BCJ Q&A (2) [Q21〜60]


このコーナーは、お寄せいただいたご意見などの中のBCJやバッハの音楽についてのご質問に、それぞれの内容に詳しい方にお答えしていただこうというコーナーです。


Q60 《鈴木雅明様へ》

 7月にNHKの芸術劇場で放映された「マタイ受難曲」を聴いて、すっかりBCJのファンになりました。CDは「Passion」、「カンタータ 9、14、15、17、18、19」を繰り返し繰り返し聴いています。今度、初めて3月20日の神戸公演を聴きに行くので、今から楽しみにしています。

 野々下さんのソプラノのマタイ受難曲が欲しいのですが、アメリカ公演、または4月18日に演奏されたものCDになる予定はありますか?

 「カンタータ 19」の第86番3曲目のコラールと、第166番3曲目のコラールは、野々下さん一人の声のようにも聞こえますし、ソプラノの方々が声を合わせて歌われているのかな、とも思います。どちらですか?とても美しくて感動的です。

(斎藤まひる様) (03/12/27)
A60  年の終わりに新しいBCJファンの方からうれしいお便りをいただきました。斎藤さま、初めまして。お便りありがとうございます!
お便りの中に2つのご質問が含まれていたので、「Q&A」コーナーでのご紹介とさせていただきました。
 まず、最初のご質問2003年春のBCJ「マタイ受難曲」公演CDになるかどうかですが、CDショップで売られるような形での商品化の予定は今のところうかがっておりません。しかし、かつて2000年7月28日(バッハの命日)の「ヨハネ受難曲(4稿)」公演TDKコアよりDVDで発売されているように、もしかしたら日の目を見ることがあるかもしれません。反響が多ければNHKでの再放送という線もまったく無い訳ではないでしょう。斎藤さまは7月の教育テレビ「芸術劇場」での抜粋版の放映をはじめてご覧になったとのことですが、実はその前にすでにハイビジョン(5月)とBS2(6月)で全曲が放映されており、その折りの録画が私などには大切な宝物になっています。何かの機会にこの時の記録をご覧になれると良いですね。野々下さんの「ただ愛により・・・(Aus Liebe・・)」とその前後の群衆の絶叫などなど、実に感動的です。BCJの「マタイ」のCDではソプラノは野々下さんではありませんが、今後、現在の新しいアプローチでの新生BCJ「マタイ」がきっと録音されると思いますので、その時の第1ソプラノは是非野々下さんにお願いしたいですね。アメリカ公演の録音は、最後のボストン公演がアメリカでラジオ放送されたとうかがった記憶がありますが、どのような状況にあるのか、定かでありません。しかし、もし何かのきっかけで昨春の「マタイ」のNHK放映以外の録音をうかがえるのなら、復活祭の前日、復活なったカザルスホールでの「マタイ」を是非もう一度味わってみたいです。こちらに拙文をしたためましたが、この昨年4月19日の「マタイ」こそ、これまでのBCJによる「マタイ」演奏、いや、私がこれまでに数々体験した「マタイ」演奏の頂点を飾るものと思うからです。ちなみに昨年聴きに行ったたくさんの演奏会(BCJ以外も含め)の中でもこの演奏が最も感銘深いものでした。(私の2002年のベストコンサートはBCJ仙台公演でのBWV106、2001年はラトル/VPOのベートーベンSym.No.1&3でした) 何とかならないものでしょうか>鈴木雅明様、BCJ事務局の皆様・・・!
 次のカンタータ中のコラールの扱いについてですが、この機会に私も久しぶりにカンタータCD第19巻を聴いてみましたので、私なりの分析でお答えしてみます。結果は、両コラールとも1人ではなく、その時のソプラノパートのメンバーが複数で歌っていらっしゃると思います。ただ、人数まではわかりません。このあたりの正確なところと、そのような扱いになった理由については、音楽監督の鈴木雅明様よりお答えをいただければありがたいと思っています。・・・タイトルが《鈴木雅明様へ》なのに、私ごときがたくさんのことを書いてしまいました。どうかお許しください。
 しかし! 斎藤様もきっと近いうちに直接鈴木雅明さんとお話しできますよ。今度初めて来ていただく3/20の神戸公演では、終演後、チャペル向かいの建物の2階の食堂で神戸公演後援会の主催の「懇親会」が開かれるはずです。今のところ私はうかがえそうにないのですが、幾ばくかの会費をご負担いただければ後援会員でなくても参加OK。演奏会終了後、鈴木雅明さんをはじめとしたBCJメンバーの皆さんと是非楽しいひとときをお過ごしください。懇親会の詳しい内容がわかりましたら、またこのHPでもお知らせしていこうと思っています。
是非初めての神戸BCJ体験のご感想などもまたお寄せください。それでは。 (矢口) (04/01/01)
 斎藤様より再びお便りをいただきました!
 明けましておめでとうございます。初めての投稿でしたが、BCJの質問コーナーに掲載してくださり感激しています。質問に対してもとても丁寧にお答えくださり、ありがとうございました。新生マタイが録音されてCDになる日を待っていたいと思います。
 3月20日の懇親会の事も優しくお教えくださり、ありがとうございました。CDを聴いた中で最高と思った4人のソリストが揃うので、一般のファンも懇親会に参加できるとは夢のようです。鹿児島から、家族4人で参ります!!
(斎藤まひる様) (04/01/01)
 斎藤様は鹿児島にお住まいだったのですね!神戸公演にはこれまでも福岡からご参加の皆さんなど、九州勢もいらっしゃいますが、鹿児島からは最遠方からの聴衆になるかもしれませんね!どうかコンサートならびに懇親会を堪能されますように。昨年6月の公演後の懇親会の様子こちらで紹介させていただいておりますので是非ご覧ください!
 また、BWV86と166のコラール唱については、その後コンサートをうかがった時のメモが見つかり、両方ともそのコンサートでのソプラノパート全員(野々下由香里、緋田芳江、懸田奈緒子、星川美保子の4人)での歌唱だったことがわかりました。しかし、プログラムの「制作ノート」にもこのコラールの扱いについてはなにも記されていませんので、やはり鈴木雅明さんのお考えをお伺いしたいところですね。どうかよろしくお願いいたします。
(矢口) (04/01/03)

Q59 《11月15日、仙台で行われたコンサートでのこと》

鈴木雅明先生そしてBCJの1ファンとして是非伺いたいことがありまして、迷ったすえメールいたしました。

昨日、11月15日、仙台で行われたコンサートでのことです。
オールバッハ・プログラム 「教会音楽の夕べ〜J.S.バッハの夕べ〜」で、雅明先生のチェンバロ、若松さんのバロックヴァイオリンということで、私自身とてもすばらしい演奏が聴けるものと確信していました・・・・。   
ところが、2曲目の「ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ」ホ短調BWV1023の演奏中、(たぶん3楽章アルマンドの途中)、なんと曲がブッツリと途切れたのでした・・・。
素人ですので理由はわかりませんが、あれは確かに、若松さんが弾くのを中断したようにみえました。この楽章はとてもテンポがはやく、なんか、音がギスギスするな〜と思っていた矢先のことでした。その後、チューニングしなおして若松さんの「すみません」という言葉のあと、もう一度その楽章のはじめから弾き直され(途中からではなかったですよね・・・?)なんとか全部弾き終えられたのでした。

演奏後、聴衆からは惜しみない拍手がお二人をつつんでおりましたが、すみません、私は、拍手をさしあげられませんでした・・・。生のプロの演奏を聴き続けて数十年になりますがこういうことは、はじめてなのです。

ここで、お伺いします。あれは、いったい何が原因なのですか
楽器のせいですか。おふたりのアンサンブルのずれですか。
なにとぞ、上記の質問にご回答くださいませ。尚、私、聴くだけが趣味の「素人」でございますので、その点ご考慮くだされば幸いです。

(「バッハ大好きママ」様) (03/11/16)
A59 さっそく鈴木雅明様よりご回答をいただきました。

なんということでしょう。このようなご質問が来るとは思いもしませんでした。何が起こったのかと言いますと、この教会の急激な暖房のために異常に乾燥していましたので、夏美さんのヴァイオリンのE線が突如全音近くも下がってしまったのです。で、彼女はこのまま演奏は続けられないと判断して演奏をやめ、調律しなおして、もういちどその楽章をはじめから演奏したのでした。彼女が演奏を止めた直後に、その弦を弾いて見せ、どんなに狂ったかを示したので、お客様も当然弦が狂ったことがおわかりになったと思い、曲をあまり長い時間中断させないために何も説明はせず演奏を続けました。ガット弦での演奏はえてして温度や湿度の変化に対応することが非常にむずかしいものですが、この教会は暖房が非常に大きな音がするので演奏中は暖房できず、そのかわりその直前までできるだけ暖かくしておくという方針で温度管理してくださったのですが、チェンバロもヴァイオリンもリハーサル中には一旦温度が急激にあがりその後コンサート中にどんどん下がる、という過激な変化には対応できなかった、ということでしょう。
というわけで、演奏自体の良し悪しのご判断は自由ですが、演奏を止めたのは断じて演奏上の問題ではありませんでした。あまりに自明のことだと思ったので、説明しなかったことがよくなかったと思います。「バッハ大好きママ」さんにくれぐれもよろしくお伝えください。

(鈴木雅明様) (03/11/16)

・・・という訳で、今回の出来事は、古楽器の宿命ともいえる条件からの出来事のようです。私も寺神戸さんのヴァイオリン・ソロコンサートで、冷房の音が気になり担当の方に相談しましたら、「お気持ちは重々わかるのですが、冷房を止めてしまうと演奏できないぐらいガット弦が狂ってしまうのでどうかご了承下さい」と言われたことがあります。今回のケースではその演奏中の空調音を避けるためにとった対策が思わぬ結果につながったものでしょう。
生演奏ではどんなに周到に準備を重ねてもアクシデントが起こってしまうことがあります。そういったアクシデントをあらかじめ想定して出来るだけの対策をとっておくことはもちろんですが、デリケートな古楽器(今回の場合も、スチール弦のモダン楽器であれば、たぶん演奏が不可能なほどの状態にはならなかったと想像します)での味わいを楽しむためには、今回の様な出来事が起きてしまう可能性があることをご理解をいただければと思います。鈴木雅明さんも書いていらっしゃいますが、古楽器(オリジナル楽器、ピリオド楽器)での演奏がかなり広まって来たとはいえ、今回のアクシデントにつながる様な特性があることを、十分説明していく必要がまだまだあるのですね。
バッハ大好きママさま、どうか引き続き鈴木雅明&BCJの音楽をお楽しみいただければと思います。
(矢口) (03/11/17)
 若松夏美様からもお便りをいただきましたのでご紹介させていただきます。
バッハ大好きママさん様

北教会の演奏会にはせっかくいらしていただいたのにがっかりなさったようで、残念です。
鈴木雅明さんのコメントが届いたとおもいますが、会場の温度湿度があまりに急激に変化したためにペグ(弦をまいてあるねじ)がすべってきて、上の2本の弦の音程がどんどん下がってきたため、第3楽章をそのまま弾き続けることは不可能と判断して、調弦をすることにしたのでした。狂った弦の音を出した時に、会場から「ああ、そうか」というような息が聞こえてきたと思い、また古楽器演奏のメッカである北教会であったために、「理解された」と勝手に思ってしまったので説明をしませんでした。音の途中に言葉が入ることを避けた、という気持ちもありました。しかしながら、全くの説明不足だったことがわかり、申し訳なく思っております。

教会の方には「温度変化のために弦が狂ってしまい申し訳ない」とおっしゃっていただきましたが、私にとっては「時にある事故」というだけでたいして影響はなかった、と思っていました。古楽器の演奏に限らず、弦楽器の弦は演奏中にきれる事故もありまして、私自身の事故は初めてでしたが、目撃したことは何度かあったからです。
それにしても、全く私の説明不足であったことをお詫びし、今後はこのような場合には必ず説明をしてから演奏を続行することをお約束して、先日の失礼をお許しいただきたいと思います。

その後の演奏も、バッハ大好きママさんには最初の曲のショックを挽回できなかったようで、残念です。全体としてそれほど悪い演奏をしたとは思えなかったのですが。
また私の名誉のために申し上げますと、どこの演奏会でもその時の最善をつくしております。最善をつくしても、いつも最高の演奏にはなるわけではありませんが。

これにこりずに、古楽器の演奏に接していただければ幸いです。

若松夏美

(若松夏美様) (03/11/17)

 若松様、お便りありがとうございます。バッハ大好きママさん様にも直接お伝えいたしましたので、きっと状況をご理解いただき、今後ともBCJならびにBCJメンバーのみなさまの音楽を楽しんでいただけることと思います! (矢口) (03/11/21)

Q58 《管弦楽組曲の演奏について》

 先日はバッハ/管弦楽組曲・全曲演奏会を楽しませていただきました。その時の演奏について、何人かの方から質問をいただきましたので、代表して(?)うかがわせていただきます。

「特に組曲第2番などでよくあったのですが、楽譜上はただ四分音符や八分音符が連なっている部分跳ねるように(付点がついているかのように)演奏されていたことがあったのはどういうことなのですか」というご質問です。私の聞きかじっている知識の中では、上記のような扱いは《イネガル》と呼ばれているものだと思います。そこで今回の「序曲」(管弦楽組曲)の演奏における《イネガル》の扱いについて、簡単に教えていただけましたら幸いです。鈴木雅明様、よろしくお願いいたします!

