早稲田大学 学生会館B2Fアトリエ03 11/2〜11/6
11/3(土)観劇。座席 自由(5列目中央)
作・演出 西島明ファッションショーでもできる様なセンターに通路が張り出した舞台。そこでフラフープをする男と女。見るところフラフープで減量をしている模様。その中にみっちゃん先輩(渡辺道子)もいた。NASAでも使っているという有料体重計を引きずり現われる男(西島明)。お金を払って体重を計る人々。そして、みっちゃん先輩。しかし、みっちゃん先輩だけは減量どころか体重が増えている。体重が増えているので何故か料金を倍取られるみっちゃん先輩。しかし、何故有料?NASAでも使ってる?って疑問を抱きながら場面はNASAへ。そして物語にならない人々(はちかぶり姫やら、浮浪者の父親やら)が入り乱れて混沌としていく・・・
西島氏いわくテーマは「美容と宇宙」だとか。どこかで見たシーンをオリジナルの脚本にのせて演じた特別公演。そして、ラストには次回公演『並PLAY』の予告編代わりに冒頭のシーンを御披露目。どこかで見たシーンではあるのだが、脚本がオリジナルなので、まったくの新作に思えた。ちょっと得した気分。でも観た環境が悪過ぎて(むちゃくちゃ暑い!)ベタポが醸し出す雰囲気を味わうどころではなかった。食べ物とエロスが加わったいつものベタポなのに、暑いせいで笑えるって空気にもなれず、苦痛の時間であった。新しい学生会館では二度と観たくないとさえ思った。新しい建物なんだから空調どうにかせーよ。まったく。
余談だが、市川菜穂が舞台に立たずにチケットのもぎりを手伝っていたのは非常に残念であった。それだけでも大幅減点。
“ベターポーヅ”自分が観た公演ベスト
1.オトメチック ルネッサンス 2.別冊オトメチック ルネッサンス 接吻は愛の速記術 3.カエルとムームー 4.ノイローゼ・ダンシング 5.別冊オトメチィックルネッサンス『雲の絶間姫(たえまのひめ)』 6.特性のない男の編物 7.おやつの季節 8.GREAT ZEBRA IN THE DARK'98 9.ボインについて、私が知っている二、三の事柄 10.ベタポ・ガラ
作・演出 吉田衣里申し訳ありません。まだ書けていません。
作・演出 毛利亘宏ここではないどこか別の「もうひとつの地球」・・・ある祭りの夜、空から一つの物体が飛来する。それは知的生命体の存在を証明するものであった。大国の一つタオグラードは宇宙開発に遅れをとっていた。その遅れを挽回すべく、宇宙飛行士達の訓練が日々続いている。そんな中、エースパイロットであったユーリ・ガガーリンが打ち上げの失敗で命を落としてしまう。そして、次なるパイロットの選考が行われる事となった。イワン・スプートニク(田辺幸太郎)、ニコラス・プロトン(堀池直毅)、デューク・ヴァンガード(井俣太良)、イリーナ・ソユーズ(大竹えり)の4人の候補の中から1人が選ばれる。しかし、タオグラードを取り巻く情勢は、対立するユナイデッド・ステイツの攻撃を受け、開戦間際であった・・・。【アストロノーツ編】
所は変わり、どこか別の場所(パラレルワールドなのか?それとも単純に過去の物語なのか?未来なのか?)。機械いじりが好きな少女ユーリ(近野聡子)は、ある時、母親(大竹えり)の実家から膨大な量のロケット工学の資料を発見する。好奇心旺盛な少女は、友人のハカセ(加藤妙子)、オカルト(佐藤春平)、チキン(堀池直毅)と共に液体燃料のロケット作りを始める。親の反対にあいながらも、ロケットのおじさん(井俣太良)の協力を得て、ロケットの完成を目指していた・・・。【少女編】
