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               『ダイヤモンド婚』だ 『自分床屋』だ

 ちゃらんちゃ知覧茶のこと

救急隊さん ありがとう

 

『ダイヤモンド婚』だ 『自分床屋』だ

 

市役所から頼りが届いた。

『ダイヤモンド婚』のお祝をします。希望者は申し込んでください。

『ダイヤモンド婚』って、なに?  結婚60?

とてもそんな場に出られる状態ではない。と暫く便りはそのままにしておいた。3カ月前脳梗塞で転んで,救急車で入院したわが連れ合いである。

大騒動の救急車入院が一週間、苦しい検査が続いた。

それが済んだら一刻も早く退院しないと、足がヨレヨレになる。そんな話で薬を投与して貰い自宅に戻った。

暫くは痩せて食欲もなくなり、無理に朝食を食べて「すぐ寝る」「エライ」「だるい」の毎日だった。

「寝てばっかりだと、もう立てなくなるよ」そんなことばで、京都の長男がネットで調べて、退院するときに指導を受けた数々の電動工具を取り寄せた。

杖ついて、リハビリの設備が整った部屋へゆっくり歩き、散歩は出来ないけれど設備に沿って歩く。積み重ねで1回が2回になり3回が4回となって6往復歩けるようになった。

そんな頃だった。杖ついて歩く85才の老人が、風呂場に新聞紙を敷いて何かを始めた。そういえば「床屋に行けないから自分床屋やってみるそう言っていたなぁ

左手で左の頭をバリバリ、右手で右の頭をバリバリ、ネットで新式のバリカンを取り寄せ、自分床屋を30分位やって、すっきりした顔で風呂場から出てきた。

「やった。出来たね」考えられない。3か月前救急車で運ばれた病もち老人が自分床屋を…

 

子供時代は戦争だった。床屋なんてなかった。何人もの子供の頭刈りは本人と母親の仕事だった。特に左の頭は誰も刈れなくて母親の仕事だった。しかし連れ合いは左利きで、ひとりだけで床屋ができた。

自分床屋と言えば、20年ばかり美容院に行っていない85才の自分もここにいる。

連れ合いは大学卒業後3年働いて、理想に燃え専従活動家になった。給料は遅配続きの貧乏共働き生活だった。

 

朝起きると「今朝も起きられたね」が二人の挨拶。

一日一日がいつ終わっても、悔いない二人とも85

そうだ。11月にあるという『ダイヤモンド婚』に出るのを目標にしよう。

             2022829

 

 

 

ちらんちゃ 知覧茶 のこと

 

いつもお茶屋で買うのは「知覧茶」である。

近頃はどのお茶屋にも、スーパーでも「知覧茶」は並んでいて手軽に手に入る。 

鹿児島に旅し、知覧の茶畑を夫婦で歩いたのは、20年以上昔になってしまった。

帰りのタクシーの運転手に聞いた。「知覧茶では売れないから、業者が有名な静岡茶として売っている」には驚いた。勿論「知覧特攻平和会館」へも行った。

一度は来たかった知覧、それは先の戦争で若き命が特攻隊として次々死んで行った歴史を知ったから。

若い人たちを親身になって励まし続けた女性、その寮にも行った。心意気に打たれた。

今年は戦後77年、長寿社会と言っても、あの戦争を体験した人たちも残り少なくなった。

当時国民学校生だった自分たちは、空襲だ、疎開だ、父親は赤紙一枚で戦地へ駆り出された時代である。

家は焼かれ、寝る所も食べる物もなしで、集団疎開か田舎の親類を頼って縁故疎開を強制された。

現在のウクライナも、残酷な殺し合いでふつうの人たちが苦しんでいる。早く殺し合いをやめてほしい。

田舎の田園都市に住む。いまがとても美しく和む。田んぼが減ったといっても、稲の苗が10センチほどの背丈で植えられる。それがアッという間に、背丈30センチに育ち、そのみどりのジュウタンを敷き詰めたような田の美しさは見事だ。

平和っていいな。つくづく感じる季節である。

2022/7/27

 

 

 

 

 

救急隊さん ありがとう

 

まさか、救急車で緊急入院なんて…

昼近いころ、買い物から帰ったら連れ合いが居間で倒れていた。

「どうしたの?」 と言うと「転んだら起きられない…」

二年前くらいに脳梗塞の診断を受けた。特にひどくはないが、散歩に出て二度ほど転んで、近所の人に助けられた。

「足を延ばして」と言っても、「向きを変えて」と言っても思うように体が動かせない。

そのうち、足が痙攣(けいれん)し出した。

「だめだ! 救急車呼ぼう」

かくして、必死の119番通報になった。

ほどなく救急車が大きな音を響かせ、3人の隊員が到着した。

 

病院のベッドに横になる。

「鼻から管入れて胃まで届かせる検査、苦しいですよ。」「水分がのどを通らない検査」などなど、誠実そうな医者がどんどん進める診療…。苦しくても、いやだと思っても、ここまできたら受けるしかない。本人は「このあたりの記憶、まるでない」と言う。

 

一週間がアッという間に過ぎた。検査が済んでベッドに横たわるだけの患者になった。

明日の命がどうなるか…不安ばかり、最寄りの担当医師から「脳梗塞は治らない」と日ごろ言われている。

 

「検査終了ならすぐ退院を」長男が忙しい医師に「京都からです」と何度も電話したそうだ。

入院を続けると、足ヨレヨレで寝たきりになる。…一週間でにわかに退院した。

 

退院後「ダルイ」「エライ」の連続で、朝食後はすぐ「寝る」というばかりだった。

でもここ二三日、変化が出てきた。

最近「息子が作ってくれたリハビリ器具の、少し盛り上がった坂を六往復し、差し入れでマンガにも目を通す」少し意欲が出てきた。講談社の『センゴク』宮下英樹作、大評判で70

冊余…

 

85年生きて、何が起きても覚悟すべきだろう」夫婦の話し合い一致点。

 

それにしても、入院時の救急隊員さんの献身でどれほど助けられたか…ありがとう!

                                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1、戦争と平和〔58品〕

   2、政治の季節〔49品〕

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 4、女がはたらく〔18品〕

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 7、師、友〔58品〕嬉しさに胸が躍った

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    10、こどもたちと〔16品〕

   11自然とともに〔17品〕    

12、食べる〔23品〕食べよう 生きるために

    13、旅、山を歩く〔23品〕

    14、名古屋の話〔5品〕

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 16、書(ふみ)を愉しむ〔47品〕つぶやきー

わたしは 『セロ弾きのゴーシュー』中村哲

17、生の音色〔37手すり、手すり、手すりだらけの家 と庭 要支援? 4回も転んだ 杖つきじいさん

さっさと歩けない。辛かろうなぁ 要介護と要支援の違いも考えず今日まで来た…

    18、エッセイ仲間たち〔10人、16品〕

 

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     連作短編5『お人よし列伝』 『電子書籍版』

 

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