(矢口) (03/10/31)
A58  さっそく鈴木雅明さんよりお答えをいただきましたのでご紹介させていただきます。鈴木雅明様、お忙しい中本当にありがとうございます!
 「イネガル」というのは、あらゆるフランスの文献に出てくる最も大きなフランス音楽の演奏上の特徴です。問題はこれをバッハの音楽に適用してもいいかどうか、ということだと思います。結論から言うと、この場合には「適用してもよい」のではなく「適用すべき」だと思っています。というのは、これらの序曲は、その構造が完全にフランスに由来するものであることだけでなく、ほとんどすべての曲名や速さの指定などをフランス語でしていることから見ても、明らかにバッハがフランス風を意識して書いた曲であることが明らかだからです。例えば、チェンバロのための「フランス風序曲」などもそうですが、舞曲の中身をみてみると、これらの「序曲」の方がチェンバロ曲よりさらにフランス的であり、実際に踊ることさえ可能なものが多数入っています。このような状況を見ると、バッハがフランスを意識していたことは明らかだし、しかもイネガルが常識と思われていた旋律の動向(例えば順次進行の多用、リズムの単純さなど)を見ると、曲によってはイネガルしないで演奏することの方が不自然であると思われます。ただし、通常イネガリテが要求されるのは、基準の音価の2段階下の音価(つまり2分の2なら8分音符、4分の4なら16分音符)であり、より早い曲の方がイネガルは符点にちかくなり、ゆっくりな曲ではより微妙なイネガルが要求されます。すべてがイネガルにされるべきものではないし、また符点とは明らかに異なった感覚でなされるべきものだとは思います。

(鈴木雅明様) (03/10/31)

Q57 《鈴木雅明さんに演奏について質問》

 渡辺拓也といいます。鍵盤楽器の演奏を勉強している高校生です。
 日本オルガン研究会の発行している、『オルガン研究』に掲載されていました、鈴木雅明さんの論文を読みました。鍵盤楽器の歴史的運指法についての論文だったのですが、その中の一文 「手首を左方向にシフトさせることである。〜中略〜こういった歴史的運指法による演奏のひとつの重要なポイントになることは明らかである。」
このような文章があるのですが、自分で実践してみたんですが、なかなか理解出来ないでいます。もし、よろしければこの点を、具体的にご教授願いたいのですが。

(渡辺拓也様) (03/06/27)
A57 鈴木雅明様より、お答えをいただきました!お忙しい中ありがとうございます。
 この「手首」の件、なかなか説明の難しいことで、実践してみせなければうまく御理解いただけないかもしれません。が、ともかく説明を試みますと:

 3434、または3232というような古いフィンガリングを実践するときの「コツ」として、音階(ないし音型)が進む方向に向かって、わずかながら手首を水平に左右に動かすようにするとうまく行く、ということです。つまり、右手が3434という指を使って、上行音型を弾く時、手首をわずかに右方向に水平にシフトすると、3434という指使いが使いやすい、ということです。逆に3232という下降音型なら、左にシフトします。左手は、これらの逆です。つまり、常に3の指が先導するように指を動かすと、ふたつずつの音のペアがうまく演奏できるのです。

 (このようなことは、実際には論文に書くような内容ではなく、むしろ実践の場でお話すべきことだと思います。何かの機会に実際にお見せしたいとは思いますが・・・・例えば、芸大の公開講座などにいらっしゃれればよいのですがね。)

(鈴木雅明様) (03/07/07)
 渡辺様、いかがでしょう。理解の手助けになりましたでしょうか。ご感想などお便りいただけましたらうれしく思います。 (矢口) (03/07/10)

Q56 《穴澤さんはどうされているのでしょう?》

こんにちは穴澤ファンの松田@大阪です。
以前にBCJのアルトで活躍されていた穴澤様は今はどうなさっているのでしょうか?
彼女の声は響きが高く、また当時米良さんの声に隠れていましたが、実に米良さんの声と音色を合わせてカバーされていました。当時のCDもよく聴くと彼の声に隠れる形で、必ず実によく穴澤さんの声がバックアップしています。
東京オペラシンガーズでの出演で時々お見かけするのですが、オペラに行ってしまわれたのでしょうか?
掛け持ちでも結構ですので(時間の関係もあるでしょうが)何とかならないかなあと・・・。ライブで聴くときには彼女の声は必須です。
カウンターテノールがもう少し成長するまでアルトの核として出来ればいて欲しいなあ!
ご存じの方がおられれば教えていただきたいのですが。
よろしくお願いいたします。

(松田信之様) (03/03/27)
A56 何か情報がありましたらこちらまでお寄せください!

Q55 《コンサートの日程》

今回、来月18日(金)の聖金曜日にマタイ受難曲を公演されるとのことですが、なぜそのようになったのでしょうか?教会に通っている身としては大変困ります。今回と同じく、クリスマス・イヴのメサイアも同様です。普通の方達はロマンチックと思われるかもしれませんが、そう思わない人が多少なりともいるという事を気にとめて頂ければと思います。

(Yukiko William Ohtaka様) (03/03/14)
A55  Yukiko William Ohtaka様、お便りありがとうございます。ご紹介とコメントが大変遅くなってしまい申し訳ありません。
 ご質問の点は、ある意味でBCJの演奏活動のもっとも根幹にある認識に関わる内容だと、重く受け止めています。ただ、私の立場から申し上げられることは、BCJは決して「ロマンチック」だから受難日やクリスマス・イヴに宗教曲を演奏しているのではないと思う、ということです。その音楽を本来あるべき時にあるべき形で演奏することで、その音楽がもっともよく“働く”ことを願って演奏されているのではないかと思っています。
 確かに、ここ何年かの“聖夜のメサイア”公演の企画ではクリスマス・イヴというシュチュエーションの持つ「ロマンチック」さをある種の「売り」にしている部分は否めないようにも思います。しかし、実際の演奏は(残念ながら礼拝等で実際にはお出でいただけないのかもしれませんが)、その音楽が本来持っている意味を十二分に意識したものになっていると思っています。(もっともヘンデルの「メサイア」は本来のあり方からは劇場音楽であるとも言えるのですが・・・)
 受難節コンサートについては、まさにBCJの演奏活動の一つの生命線であると言えるでしょう。東京デビュー公演となった私とBCJの出会いの演奏会でもある1991年3月の「マタイ」の演奏も確か受難日の演奏でした。それ以降、ほんのわずかな例外を除いてほぼ毎年BCJは受難日・受難節にふさわしい宗教曲を演奏してきています。私自身は幼児洗礼は受けたものの、教会に通うことをしていない怠け者の信者ですので、このBCJの受難節コンサートを、自分にとっての礼拝のようにも考えています。そしてBCJには音楽監督の鈴木雅明さんやチェロの鈴木秀美さんをはじめ、キリスト者であるメンバーもいらっしゃいます。是非そんな皆さんご自身のお気持ちなどもうかがってみたいものですね。鈴木雅明さん他、メンバーの皆さん、どうお考えになっていらっしゃるでしょうか。よろしければ是非お気持ちをお聞かせください!Yukiko William Ohtaka様も、機会をみて是非BCJの演奏会に(受難節コンサート以外にもカンタータコンサートなどもありますので!)お出でになってみてください! (矢口) (03/03/27)
 ツアー前のご準備でお忙しい中、鈴木雅明さんからコメントをいただきました!ありがとうございます。
 これは誠にもっともなご意見です。が、私は、わずか1パーセントの人しか教会に行っていない日本で、少しでも受難週の意味を知り、受難曲をあるべき姿(に少しでも近い形)で意識して頂こうと思って、受難曲を受難日に演奏しています。これは、本来なら教会で行われるべきものでしょうが、今やヨハネ受難曲やマタイ受難曲を礼拝中に演奏できるような教会はありえません。そのうえ、幸いわたしは日本キリスト改革派というところに属しており、ルターと違ってカルヴァンの流れを汲む改革派では受難日に特別な礼拝をしたり、そこで受難曲を演奏したりする伝統がありません。(場所によっては祈祷会はあります。)これは、ルターのように新約に書かれている十字架の神学に大きなウェイトをもって重視するのではなく、むしろ旧約と新約を両方共に見て、「歴史を支配される神」をより強く意識する結果だと思います。必然的に、私の教会でも受難週の祈祷会はあるものの、特別な礼拝を金曜日に行うのではなく、むしろその直後の復活祭(これは必ず日曜日ですから)の方を重視します。その結果、私自身は、自分の受難曲演奏を済ませてから、復活祭の礼拝に出席する、というパターンを毎年過ごしているのです。(今年も同様です。4月20日には奏楽もします。)
 というわけで、受難曲に関して言えば、純粋にキリスト教的な観点からは、その同じ日に受難曲を聴く人もおり、また教会で礼拝をして過ごす人もいる、という、様々な礼拝のパターンがあってよいのではないでしょうか。私としては、もちろん多くの方にBCJの受難曲を聴いていただきたいとは思いますが、同時に受難週を覚えて教会で礼拝をする人が少しでも増えることを願ってもいます。

 サントリーでの「聖夜のクリスマス」は、サントリーホールのご希望で始まりました(今年が3年目です)。これが、多くの教会のクリスマス祝会や礼拝と同じ時間であることは認識していますが、幸か不幸か改革派にはクリスマスをこの日に祝う伝統はありません。私の教会では、聖書朗読と賛美歌を歌う集会をしていますが、クリスマス礼拝そのものは、(多くの日本のプロテスタント教会がそうであるように)25日直前の一番近い日曜日に行います。そもそも、12月25日や24日にイエスの誕生を祝うのは、聖書に基づく伝統ではありませんが、ともかく世の中が、クリスマス一色になるので、そのような機会にメサイアのメッセージを歌うのは、少なくとも第9を聴くより本来の意味に近いのではないか、と思っています。これまた、クリスチャンの方は、もしその教会がこの日にクリスマスを祝われるのであれば、それぞれの教会で過ごされるべき時だと思います。私たちのコンサートは他にもたくさんありますので、どうぞカンタータなどにもお出かけください

(鈴木雅明様) (03/03/27)

 なるほど。そういえば今まで受難日の演奏は続いていますが、イースターに演奏会があったことはほとんどありませんでした。(2000年は「マタイ」の福岡公演がありましたが)
 サントリーホールでのクリスマス・イヴの演奏も、この時期の「第九」一色の中でのものだからこそ大きな意味を持つわけですね。BCJと、このわが国のクラシック音楽演奏における大変重要な場であるサントリーホールとの発するメッセージがますます意義深いものになることを期待したいと思います。と同時に、信仰をお持ちの皆様ともともにBCJの音楽をより深く分かち合っていきたいもの、とも思います。 
(矢口) (03/03/28)

