえてくる」というのが、「うれしいことだ」という実感が持てること!
・メンバー、おひとりおひとりの個性も感じられ、そして団体としてのまとまりもある、というアンサンブルとして、非常に楽しめる演奏!
CDをかけっぱなしにしています。幸せ・・!!

(makicon様) (04/02/06)

300 《鈴木雅明レクチャーコンサート@二俣川》

先日(1/10)の二俣川のレクチャー、実に興味深いお話ばかりで、さすがに長年にわたり世界の第一線でBCJを育てて来られた鈴木さんの、深い学識と演奏体験にしっかりと裏打ちされた、実に説得的な内容でした。あそこまで突っ込んで学会最前線の話が出来るバッハ学者が一体世界中に何人居るのか?

中でも鈴木さんの、「旧東側のオルガンを知った以上、ただ一台のオルガンでバッハの全曲を弾くのはもはや不可能なことだ。しかしバッハは、おそらくオルガンの限界を知りつつ、あえてそれを超えて、音の精妙な構成による前人未踏の普遍的な音楽を目指して作曲した、そこがバッハの偉大さなのだと私は思う。」と言われたのには深く感動しました。本当に見事なレクチャーでした。

あまりに熱のこもったレクチャーだったので、前半に時間がかかりすぎ、後半のチェンバロ部分がやや簡略だったのは残念でした。しかし演奏では、ソナタ ニ短調 BWV964(BWV1003による編曲)が良かったですね。サラバンドも陶酔的でしたが、フーガの凄かったこと。昨年のフーガの技法を思い出しました。こんなに見事な曲が偽作?

またパッヘルベルのシャコンヌを聴きながら、これは確固たる信仰(主題)に基づく限りあらゆる自由(変奏)は許されるという、中世のキリスト教神学の音楽的表現ではないか・・・などと勝手な妄想を考えた次第でした。

次回の2月のテーマはチェンバロとペダルクラヴィコード!終演後ロビーで鈴木さんに、昨年1月4日には調子が悪かったペダルクラヴィコードの具合は如何ですかと尋ねたところ、「完璧ですよ、ぜひ聴いて下さい」と言われました。これは楽しみですね。

(玉村 稔様) (04/01/15)
 玉村さん、こんにちは。素晴らしかったレクチャーコンサートのご感想、ありがとうございます。確かにレクチャーの部分が特に前半大変長かったのですが、充実したひとときでしたね。今年も幸先の良いスタートといったところでしょうか。ソナタ ニ短調 BWV964は、本日の神戸でのリサイタルでも披露されますね。神戸の皆さん、お楽しみに!
 「ただ1台のオルガンでバッハの全曲を弾くのはもはや不可能」とのお話、全くもって同感であります。「オルガン」という語でひとくくりにされてしまうのが不思議なぐらい、様々なキャラクターの楽器が存在することを、私自身もオルガンツアーに参加した経験から実感しています。楽器の仕様と作品の求める様式が一致したときの美しさ、豊かさは何物にも代えられません!
さて、来月の第2回(2/14、残念ながらチケットは売り切れとのことです)はいよいよペダル・クラヴィコードの登場!(右の写真:クリックで拡大します) 実はこの楽器、昨年の1月に内々のお披露目が行われ、音楽之友社発行の月刊誌「ムジカノーヴァ」でも報告されたのですが、その折りには一番上にセットされる楽器がトラブルを起こしてしまい、本来の形ではまだ演奏されていないものです。しかし玉村さんのご質問への鈴木雅明さんのお答えからすると、今回は万全のコンディションのようですね。本当に楽しみです!! 昨年のお披露目コンサートの時の写真こちらにまとめてありますので、是非ご覧ください!
(矢口) (04/01/25)

299 《要望です》

 いつも楽しく拝見させていただいております。広島在住の松浦と申します。今ではすっかりBCJのファンとなってしまいました。私は声楽を学んでいるのでBCJのソリスト陣は大変勉強になります。要望があるのですが、メンバー紹介のページをもう少し新しいものに更新していただけないでしょうか。おひまな時で結構なので是非おねがいします!

(松浦様) (03/12/14)
松浦さま、初めまして。いつもご覧いただきありがとうございます。広島にお住まいですか。今のところ生BCJを体験するには神戸にお出でいただくしかありませんね・・・。いつの日か広島公演が実現しますように。
さて、ご要望をいただいた「メンバー紹介」のページについてですが、実は少々悩んでいるのです。「VIVA! BCJ」開設当時はオフィシャルHPがまだ無く、文字通り、このページがネット上でほぼ唯一のBCJ情報のページでした。そこで、主な器楽メンバーと基本的にカンタータシリーズでソロを担当してくださった声楽の方を中心に「メンバー紹介」のページを始めたのですが、ご存じの通りその後公式HPがオープンし、そちらの「プロフィール」のページが次第に拡充されていきました。ただ、現在は事務局の担当の方の変化などもあり、簡単なものになってしまっています。ソリストの情報などについては本来は公式HPが取りあげてくださる方が望ましいと私は考えていますので、今後の公式HPの展開と連携を取りながら、よりよい情報提供のあり方を考えていきたいと思っています。・・・ということで、当面は大きく更新する予定はありませんので、CDのリーフレットなどでご確認いただけましたら幸いです。BISのHPにはアーティストごとのインデックスがありますのでご利用ください。
(矢口) (03/12/30)

298 《鈴木さんの受賞、おめでとうございます!》

矢口様、本日の VIVA! BCJ の早耳情報で、鈴木さんの今回の受賞を知りました。おめでとうございます!
矢口さんも言われたとおり、立教大学の推薦文はどなたが書かれたのでしょうか、BCJの長年の音楽活動の評価だけに限らず鈴木さんの巻頭言や訳詞にまで言及した、まことに真摯で視野の広い立派な文章だと思います。

しかし今回の鈴木さんの受賞の意義を、日本の社会がどう評価するのか。自社の軽薄低俗番組の視聴率で右往左往する醜悪テレビ局や、先月世界文化賞受賞で来日したクラウデイオ・アバドの欧米の文化政策への強い批判発言を完全に無視した今の日本のマスコミ・音楽ジャーナリスムに、今回の受賞を評価出来る能力や見識を期待するなど絶望的でしょう。 

その点では、今回の受賞は地味ではありますが、今後とも鈴木さんの努力に対する地道な支援と、国境を越えた正当な評価の積み重ねこそが将来のBCJの発展には何よりも大切なのだと考え、心よりお祝いしたいと思います。ぜひ授賞式後の記念講演を伺いたいものですね。

11月24日のヘンデルは楽しかったですね。昨年のポッペアで感じた不快さ(二期会歌手の様式感の欠如と音楽への倫理観の甘さ)は今回は皆無で、バッハとはまた違った開放感あふれる華麗な響きを満喫しました。少し小編成かなとの感もありましたが粒揃いの豪華メンバーから成るオーケストラも熱演で、最後のアリオダンテの大アリア見事に歌った山下さんとピットの若松さんの丁丁発止はすごかった。(あの普段は優しい若松さんの、真剣な恐ろしい目付き!)