“古来中国では、未来、過去、この地球すべてを含めた世界を宇宙と呼んだ”(パンフより流用)と定義しているように、時空を越え2つの物語が交差しつつ同時進行していく。そして1つになった時、物語の真の姿が見えてくる・・・。はずなんだけど、よくわからなかった。当日パンフに登場人物の相関図やら国の政治形態だとか書かれてはいるのだが、開演前に熟読したわけでもないので、ちんぷんかんぷん。物語が難しくて眠くなってしまった程。後半はさすがに良かったが、前半は辛くて辛くて。自分の世界を構築しているのはいいのだが、ちょっと自己陶酔的な世界になり過ぎではないだろうか。観客を置き去りにせず(って、置き去りになったのは自分だけかもしれないが・・・)、屁理屈はいいから、単純明快でスピーディな物語を自分は望んでいる。って毎回同じ事を書いている気がするが一向に叶わない。自分の望む方向は、劇団が目指している方向ではないのだろうか。自分としては、単純明快でスピーディな展開こそ少年社中らしさだと思っているのだが、自分の勝手な思い込みなのだろうか。加えて、今回はどこか映画『オネアミスの翼』のパクリっぽくて、オリジナリティが欠けていたようにも感じた。それは大きなマイナス要因である。詳細なストーリーではなく、その設定とかなんだけど、何かに似ている作品なんて面白みに欠けるし、作家としては駄目だと思う。
物語の消化不良はともかく、観劇後の印象は、光と音と大竹えり。照明(斎藤真一郎)、音楽(依田謙一)の素晴しさは学生演劇の域を越えていると思う。ただ、音楽に関しては芝居の効果を上げるものから逸脱してしまい、一人歩きし過ぎではないだろうか?という懸念が残る。厳しく言ってしまうと音楽が前に出すぎて邪魔なのである。音楽を楽しむ事を一番をしている訳ではなく、あくまで芝居を楽しむ要素としての音楽だと思うので、逆効果も甚だしい。まぁ素晴しさは認めざるを得ないが、芝居を生かす音楽という事を考え直して欲しいと願う。
自分の好みが大きく影響しているのだが、大竹えりは非常に良いと思う。かわいいのは言うまでもないのだが、感情表現のうまさを今回は感じた。今までにない成長ぶりである。特に母親のまなざしには説得力があった。言葉ではなく目で演技できるようになったかぁ〜と、その成長ぶりに感激してしまった次第である。他にも新人の近野聡子もこれからが楽しみな注目株である。で、役者の話になったので今回も書いてしまうが、田辺幸太郎の演技はどうにかならんものか。経験を積んでも相変わらずヘタ。主役級の役であの演技では、観ている方が芝居に入り込めない。感情移入なんてもっとできない。芝居をするからには、感情的なものを観客に伝えなくっちゃ駄目じゃん、と言いたい。2002年の7月にはアトリエを出て一般劇場へと進出するみたいだが、一層のがんばりを期待する。
“少年社中”自分が観た公演ベスト
1.光之帝國 2.アトランティス 3.アルケミスト 4.ファンタスマゴリア 5.ハイレゾ 6.ELEPHANT〜エレファント〜 7.slow 8.ゴーストジャック 9.ライフ・イズ・ハード
作 松田正隆
演出 平田オリザ九州の西の果てにあたる架空の島「ハル」。反乱の歴史と独特の信仰をもつ離島の部落である。そこには昔、原子力発電所があったらしい。その島出身の浦亀家の次男・信次(金替康博)は、その故郷に似た場所で暮らしていた。そこは、雲母坂(きららざか)と名づけられた坂のある東京のどこか。今は過疎化が進み、そこで暮らす人も少なくなっていた。信次の妻は、精神を崩壊させてしまい“猿に犯された”という妄想を描き、2ヶ月前に首吊り自殺をしていた。そして、信次自身は「ハル」の草間家が火事になった事で放火の容疑をかけられていた。そんな信次の元へ三男・光介(太田宏)と妻の直子(鬼頭典子)、四男の明(桂憲一)がやってきた。祖父の49回忌に「ハル」に戻るので、一緒に島に帰ろうとの誘いであった・・・。
場所は変わり「ハル」の浦亀家の実家。家は長男の光一郎が継いでいたが、今は、行方不明で生死は不明であった。その家に暮らしているのは、妻(後で後妻とわかる)のキヨ子(山村崇子)、長女・夕子(能島瑞穂)、次女・町子(井上三奈子)、三女・時子(福士史麻)であった。そして、東京から帰ってきた信次らも、その家で暮らす事になった・・・。