Q54 《2003年のマタイ受難曲公演》

2003年のマタイ受難曲の公演は関西方面ではなさらないのでしょうか。なさらないようでしたら東京まで参るつもりです。
お返事お待ちしております。

(田村慶子様) (02/09/30)
A54 田村様、ご質問のお便り、ありがとうございました。さっそくBCJ事務局に問い合わせをしたところ、以下のようなお返事をいただきました。
・・・来年4月のマタイは、東京のみの予定です。
まだ若干時間があるので他都市での可能性が0%ではありませんが、関西での可能性はほとんどありません松蔭でのマタイは残念ながら予定はなしです。

(BCJ事務局) (02/10/03)
・・・ということで、残念ながら、ご期待に添えない結果となってしまいました・・・。アメリカ公演後の「マタイ」は、現時点では一発勝負の貴重な機会になりそうです。しかも、この東京での「マタイ」は、こちら鈴木雅明さんのコメントにもあるように、「すべてのオーケストラ、合唱、ソリストを第1と第2のグループに分け、ソリストも合唱を共に歌いつつ、コンチェルティストとして歌う」、2000年版「マタイ」の再現となります。実はアメリカ公演でもこの形をとるのは現在の予定では最後のボストン公演のみで、それまでは今年3月のスペイン・ツアー(そしてその後の埼玉公演)のような“旅バージョン”とのことですので、なおさら貴重な機会となりそうです。しかし、そうなると、来年度の神戸定期の第一回はどんな内容になるのでしょうか・・・? 神戸定期の内容も気になるところです。BCJの「マタイ」in松蔭、是非また企画していただきたいものです!!! (矢口) (02/10/14)

Q53 《BWV199の演奏稿について》

最近、カンタータのスコアを見る機会を得たので、改めて初期の作品から聴きなおしていたところ、BWV199について、CDの制作ノートおよび解説には、ワイマールの第2版に基づいて演奏とあったのですが、新バッハ全集をみると、初稿での演奏になっています(つまり第6曲がビオラのオブリガードで、32分音符が入らない)。これはどういうわけでしょうか。明確な解説と逆行しているので、疑問でした。

いずれにしても初稿の演奏に不満があるわけではなく、ことカンタータに関しては、再演の際に改訂がほどこされ、どの版を底本とするか、演奏者にとって複雑な問題であることがわかりました。ピッチの問題、楽器の問題など、ひとつひとつを演奏の視点から指揮者、BCJのメンバーが真剣に取り組んでいらっしゃるのがわかります。

今後も、着実な録音の積み重ねと、充実した演奏を期待しています。
BCJの熱烈なファンのひとりとして、応援しています。

(本田正巳様) (02/05/29)
A53  本田様、はじめまして。お便りありがとうございます! 
 カンタータBWV199の演奏についてのご質問、ごもっともです。ご指摘の演奏は1996年6月24,25日のBCJ第26回定期「J.S.バッハ/教会カンタータ全曲シリーズ〜ヴァイマール II〜」(カザルスホール)の後、神戸にて行われた録音、BCJ教会カンタータCD第4巻 におけるものですね。ご質問は、CDの日本語版リーフレットにある鈴木雅明さんによる「演奏のためのノート」の内容とCDに実際に収録されている演奏との違いについてですが、これについては日本語版のリーフレットを作成した関係者の皆様に注文をつけなくてはなりません・・・。この第6曲のオブリガードの特殊な条件については何とCDのBISによるリーフレットには事情が書いてあるのです。英語版で言えばp8の3行目、However,・・・以下の部分です。英語は不得意なので自信がないのですが、「このオブリガードをチェロで弾くためには指板を左手の親指で押さえるテクニックが必要だが、1710年代のドイツでは行われていなかった。よってヴァイマールでのバッハは通常のチェロでこのパートを演奏することはできなかったと考えられる。この理由より我々は残されているヴィオラパート(32分音符のないもの)を用いて(ヴィオラで)演奏することにした。」とのことです。確か、コンサートの時にも、BWV199の演奏の前に鈴木雅明さんが客席に向かって同じ説明をなさっていたように思います。鈴木雅明様、よろしければ改めての詳しいご説明をお願いできませんでしょうか・・・。
 この件のような問題が生じるのは、カンタータCDの日本語版の作成にあたって、コンサートで用いられたプログラムの文章をリーフレットに転載する際の確認が不十分なことが原因と言わざるをえません。このようなことは、せっかくBCJが誠意を持ってカンタータの演奏に取り組んでいることへの信頼を失わせてしまう可能性もあることだと考えます。関係者の皆様の今後の取り組みへの注意のお願いとともに、今までのものの再確認も行っていただきたいものだと思います。細かい言い回しでリーフレットとして不適切な部分など、他にも結構あるように思っていますので・・・。どうかよろしくお願いいたします!
 本田様、またお気づきの点等ありましたら是非お便りください!
(矢口) (02/06/17) 

Q52 《真夏のヘンデルについて》

矢口様、BCJファンの皆さんこんにちは。松田@大阪です。7月の演奏会について以下2点の質問があります。


(1)この演奏会は録音・CD化されるのでしょうか?
 
既にBISからカークビーのグロリア(新録音)とオッターのDixit Dominus(旧録音)のカップリングという荒技で発売されているので、どうなるのかなあと思っています。
このCD、既にオッターのDixit Dominusだけの旧録音を持っているので購入していません。もしDixit DominusがリマスタリングされていないとBISの現在の音と昔の音が較べられて面白いでしょうね(^^)。
新発見されたグロリアはガーディナーも録音・こちらはDixit Dominusも新しく録音されています・しているので、それで我慢しています(単にお金がないだけで、良い演奏ですよ!)。

このDixit Dominusは私の大好きな曲で、日本で演奏されることは非常に少ない(唯一、大阪コレギウム・ムジクムが時々演奏されています・1991年の演奏は名演でした!)ので、隠れた名曲とよく言われますが、現在日本語版で3枚、輸入盤を含めると(私が持っている限りですが)12枚ほどCD化されています。海外でどの程度演奏されているのかは分かりませんが少なくとも認知度は高いようです。しかしながらこの曲は、合唱・ソロともに非常に難しく、その両方を満たした「決定盤」といえるCDがないのが現状です。そこで、今回その「決定盤」がBCJの手によって出来ると良いなと思った次第です。


(2)Dixit Dominus2曲目(アルトソロ)について。
 
少し細かいのですが、2曲目の歌詞の割付についての質問です。私のてもとにはベーネンライターのボーカルスコアがあるのですが、2曲目Virgam virtutis tuae の歌詞のinimicorum(i-ni-mi-co-rum)のrumなのですが、演奏によって歌詞の割付が違います。先のスコアではrumが29小節では2拍目、31小節では4拍目になっているのですが、演奏によってrumが29小節の1拍目の裏、31小節では3拍目の裏になっています。これは楽譜による違いなのでしょうか?以前から気になっているので、どなたかお答えいただければありがたいです。

(松田信之 様) (02/05/27)
A52 松田さん、こんにちは。先日の神戸公演の折りには久しぶりにお会いでき、うれしかったです。さてご質問の件ですが、(1)については残念ながらレコーディングの予定はないとのこと。しっかり耳に焼き付けるしか無いようです・・・。(2)については・・・私ではわかりません!! どなたか是非情報をお寄せください。よろしくお願いいたします!
(矢口) (02/06/17)

Q51 《鈴木美登里さんは?》

鈴木美登里さんは、BCJの定期に登場しなくなりましたが、今、どんな活動の仕方をされているのでしょう
お知らせ下されば幸いです。

(種子田 實 様) (01/11/11)
A51 種子田さま、こんにちは。お便りありがとうございます。
ソリストとして、また合唱メンバーとしてBCJでも素晴らしい歌を聴かせて下さった鈴木美登里さんは、現在「アントネッロ」カペラのメンバーとしてご活躍されています。他にもご活躍の様子をご存知の方は是非ご一報下さい!
(矢口) (01/11/19)
2件のお便りをいただきました!
矢口さん、こんばんは。福田です。
鈴木美登里さんと聞くと、黙っていられなくなって出てきました。

矢口さんの紹介のように、美登里さんは現在「アントネッロ」を中心に活動しています。美登里さん自身の言葉によれば、
「古楽というジャンルがマイナーな上に、更にマイナーなルネッサンス中世の音楽をやっているわけですから、まあメジャーにならないのも仕方ないのですが、私達が頑張らねば、日本でこの時代の音楽を本気でやる人達がいなくなってしまうので、これはもう使命だと思って頑張ります。」という気概で活動しています。

その「アントネッロ」ですが、コルネットの濱田さんと美登里さんを中心にそれは素晴らしい演奏です。ぜひ聴きに行ってください。こんな素晴らしい音楽を知らないでいたなんて、もっと早く知りたかったと後悔すること請け合いです。

CDでは、「ランディーニ わが愛しの女よ」「ビバ!!チャコーナ」「フレスコバルディ」などをリリースしています。

カペラの他にも、美登里さんが出演する最新の演奏会情報を載せていただけたらと思います。もしご存知なかったらぜひ私から紹介させて下さい。

(福田充男様) (01/11/19)
 
《鈴木美登里さんにお会いしました》

矢口さん、本当にお久しぶりです。(中略)松蔭にはもちろんちゃんと行っていますよ。今度のクリスマスオラトリオとその後のパーティもとても楽しみです。

質問コーナーに「鈴木美登里さん」についてお尋ねがありましたが、最近鈴木美登里さんにお会いしましたので、お知らせします。
 北九州で11月19日北九州聖楽研究会「ミサ曲ロ短調」の演奏会があり、鈴木美登里さんが出演なさっていました。1年ぶりくらいに聞く鈴木美登里さんの歌声は、さらに磨きがかかっていました。透明感あふれ、力強く、豊かで的確な表現力。残念ながら彼女のソロはありませんでしたが、デュエットでも美登里さんの言葉はきちんとこちらに届き、丁寧な歌いぶりに深い感動を覚えました。ただ、他のソリストの方と美登里さんとはあっていないと思いました。合唱も、クレドなどで、きっぱりとした意思が伝わってきませんし、言葉があいまいだと思いました。(もちろん私はラテン語などわかりませんが、歌の言葉として)せっかくの美登里さんの素晴らしさが、十分生かせたとはいえない演奏会だったと思います。
 演奏会後、友達と食事に行ったレストランで、偶然鈴木美登里さんと出会い、彼女は私の友人が属しているラ・ヴォーチェ・オルフィカ(北九州)のボイストレーナーをなさっているとのことで、いっしょにお話しをさせていただきました。BCJのカンタータにお出になっていらっしゃらないことをお尋ねしましたら、お子さんのことで無理があるので、との事でした。(秀美さんも美登里さんもいっしょにBCJで活動するときには、お子さんも連れて動かなくてはならない等) ファンの皆様には申し訳ないのですが、とおっしゃっていました。でも、BCJのカンタータはまだまだ先の長い取り組みなので、そのうちBCJに復帰されるのではないかと、ファンとしては期待して待っていたいと思います。また、ラ・ヴォーチェ・オルフィカで、演奏家として自分を一から見直しているということをおっしゃっていました。いろいろな経験を積んで、さらに真摯な努力をなさっているのだなぁーと感じました。

(大庭美登里様) (01/11/25)
  