考えてみれば今回はヘンデルのオペラなので、格調正しさだけでなくもう少し外面的な輝かしさとパワーが欲しいとも思いましたが、今回の見事な出来ならば、BCJの演奏するヘンデルが、今春のタンクレデイでの絢爛たるアジリタで聴衆を熱狂させたバルチェロ−ナのような、観客に圧倒的な興奮を与えてくれる時期も近いと思いました。

しかし毎度のことながら、今回も稚拙な寸劇は実に不愉快でした。高い入場料を取ってあんな下劣なものをやるカネと時間があるなら、パステッチョではなく全曲をやって貰いたいものです。! などと、またまた中年の憎まれ口でした。

(玉村 稔様) (03/12/03)
玉村様、こんにちは。せっかく早くにご祝辞(?)をいただいていたのですが、ご紹介が遅くなってしまい申し訳ありません。ちょうど辻荘一音楽賞の授賞式も一ヶ月後になりましたので、遅ればせながらUPさせていただきます。授賞式の日の記念講演は一般の我々でもお伺いできるのでしょうかね。立教のHPにあった連絡先に近々問い合わせてみようと思っています。
鈴木雅明さんのバッハへの思いは、春秋社刊の『バッハからの贈りもの』でまず触れることが出来るのですが、今回の受賞にも大きな役割を果たした、公演プログラムの「巻頭言」などの文章を綴った書物が企画されているとうかがっています。来年には刊行されるとうれしいですね。また、バッハとは違った楽しさを味わわせてくれたヘンデルの公演も大変充実したものでした。江戸時代に見立てた枠組みは、実際の同時代ということである種の面白さも私は感じました。しかし、やはり1曲でも全曲を聴かせてもらいたいものですね。それはこれからの楽しみに取っておきましょう。新しい年も、BCJにとって更に素晴らしい1年になりますように。 (矢口) (03/12/30)

297 《2002年のクリスマスコンサートと管弦楽組曲の定期演奏会》

こんばんは、北畠です。遅くなりましたが、頂いたCD(2002年のクリスマスコンサート)の感想と前回の定期演奏会(管弦楽組曲全曲)演奏順番に関する自分なりの考察をしてみました。


(1)CDの感想

 2002年のクリスマスコンサートの感想ですが、モテットマニフィカートはとてもすばらしかった。とくに、モテットの合唱申し分のない出来で、BCJの合唱の底力を見せられた感じあった。しかし、前半の管弦楽組曲の演奏は、後半の声楽曲と比べると余裕とゆとりを感じ取ることが出来なくて残念であった。


(2)定期演奏会(管弦楽組曲全曲)の演奏順番に関する簡単な考察

 今回の管弦楽組曲の演奏順番は、文章の構成(起承転結)に似ている。

管弦楽組曲第三番 BWV1068
 有名な第二曲Air(G線上のアリア)が含まれている第三番で始めることにより、他の組曲への導入が容易になり、初めて聞く人にも抵抗なく鑑賞できると思われる。
感想:前回の演奏(2002年のクリスマスコンサート)と比べると、今回の演奏の方が余裕とゆとりが感じられ各曲のテンポもめりはりがあってとても良かった。特に、第二曲のAirには感動した。
管弦楽組曲第一番 BWV1066
 ここでは、フランス風の序曲の第一番を持ってくることにより管弦楽組曲の本場であるフランスの宮廷音楽を擬似的に体験できると思われる。ここで、管弦楽組曲の楽曲が一通り聞けるかな。
感想:フランス風の華やかな序曲で始まり、フランス宮廷にいる感じでとても華やかな気分であった。
管弦楽組曲第二番 BWV1066
 管弦楽組曲の4つのなかで唯一の短調の曲である。ここで、気分を変えてちょっと違った感じの管弦楽組曲を体験できる。また、ここでは、フラウト・トラヴェルソのソロの登場により管弦楽とのユニゾンが楽しめる。
感想:今回の演奏の編成は、フラウト・トラヴェルソに考慮した小編成であったが、逆に効果的でとても良かった(理想的な編成だと思われる)。フラウト・トラヴェルソの音もかき消されることなく堂々たる演奏であった。もし、他の三曲と同様の編成で演奏するとしたら最低二人は必要だと思われる。
管弦楽組曲第四番 BWV1069
 管弦楽組曲の4つのなかで唯一のあまり知られていない曲だと思われる。今回の演奏順番はある意味4番のためにある構成だと思う。締めを飾るにぴったりな曲だと思う。
感想:この四番が一番良かったと思った。

追伸
 トン・コープマンのカンタータ全集14巻が発売されていました。早速、買いに行こうと思います。(11/24の日に買いに行く)今回のCDには、前回の定期演奏会で演奏したシンフォニアBWV1045が収録されています。今回のBCJの演奏と聴き比べて見ようと思います。
 また、11/24のヘンデルの連作オペラが、いったいどのように4つのオペラがつながっていくかがとても楽しみです。

(北畠 学 様) (03/11/21)
北畠さん、こんにちは。お便りありがとうございます!
北畠さんは、当HP、200000番のキリ番をお取りになった方で、ご希望をふまえ、今年9月の東京定期の時に、昨年末のオペラシティにおけるBCJクリスマスコンサートの録音をBCJ事務局の許可を得てCDにしたものをお渡しいたしました。管弦楽組曲が大変お好きとのことで、CDのご感想に加えて今回の定期公演での演奏への考察もいただき、なるほど、と思った次第です。BCJでの管弦楽組曲(序曲)第3番の演奏では、2000年11月にカンタータ194番の前に演奏された時のことも懐かしいです。この時はずいぶん鋭角な表現だなと思いましたが、昨年末の演奏を経て、適度にマイルドな味わいに落ちついて来たと思います。今回の演奏は神戸で(演奏会は大阪でしたが)録音されていますので、いずれ発売されてからまた聴き比べたご感想などをお寄せいただけましたら幸いです。
コープマンの14巻は発売と聞いて私も何度かCDショップで探したのですがまだ見あたりませんでした。BWV1045ももちろん、ちょうどコラールカンタータ集ですから、そちらも楽しみですね。
さあ、そろそろ私も芸大に出かけます。BCJIIによるヘンデルのオペラ、わくわくです! (矢口) (03/11/24)

296 《北とぴあのラモ−は見事な演奏でした。》

(前略)11月8日北とぴあのラモ−のイッポリートとアリシーは期待をはるかに超える見事な演奏で、92年に始まった北区の古楽音楽祭も、9年目を迎える今年にその最高の成果が示されました。

オーケストラ・独唱・合唱のどれもが感嘆すべき素晴らしい響きで、フランス・バロックの精華であるラモ−の繊細且つ華麗な世界の全貌が、おそらく日本で初めて完全に鳴り響きました。今春のクリステイ−=レザール・フロリサンの、名演ではありましたが多少外面的に過ぎた演奏に対して、寺神戸さんとレ・ボレアードの方がはるかに内面的で、登場人物の深い感情表現に徹した見事な演奏だったと思います。

コンサートマスターの若松さん以下、オーケストラと合唱団(みなソリスト以上の力量の持ち主でした)には多くのBCJのメンバーが並び、現在の日本古楽界の総力が結集したと言っても過言ではない、素晴らしい響きを堪能いたしました。

思えば1988年、フランスから指揮のマルゴワールと歌手を招聘して、今回も出演された有田さん以下当時の総力を集めて上演されたゼフィールを聴いて、初めてフランス・バロックの片鱗に触れて感動したものですが、今回の演奏は当時とは段違いの高レベルで、あれから僅か15年で日本の古楽界はなんという高みにまで達してしまったのだろうかと感無量の思いでした。
 しかし考えてみれば、今回の成功の母胎がBCJにあるのは明らかであり、BCJが営々として10年間以上も見事なバッハのカンタータシリーズを続けているという事実が、日本の古楽界での絶大な精神的な支柱になり、また若手古楽演奏家のレベルアップにどれほど貢献しているか、その功績は計り知れないものがあると思います。

今日のコンサートはバッハでもなく、また鈴木兄弟も出演されませんでしたが、今回の成功の真の功績は鈴木雅明さん以下BCJメンバーの長年の努力の結晶なのではないかと、終演後の居酒屋で友人と語り合った次第でした。

 聞くところによれば、この音楽祭は一時予算難で存続が危ぶまれたこともあったとのことですが、このような見事な成果を出された以上、さらにレベルの向上を目指し、主催者の方々には今後ともさらなる努力を切にお願いしたいと思います。

翌日の鈴木さんのオルガン・コンサートも素晴らしかったですね。初めて聴いたグリニ−の甘美なモノローグの後で演奏されたバッハのドイツ・オルガンミサには、天上から降り注ぐ壮麗な光を感じました。素晴らしいフーガでした。 SDG!

