久世車春

 

俳人。大阪の人。明治二十年生まれ。明治三十九年秋より句を作る。初め、徂春につき聴秋聲と号す。大橋菊太(青法師)、井上蘆仙らと交友。青木月斗が宮武外骨社主の「不二新聞」の文学・美術を受持っていたとき、車春がその下にいた。大正三年間島貿易社員として会寧に赴く。大正八年帰国、岡山や大阪にて商売を始めたが不遇であった。若年自嘲の句に「あぢさゐやなまじ文字知るならずもの」とある。昭和十一年、正氣宛の書信の一節に「昨年の暮に大阪へ移って最近現在の住居に落ち着いて、詰まらない商売を始めるところまで漸くの事で漕ぎ付けましたけれど、そのために反面非常に無理をして、経済上頗る困難しています。ここで少なくとも二百ばかりの金を作らなければいけない事情になっています。それに就いて小生の短冊を知友に買って貰おうということを考えました。貴兄にはお気の毒な役割だけれど、一つ大至急にご尽力下さい」とある。

昭和十三年、三原に正氣を訪ね、句を始めてから昭和九年までを整理した句帖と、かねて預かっていた亡き菊太の句帖とを託し、十二月二十六日逝く。享年五十二。「大阪言葉が一人減りし寒さ哉  月斗」。「行く年や昔の春の人はなし  虚子」。「(私か死んだら句集をお頼みします、他に適任者がありませんから是非お願ひします。車春忌を三回重ねるに尚果さず)侘助や上梓を待てる句草稿 正氣」。「(虚子翁の弔句に故人生前の述懐を思ひ出されて)侘助や昔の春に生甲斐を  正氣」。句集は未刊行であるので、「久世車春句抄」として、ここに載せる。

 

 

久世車春句抄

 

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20 「野分の朝」聴秋聲

 

 

 

21  花木伏兎「車春の記憶」 22 松本正氣「嗚呼久世車春氏」

 

 

 

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久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

 新年之部

 

失せ羽子の数思ふ三日夕哉

二三早上り間近の賽の惜し

高々と切玉鳴るや喧嘩凧

臣老いて君が野望や御代の春

本宮と競ふ若宮とんどかな

夙くに知る読売今来やぶ入れば

松の葉をぶりぶりの絵や盛上り

ぶりぶりの柄や手にすれて木目哉

かがり糸もつれ初めたる手毬哉

鳥追や媚めく裾の変り裏

飾臼臼の凹みに日の溜る

宮苑の鶴の高啼くとんと哉

貧しさは書に打飛びし薺哉

手毬唄迷ふ国の子淋しけれ

ぽっぺんの一々声の迷ひけり

ぽっぺんの一と度息に曇りけり

傀儡師我も驚く状すなり

汝れも亦其の函を出て傀儡師

蓋撫でて真顔になりぬ傀儡師

駄菓子店とんどの灰の降りにけり

御榊に灰の舞ひゐるとんど哉

蓬莱や替へ紋にして衣桁の衣

蓬莱や襖の裾の青海波

洋々と大河流るる恵方哉

暁の海と空なる恵方哉

父母在す方や恵方に当りけり

草の戸の恵方に当る持仏哉

朝風が酒気を煽ちぬ恵方道

旧年の榾とろとろの囲炉裏かな

風の羽子しざりしざりてつきにけり

やぶ入や浮名ある身を親の前

やぶ入や安んじて寝し親の顔

かくあれば元日といふばかりかな

眩しさやタコの数見て海渡舟

日に向いて眩しき凧の定りぬ

(会寧)正月も三日の顔を揃へけり

正月の酒で寝てゐる火燵かな

正月の来る度に我あはれなり

餅搗かぬ正月が来る哀れかな

(雨山居)正月の君訪へば在り女客

日来るも来るも知れる声酔へり

旧知ある地に住みつきて年賀かな

(勅題)暁の山の雲濃く雑煮哉

元旦の雲山々にありにけり

(諒闇)畏しや生涯に二度松立てず

正月や出れば帰らぬ召使

弾初の調子一本上げにけり

賀客去って森閑たりや炉の助炭

羽子に飽いて三日は手毬つきにけり

正月の下駄沓脱に揃ひけり

薺打つ前に朱骨の行灯哉

お降りや皆早寝してひそやかさ

あけぼのといふ椿挿したり庵の春

ぽっぺんを高く捧げて戻りけり

年玉や何とも知れぬ箱形

手毬つく手に盲胼切らしけり

いつとなく子は岡山の手毬唄

しみじみと子と遊びけり三

正月や酒飲み馴れて酔ずなり

強ひらるるともなく酔ひし年酒哉

千草屋が桟敷落しぬ初芝居

年礼や仮りに住うて早十年

角力来て年酒の燗に追はれけり

ころころと着ても着寒く年賀哉

年礼や朝暁間より芸妓ども

朝の間に風呂を沸しぬ松の内

年酒客斗酒平然と去なれけり

大阪の手毬唄やな久しぶり

凧上げし空地が町となりにけり

掌のうちを苧が走る也凧上がる

寒風に血を吹く胼や凧上ぐる

大凧に引かるる足の浮きにけり

雑煮より先づ元朝を茶一煎

掃初の小さき埃ばかりかな

酔の出てつづかぬ息や謡初

初鏡双球抱ける乳房かな

後に立つ人に笑ひや初かがみ

豊頬に齢ぞなけれ初鏡

初鏡古めく調度うつしけり

初鶏や起き揃ふたる家内中

置膳に盃入れつ松の内

古赤絵の納めの盃や初茶会

猿曳に大杯をくれにけり

初場所に斗樽かついで来りけり

出初見に朝霜ふんで人出哉

出初見る足棒のよに氷りけり

水煙幕とかかりし出初かな

川舟や薮入の子の小風呂敷

元日の山紺青に連なりぬ

山の奥へ薮入すなる草鞋かな

元日を遊ぶ山川ぬくき哉

無為にゐることの尊や三

騎初や山川ぬくく行軽し

短冊試毫草体知らぬ字になやむ

初風呂の足の先まで見ゆる哉

初風呂や髪の匂ひの立罩むる

誰彼の酒匂はせつ初湯かな

朝寝して宵寝してけり松の内

初大師接待の昆布茶数珠つなぎ

爺婆の詠歌踊や初大師

歳旦の心となりぬ炉に坐る

毛氈にそとぽっぺんを寝かせけり

簪のぽっぺん吹けば鳴りにけり

新しき煎茶一具や大旦

歳旦や灯明消えて仄暗き

玉の春皇子ます日本明らけく

御仏にまづ歳旦の茶を献ず

弾初や甲のつづかぬ高調子

山里の炉を立出でて年賀かな

川舟が万歳のせて来りけり

正月の雪に大川濁りけり

川舟や飾り打ったる一所帯

山越えて賀状持て来ぬ郵便夫

災厄を知らで古りけり蔵開

儼とある祖先の家宝蔵開

年々に殖ゆる家の子蔵開

 

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