 福田様、大庭様、ありがとうございます。いずれも鈴木美登里さんご自身のお話も交えたお便りでした。福田さん、「美登里さんが出演する最新の演奏会情報」、是非お寄せください! 大庭さん、神戸でのクリスマスパーティ、楽しんできてください!今回ご一緒できないのが残念ですが、またいずれ松蔭にもうかがいたいと思っています。
 実は私の方からも、鈴木美登里さんに、今回のご質問をきっかけとしてコメントをいただけないかと連絡をさせていただきました。先頃ご連絡をいただき、いずれメッセージをお寄せいただくことになっています。今しばらくお待ちください!
(矢口) (01/11/30)
鈴木美登里さんの今後の活動についての情報が入りました!
鈴木美登里さんは、この9月より(有)エアリアルの所属アーティストとなり、ソロ活動、アンサンブル活動が今後積極的にプロデュースされていくそうです。担当は武田浩之さん。ご存じのように昨年7月までBCJの事務局長を務められていた方です。こちらのアーティスト紹介のページには、鈴木美登里さんご本人のご挨拶や今後の活動予定などがUPされています。そのご挨拶の中に鈴木美登里さんの「これまで」と「これから」について詳しく述べられていますので、頂戴したご質問へのお答えとしてここにご紹介させていただきたいと思います。
ご挨拶

皆様、お元気でお過ごしでしょうか。ソプラノの鈴木美登里です。

この度、(有)エアリエルに私の演奏活動のマネジメントをお願いし、音楽家として新しいスタートを切ることになりました。
皆様もご存知のように、私は1990年の結成以前から2000年まで、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)を中心に演奏活動を行って参りました。その後、オランダ・ベルギー留学当時から強く魅かれていた中世・ルネサンス・初期バロック音楽に専心することを決意し、現在は濱田芳通さんの主宰する「アントネッロ」を中心に演奏活動を行っています。

後期バロックの作品、特にバッハの作品をこれまで本当にたくさん歌ってきました。バッハの偉大さに対する敬意の念と愛情は今も少しも変わっていません。しかしながら私の目の前には、今だ陽の目を見ない、知られざる素晴らしい作曲家の作品が山積になっています。その作品を大切に、真剣に見つめ、誠意と感謝を込めてその音楽に向き合った時、今まで知らなかった音の世界、可能性、インスピレーションを与えられました。それはBCJ時代には経験したことのない新鮮な驚きと感動でした。私はこの驚きと感動を大切に、今後も歌を歌い続けたいと思っています。

どうぞ、今後とも変わらぬご支援とご指導を、よろしくお願い致します。

平成14年9月12日

鈴木美登里

鈴木美登里さんが私たちに「今だ陽の目を見ない、知られざる素晴らしい作曲家の作品」を紹介してくださることの幸せを味わっていきましょう!そして、またいつか、変わらぬ「敬意の念と愛情」をお持ちのバッハの音楽をも私たちに届けてくださる時のくることを願いたいと思います。
新しい活動の一つの中心にもなっていく声楽アンサンブル「ラ・フォンテヴェルデ La Fonteverde(緑の泉)」の本格的なデビューとなる11/7のNEC古楽レクチャーコンサート「西洋音楽との邂逅〜天正遣欧使節と音楽」の情報へのリンクを「コンサートカレンダー2002」につくりました。楽しみです!

(矢口) (02/09/24)

Q50 《これからのテキスト対訳は?》

 鈴木雅明様、こんにちは。今年のバッハオルガンツアーも素晴らしい旅であったようですね。その旅の香りを秋のコンサートで感じさせていただくことを楽しみにしております。

 さて、この秋からのBCJの演奏会カンタータに始まり、ロ短調クリスマス・オラトリオメサイア、そして年が明けてから再びカンタータ、さらにヨハネ2稿マタイと、宗教声楽曲の傑作が目白押しです。そんな宗教声楽曲の理解に重要な意味を持つものの一つがテキストの対訳でしょう。

 BCJのカンタータコンサートでは、この5月の48回定期公演からお忙しい中対訳鈴木雅明さん自らがお書きくださるようになり、その テキスト一言一句の背景にまで迫る対訳には、これまでの礒山先生や松浦先生の訳とはまた違った角度からもカンタータの語る世界に親しむことができ、大変興味深く、また感銘深く読ませていただいております。ところでこの鈴木雅明さんによる対訳は、カンタータではない曲についても今後広がっていくのでしょうか。私としては、テキストがカトリックの典礼文であるロ短調はさておき、クリスマスオラトリオ、ヨハネ、マタイあたりも是非鈴木雅明さんの対訳を拝見しながらうかがってみたいと思います。ご検討いただけましたら幸いです。

もう一つ。カンタータの鈴木雅明さんによる対訳CD(18巻以降?)にも使われるのですよね。こちらも楽しみです!

(矢口) (01/09/05)
A50 鈴木雅明さんからお答えをいただきました! お忙しい中、ありがとうございます。
 矢口様、おたよりありがとうございました。ViVaBCJのHPも早くも4年も経ってしまったのですね。いつもとっても力強い応援いただき、本当にありがとうございます。おかげさまで我々もこれまで元気にやってこれたと思います。(中略)

 ご質問のことですが、まさにこのことは事務所でも議論し、なるべく多くの歌詞を自分で翻訳しようとはしています。翻訳作業そのものは、以前巻頭言にも書いたとおり非常に楽しく、自分自身でも多くの発見があるので、是非続けたいと思っています。クリスマスオラトリオの歌詞も一応私自身で訳そうとはしていますが、何と言ってもこれは時間との勝負なので、今年に間に合うかどうか、ちょっと保証の限りではありません。カンタータだけは、今後自分の訳を死守していくつもりですが、他のものまで手がまわるかどうか・・・・。

 ところで、今年の夏、ブランデンブルク協奏曲の解説を書いてくれたマイケル・マリッセンに会い、ビール一杯で(おかわりもせず)5時間も話しこんでしまいました。彼は今一時的にライプツィヒに住んでおり、まさにバッハのクリスマス音楽についての研究をしているそうです。そのうち何らかの成果が表れてくると思います。楽しみです。
 実は、彼には、『ルター主義、アンティ・ユダイズム、そしてバッハのヨハネ受難曲』という著書があります。これは、ヨハネ受難曲の作品の趣旨をユダヤ人との関係で説き明かした画期的な著書であり、ユダヤ人の多い全米で非常に反響を呼びました。そして、その本の最後の部分に、ヨハネ受難曲の詳細な解説つき英訳が掲載されています。これは、この本全体の趣旨との関連で訳されたものであり、決して付録ではなく、むしろ本文の一部です。このように、内容や背景についての詳しい研究(及びその集約的な註)と共に翻訳が提示されるのが理想的な姿だと思います。というのも、やはり翻訳は単に意味を伝えるだけでなく、そのように解釈する背景を同時にどうしても解説したくなっていくからなのです。私のカンタータの拙訳に、細かな聖書引用(および参照)個所をつけているのも、興味をもたれる方には、翻訳の背景を知っていただくことができるように、という切なる思いからです。

ではまた。
鈴木雅明

(鈴木雅明様) (01/09/10)

 HP 4周年へのお言葉、大変うれしく受けとめさせていただきました。ありがとうございます。これからも様々なBCJに関する情報を、出来る限りお知らせしていきたいと思っています!
 カンタータの翻訳は“死守”され、他のものについては“時間との戦い”ということですね。是非多くの作品の翻訳を手がけられる時間が出来ることをお祈りしています。
 マリッセンさんとのお話も大変興味深いものです。その『ヨハネ受難曲』に関する著書の内容もいつの日かご紹介いただきたいなと思います。これからも“翻訳の背景”も含めた雅明さんの訳でカンタータにより深く親しんでいけることを楽しみにしています! (矢口) (01/09/13)

Q49 《BWV154第4曲のアルト・アリアのチェンバロ・パートについて》

 BWV154第4曲アルトのアリアにはバッハ自筆のチェンバロのパート譜があるとのことですが、BCJ神戸公演ではバセットヒェン(通奏低音無し)の効果のためチェンバロを用いずに演奏されていました。このパート譜の扱いについて教えていただけましたら幸いです。

(矢口) (01/03/10)
A49  鈴木雅明さんからお答えをいただいております!
BWV154第4曲アリアのチェンバロパートについて

 これについては、制作ノートであえて触れませんでした。というのも、何も定かではなく、自分達が演奏で実際に試してからでないと判断が難しいと思ったからです。
 状況は、次の通りです。このカンタータには、パート譜が残っていますが、この第4曲目にだけ、チェンバロ用のパート譜があります。筆跡から、これは、後に加えられたもの、とホーフマン氏は書かれていますが、紙の透かしがワイマール時代のものなので、NBAの校訂報告書では、後ではなく、むしろ旧作からの転用ではないか、という推測もあります。
 いずれにしても、この曲では、チェンバロ以外のコンティヌオ群は全員tacet(休み)であって、ヴァイオリンとヴィオラが、最低音を奏します。資料上は、それにチェンバロが加わるのですが、その際、どうしてもぼくが奇妙だと思うのは、チェンバロパートがすべて、ヴァイオリンとヴィオラのオクターヴ下を演奏することです。そこで、バセットヒェンの効果を重視して、神戸ではチェンバロを省きました。
 しかし、結局録音では、チェンバロを加えました。というのは、両方録音してみて、やはりチェンバロがあった方がよい、ということになったからですが、それは、他のバセットヒェンの作品と多少状況が違う、ということが理由です。つまり、“Aus Liebe”やBWV105の場合、ソロ音域はより高く、通奏低音を受け持つヴァイオリン(など)は、常に全声部の最低音を奏しますが、この曲の場合は、全声部がまったく同じ音域であり、しかも、歌の声部が最低音になる、という瞬間が少なくないのです。そのことによって、和声感を欠くところが出てくるため、結局、バッハはチェンバロを(旧作からの改変であれ、あるいは後に、であれ)付け加えたのではないか、と考えられます。というわけで、神戸と東京の両方で聞かれる方は、バッハも試みたかもしれないちょっとした試行錯誤を、共に味わっていただけたと思います。
(鈴木雅明様) (01/03/16)

 お答えありがとうございました。神戸公演後の懇親会でおうかがいしていた内容について、東京公演前日にお返事をいただいていたのですが、ご紹介が遅くなってしまい申し訳ありません。東京公演では録音同様にチェンバロを加えた(ただし柔らかい響きの1段での演奏)編成で演奏されました。それにともなって後半のカンタータでも曲に応じてチェンバロが何ヶ所かで演奏に加えられていました。結局BWV154をチェンバロなしのバセットヒェンで聴くことができたのは神戸の聴衆だけであったということですね。貴重な経験をさせていただきました。第17巻になるはずのCDでうかがえる日が楽しみです。14巻から16巻までのリリースも待ち遠しいですね。 (矢口) (01/03/25)

Q48 《ご教示ください。(BCJ定期のオルガンプログラムについて)》

矢口さん。こんにちは。以前貴HPのフォーラムに寄稿させていただいた、長野の百瀬です。実は、久しぶりに3月の定期に伺うことができそうでとても楽しみにしているのですが、オルガンの方の詳しいプログラムをご存じですか。出かける前に、少し予習できたら・・・と思っています。大変恐縮ですが、もしおわかりでしたら、ご教示ください。

(百瀬慎一様) (01/03/04) 
A48  百瀬さん、こんにちは。土曜日に開催される3月のBCJ東京定期にお見えになるとのこと、うれしく思います。2001年度の東京定期土曜の開催が多いようなので生BCJに触れるチャンスがたくさんあるといいですね。
 さて、ご質問のオルガンプログラムについてですが、チラシの記載も当HPの「演奏会情報」にある「コラール編曲 "ああ神よ、天より見給え" BWV741 他」となっていますので、それ以上のことは現時点ではわかりません。 しかし! 私、今週末の10日、神戸公演に行って参りますので、その後こちらでご報告できると思います。ご期待(?)ください! 楽しみです。 (矢口) (01/03/07)
 神戸公演、行って参りました! うーん、やっぱりカンタータコンサートは格別です。それではまずオルガン曲のご報告を致します。演奏はもちろん今井奈緒子さんです。
 ・ファンタジーとフーガ ハ短調 BWV537 
 ・オルガンコラール《ああ神よ、天よりみそなわし》 BWV741