(玉村 稔 様) (03/11/11)
 玉村さん、こんにちは。私も8日の素晴らしい公演に触れることが出来ました。午後5時開演で終演は8時半を回るという長丁場でしたが、まったく飽きることなくステージに釘付けでした。タイトルロールの外人のお二人も大変良かったのですが、そこここにちりばめられた美しいアリアを歌った日本人キャストの大健闘に喝采を送った次第です。オーケストラも聴きごたえがありましたね。メンバー表に無い、雷音器(トタンの板!)担当の有田正広さん、波の音を見事に表現した前田りり子さんのお二人にも、大きな拍手を捧げたいと思います。
是非今度はオーケストラの名前の由来でもある「レ・ボレアード」の舞台完全上演をお願いできないものでしょうか・・・。しかし、私のいた2階席では空席が多く、大変残念でした。このすばらしさをお伝えしていくにはどうしたらいいでしょうか。ともあれ、今回の素晴らしいステージを実現してくださった皆さんに大いなる感謝を捧げたいと思います。寺神戸さんを初めとしたスタッフの皆様、ありがとうございました!!!
(矢口) (03/11/18)

295 《素晴らしきオルガン奉献20 周年記念礼拝・演奏会》

こんばんは。竹内です。
松蔭のガルニエ・オルガン奉献の20周年の記念礼拝と短い演奏会が開かれたので,行って来ました。礼拝でも雅明さんが奏楽をされて,それで讃美歌を歌えた実に幸福な一時でした。前半の礼拝では半分くらいの会衆だったのが,あとの演奏会は無料ということもあって満席になっていました。(ちなみに,以前記念演奏会で弾きに来られたトン・コープマンが来日していて,同時間に大阪のシンフォニーで演奏会をしていたとのことです)

演奏会では3名のオルガニストが演奏し,ガルニエに最も似合う17世紀フランスものは上野さんがクープランなどを実にチャーミングに,17世紀の北ドイツものは大塚さんがキレの良さでブクステフーデなどを緻密に建て上げ,雅明さんの演奏はオルガンとチャペルの響きを完全に味方に付けて(逆に支配していたと思えるほど!)音がチャペル中に満ち満ちたそれはそれは素晴らしいバッハでした。
今日の礼拝では私自身もたまたま久しぶりに奏楽をしたのですが,昨日の余韻が残っていたせいか非常に気合いが入りまして(普段弾いていないのでヘタクソなんですが),あとで奏楽者の一人と話していてもそのことを言われました。

ちょっと印象的な礼拝と演奏会だったので取り急ぎ書き記しました。先日のバッハの《序曲》も素晴らしかったですが,松蔭で雅明さんのオルガンを聴けるのは幸いですね!12月のゼロビートが一層楽しみになりました。

それでは

(竹内茂夫様) (03/11/02)
竹内さん、松蔭でのオルガンコンサートのレポート、ありがとうございました。お便りをいただいてからご紹介まで時間がかかってしまい申し訳ありません。実は私も一昨日(11/09)、東京・武蔵境の池の上キリスト教会鈴木雅明さんのオルガン演奏をうかがってきたところです。この日のプログラムは次の通りです。


 D.ブクステフーデ(1637-1707)
    ・トッカータ ニ調 BuxWV155
    ・パッサカリア ニ調 BuxWV161
    ・コラール『いと美しきかな、暁の明星は』BuxWV223

 N.グリニー(1672-1703)
   オルガン曲集第1巻『オルガン・ミサ曲』より
    ・キリエ(定旋律をテノールで)
    ・2声のクロモルヌをテノールで
    ・グランジュのディアログ
    ・3度管をテノールで
    ・5声のフーガ
    ・グランジュのディアログ

 J.S.バッハ(1685-1750)
   クラヴィーア練習曲集第3巻(通称『ドイツ・オルガンミサ曲』)より
    ・プレリュード 変ホ長調 BWV662/1
    ・コラール『これぞ聖なる十戒』 BWV678
    ・コラール『天にましますわれらの父よ』 BWV682
    ・フーガ 変ホ長調 BWV662/2

この池の上キリスト教会のオルガンはオランダのライル兄弟製作の楽器で、設置から5年というもの。そのオランダ風な楽器の反応が懐かしいとおっしゃっていました。今度の松蔭でのゼロビートシリーズ(12/6)で演奏される予定のグリニーの作品が聴けたことも望外の喜び! この重要な作曲家は今年が没後300年の記念イヤーであるにもかかわらず、ほとんど取りあげられる機会が無いことが残念でならないとのお話でした。竹内さん、松蔭の楽器にベストマッチなこのグリニー作品の演奏会、お楽しみに!よろしければまたその時の様子をお知らせください。 (矢口) (03/11/11)

294 《バッハ家の音楽会(神戸)のプログラムとほんの少しのコメント》

こんばんは。竹内です。
先日の【バッハ家の音楽会】ですが,神戸は神戸らしく,いずれとも異なるプログラムで楽しめました。雅明さんのMCも多くて,それぞれの曲がよくわかりました。良い演奏会だったので,お客さんがカンタータよりも少な目だったのは残念ではありました。

 ●プレリュードとフーガ ニ長調 BWV874 (平均律クラヴィーア曲集第2巻より)
 ●ヴァイオリンとオブリガートチェンバロのためのソナタ 第4番ハ短調 BWV1017
 ●ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ ニ長調 BWV1028
   pauze
 《アンナ・マグダレーナのための音楽帖》より
 ●メヌエット ト長調,ポロネーズ ト短調
 ●レチタティーヴォとアリア『我,満ち足れり〜眠れ,疲れし眼よ』BWV82-2
 ●『君がみそばに』BWV508 G.H.シュテルツェル作曲?
 《狩りのカンタータ》BWV208より
 ●レチタティーヴォとアリア『では,この捧げ物が〜羊たちは安心して草を食み』
 《音楽の捧げもの》BWV1079より
 ●トリオ・ソナタ ハ短調

どれも良く,ガンバのソナタはその音色の良さで思わず眠りに入り(笑),夏美さんのヴァイオリンは雄弁に,野々下さんのソプラノは輝かしく,そしてりり子さんのトラヴェルソも軽やかに響いていました。
中でも,BWV82-2/3のソプラノ・ヴァージョンとも言える曲は普段聞き慣れているバスとは違い白眉でした。
《狩りのカンタータ》のリコーダー2本がトラヴェルソとヴァイオリンというのも違和感も全くなく実に良かったです。
「このチャペルで響いた最も単純な音楽」と紹介されたかのメヌエット ト長調 も,即興もちりばめられてきちんとした音楽になっていたのは流石と思いました。
最後は,オランダ時代に行った王立音楽院の無料コンサートBarok On Stageで りり子さんがされた曲目でもあり,懐かしいとともにりり子さんも確実に円熟されたように感じました。

ではまた!