「ハル」では、浦亀の家系が“オラショ”を伝授され天主となる習し(と言うか「掟」と言った方がいいか)があった。その“オラショ”を伝授する巫女が草間の一族である。草間ミサ(内田淳子)は浦亀家を訪れ、三男・光介に対し“オラショ”を伝授し始めた。実は、この草間ミサは、夕子・町子・時子の実の母であった・・・。
日本の情勢は内戦が続いており、「ハル」は本土から隔離された場所になっていた。本土では人間が魚人になってしまうという進化のネジレも発生していた。「ハル」は敵対国に対し、石ツブテをぶつける「ツブテホウキ」と呼ばれる暴動を起こしていた。その先頭に立つのが浦亀の天主の役目である。“オラショ”を伝授された三男・光介は、人が変わったように救世主を名乗り、島の人々を先導する。しかし、暴動はアメリカ軍の空爆により鎮圧されてしまう。そんな中、鬱積された者から反乱蜂起が起こり、その矛先は浦亀家へと向けられた。浦亀家の人々は、他の土地に逃げる画策を施すが・・・。チラシに書かれた『二人は、なだらかな坂の途中にある古い家を借りた。その坂は「雲母坂」と呼ばれていた。』というのはこの物語の前提部分でしかなかった。本筋は「ハル」での物語。で、その物語だが、簡単にまとめる事が出来ないほど、複雑なストーリーであった。某雑誌には『日本的村落共同体=血縁との決闘を描く超重量級作品』とか『家族や共同体など土着的性癖が実は日本人の中に残っていてそれが悲劇に・・・』とか書かれてあったが、どうもピンとこない。それほどぐちゃぐちゃなのである。物語もぐちゃぐちゃなら、人間関係もぐちゃぐちゃ。長男・光一郎の子供達は草間ミサの子供であり、光一郎は原因不明の失踪。その草間ミサは“オラショ”を伝授しに浦亀家を訪れ、三男・光介と関係を持つ。三男の妻は、その行為から精神的なダメージを受け、四男・明と関係を持ってしまう。明は次男・信次の妻とも関係を持っていた過去がある・・・と、閉息した場所での異常な関係性が露呈する。そんな家庭内の愛憎に、宗教色が加わり、異常性は外部へも伝染する。国から虐げられてきた「ハル」の怨念は、周囲の人々を巻き込み、崩壊への道を歩み始める・・・。
もう、自分の頭では整理不能である。物語も辛い内容だが、負のエネルギーが膨大で、それを受けつつの3時間は正直辛かった。最後には神やら輪廻転生までもが絡んでくるし。で、自分としてはこの作品が傑作なのか駄作なのか判断ができない。神の領域まで話は広がってしまい、自分の心にくるものがなかったからである。あまりにも現実味がなく、『月の岬』や『夏の砂の上』の様にセリフが刃の様に刺さる事もなかった。しかし、どろどろとした物語を、平田オリザが淡々と描く事によってできる空間は素晴らしい。静かで冷たいピリピリとした空気が劇場全体を包み込み、舞台から目を離すことができない。眠くなることすらできない。そんなぐったりくる空間作りは流石。そして、その空間を支える金替康博の抑えた演技、内田淳子の恐ろしさなど、役者の演技も素晴らしかった。
意図しての事なのか、図らずもって事なのか作者の心は読めないが、町子のセリフに「よかと?アメリカのあげなことして。卑怯かぞ、空から撃つとは」と、全てをアメリカのタリバン攻撃に置き換える事もできそうなタイムリーな芝居でもあった。しかし、松田正隆は、目先の批判ではなく、その先の世界全体の終焉(いやそのさらに先までも)を見据えて描いているのであろう。
“青年団プロデュース”自分が観た公演ベスト
1.月の岬 2.月の岬(再演) 3.夏の砂の上 4.雲母坂