以上の2曲がプログラムに記載されています。ただし、神戸では建造から18年を経た松蔭チャペルのオルガンが今年に入って不調が続きどうしても大規模な修理が必要になってしまい、昨日の演奏会では以前からインフォメーションのあったオルガン・コラールのみ2台のポジティフ・オルガンで演奏コラール旋律松蔭チャペルのポジティフを使って鈴木雅明さんが演奏。16フィートのレガールのストップで特徴のある刺激的な響きを聴かせて下さいました。)され、ファンタジーとフーガは演奏されません(できません)でした。松蔭のオルガンは現在その美しいプロスペクト(外観)が足場とベールでおおわれています。ビルダーのマルク・ガルニエ氏とそのスタッフがこの「異様に頻繁に演奏されている楽器」を甦らせるべく今月末を目標に作業を進めてくださっています。あの、味わいと気品を兼ね備えた素晴らしい響きを聴ける日を楽しみに待ちたいと思います。
 ちなみに神戸でも演奏されたオルガン・コラールのテーマになっている旋律は、コンサート冒頭で演奏されるBWV153の第一曲で歌われるコラールと同じものです。神戸でのコンサートではオルガンとカンタータの間に小さな拍手が起こりましたが、もし東京公演でオルガン・コラールと最初のカンタータを続けて演奏するような流れであれば、この間の拍手は控えたいな、と思います。プログラムのホフマン先生の解説にある「バッハの時代、礼拝ではカンタータの前にオルガンの前奏曲が演奏された。当コンサートでも同様に、オルガン・コラールがカンタータBWV153の前奏となっている。」という趣旨を生かしたいと思うからです。いかがでしょうか。もしオルガンコラールと最初のカンタータが続けて演奏されるようになるのなら、BCJの皆様からも「続けて演奏をお楽しみいただきたい」旨、会場でお知らせいただけないものでしょうか。ご検討ください。カンタータの演奏についてなどはまた稿を改めてご報告したいと思います。
 BCJのみなさんは現在(もう昨晩から)、松蔭チャペルで今回のカンタータの厳しくも実り多いレコーディングに取り組んでいらっしゃいます。東京公演、楽しみです!  (矢口) (01/03/11)
 ご質問をお寄せ下さった百瀬さまよりお便りをいただきました。ありがとうございます!
 こんにちは。Q&Aに掲載していただいた、長野の百瀬です。17日は、大変感銘深い演奏会でしたが、矢口さんの神戸でのレポートに触れることで、より深く、素晴らしい演奏をくみ取ることが出来たように思います。オルガンコラールのあと、静寂のうちに153番のコラールが歌われた、あのひとときの感動は、忘れ得ぬものとなるでしょう。
 当夜は、五つの山に登るという、演奏者にとっても聞き手にとっても、多くのものを要求する一晩でしたが、一つ一つ誠実に、頂きへ登っていくプロセスの喜びを、かみしめることが出来ました。その一つ一つに色とりどりの景色を用意するJ.S.バッハの手腕にも改めて畏敬の念を覚えましたが、それを克明に表現した(73番のバスアリアでの弦楽の扱いをはじめとして…)皆様の研鑽にも改めて敬意を表したいと思います。
 今回は、全く思いつきというか自分の都合からの質問をさせていただきましたが、結果的に、私にとっては、思いがけなくも深い音楽体験のきっかけとなることが出来ました。ありがとうございます。
(百瀬慎一様) (01/03/25)
 大変うれしいお便りです。神戸公演のレポートがお役に立てて幸いです。17日、オペラシティを埋めた1000人近くの聴衆のお一人お一人が同じくあのオルガンコラールから153番につながる素晴らしい瞬間を共にすることができたのではないかと思います。神戸の時よりも雅明さんのお弾きになったポジティフ・オルガンが中央よりに配置してありましたので、本当に自然に音楽がつながりましたね。CDにはもちろん(?)オルガンコラールは収録されなかったとのことですが、心にくいオープニングでした。その後の“5つの山”もそれぞれ個性的で素晴らしいものでした。私も自分の感想を近いうちにまとめておきたいと思っています。是非また、共にBCJの音楽を深く楽しみましょう。これからも何なりとご質問をお寄せ下さい。 (矢口) (01/03/28)

Q47 《BACH以前の受難曲について(4月の定期公演の事)》

 初めまして、横浜に住む古楽愛聴家の鈴風といいます。4月の公演で、BACH以前の受難曲と題してシュッツデマンチウス「マタイ受難曲」を取り上げるそうですが、私としてはできればラインハルトカイザー作曲の「マルコ受難曲」BCJで演奏してもらえればなと思いますが、今後の演奏予定の中でとりあげてもらえたらなと思いメールをだしてみました。矢口様はどう思われますでしょうか?
(鈴風様) (01/02/08)
A47  鈴風さま、はじめまして。お便りありがとうございます! 21世紀最初の受難節、BCJはお便りにあるようにシュッツの「マタイ受難曲」スコラ・カントールムのCDが発売になりました!)とデマンチウスの「ヨハネ受難曲」を演奏してくださいます。現時点でのインフォメーションではこの2曲以外の演奏は予定されていないようですが、このコンサート前、4月3日に行われるレクチャー(NEC古楽レクチャー vol.9 「バッハへの道」〜バッハ以前の受難曲〜)の時にはラインハルトカイザーの受難曲についてもお話が出るのではないか、と期待しています。鈴木雅明様、ならびにBCJのみなさま、いかがでしょうか? コメント、お待ちしております!  (矢口) (01/02/09)
 鈴木雅明さんよりコメントをいただきました! ありがとうございます。
 カイザーの受難曲是非やってみたいとは前から思っています。バッハ自身も演奏したわけですからね。ただ実際いつ演奏できるかわかりませんが。 4/3のレクチャーでは、ワルターのマタイ受難曲の一部分を取り上げたいと思っております。
(鈴木雅明様) (01/03/16)
  BCJによるカイザーの受難曲演奏、楽しみです! 4/3のレクチャーもますます楽しみですね。もちろん受難節コンサートも必聴です。 そういえば今年のコンサートでとりあげられるシュッツの“マタイ”を一昨年熱演しCDに貴重な記録が残されているスコラ・カントールムのコンサートがあさって(3/24)に迫ってきました。こちらも実に楽しみです。 
(矢口) (01/03/22)

Q46 《人間、鈴木雅明を追って》
 
11月25日は忘れられない日になりました。鈴木雅明先生のオルガンリサイタルと矢口さんに会えたことです。(中略)
今回、鎌倉雪ノ下通信に鈴木雅明リサイタルの記事を載せなければなりませんが、これからは個人的に人間、鈴木雅明を追ってみたいと願っています。そこで失礼を顧みず鈴木先生に関して次の二点を質問したいのですが、よろしくお願いします。
(1) 紹介していただいた「音楽の友」(*巻頭に「バッハの時間:鈴木雅明」が掲載されていた10月号)購入しました。その中で鈴木先生はバッハの音楽の中にある音楽性、宗教性および世界観を再現されようとしてしておられることが書かれています。
バッハその人そしてカンタータなど鈴木先生の宗教的な理解そして演奏に関心があります。鈴木先生のキリスト教信仰抜きには考えられないことだと思います。そこで質問ですが、バッハを演奏されるときの鈴木先生の祈り、願いはどこにあるのでしょうか
簡単にはお答えできないことかもしれませんね。お答えは時間的にも無理でしょう。私がいつか人間鈴木雅明に迫れることを努力してみたい思っています。
(2) (鎌倉雪の下教会員)の矢代さんのご主人、故矢代秋雄先生との出会いのことです。鈴木先生が高校生の時にすでに矢代先生の作曲学に関心をもたれたようにお聞きしていますが、矢代先生との出会いのきっかけは何だったのでしょうか。

以上です。自問自答だと思って下さい。いつか鈴木先生にお会いするか、紹介本もでるでしょうね。(中略)
ご健康をお祈りし、ご活躍を期待しています。

(小林 紘 様) (00/11/27)
A46  このご質問は、先日(11/25)、鎌倉の雪の下教会での鈴木雅明さんの待降節オルガンリサイタルにうかがったときにお会いした、同教会員の小林さまから頂戴したものです。終演後、いっときHPのことなどお話をさせていただいたのですが、おのずと話題は鈴木雅明先生のことになっていきました。そばに鈴木雅明さんご本人もいらっしゃったのですが、何分終演後のお疲れと慌ただしさの中でしたので、私にできることとして、先日発行された雑誌「音楽の友」の10月号に鈴木雅明さんの記事があって、そこにカンタータをめぐる話題など色々取り上げてあります、とご紹介させていただいていたのでした。そして「さらにお聞きになりたいことがありましたらHP上で雅明先生におうかがいすることもできますから」とお伝えしておいたことから頂戴したご質問が上記のものです。現在の「ロ短調ミサ曲」の演奏準備にお忙しい中とは思いますが、お時間のできたときにお答えを頂戴できましたら幸いです。
 今回の小林様のように、考えてみればバッハの音楽に非常に係わりの深いキリスト教の関係者の皆様に鈴木雅明&BCJへの興味を持っていただけることは、大変うれしいことです。オルガンリサイタルのあと、教会の入口で販売されていたBCJ「マタイ」のCDが売り切れてしまっていたこともうれしいことでした。小林様、「フォーラム」の方などにも是非またお便りください! (矢口) (00/12/06)
 お忙しい中、鈴木雅明さんからお答えをいただきました! ありがとうございます。

(1)「バッハを演奏されるときの鈴木先生の祈り、願いはどこにあるのでしょうか。」について

 すっかりお返事が遅くなり、申し訳ありません。今、再び受難週を迎えるにあたって、このご質問にお答えするのもまた意味があるかと思い、遅れ馳せながらお便りさせていただきます。
 私にとって、バッハを演奏する時の思いは、ただひたすら、この音楽がよりよく「働く」ように、ということです。つまり、バッハの作品はもちろん演奏によってのみ存在できるものですが、ひとたび音として発せられた作品は、演奏する人間の思いとは別個の存在として、働くものだと思います。つまり、ちょうど、神の言葉が朗読された時に、言葉が言葉として「働く」のと同じことです。ひとたび発せられた神の言葉は、決して空しく帰ることはない、と書いてあるとおりです。バッハに限らず、神の言葉を乗せて歌う音楽は、ただひたすら、その言葉自身が生きて働くからこそ意味があるのだと思います。
ただ、その言葉がどのように働くかは、受け取られる方によって違います。単なる「美しい音楽」として作用するか、生ける「神の言葉」として作用するかは、ひとりひとりによって異なってくるものだと思います。演奏家としては、その音楽を、言葉に奉仕するものとして、より美しく、よりよく作用する、よりよく働く音楽として提供することが使命です。
私自身の信仰は、もちろん演奏に大きく関与しているのでしょうが、そのような個人的な信仰の具合(あるいは不具合)ににわかに影響されないほど、バッハの作品は堅固なものだと思います。バッハの音楽のあるべき姿を、あくまでも音楽として追求していけば、必然的に「信仰と音楽」の関連性について自問することになりますが、この関連を断ち切って演奏することは、あまり楽しくない作業なのではないか、と想像しています。


(2)「矢代先生との出会いのきっかけは何だったのでしょうか。」について

 矢代先生とどこでどのようにお目にかかったのが初めであったか、どうしても思い出すことができません。ともかく、矢代先生の作品は、ピアノコンチェルトピアノソナタなどを、高校の時に恐る恐る弾いてみたりしていましたし、芸大で作曲科に入った時に、教えていただくことになったので、とても嬉しかったのです。しかし、矢代先生の奥様がクリスチャンであられ、かつ雪ノ下教会の会員でいらっしゃるとは、つい最近まで全く存じ上げませんでした。
 矢代先生は、本当に天才的な音楽家でいらっしゃいました。ある時、ぼくがオルガンの習作を書いて持っていった時、「君、この曲しってるかい?」と言って、フランクのコラール第2番をピアノで弾き始め、ずうううう〜っと結局全部弾いてしまわれたのです。そこでぼくが「先生、オルガン曲なのによく覚えていらっしゃいますね?」と言うと「だって、20年前にさらったことあるもの。」ですって。もう、身体の中に、音楽が住みついている、というような感じでした。
今でも、芸大の売店の「大関のおばちゃん」(この方は、すでに50年くらい芸大にいて、すべての人を知り尽くしている人です。)と、矢代先生のおうわさを時々しています。
(鈴木雅明様) (01/04/05)