(竹内茂夫様) (03/10/06)
 竹内さん、こんにちは。「バッハ家の音楽会」神戸公演のレポート&ご感想、ありがとうございました!名古屋や調布の公演での鈴木秀美さんに代わってガンバの福沢宏さんがご参加された関係でガンバのソナタが演奏されたのですね。松蔭の空間に響く甘い音色の中で私もまどろんでみたいものです!10/7のBS日テレの「ブラボー・クラシック」(モーツァルトのミサ曲ハ短調の前半の放映)の番組中、前半のBCJ紹介の中で9月の神戸でのカンタータ公演の様子がほんの少しですが紹介され、あぁ、また行きたい!! と思ってしまいました。またのお便り、お待ちしております! (矢口) (03/10/10)

293 《BCJ名古屋演奏会》

皆様こんにちは。
名古屋でのBCJバッハ家の音楽会コンサートに行ってまいりました。
プログラムはお知らせの通りで、それに当日少し入れ替えがありました。
前半可愛らしい曲から後半締まった曲と、徐々に引き込まれ各楽器が全て一つなので、とても鮮明に聞こえ音が楽しめました。

「音楽の捧げもの」迫ってくる様な迫力がバッハらしく、ソリスト同士個性で闘っている様な気迫が伝わってきました。会場も自然と聴く態勢になっていた様です。

アンコールが「バロック音楽好き」に気を使っていただいた曲で楽しかったです。
また今日のチェンバロは新年鈴木さんのチェンバロリサイタルの時より音が太く聞こえ心地よかったです。これも曲によるんですね。

またの機会を楽しみにしています

(miura様) (03/09/29)
miuraさま、名古屋の「バッハ家の音楽会」のご感想、ありがとうございました!
翌日の9/24に行われた「バッハ家の音楽会」part2@調布も大変充実した内容でしたので、近いうちにご報告をしたいと思っています。名古屋でBCJを楽しんでいただける機会がこれからも増えるといいですね! (矢口) (03/10/01)

292 《「バッハ家の音楽会」(名古屋)へいってまいりました!》

矢口様こんばんは! ご無沙汰していますがお元気ですか? 嬉しいことに今夜また名古屋でBCJの演奏を堪能することができました。
ほぼ満員のしらかわホールでは、小学生らしき親子連れもちらほらいて、なんて幸せな子供だろうと横目でながめておりました。

曲目は、予定にない変更もあって、以下のような演奏でした。
1.プレリュードとフーガ二長調 BWV874  (最初は「アンナ・マグダレーナの・・」とおもいきやのっけから!のこの驚き)
2.「アンナ・マグダレーナの音楽帖」よりメヌエット (この聞き慣れた作品を鈴木雅明さんのチェンバロで聴く心地よさ!)
3.「アンナ・マグダレーナの音楽帖」より”我、満ちたれり” (野々下さんの声で聴くこの名曲に改めてうっとり!)
4.「コーヒーカンタータ」より”ああ、なんておいしいの、” (野々下さんの声で聴くとコーヒーの味わいが上質になるんです)
5.ヴァイオリンとオブリガートチェンバロソナタ BWV1017 (・・・絶品・・・)
6.無伴奏チェロ組曲第二番 BWV1018 (この音色!奥行き!迫力!感極まって聞き終えた余韻も覚めやらぬうち、すぐに演奏者にインタビューするのはやめて欲しかった!)
7.「音楽の捧げもの」よりBWV1079より (演奏がすばらしいとこんなに爽快だったとは!)
アンコール:BWV208「狩りのカンタータ」より (生で聴くのは初めてだったんですコレ。惚れ直してしまった・・)

拍手喝采で幕を閉じたあとは、ロビーのサイン会は長〜い列ができていました。私も並ぶ予定が相棒の急用で、急遽帰路に就かざるを得ずこれだけが残念でした。
それにしましても、今回のようにあれもある、これもあるといったプログラムは初めてでどんなものだろう・・と思わないでもなかったのですが、聴き終えてみればこの満・足・感! 「またぜひ第二弾を!」とアンケート用紙に書いたのに、相棒が出しそびれていたとは・・。
これからもBCJの名古屋での演奏が増えますように、心より期待しています。それではまた。どうぞお元気で。

(椙山妙子様) (03/09/23)
椙山さま、さっそくの「バッハ家の音楽会」名古屋公演レポート、ありがとうございました! 名古屋では1月の「フーガの技法」コンサート、5月のOLC公演が最近のBCJ関連の演奏会だと思いますが、バッハの声楽曲を含むコンサートは昨年6月の名古屋国際音楽祭公演以来でしょうか。是非継続的にカンタータなどの演奏会も開かれるようになって欲しいものです。「バッハ家の・・・」第2段も是非。それでは私は本日の調布公演に行って参ります! (矢口) (03/09/24)

291 《キャロリン・サンプソン嬢》

矢口さん、こんばんは。福田です。
日曜日に彩の国芸術劇場で上演されたBCJのドラマ・ペル・ムジカ行ってきました。「Viva! BCJ」で矢口さんが薦めているのを見たら、いてもたってもいられなくなりました。(笑)

何と言っても今回の白眉キャロリン・サンプソン嬢ですね。イヤー「結婚カンタータ」で最初のレシタティーボを歌い出した瞬間、ぞくぞくするような感じに包まれましたよ。

このサンプソン嬢ですが、昨年ロンドンのアルバートホールでのマタイ受難曲で「胸が痛くなるような美、甘美なソプラノ」と絶賛されたようですね。実際それを聴いた人も「まさに演奏のハイライト、我を忘れてしまうような瞬間だった」と感想を述べてました。よくぞ日本に来てくれましたって感じです。

今回は本当にありがとうございました。実はパスしようと思っていたのです。これからも貴重な情報、お待ちしております。

(福田充男様) (03/07/31)
福田さん、こんにちは。サンプソン嬢すごかったですね。さいたま公演の終了後もレコーディングが残っているとのことでスタンバイしていらっしゃる時に他のソリストの皆さんと一緒に写真をとらせていただきました。こちらでご覧ください!サンプソン嬢、人気急上昇中で、来年までバロックオペラの仕事などがたくさん入ってしまっているそうですが、そのあと是非再びBCJと共演していただきたいものです。(矢口) (03/08/03)

290 《楽しき音楽ドラマ 〜ドラマ・ペル・ムジカ in 松蔭〜》


鈴木雅明さん率いるBach Collegium Japan第164回 神戸松蔭チャペルコンサート−ドラマ・ペル・ムジカ〜バッハの音楽劇 を聴きに行きました (7月21日(月/祝) 15.00-17.00)

【プログラム】

題名や曲順はやはりチラシの表記とは違っておりました。

A.スカルラッティ:ナポリ方言によるカンタータ《愛の神よ、なんとひどい奴め!》
J.S.バッハ:結婚カンタータ 《おお、ほほえむ吉日、願ってもない佳節》BWV210
J.S.バッハ:イタリア語カンタータ《ひとをたぶらかすアモルよ》 BWV203
J.S.バッハ:コーヒーカンタータ 《おしゃべりはやめて、お静かに》BWV211

【プログラム冊子】

プログラム冊子は受付で一緒に配布されました。曲目解説はおなじみの加藤浩子さん,歌詞の訳はスカルラッティが櫻田さんでしたが,バッハの方は杉山好さんでした。
巻頭言にある「この『世俗カンタータ』という言い方は,あまり適切とは言えません」というのは,今日のコンサートを聴いてしみじみ思ったことでした。

【配置など】

今回のレコーディングはここ松蔭ではなくさいたまで行われて,BISから単発のものとして出されるそうです。 配置は珍しく横長に使い,下手からトラヴェルソ,オーボエ,ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,コントラバス,それらの真ん中にチェンバロでした。それを凹で囲むように客席が配置されていました。上手にはテーブルとしゃれた黒い椅子が2脚。当然コーヒー・カンタータ用でしょう。
音はリハの時は響き過ぎて演奏者間でなかなかよく聞こえなかったそうで,聴衆が入って少し落ち着いたようです。ただ,音が塊になってこちらに来るという感じがいつもの縦型の配置よりは弱かったかもしれません。
チェンバロは,松蔭のレバノン杉でできた1段鍵盤のKroesbergenでした。コントラバスは4弦がlow-Dで。
服装は全員上下黒で,雅明さんも上着無しのリラックスした感じ。