作・演出 鈴木聡舞台は、夜の競馬場。人々の期待の高まりとともに、トワイライトレースが 始まろうとしている。的場博美(羽場裕一)は、一見生真面目で神経質そうな外務省のエリート公務員なのだが、そのくそ真面目さが災いしたのか、水商売の女・ヘレン(櫻井淳子)に公費の800万円を貢いで使い込んでいた。ばれないように徐々に返済してはいたが、未返済分がまだ400万円も残っていた。そして、その400万円を明日までに用意しなければ、公金横領が発覚し、人生を棒に振ってしまうという切羽詰まった状態にあった。こうなったら一角千金狙いしか道はないと悟った的場は、20万円を片手に人生の大勝負を今日のレースに賭けるのであった・・・。菅原幸子(角替和枝)は亡き夫の競馬狂いに仕返しする為に競馬場に通っていたが、いつしか自分も競馬の虜になっていた。そして、的場が惚れ込んでいたヘレンは、幸子の亡き夫カンタロウの愛人でもあった・・・。 岡部今日子(小林愛)は、結婚直前の微妙な時、婚約者の田原俊夫(福本伸一)の賭け事・女くせなど彼の悪癖への疑念を持ち始めていた。そんな折、競馬場で偶然出会ったヘレンが、田原となにやら関係していた事が、今日子の耳に入ってしまい、田原は右往左往するばかり・・・。ヘレンと話す機会があって、何か良からぬ勘違いをしてしまった中年男・井崎修(おかやまはじめ)は、ヘレンの事で田原と意気投合するが、その事で又、田原と今日子の関係は悪化していくばかり・・・。 優柔不断な横山一郎(小林隆)をカモにする予想屋の柴田達(若松武史)。そんな柴田であったが、今日の大一番、自分の予想も売らずに賭ける一頭の馬がいた。 それは第4レースに出走予定のサクラパパオーであった。そのサクラパパオーの姿に、亡き夫、亡き愛人の面影を見る幸子とヘレン。二人揃ってパドックを覗いている姿を見たサクラパパオーは、何を動揺したのか突然暴れ始めてしまう。そして、それが原因で足を怪我してしまい薬殺される羽目に・・・。うなだれる人々。そこへカンタロウの生まれ変わりサクラパパオーの亡霊が現われる。カンタロウは的場の為に走ると言うのだが・・・的場は、400万円を手にする事が出来るのか?幸子とヘレンの関係はどうなるのか? 今日子は、俊夫を受け入れる事が出来るのか?それぞれの思いが交錯する中、ゲートが開く。サクラパパオーは奇蹟を起こす事ができるのだろうか・・・。
ラッパ屋公演の中で最も再演希望の多いのが『サクラパパオー』らしい。現に自分もこの作品がラッパ屋の公演の中でベストワンだと思っているし、再演希望のアンケートにもそう書いた記憶がある。1993年にシアタートップスで上演された初演は観ていないのだが、1995年に相島一 之・菊池均也・小林隆・伊東由美子らを客演に迎え、再演をした時に観劇したのがこの『サクラパパオー』である。この作品が、ラッパ屋初観劇だと言うのもあるのだが、面白くて感激、大満足した記憶が今だに残っている。そもそもこの作品を観ようと思ったのは相島一 之が客演するからなのだが、この作品からラッパ屋を欠かさず観るはめになってしまうとは、その時は思いもよらなかった事である。それほど思い出深い作品でもあった。
で、今回のプロデュース公演がどうだったかと言うと・・・あれっこんな程度の作品だったんか・・・というのが率直な感想。期待の大きさがこの落胆に繋がってしまったと思うのだが、初めて観た時の衝撃は薄れ、面白味も霞んでいた。面白かったという意識が、その作品を頭の中でよりおもしろく記憶してしまっていたのかもしれない。人間の記憶回路ってそんなもんなんでしょ、きっと。決しておもしろくないわけじゃない。でも前回観た時はもっとゲラゲラ笑って、そしてレースのシーンでゾワゾワってきて、ラストシーンで人間の愚かさを垣間見て微笑むって作品だったんだけど、今回は全然心に届かず。何がいけないのはわからないが、残念な結果に終ってしまった。競馬で例えるなら本命が4着くらいの中途半端な順位に終ってしまった感じ。
劇場の広さも、ラッパ屋のバタ臭い空気を上品にしてしまい、面白さを半減させてしまった要因かもしれない。物語のテンポもなんか上品だったし。役者はなかなか健闘していたと思うが、もう少し庶民臭さが欲しかった。そんな中で、一番が良かったのが、小林隆。あの雰囲気は最高。まさに“名脇役”って感じ。そして予想外に良かったのが小林愛。TEAM発砲・B・ZINの公演で見た時はひでーって思ったが、なかなかいい味出してました。あと、競馬実況に杉本清ってのは良かったが、走る馬の名前がイマイチ良くなくて笑えず。