 ありがとうございました。BCJの音楽とその歌われている言葉(テキスト)の“働きぶり”を常日頃存分に受けとめさせていただいている私たちの幸せをあらためて考えさせられました。先日ご紹介した受難節コンサートの案内文のしめくくりの一文を思い出しています。4/3の素晴らしいレクチャーでのお話と音楽も大変興味深いものでしたので、4/13がますます楽しみです!
 矢代先生もすごい方だったのですね! しかしそのピアノ曲を高校生で弾いてご覧になるとは・・・! こちらも伝説と申せましょう(?!)  ちなみに私もたしか矢代先生のピアノ協奏曲だったと思うのですが、ド、ド、ドー、ドドドー とCの音だけを連打し続けるところだけはやってみたこがあります・・・・。「大関のおばちゃん」の昔語りもおうかがいしてみたいものです! (矢口) (01/04/06)
小林様よりお礼のお便りをいただきましたのでご紹介させていただきます。
《心から感謝します》

矢口 様、ご無沙汰しております。
今回はすばらしいお便りをいただき感激しています。(中略)
今回の鈴木先生のご返事はわたしには宝物のように思います。
お忙しい中にご返事頂いたことを鈴木先生には感謝の申し上げようがありません。
それ以上に鎌倉雪ノ下教会員で故矢代先生の奥様がこの話を聞かれると喜ばれることと思います。(中略)
ますます矢口さんのホームページが生かされ、鈴木先生の真の音楽性 それにバッハの信仰 それに人間性までが日本の聴衆に真に理解されていく礎になっていくことを確信しています。
ご返事ありがとうございました。

(小林 紘様) (01/04/09)
 小林様、丁寧なお便り、ありがとうございました。小林様の問いかけによって鈴木雅明&BCJの音楽の根底にある大切な部分に私も気づかせていただきました。ありがとうございます。折に触れ、またお便りいただけましたら幸いです。(矢口) (01/04/16)

Q45 《カンタータ156の解説文(書)が欲しいのですが》

初めまして。塩谷と言うものです。
バッハについて調べているのですが、カンタータ156の解説文(書)が欲しいのですがどうしたらいいでしょう。演奏会の司会者用に使用することから作られたというのはわかっているのですが...
ご返事待っております。
よろしくお願いいたします。

(塩谷 愛 様) (00/09/07) 
A45 塩谷さま、こんにちは。このご質問、一般的には、例えば東京書籍から発行されている『バッハ事典』などをお調べになれば・・・、ということになりますが、そこは「VIVA! BCJ」、BCJ関連グッズでの解決法をご紹介いたしましょう!
この美しいカンタータ156番は、CDにこそなっていませんが、BCJが'96年3月の第23回定期公演ですでに演奏しています。ですからその時のプログラムをBCJ事務局から購入されれば解説&訳詞が手に入るのです! 残部のあるものは一部 500円、コピーでしかご提供できないものは一部250円で分けていただけるそうです(郵送料等別)ので、詳しくは BCJ事務局(TEL:03-3226-5333)までお問い合せください。またよろしかったらこちらのページもご参照ください! 
(矢口) (00/09/08)

Q44 《ヴィオラ・ダ・ガンバ、ヴィオローネの代用について》

初めまして。アマチュアオーケストラでコントラバスを弾いています内山と申します。

先日のブランデンブルグといい、昨日のヨハネ受難曲といい、僕にとってはとても感慨深いものとなりました。BCJのみなさんが真摯な姿勢で音楽に向かっておられる姿勢にいつも新鮮な気持ちにさせられます。

さて、一つ質問があります。

バッハのブランデンブルグの6番を僕の所属しているオーケストラのアンサンブルコンサートで演奏しようと言う話があがっています。そこで一つ問題になるのは、通常ヴィオラ・ダ・ガンバで演奏しているパートは、現代のオーケストラで演奏するとなれば、ヴィオラで演奏するのか、それともチェロで演奏するのか、どちらなのでしょうか。それと、BCJの本番ではヴィオローネを使っていましたが、ヴィオローネパートコントラバスで代用できるのでしょうか。是非みなさんからのお答えをお待ちしています。

(内山祥広様) (00/07/29)
A44  内山さん、「VIVA! BCJ」にようこそ! バッハ・イヤーのBCJの演奏をお楽しみのご様子、まったくの同感であります。「ブランデンブルグ」も「ヨハネ」もスゴかったですね。さて、ご質問の件、素人考えでは、ガンバのパートは音域的にはチェロかなとか、ヴィオローネのパートはやっぱりコントラバスだろうなと思うのですが、どうなのでしょうね。きっと実際に演奏を楽しまれているみなさんもいらっしゃると思いますので、是非よい工夫がありましたらお知らせください。楽器の選択だけでなく奏法の面などでも工夫できるかもしれませんね。もちろんBCJの“現場”のみなさまからのアドヴァイスもお待ちしております。よろしくお願いいたします!  (矢口) (00/08/01)
 さっそく、BCJ低弦ご担当の櫻井茂さんからお便りをいただきました。櫻井さん、ありがとうございます!
 今日の一般的な認識としてバス・ガンバよりも1オクターヴ低い音域の楽器、つまり6弦あるいは5弦でフレットを持ち、4度と3度に調弦される楽器をヴィオローネと呼んでいますが、しかしこの「ヴィオローネ」という言葉は、時代や地域によって様々な意味に使われていたと考えられています。バッハの作品の中に出てくる「ヴィオローネ」にも幾つかの種類があり、L.ドレフュスはこれを三つの種類に整理しています。

 本来的には「ヴィオローネ」とは「大きなヴィオール」を意味しているわけですから、8footの音域のバス・ガンバに対して16footの音域を出せる大型のガンバのことをヴィオローネと呼んでいたということは充分に納得のできることで、これが第一の分類です。しかし、同じ音域のヴァイオリン族の楽器、すなわちコントラバスのことも同様にヴィオローネと呼ぶこともあったと考えられており、これが第二の楽器となります。そして、バス・ガンバとヴィオローネとの丁度間にあたる音域のヴィオール族の楽器も、同様にヴィオローネと呼んでいます。これは、音域的にはチェロと同様の8footとなるために、8フィートのヴィオローネ、あるいはその最低弦がGになるためにViolone in Gなどと呼んだりします。
 6曲のブランデンブルク協奏曲について言えば、1番と3番は最低音Cを持った大型のヴィオローネ、4番と5番は最低音Dのコントラバス、そして2番と6番は8フィートの音域の小型のヴィオローネが意図されていたというのがドレフュスの結論です。先日のBCJのブランデンブルク協奏曲の演奏会、及び録音ではこれを踏まえて、2番と6番8フィートのヴィオローネ、その他は最低音をDに調弦した4弦のコントラバスで演奏しました。

 また、カンタータについては、ミュールハウゼン、ワイマールといった初期のカンタータにおいては小型の8フィートの楽器が意図されていたのに対して、ライプチィヒのカンタータでは大型の16フィートの楽器が要求されていたと考えられています。BCJのカンタータのプロジェクトにおいてもこのドレフュスの見解を踏まえて、作品ごとにどのような楽器が要求されているのかを検討して最も相応しいと思われる楽器を選択して演奏しています。(CDのジャケットにはこの点について曖昧にしか表記されていないのが残念です。興味のある方はご自分で聞き分けてみては如何でしょうか。因みに私が参加した演奏では2種類の楽器、6種類の調弦法を使っています。)

 さて、ヴィオローネのパートをコントラバスで代用することについてですが、その「ヴィオローネ」が16フィートの楽器を意味しているのであれば問題は無いでしょう。アンサンブルの規模、編成や、演奏会場の大きさなどによってどちらが相応しいかということはありますが、いずれにせよ同じ楽譜を同じ音域で弾くわけですから問題はありません。しかし今話題になっているブランデンブルク協奏曲第6番などのように明らかに8フィートのヴィオローネが要求されている場合には、そのままコントラバスに置き換える事はできません。私自身これまで8フィートのヴィオローネが使えない場合には普通のコントラバスで一オクターヴ高く弾くなどの方法を試みてきましたが、良い解決にはなりませんでした。やはり本来意図された楽器で演奏するのが最も良いのは当然でしょう。
 しかし別の考え方の可能性もあるように思います。カンタータ182番は作曲された当初は明らかに8フィートのヴィオローネを意図して書かれていますが、後にライプツィヒで再演された時にそのヴィオローネパートを16フィート用に書き直した形跡はありません。このことは8フィート用のヴィオローネのパートをそのまま16フィートの音域で演奏した可能性を示唆するものとも言えるでしょう。(もちろん実際にはもっと細かい検討がある訳ですが)
いずれにせよコントラバスやヴィオローネは補強のために他の楽器に重ねて用いられる楽器ですから、全体のバランスがうまくいくのであればあまり神経質に考える必要は無いのではないかと思います。結論としては、普通のコントラバスで、全体のバランスを考えつつ、所々オクターヴ高く弾くような工夫をしつつ演奏するというのが一番現実的であり、また効果的であるように思います。

 最後にヴィオラ・ダ・ガンバのパートの扱いですが、現代であれ18世紀であれガンバはガンバですから、ガンバで弾くのが本筋でしょう。もしも人手が足りないのであれば私にご一報ください。
(Shigeru Sakurai様) (00/08/01)
 さすがBCJ! ヴィオローネの演奏についても徹底的にこだわっていらっしゃるのですね。CDを新たな気持で聴き直してみたいものです。CDの解説にそこまでの情報を載せるとさすがにページ数が増えすぎてしまうのでしょうかね。しかし、例えばオフィシャルHPでもこのページでも結構ですから、このヴィオローネへのこだわりのような情報を(そういえばメンバーの使用楽器なども紹介させていませんものね)お伝えいただけないものかな、と思います。
 ところで、ご質問の“代用”については、コントラバスを工夫してヴィオローネの代用にはできるが、ガンバはやはりガンバでがんばりましょう、ということのようですね。櫻井さんへのご連絡はムジカ・パシフィカJPNの連絡先としてこちらに載っていますのでご覧ください。内山さんのグループの演奏が充実したものになりますようお祈りしております。またお便りお寄せください!  (矢口) (00/08/02) 

Q43 《フレンチピッチ》
 
BCJ様、私はオーストラリアパースに住んでいますが、最近BCJの大ファンになってしまい、パースで「ヨハネ受難曲」のCDをみつけ、買いました! オーストラリアのFM放送でよく皆さんの演奏も取り上げられているし、7月28日に衛星中継される”24hours Bach”にも参加なさるようですし、BCJの人気は今後ますます国際的に高まって行くことでしょう! メルボルンにこの秋いらっしゃるそうですが、もう少し足を伸ばして、次回は西オーストラリアのパースにも是非お越しください。

さて、今回日本初のフレンチピッチによるブランデンブルグ協奏曲の演奏、と聞きましたが、このフレンチピッチとは何なのでしょうか? 19世紀半ばにフランスの音楽家・科学者達により決められ、ラの音が、現在使われている440Hzよりも 5Hz低い音、ということですが、

1.このフレンチピッチは現在一般に使われているピッチより低いのでしょうか、高いのでしょうか。

2.これはラの音だけに使われたピッチなのでしょうか。
  (つまり、ラの音だけが、現在使用されている音と違うものだったのでしょうか?