【A.スカルラッティ:カンタータ《愛の神よ、なんとひどい奴め!》】

チェンバロとチェロとテノールによる7分くらいの小さなカンタータ。終わってから「このような下品なカンタータが松蔭で鳴り響いたのは初めて。イタリア語がわかる方がいらっしゃらないことを願っています」といったようなユーモラスなMCがありました。 櫻田さんも実に雄弁。後で「ナポリ方言は標準語とは違うのでナポリの友人に教えてもらった」とのことでした。

【結婚カンタータ《おお、ほほえむ吉日、願ってもない佳節》BWV210】

ソプラノのキャロリン・サンプソンが赤い衣装で華やかに登場。安定した歌唱で音域によるばらつきが感じられないだけでなく,実に息が長い! 2.アリアでの細かな音型で上がっていく部分も,最後部へも息継ぎ無しで上がっていくとは。テンポは,どのソプラノのアリアも少しゆっくり目がお好みのように感じました。アリアのダ・カーポではかなり意識して違いを出しているようでした。最初はアンサンブル全体の音が少し散っているような印象がありましたが,最後の10.アリアの中間ではガッと固まったところが気持ち良い感じ,カンタータとしては長めの35分を感じさせませんでした。
BCJ初で来日も初だとのことでしたが,ロビン・ブレイズから3年くらい前から「いいソプラノがいる」と言われていたとのことでした。今後BCJのカンタータに登場することがあれば,と楽しみです。
曲前のMCで,この曲はバッハ家の向かいに住んでいた豪商ボーゼ家の娘のために書かれた可能性があることと,ボーゼ家は現在バッハ研究所になっていること,またチェロのパート譜がないのでチェロはいなかった可能性が考えられるが今回はチェロを使うということが紹介されました。


休憩時に,『バッハからの贈り物』『「古楽器」よさらば!』の書籍と,カンタータ21巻(輸入盤),りり子さん,三宮さんのCDなどが売られていました。


【イタリア語カンタータ《ひとをたぶらかすアモルよ》BWV203】

楽器がチェンバロだけになり,聴衆正面に対して真横に配置され蓋が取り付けられました。そして,長身のバスのシュテファン・シュレンケンベルガーが登場。オブリガート・チェンバロが活躍する中,良く響くバスでした。最後の3.アリアの最後の部分では,雅明さんもアドリブで細かな音型を使って畳み込むように終わり,雅明さんの手の動きがよく見える席だっただけに圧巻でした。
3曲14分という小曲ながら非常に凝っていますが,加藤浩子さんの解説にもあるように偽作説も根強い,というのは歌詞の内容からもわかる気がします。

【コーヒー・カンタータ《おしゃべりはやめて、お静かに》BWV211】

チューニングが続く中,テノールの櫻田さんが「おしゃべりはやめて,お静かに」と登場(本当にチューニングがまだ終わっていなかったパートもあったようですが)。シュレッケンベルガーががタキシード姿で「大時代的頑固おやじ」として登場。舞台?を所狭しと動き回りながらユーモラスかつコミカルに熱演。特にバスの6.アリアでは,前半の「こいつを陥とすは楽じゃない」に対して,後半の「でも泣きどころを一発ギュッと衝きゃ」以降のコミカルなのとの対比が見事。次のバスとソプラノの7.レチタティーヴォでも「ならいいわ!コーヒーとの付き合いもこれ限り!」のソプラノの表情の豊かさ。ソプラノの8.アリアでサンプソンがこちらの前に来て歌われた時に,その頭声の響きの豊かさにこちらも共鳴しそうなくらいでした。最後の10.合唱(三重唱)もとてもコミカルで,ダ・カーポではテノールが下手から上手のソプラノに後ろに置いてあった一輪挿しの赤いバラを手渡した後に手を取り合って歌ったり(つまりテノールが「すてきなハズバンド」!),位置を入れ替わったりで動きも満載でした。 26分の時間があっという間に過ぎました。
ピカンダーの歌詞はソプラノの8.アリアまでだということはよく知られていますが,9.レチタティーヴォ以降の2曲でどんでん返しを追加したこともさることながら,さすがに「男」「男」と歌っているのでは終われないと思って追加したとしても不思議ではありません(加藤さんの解説によれば「ハンス=ヨアヒム・シュルツェによればバッハによる可能性が高いとか)。
終わってからのいつにも増して長い拍手が印象的でした。
「コーヒー・カンタータ」は,数年前にTVでコープマンがオランダのカフェで収録したものを見てからコンサートに臨んだので,色々な違いも興味深いものでした。

【次回】

松蔭でのBCJの次回は,教会カンタータ・シリーズ Vol.37〜ライプツィヒ時代1724カンタータ11〜で,BWV 5,80,115というこれもまた楽しみなプログラムです。スザンヌ・リディーン(S)とパスカル・ベルタン(CT)の登場も楽しみです。


(竹内 茂夫様) (03/07/21)

竹内さん、いつも充実のレポート、ありがとうございます!私も横浜、さいたまと2杯のコーヒーを堪能させていただきました。皆さん、本当に役者ですね!コーヒーカンタータの終曲で、シェレッケンベルガー扮する頑固親父さんが、何とナレーターの櫻田さんをリースヒェンに紹介し、櫻田さんが赤いバラを捧げるという、原曲のテキストにはない芝居が繰り広げられていましたが、神戸でもあったのでしょうか。楽しい演出でした!CDの発売が待ち遠しいです。 なお、横浜では神戸と同じ曲順で雅明さんのコメントはなしでじっくり演奏&演技(!)が繰り広げられたのですが、さいたま公演では、「大バッハ・シリーズ」の公演でもあったためか、初めにBWV203、雅明さんの解説に続いてBWV210、休憩を挟んで、雅明さんの解説のあと、A.スカルラッティ、コーヒー・カンタータの順に演奏されました。
(矢口) (03/08/03)

289 《BS2放送の《マタイ受難曲》公演について》

前略、矢口様。大変に有意義なVIVA! BCJの運営、ご苦労様です。
先日、奏楽堂でのクラヴィコード演奏について投稿させていただいた五味です。

実は、放送当日までBS2での放送のことは知らず、朝刊で何気なくテレビ欄を見たら「バッハ・コレギウム・ジャパン」の文字が。「2000年の《ヨハネ受難曲》の再放送かな?」とも思ったけど、3時間枠なので、ひょっとして、とNHK番組表をチェックしたら、今年の聖金曜日の《マタイ受難曲》だという。なんという神様のタイミング。(コンサート当日は行けませんでした)
矢口様のコメントなど、先入観になるようなものは、聴くまでは出来るだけ排除して臨みました。

まず、冒頭合唱のコラール部分が児童合唱でなく、ソプラノとアルト(カウンターテナー)のリピエニストによって歌われたことに感動。もちろん、このスタイルは松蔭で初めて(だと思う)採用され、今では特別な事ではないのは知識としては知っていますけど、実際に耳にしたのは初めて。
ただ、そのことが音量上のバランスを取るためか、オケ&合唱とも、コラールが重なるところでは、児童合唱を用いる時より控えめに感じました。もっとも、もっと深い表現意図のもとに抑制されていたのかもしれません。少なくとも不満は感じませんでした。
ソプラノだけでなく、ロビンのカウンターテナーを加えたのは、より明確にコラール旋律が浮かび上がるように、という配慮からでしょうか。

聴き進んで行って、まず最初に大きな感動というか心を動かされたのは、9e曲の合唱「主よ、私ですか?」とたたみかけるように歌った直後、間髪入れずに「私こそが償うべき者です」とコラールが確信的とまで感じられるほど力強く歌われたところ。この部分は、もともと「マタイ」の中でも好きな部分なのですが、これほど聴いていてドキっとしたことは無かったです。

たしかに、一部に演奏がかみ合わないように感じる部分や、(単にテンポが速めというのではなく)何となくせわしなく感じる部分もあったように思いますが、ライブ演奏では完璧性よりも、(誤解を恐れずに言えば)感情をぶつけるのも大切なことだと思うので、全体としては、やはり素晴しく感動的だったです。それも、痛みや弱さなどを考えさせられた、内向的な感動でした。特に映像ならではの、鈴木雅明さんが終曲を終える時の「内面に向かうような指揮や表情」に、今回の「マタイ」の意図を考えさせるものを感じました。
「フライング拍手のブラボー○○」もおらず、良かったと思います。実は、これが一番、怖かったりする…(苦笑)
付言すると、ソプラノIIの星川美保子さんのソロが、思いの外、と言っては失礼ですが、とても良かったです。

(五味 守様) (03/06/19)

288 《4月18日のマタイは壮絶な演奏でした。》

・・・4月18日のマタイ壮絶な演奏でした。冒頭からオケも合唱も異常な緊張にみち、今までの端正なイメージからは考えられない、何かに憑かれたような激しい表現には驚かされました。かつてこんなにも強い痛みを歌ったBCJがあっただろうか!

曲が進むにつれさらに集中度は増し、前の曲に間髪を置かず強い共感をもって歌われるコラールが、時としていささか限度を越えたと思わざるを得ない箇所も散見されるほどでした。独唱陣もテュルクの驚くべきエヴァンゲリストをはじめ、野々下さん・ロビン・クプファー・コーイと、全員気迫に満ちた見事な歌唱でしたが、全体としては感動的な演奏ではありましたが、熱演のあまり部分的に音楽の流れにバランスを欠くところがあり、いつもの終結への壮大な開放感・浄化感が若干損なわれたように感じられたのは残念でした。
しかし何がBCJをこのように急変させたのか? 今回の、戦争下という異常な雰囲気のもとで行われたアメリカツアーでのBCJメンバーの辛い思い出の影響なのか、それとも矢口さんの言われるように、この時期にBCJをアメリカに送り出した我々の心の痛みなのでしょうか。

アメリカの誇らかな終結宣言とはうらはらに、今後の世界に怒りと不安と焦燥といいしれぬ無力感の只中にある今の我々にとって、平常心でバッハを聴くことが可能か? そこまで我々の良心が問われているのではないでしょうか。

従来の端正で透明なBCJに慣れた耳には、今回の激しい演奏には驚きと共に一抹の危惧を感じないではいられませんでしたが、ともあれこのような異常な演奏は、戦時下という一時的な現象であってほしいと切に思いました。

(玉村 稔 様) (03/04/22)

287 《アメリカ公演より、ただいま!》

矢口さま、お元気ですか?行って、聴いて、会って来ましたよー!

まず、UCLAの2公演!ヨハネの方は余り入っていないようで、知られていないか・・・、と残念でした。
で、翌日のマタイ!遅刻しそうになったのですが、なんだか昨晩と違い、客席にも熱気が感じられました。他の報告にもあるように、スタンディング・オベーションでカーテンコールが続きました。
2晩続けてアメリカ人の友人と出かけました。3日に日本を出発し、前もって彼女の自宅でCDを聴かせたりして予備知識を与えたのですが、かなり期待していましたし、実際楽しんだそうです。(特にロビンと野々下さんとコーラスの美しさに)会場の入り口で、両方のCDが販売されていました。(共に31ドル)。購入したら、演奏会後雅明さんのサインをもらえるとあり、買わなかったのですが、私たちもその列に並び、プログラムにサインを貰い写真も撮らせてもらいました。
ヨハネはとりあえず(?)後ろの席でもいいよネ、と2階席35ドル(最安値)でしたが、全体が見下ろせてまずまずでした。
翌日、昼間この友人が購入した物、何だと思います?双眼鏡です!メンバー達の表情をよく見たいからでした。
マタイの席は1ランク上の40ドル。友人は双眼鏡もあるし、昨晩の額以上は払いたくないというので、私がはみでた5ドルを払ってあげました。(車であちこち連れて行ってくれたし)そして、聴き終わるとすごく感激し、昨日聴かずにその分1階席で聴きたかった、と・・・!改めて、HPをチェックし、CDをオーダーすると言っていたことも付け加えます!

次に聴いたのは期待のカーネギーです。私も前日の7日に直行便でNY入りしましたが、大雪でした。BCJは2班に分かれていて、1便は天候のせいでキャンセルされたと聞き、大変だったようです。
カーネギーから歩いて10分のところに住む日本人友人(アマチュア・コーラスで知リ会ったのですが、昨年転勤で在マンハッタン!メトの会員でもあり、オペラ大好き)がいるので、この夫婦と出かけました。何を勘違いしたか開演時間を間違え、最初の15分も聴き逃してしまいましたー。すみませーん。ここでは、メンバーの計らいにより、私は招待券で聴かせて頂きました。3階ですが、舞台に向かって左側のバルコニーの最前列で、眺めもよかったです!(因みに46ドル)
舞台は広々として、皆様自身ゆったりと演奏を楽しまれている様子がわかりました。響きもいいですねー。
隣にアメリカ人のおば様2人がいましたが、熱心に聴いておられ、感動していることがお喋りなどから伺えました。演奏会後、「どうでした?」と尋ねると、「Great!!」と興奮気味!「勿論!私もはるばるBCJのために日本から来たの!」と少し自慢げに、このあとの演奏スケジュールなど教えました!又、友人が、出来ればロビンのサインが欲しいと頼むので(又ファンが増えた!)貰ってきました。ついでに私は2ショットを撮らせて貰いました!
コーラスの語尾の切れがとにかく見事にそろっていて、素晴らしい!久しぶりに澄んだきれいな音楽を聴いた、とこの友人達の言葉。
さすがにアナーバーとグランピッズまでは行けませんでしたが、この間、NYの隣の州(コネチカット)にもアメリカ人友人がおり、2泊させてもらい、ここでもCDを流し、聴いてもらいました。気に入っていたようです!!!

さて、いよいよ最後のボストン。私が到着した11日は大雨・・・・・。翌日は午後から青空も出てきました。
雅明さんのレクチャーは会場に辿り着くのに時間がかかり、間に合いませんでした。残念。会場は「センター」とありますが明らかに教会です。
ぎっしりと椅子が並んでいました。さて、チケットを買わなきゃ、・・・予定外の額の席でしたが、いい席だよ、ということで前から8番目のまんなかあたり。確かに全体は近いけれど、コンサートホールのように高低がないので、とても見やすい席・・・ではありませんでした。(48ドル) 又、舞台にぎっしりという感じで、りりこさんたちも狭そうに見えたし、三ちゃんの姿は見えませんでした。音響はよかったと思います。途中の休憩の時、手にCDを持って戻ってくる現地の人々の姿が嬉しかったです。(カンタータは15ドル、マタイは30ドル)
終了後、またまた盛大な拍手とスタンディング・オベ−ション!! 良かった!皆様、お疲れ様でした!!!!