その他、フレンチピッチに関して何でもお教え頂けましたら幸いです。

(アトフィールド・ユミ様 [パース在住、通訳・翻訳家]) (00/05/28)
A43  アトフィールド・ユミ様、お便りありがとうございます。現在BCJが取り組んでいる「フレンチピッチによるバッハ、ブランデンブルク協奏曲・全曲演奏」に関連したご質問ですね。お便りをいただいた時には資料があまりなかったのですが、6月4日の埼玉公演で今回のプログラム冊子を入手いたしましたので、そこでの記載内容をもとに簡単にお答えを書かせていただこうと思います。なお、同冊子中の「制作ノート《ブランデンブルク協奏曲》」(鈴木雅明さん執筆)と「ブランデンブルク協奏曲第2番に関するトランペットの演奏アプローチ」(BCJトランペット奏者・島田俊雄さん執筆)が、BCJオフィシャルHPに掲載される予定(6/10)とのことで、後日是非そちらも参照ください。

 まず“フレンチピッチ”ですが、今回のコンサートにちなんで彩の国さいたま芸術劇場が作成してくださったパンフレット『バッハの楽器博物館』の記述によると、「フランス式の音の高低で、一般的なものより低い。ブランデンブルク協奏曲は現在のピッチより約1音低いフレンチ・ピッチ(a-392)で演奏されていたと推測されている。」と説明されています。ですから、まずご質問の1.については、“低い”ということになります。ご質問2.については、基準のラの音の音高でピッチ全体を表したものですから、もちろんラだけではなく他のすべての音もこのピッチで演奏されることになります。ですから、全体に落ち着いた響きに感じました。いずれ発売されるBCJのCDで是非実際にお聴きになってみてください。

 さて、問題は、なぜこのピッチで演奏されたと推測されるか、です。これについては、鈴木雅明さんの「制作ノート」を拝見すると、協奏曲第2番に登場するトランペット・パートの音域を楽器にとって自然な形で演奏するためにこのピッチを採用したとの記述があります。詳しくは、その「制作ノート」本文を後日是非参照してみてください。 (ただ、実際にトランペットを演奏される島田さんは、「今回、フレンチピッチが採用されているが、モダンのピッチと全音しか低くなっていないので、トランペット吹きにとって高い音域であることにはかわりはない!」とお書きになっています!)
 アトフィールド・ユミ様、今後とも、離れた場所ではありますがともにBCJを応援していきましょう! またのお便りお待ちしております。“フレンチ・ピッチ”について他に情報をお持ちの方のお便りもお待ちしております。よろしくお願いいたします。 (矢口) (00/06/07)
 
矢口様、早速お返事ありがとうございました。HPも拝見させていただきました。

フレンチピッチについて、その後当方でも調べましたところ、一般的には1859年にフランスで決められた、a'=435 のピッチのことを指すようですし(ブリタニカ百科事典やマクミラン社の音楽辞典によります)、またケネス・ギルバートやトレバー・ピノックなどによるバッハのハープシコード曲の録音を見ましても、大抵は 415 のピッチによる演奏ですので、この 392 というピッチは初耳で、興味深く読みました。今週末のBCJのHPの更新記事を楽しみにしています。

私の質問を取り上げてくださいまして、ありがとうございました。今後もBCJを応援したいと思います。
では矢口さんもお元気で。
(アトフィールド・ユミ様) (00/06/08)

 《フレンチ・ピッチ》のご質問をお寄せくださったアトフィールド・ユミ様から、再びお便りをいただきました。ありがとうございます。
 さて、ユミさまご指摘の通り、当時のフレンチピッチがはたしてどのくらいの高さのものであったのか、「大いに議論がある」(鈴木雅明さん『ブランデンブルク協奏曲全曲演奏会・制作ノート』、全文はこちら!)とのことで、今回のBCJのアプローチについては「我々としては、鍵盤楽器の制約上、a'=415の半音下であるa'=392とせざるを得なかった。」(鈴木雅明さん:同・制作ノート)ということだそうです。詳しくは是非上記リンク先の『制作ノート』をご参照ください。また、あわせてBCJオフィシャルHPにUPされた“鈴木雅明さんのドラえもんのポケット”トランペット奏者・島田さんによる『ブランデンブルグ協奏曲第2番に関するトランペットの演奏アプローチ』こちらです!)もご覧いただきたいものです。さらに上の私のコメント中でご紹介した、彩の国さいたま芸術劇場制作の『バッハの楽器博物館』もオフィシャルHP上に少し ずつUPされはじめました(こちらです)。 是非ご覧ください!
 しかし、そのBCJのフレンチピッチの響きが実際にどのようなものであったかは、今年中に発売される予定のBCJ『ブランデンブルク協奏曲集』のCDを楽しみにお待ちいただくしかありません。ちなみにCDではブランデンブルク協奏曲第5番1楽章の初期稿(チェンバロのソロ・カデンツァが短いなどのちがいがある)も“付録”で収録される予定だそうです。楽しみですね! それでは。
(矢口) (00/06/14)

Q42 《マタイ受難曲、受難のコラールの調性について》
 
 さる3/12、サントリー小ホールで行われたBCJプレコンサートレクチャー《鈴木雅明バッハを語る》「マタイ受難曲」、大変興味深く聴かせていただき、ありがとうございました。 さて、その時に「『マタイ受難曲』に5回出てくる“受難のコラール”の調性の変化についても興味深いことがあるのですが、それはあとでお話します」とうかがったのですが、結局時間がなくなり、そのお話はうかがえませんでした。そこでよろしければこちらのコーナーでお伺いできませんでしょうか。よろしくお願いいたします。

(矢口) (00/03/29)
A42 よろしくお願いいたします。

Q41 《古橋潤一様のことを詳しく教えてください!》
 
いつも楽しくHPを拝見させていただいております。
先日,「メディオ・レジストロ」のコンサートで,初めて古橋潤一様のリコーダー演奏を聴かせていただきました。めちゃめちゃカッコイイ演奏でしたし,休憩時間中にもわざわざ観客のために,楽器の説明もわかりやすく,丁寧にしてくださいました。
パンフレットをみると,現在,BCJのメンバーでいらっしゃるとのことです。CDもお出しになっているようですし,17世紀の楽譜の出版もされているようなのですが,それ以上のことは分かりません。
ぜひとも,古橋様のCDがどこのレーベルから出されているのか今後の活動内容はどんな感じになるのかなど,どんなことでも結構ですので教えていただけませんでしょうか。
どうか,よろしくお願いいたします。
 
( yoshi 様) (00/02/14)
A41  yoshi 様、はじめまして。古橋さんはその独特な丸みのあるお姿も印象的な方ですが、BCJのCD2本以上のリコーダーが活躍するカンタータのCDで演奏されています。また、最近では昨年暮れのモンテヴェルディ「聖母マリア・・・」でのご活躍も記憶に新しいところです。 しかし、他の事項については私にはわかりませんでした。古橋さんについて詳しい情報をご存知な方は、是非メールでお教えください! お待ちしております。 (矢口) (00/02/16) 

Q40 《2000年のBCJ「マタイ受難曲」の演奏について》
 
今年の「マタイ受難曲」の演奏昨年と違う試み、アプローチをされる点を、簡単にご紹介していただけませんでしょうか。

具体的には、
ソリストも原則として合唱パートを歌うとのことですが(サントリーホールのチラシなどによる)、登場する場面が多く特別な役割が与えられている福音書記者(エヴァンゲリスト)やイエス役の方 はステージ上のどこで歌われるのでしょうか。(今までこの2つの役については指揮者のそばの前の方で歌っていらっしゃったと思いますが・・・)

・また、4月の公演9月の読響とのメンデルスゾーン版の時も、出演者の中に児童合唱団の名前がありませんが、1曲目、29曲目のリピエーノのパートはどのようにされるのでしょうか。

読響とのメンデルスゾーン版レコーディングされるのでしょうか。

 ・・・等についても教えていただけましたら幸いです。よろしくお願いいたします。

(矢口) (00/01/28) 
A40 鈴木雅明さんからお答えをいただきました。 お忙しい中、ありがとうございます!
 今度のマタイ受難曲は、前回のものとは大分様子が変わるはずです。というのも、すべてのソリストが、オリジナルのパート譜の原理に従って、基本的には合唱の部分もすべて歌うからです。というのは、バッハが自分で使ったパート譜を見ると、すべての声楽家は、ソリストと合唱にわけられるのではなく、すべてを歌うConcertist合唱部分のみを歌うRipienistに分けられるのです。Concertistとは、ソリストとは違って、ソプラノなりアルトなり、自分の声域によって振り分けられたすべての部分を歌うという人であって、すべてのアンサンブルの中心になる人です。

 我々が持っているマタイ受難曲やヨハネ受難曲などの大曲のイメージは、すべて合唱とオーケストラと、一番偉そうなソリストという構造になっていますが、バッハ自身は決してこのような演奏スタイルをとっていないのです。このことは、内的な音楽概念を根底からゆるがすものです。つまり、例えばイエス役のバスは、自分自身で「十字架につけよ」と叫ぶことにもなり、冷静なエヴァンゲリストも、淡々としたナレーションの合間に、「おお、何と言う痛みよ」なんてアリアもうたい、かつTurbaと共に叫びもするのです。もっと言えば、ペテロの裏切りのあと、「憐れみたまえ」と歌ったアルトは、その直後に「例えあなたから離れても、私は戻ってまいります」という告白をコラールと共にするのです。これこそ、当時の礼拝の最も根源的な行為だったと思います。バッハは、オペラを書かなかった、だから劇的な受難曲を書いた、というような説明は明らかに間違いです。むしろオペラ的な試み世俗カンタータでたっぷりとしています。しかし、受難曲やカンタータにおいては、全く正反対の試みをしたのでしょう。つまり、裏切ったペテロの慟哭 のアリアは、バスではなくアルトが歌い、しかもそのソリストが直ちにコラールを共に歌う、つまり、これらの受難曲の中で起こっている出来事は、ひとりひとりの信仰者(もしくは求道者)の中でおこっている葛藤に他ならないのです。
 恐らく我々の受難曲は、今年行われる数々のマタイ受難曲の中で、最も劇的なものとなるでしょう。というのは、真に劇的なものとは、決して外に表れ出るものではなく、自分自身の中で起こるものだからです。

 若きメンデルスゾーンの悩みは、まさにこのことに関係していたに違いありません。というのは、19世紀の聴衆にとって最も理解を超えていたのは、このことだったからです。ストーリーを持つ劇的な音楽は、正しくオペラのように劇的でなければならない、というのが当時の常識だったでしょう。(そして今もそれはあまり変わってはいません。)だからこそ、メンデルスゾーンは、極力アリアを省いて劇的なストーリー性を保持しようとしたのでしょう。

 今年の、マタイ受難曲体験は、このように両極端の意味が込められています。サントリーのシリーズでは、極力バッハ自身の心意気(響きではなく)を踏襲し、読響のコンサートでは、ロマンティックなバッハ受容、そして根本的には現代にまで引き継がれているマタイ受難曲の原像を再現する、ということです。これらが二つながらに実現できるのは、正に今年のような特別な年の恩恵ではないでしょうか。

 というわけで、4月のサントリーでは、マイケル・チャンスも、クルト・ヴィドゥマーも、ミア・パーションもこの考えに賛成してくれて、共に合唱も歌います。ペーターコーイは言うまでもありません。また、第1曲目のコラールは、ミア・パーションと鈴木美登里が歌います。(ただし、エヴァンゲリストだけは、原理的にはすべての合唱を歌うのですが、我々のツアーの日程と、エヴァンゲリストの重責を考えて、恐らくアリアとコラールのみともに歌うことになると思います。)
 そして、この時は児童合唱は使いませんが、メンデルスゾーンのマタイ受難曲ではもちろん児童合唱を使います。 そして、1829年には、メンデルスゾーン自身がピアノを弾きながら指揮したとのことですが、今回は1841年を手本とし、エヴァンゲリストはピアノではなく、2本のチェロによって伴奏されます!!(僕自身がピアノを弾くのはやめました。すみません。)

以上とりあえず。

(鈴木雅明様) (00/02/04)