翌日、皆様のホテル出発をお見送りさせてもらったあと、私はロスの友人が教えてくれたボストン日本人教会の礼拝に出かけました。
アメリカ公演が実現し、無時に成功に終わったことへの感謝を神様へ捧げました。又、新来者として自己紹介する時間を頂くのですが、神様の御言葉を美しい音楽として演奏する素晴らしいBCJの宣伝をしっかり致しました。すると、昨晩の演奏会に行きました、というお二人もいらっしゃることがわかり、東京でのマタイと定演のパンフレットをプレゼントしてきました。

帰りのフライトはJFKから、たっぷり13時間と50分。3枚のCDをちゃんと楽譜を見ながら、舞台を思い出しながら聴いてましたよー。(ソプラノが野々下さんだったらいうことなしなのになー)

思いついたままで、まとまりありませんが、こんな感じでの報告、読んでくださってありがとうございます。

(BCJを世界に広める宣伝lady様) (03/04/17)

286 《マタイ受難曲 in ボストン》

矢口さん、福田です。先日はLAタイムスの記事紹介していただきありがとうございます。

さて、グランドラピッヅでの演奏を私の友人達がレポートしてくれることになっていて、皆さんに紹介するのを楽しみにしていましたが、プライベートの内容がほとんどで、紹介しても皆さんにとっては退屈なだけと思いまして、今回はやめておきます。

代わりと言っては何ですが、Bach Cantatasというメーリングリストに配信された記事の抜粋を紹介します。(中略)これを読むと、アメリカ公演の最後を飾るボストンの演奏がいみじくも語っているように、今回は大成功だったのですね。

「マタイ受難曲:バッハコレギウムジャパン」 by Bob Henderson

 はじめは失望した。(会場が、大きく天井が高い古い教会堂だったせいで、しかしステージは狭く2つのパートが演奏する音が混じり合い、特にペーター・コーイの声などは建物の中に飲み込まれてしまうように感じられたようです。)

 第二部に入って何が起こったのか私にはわからない。しかし演奏は力強く、生涯で忘れられないものとなった。妻は翌日「演奏会の夢を見たが、目が覚めてもその音をまだ聞いているの!」と言っていた。
 マエストロ鈴木はオーケストラの上を漂う大きな翼を持った鳥。彼は音楽を自分自身に集め、その長い細い指が完璧なアーティクレーションを作り出していく。彼とオーケストラはまさに一体化していた。
 演奏者一人一人が(カンタータの)テキストをよく勉強し、それを歌うソリストと同じように理解していると言える、彼らは音符を演奏するように言葉を演奏しているのだ!!
 (最後に)鈴木の(指揮する)腕が大きく広げられた、しばらくそのままでいた後ゆっくおろされた。完全な静寂が会場を満たした。長い、本当に長く思われた、その長い静寂の後起こった遠慮がちの拍手が、吼えるような賞賛の声と、椅子を立ち足を踏み鳴らす音に変わっていった。賞賛は20分も続いたあと、ようやく観衆は去っていった。

(福田充男様) (03/04/15)

285 《ツアーのBCJ》

矢口様 こんばんは。金原です。
今日は私の生活圏内(家から車で5分のドア・ツー・ドア)にBCJがやってきました。私にとっては特別な一日となりました。(中略)

お客さんは、けっこう集まっていました。会場は7,8割ぐらいは埋まっていたと思います。
ただ、海外ツアーは、本当に大変ですね。今日の移動(ニューヨークからミシガン・アナーバー)もかなりお疲れだったようです。飛行機が1時間遅れ、会場で1時間も練習できないまま本番を迎えたそうです。車で移動すると、高速運転で、8〜10時間の距離ですから、日本の国内移動よりはるかに長い道のりなので、旅の疲れがたまるのではないでしょうか。こういうツアーのとき、演奏者には体力と集中力が、普段の日本国内の演奏よりも要求されるようです。体力のありそうな欧米歌手たちはとても元気そうに見えました。

今日の会場は、カトリック系の教会で、響きはそれなりにありましたが、さすがに松蔭やオペラシティーのようにはいきません。野々下さんと桜田さんには、残念ながら体力負けを感じました。コーイテュルクらは、松蔭などのような音響豊かなホールで歌うときとは明らかに歌い方が違います。彼らは会場の状況に応じて、歌い方を対応できるのですね。まさに彼らはBCJの「親友」ということばがふさわしく、BCJにとって頼もしい存在です。彼らの歌が、演奏の全体の流れを作っているのが良く分かります。イエス役のコーイ、福音史家のテュルクは、最高の組み合わせではないでしょうか。

第1部の演奏は、そんなこんなで集中力が散漫だったせいもあり、呼吸があわず、ばらばらした感じでした。リピエーノのコラール旋律を弾くオルガンも目立ちすぎたでしょうか。
もちろん、冒頭の曲で、すでに周りのアメリカ人は、質の高さに驚きの表情を隠せないという感じでしたが、しかし残念なことに、1/50ぐらい(?)の人たちが、第1部終了の時点で帰ってしまいました。

第2部からBCJらしい集中力と説得力が表れました。会場は受難劇の静けさとただならぬ雰囲気に包まれました。
圧巻なのは、ブレイズクプファーでした。
ブレイズの集中力の高さ、解釈のよさは、今まで以上だったように思えます。とにかく歌の響きが今まで以上にきれいで、アリアの繰り返しを弱音で歌い上げ、まさに細い糸がどこまでも伸びていくようなすばらしい歌唱でした。クプファーは、一寸の狂いもなく、歌い上げていく様は見事でした。ユダとピラトの配役も非常にはまり、存在感がありました。

終演はすでに11時を回っていました。
しかし、やはり最後は感激と満足感でいっぱいでした。
会場のほとんどの人たちはスタンディング・オベーションの状態、日本さながらの熱狂的な反応でした。

残りの2公演も、ぜひとも成功して日本に凱旋してもらいたいものです。
それでは失礼します。

(金原秀行様) (03/04/11)
 アメリカ、ミシガンのアナーバーから、さっそくのお便り、ありがとうございます!

284 《「麗しい」wohlgetan −Bach Collegium Japan J.S.Bach Cantatas vol.35−》


 鈴木雅明さん率いるBach Collegium Japan第162回 神戸松蔭チャペルコンサート−ライプツィヒ時代1724年のカンタータ9−を聴きに行きました (2月15日(土) 15.00-17.00)

 今日は2時過ぎに会場に着いたのですが,いつもよりも少な目の印象。しかし,少ししたらずらっといつも通り並んでおられました。座席は,最近の定位置である上手側のオーボエ(トラヴェルソ)の前あたりを確保できました。

【プログラム】

 題名や曲順はやはりチラシの表記とは違っておりました(すべてJ.S.バッハ)。

プレリュードとフーガ イ短調 BWV543 (オルガン独奏:今井奈緒子)
カンタータ第114番《ああ,愛するキリスト者,慰めを受けよ》 BWV114
     pauze
カンタータ第99番《神の業こそ,麗しい》 BWV99
カンタータ第78番《イエスよ,あなたはわが魂を》 BWV78

 今回のカンタータの調性は「ト」でまとめられていたのでしょうか。第1曲目で並べると,

 ト短調−ト長調−ト短調
 でしたが,短調の第1,3曲目と,間にはさまれた長調の第2曲目の対比が印象的でした。

【プログラム冊子】

 プログラム冊子は通常通りですが(1,000円),チェイフ「アレゴリー」はフーガの技法について詳しく論述された今回で最終回,ドレイファス「コンティヌオ」は休載でした。その代わり(?)「BCJ Review」で日本国外でのBCJのCDやコンサート評がまとめられていました。
 巻頭言ではBWV78についての想い出と共に,「罪」の表現方法と,「罪の状態」と「罪からあがなわれた状態」が「バッハのカンタータでは[...]時間を超越して同時存在する」という記述など,雅明さんのキリスト者としての立場が非常に明確に出ているような印象でした。

【配置など】

 今回も終演後に同じ曲目でのレコーディングがあり,マイクが林立する中での演奏会でした。マイキングが違ったような印象を受けましたが,気のせいだったでしょうか。 配置はこのところの演奏会と同じで,コンチェルティストは指揮者のところにあるチェンバロ横まで出てきて歌っており,今回は立ち位置が良かったためか,非常に良い響きのように感じました。 コンチェルティストは,野々下,初登場のテーラー,櫻田,コーイで,非常に楽しく聞けました。 オーケストラは,「最小編成」(チェロは秀美さんだけであとはファゴットの村上さん)に,りり子さんのトラヴェルソとコルノの島田さんが加わりました。コントラバスは4弦のlow-Dで。 合唱は今回はすべて3でしたが,いつもと同じように安定していました。

【オルガン独奏】

 《プレリュードとフーガ》はイ調のためか,ミーントーンの調律がよく感じられましたが,平均律に馴らされている(毒されている?)耳からすると,ちょっとズレて聞こえることがあるのはやむを得ないところでしょうか。だからこそ和音を「解決」するということも実感できるのですが。

【カンタータ《ああ,愛するキリスト者,慰めを受けよ》 BWV114】

 指揮者登場でいざ開演!と思いきや,すぐに舞台袖に。なかなか戻ってこられません。舞台に戻ってこられた時には楽譜を手にしておられました。笑いのさざめきが起こり,和やかな雰囲気でのスタート。
 神学者ヨハネス・ギーガスのコラール。ト短調の1.[合唱]が生き生きとスタート。テノールの嘆きの2.アリアの櫻田さんの響きの豊かさと表現の大きさ!りり子さんのトラヴェルソも実に素敵で,会場の空気も凛とさせた今日の1番の曲と感じました。中間部の「ただイエスの愛の御手に」(「愛の御手に」直訳は「父の御手に」)は楽しく。バスの3.レチタティーヴォも実に力強く。ソプラノの4.コラールは野々下さんの独唱で,チェンバロの鍵盤の使い分けも印象的に。アルトの5.アリアでテイラーさん初登場。男性の裏声というよりは女性の声のよう。オーボエをとてもよく見ながらしっかりと歌っておられました。テノールの6.レチタティーヴォではコンティヌオが「神は気遣い,見守ってくださる」と,低い「死にも」を延ばして表現。最後は,楽譜にはないトラヴェルソも加わって7.コラールで締めくくられました。トラヴェルソとチェンバロの場面が少なく,逆に印象的でした。


 休憩時に,入り口で今井さんのアーレント・オルガンを使った《クラヴィーア練習曲集第3部》が販売されていました。雅明さんのガルニエ・オルガンのCDとの比較も一興でしょうか。


【カンタータ《神の業こそ,麗しい》BWV99】

 雅明さんが楽譜を手ににこやかに登場。ザムエル・ローディガストのコラール。ゆったり目の1.[合唱]で「神の業こそ,麗しい」と語られ,オーボエのメッサ・ディ・ヴォーチェが印象的。バスの2.レチタティーヴォを経て,テノールのゆったり目の3.アリアでは息継ぎが大変なトラヴェルソとチェンバロの上鍵盤だけの伴奏で。"Wundermann"が「驚くべき癒しの主」とはワード・ペアからするとその通りだがやや意訳か。アルトの4.レチタティーヴォでは「その日毎の」「(泣き)尽くした」「救いの時」などに強調点が明快に。アンダンテで進むソプラノとアルトの5.アリア・デュエットでは,野々下さんとテイラーさんがよく合っており,ファゴットとチェンバロのコンティヌオも楽しく,「戦う」と「享受する」を表現。最後に有名な6.コラールで締めくくられましたが,やや手慣れた感じもした演奏でした。

【カンタータ《イエスよ,あなたはわが魂を》BWV78】

 巻頭言にあるように,雅明さんにとって最初に触れたカンタータで,BCJ旗揚げ公演でも演奏された,いくつかの意味で「最初の」カンタータ。しっかり目の1.[合唱]で開始され,「酷い(死)」「強き力」そして「(私の逃れ場と)なってください」が強調されて,最後の「私の逃れ場」はクレッシェンド気味に終了。今日もう一つの出色の音楽がソプラノとアルトがよく合った2.アリア・デュエット。野々下さんも雅明さんも実に楽しそうで,テイラーさんも回りをよく見ながら,しっかりした「足取り」が歌われました。巻頭言でも触れられている減7の和音が続出するテノールの3.レチタティーヴォでの厳しい「罪」の表現に続いて,4.アリアが喜ばしく。バスの5.レチタティーヴォも「冠」の高さと「墓」の低さ,「新たな力」「裁き」「痛み」の強さ,「なぜならわが主がそれをご存じだから」「苦痛にまみれた(私の心)」などの表現がとても印象的。そしてバスの6.アリアに続いて,7.コラールでは「見えるまで」「あなたを」の連続が意識されながら終わりました。コントラバスの櫻井さんをはじめ,音が濃厚な印象でした。


 その後,雅明さんのトークがあり,寄付の感謝,アメリカツアー前の短いアメリカ滞在で,アメリカ側からも大きな期待が持たれていることやボストンを訪れてC・ヴォルフ氏に会われた話の後,アンコールとしてBWV 99 (または12)の最後のコラールが演奏されました。


 今回は,特にコンチェルティスト陣がとても良く響き,テイラーさんの声質も功を奏したためか,野々下さんとのデュエットが特に良い感じでした。

【懇親会】

 そして,久々の懇親会は昨年6月以来。食べ物も豊富で,緋田さん作の豚汁も美味。いつものように新人さんのテイラーさん(早口の英語!)やBISエンジニアさん(詳細を忘れてしまいました…)の紹介。また,4月に「ゼロビート」で登場する「ファンタズム」の中で,BCJプログラムの「コンティヌオ」の執筆者でもあるドレイファスさんについて,直弟子である櫻井さんから紹介が。また,BWV 99の"wohlgetan"「首尾がよい」を「麗しい」と訳されたことについての説明,移調されていないコンティヌオ・パート譜についての説明があり,リュートの可能性も(特に秀美さんが)示唆しておられました。;-)
 雅明さんともお話しする機会があり,昨年末の《メサイア》についてのいくつかの疑問に対して説明して頂き得心しました。いわゆる「バロック的演奏法」に対するアンチテーゼを提示しておられるように思いましたが,学問の分野でも何でも「権威」として奉られやすい日本的な土壌に対する危険性と,それを回避しようとされておられるのかな,ということを改めて感じました。
 また,朗報として,カザルス・ホールの方が来られており,カザルスで《ヨハネ受難曲》(4/17)と《マタイ受難曲》(4/19)の追加公演の案内がありました。それ以降もカザルスでコンサートが開かれる可能性もあるということで,何よりです!
 また,前日三宮のタワー・レコードでOLCの新作CDを入手し,購入時にもらったバッグに,秀美さんや高田さんのサインをいただく機会を得ました!(その他にも何人かにサインをいただきました) 今回のチェロ協奏曲ハ長調を含むCDも,実に生き生きして気に入っています。秀美さんから,しばしOLCについて色々伺うことができました。

【次回】

 次回は,2003年度の定期になり,カンタータはちょっと先の6月7日なります。96, 180, 122で,また新たなカウンター・テナー,ケンウォージー=ブラウン氏の登場です。ブレイズ,ホワイト,そして今回のテイラーと違うタイプが登場していますが,次回もどんな歌を聴かせてくれるのか楽しみです。その前に,4月26日のゼロビートに登場するガンバ四重奏団も面白そうです。

※お断り:本当は東京公演までにまとめる予定でしたが,神戸公演の終了後から数日間身内のものが流行りの風邪で寝込んでしまって執筆時間が取れませんでしたので,遅くなってしまいました。


(竹内茂夫様) (03/02/22)

 


BCJフォーラム(一覧表)に戻る

VIVA! BCJに戻る