 頂戴したお答えを拝見して、まさに我が意を得たり!という感じです。最近輸入盤も店頭に並びはじめたBCJの「マタイ」ですが、今までの論評には「(BCJのマタイは)劇的な表現ではなく・・」といった内容が多かったように思います。しかし私はそこに、何かしっくりこないものを感じていました。たしかに表現そのものは大げさなところはなく、むしろ抑制されていると思うのですが、その音楽の内面のドラマは、類を見ないほど激しいもののように感じていたからです。このCDはもちろん昨年の春の演奏になるものですが、上記の今年の「マタイ」に通じる指向はすでに明確に表れていたのではないかと思います。そのことは、ビデオ「メイキング・オブ・マタイ」の中でアージェンタが「このマタイは、まさにマサアキのパーソナルなものだ」といった発言をされていることからも感じていました。そうです、BCJの「マタイ」では、パーソナルな“内面のドラマ”こそが重視されているのです。 そのことが、今回頂戴した上記の文章中の「受難曲の中で起こっている出来事は、ひとりひとりの信仰者 (もしくは求道者)の中でおこっている葛藤に他ならない」や「真に劇的なものとは、決して外に表れ出るものではなく、自分自身の中で起こるもの」という部分にはっきりと表されています。 そして、この指向が徹底され、まさにBCJの心意気のままの「マタイ」が今年上演されるのです! ロマン的解釈のルーツを探るメンデルスゾーン版の演奏とも合わせ、バッハ・イヤーに生きる幸せをいっぱいに受けとめたいと思います。
 ところで、そのメンデルスゾーン版の演奏は録音されないのでしょうか。是非貴重な記録を残していただきたいものですが・・・。 (矢口) (00/02/07)

Q39 《秀美さんやBCJのメンバーが出演なさっているLPBのCDは?》

秀美さんBCJのメンバーが出演なさっているLPBのCDを購入したいのですが、どの作品なのか教えていただけませんか? 先日も、LPBのCDを手に取りながら、迷ってしまいました。
「朝のバロック」で流れたLPBの曲がとても素晴らしかったのですが、曲名は忘れてしまいました。チェロは秀美さんと言うことでした。 
 
(Akiko Suzuki 様) (99/12/30)
A39  Akiko Suzuki さん、こんにちは。秀美さん&LPBで何といっても有名なのは昨年度のレコードアカデミー・協奏曲部門を受賞した、「ハイドン/チェロ協奏曲集」(ビクター,BVCD-34002)だと思います。FMでわざわざ秀美さんを紹介されたのなら、この可能性は結構あると思います。しかし、それ以外にも数限りないCDに秀美さんBCJメンバーが参加されていますので、何とも言えませんが・・・。FMをお聴きになった日にちがおわかりであれば、NHKに問い合わせてみるのもひとつの方法だと思います。 BCJメンバーが参加したLPBのCDについて「おすすめ」「こんなのもありますよ」等、情報をお寄せいただけましたら幸いです。
 ところで、昨日、今日とすばらしいお正月のプレゼントを放送してくださったNHK-FM「朝のバロック」ですが、近々打ち切られるかもしれない、というお話をうかがいました。是非そんな案は撤回していただいて、今後も私たちに清々しい音楽を朝のひとときに届け続けて欲しいと切望します。 (矢口) (00/01/02)

Q38 《夏のマタイ(メンデルスゾーン版)についての質問》
 
はじめまして。投稿は初めてですが、ちょくちょく拝見しております。

早速ですが、来年の夏読売日響と組んでのマタイ・メンデルスゾーン版についての質問なのですが・・・
BCJはこれまでマタイは聖金曜日やその周辺、来年のヨハネは命日にといった感じで、必ず何かしらの意味を持った時期にコンサートを行っています。 それが何故このコンサートだけ夏なのでしょうか?
読売が主体ということなのか、あるいは「真夏の夜の夢」なのか、ナゾが隠されているような気がしてならないのですが・・・・
(Yutaka Takashima 様) (99/12/25)
A38 Yutaka Takashima さん、はじめまして、こんにちは。お便りありがとうございます!
ご質問の件、ごもっともですね。今回は読売日響の定期演奏会での演奏になるので、読響サイドの事情が優先したのでは、と想像しますがどうなのでしょう。9月9日といえばまだまだ暑さが残っていますのもね。 関係者のみなさま、よろしければご教示ください。 参考までに、この演奏会に関する情報を上記のご質問からリンクしている「演奏会情報」にUPしましたのでご覧ください!  (矢口) (99/12/28)
 鈴木雅明さんからお答えをいただきました! ありがとうございます。
 もちろん本来受難曲は受難週に演奏されるべきものと思いますので、我々の企画としては、受難週以外に受難曲を演奏することは、まずありえないのですが、この企画は純然たる読響の企画として依頼されたもので、受難曲を受難週に演奏するというようなこととは別の意味があります。というのは、記念すべき年にバッハのいろいろな側面を知るという意味で、その受容史にも目を向けるというのは、非常に重要なことですが、その最も重要な歴史的事実であるメンデルスゾーンのマタイ受難曲の再演について、その実態が意外に知られていないのではないかと思ったのです。もちろんその事実自体は周知のことですが、実態がどのようなものであったかは、なかなか知ることができません。CDも少し出てはいますが、実演されることは日本ではまず皆無なので、読響からの依頼を機に、あえて取り上げてみたいと思ったのです。
 メンデルスゾーンの演奏方法を再現する、という発想は、まずバッハ当時の演奏方法についての考察がなければ意味のないことです。つまり、バッハの当時はこうだったのに、メンデルスゾーンはこのようにした、という比較が成り立たないからです。日本では、モダンの楽器で、平気で曲の省略などをしながらマタイ受難曲を演奏してきましたが、そのような態度からは、メンデルスゾーンがどんな大胆な変更を加えていようと、さしてショックは覚えないでしょう。しかし、バッハ・コレギウム・ジャパンのマタイ受難曲に親しんでいらっしゃる方が、このメンデルスゾーンの再演したマタイ受難曲を聞かれれば、大変なショックを覚えるはずです。そのような体験から、それでもなおバッハのメッセージが聞き取れるかどうか、という、これは一種の賭けのようなものなのです。
 もっとも、バッハの奥は本当に深く、私たちが準備している受難週に演奏するマタイ受難曲(つまり東京ではサントリーホールのシリーズ)も、もちろん従来どおりの古楽器で演奏するわけですが、今回は今までとは一味もふた味も違った演奏になるはずです。どうぞ、ふたつのマタイ受難曲にご期待下さい。

(鈴木雅明様) (99/12/29)
 なるほど、やはりバッハ・イヤーの特別企画ということであったわけなのですね。日本でこの「メンデルスゾーン版」がこれまでに演奏されたことはあるのでしょうか。海外ではCDでの演奏もありますし、昨年ホグウッドベルリン・ドイツ・オペラで上演(演出:ゲッツ・フリードリッヒ)したとのことです('99.5.12付「読売新聞」夕刊の報道による)。今回の読響のコンサートでは純粋なコンサートスタイルですので、メンデルスゾーンが手がけたバッハをそのまま体験できる貴重なチャンスになることでしょう。楽しみです。もちろん受難節の「マタイ」も!  (矢口) (99/12/30)

Q37 《さっそく質問なのですが(メンバーの方々は何語でお話し?)》
 
さっそく質問なのです。BCJには毎回各国からすばらしいソリストを迎えていますが、メンバーの方々は何語でお話しているんですか? やっぱり英語ですか? それともペーター・コーイさんとかとはドイツ語で? 語学もやっぱり必須なんでしょうね。

(野口紀美子様 ) (99/12/14)
A37  野口さん、はじめまして。「VIVA! BCJ」にようこそ!
さて、ご質問の件ですが、私が拝見した範囲や「メイキング・オブ・マタイ」のビデオでは英語ですね。実際はどのようなものでしょうか。BCJのみなさん、よろしかったら教えてください! (矢口) (99/12/16)
 鈴木雅明さんからお答えをいただきました! ありがとうございます。
 我々のプロジェクトは、確かに外国人が多いので、言葉が大きな障害になっている、か、と言うと、それがどういうわけか、メンバー全員の心意気と、すばらしい音楽食べ物飲みもののおかげか、なぜか毎回極めて楽しく和気藹々と行ってしまうんですね。今まで言葉のことで何か支障があった、という記憶は全くありません
 具体的には、少なくとも私は、ドイツ人とはドイツ語、オランダ人とはオランダ語、(関西人とは関西弁)、その他の人は大体英語で話しています。フランス語しか話さないジェラール・レーヌみたいな人とは、苦労しながらフランス語でオケ合わせなどもしましたが、フランス語は(一番時間をかけて習ったにも拘わらず)あまりできません。しかし、結局全体の練習や録音の場面では、全員に通じるように英語になってしまうことが一番多いのです。
 ヨーロッパで仕事をしている人は、何人であれ、大体どの言葉でも通じるのが普通です。Gerd Turkなどもドイツ人ですが、英語もフランス語も堪能ですし、モンテヴェルディのVesproに来ていた Stephan Macleod は両親がスコットランド人とスイス人ですから、英語・フランス語が母国語、ドイツ語もほぼ同じ位話していました。 Concerto Palatino の人々も本当に多国語人間ですが、特にコルネットの2番を吹いていた Doron Sherwin は、アメリカ人であるにも拘わらず、驚くほど多くの言葉を話し、何回か日本に来ている間に、日本語もかなり日常会話ができるようになってしまいました。オーボエの Alfredo は、イタリア語からオランダ語まで、何語ででも長々とジョークを語り、毎回たっぷりと笑わせてくれます。

(鈴木雅明様) (99/12/29)
 やはり、まず「すばらしい音楽と食べ物、飲み物」がコミュニケーションの要なのでしょう! そして、ドイツ語、オランダ語、関西弁、英語、フランス語を駆使した音楽監督のアプローチが、多くの音楽家にBCJのコンセプトを伝え、あの説得力に富んだ演奏が生まれるわけですね。 Doron Sherwin さんが身につけられた日本語ははたして関西弁か、東京弁か、何となく気になるところでもあります・・・。 
(矢口) (99/12/30)

Q36 《Monteverdi の「Beatus Vir」について》

 (今年7月のBCJ演奏会) Monteverdi プロ前半最後の「Beatus Vir」について,冒頭のソプラノの印象的な美しいテーマの歌詞が「Stella Stella」のようにきこえ(星よ星よ?),「Beatus Vir」という言葉は中間部でやっと出てきたように思います。カンタータなどでも,声楽曲のタイトルは冒頭の歌詞によるのが普通なので,この曲だけが(演奏の美しさとは別に)歌詞のことで妙に気になっています。私のきき違いか,あるいは何か事情があるのか,ご教示くだされば幸いです。
 Monteverdi といえば,かつて,有名な聖母マリアの晩課」(これも12月,神戸でもやってもらえるとのことで楽しみ)とか,若干のマドリガーレのLP(not CD)をよく聴いた時期がありましたが,この7月,久々に接しました。「宗教的・倫理的な森」は手元に何も資料がなく(コルボの全集CDを買うべきか?),お尋ねする次第です。

(廣森 勝久様 [神戸後援会員・神戸市垂水区]) (99/11/04) 
A36 ・・・遅くなってしまいましたが、フォーラムNo.150のお便りからの転載です。
何かご存知の方がいらっしゃいましたら、是非ご一報をお願いいたします。 (99/12/16掲載)
 鈴木雅明さんからコメントをいただきました!
 これは、残念ながらどのようにお答えしたらよいかわかりません。Beatus Virの冒頭の歌詞は、確かにBeatus Virであり、我々もそのように演奏したはずです。何かほかの曲ではないかとは思いますが、さりとて、どの曲のことだか・・・・・・
(鈴木雅明様) (99/12/29)

 このご質問について、Akiko Suzuki さまよりお便りをいただきました。
 Q&A #36 について、実は私も初めてのchapel で、*Stella,stella*と星降るような美しいステンドグラスを見ながら、聴いたのです。私が知っている数少ないラテン語(or イタリア語)の単語でしたので、記憶に残っています。また、メモにも残っていたのですが、もう処分してしまったため、何曲目だったのかわかりません。Q&A36がupされた時、「やはり、stella.stella と歌われたんだ。」と、演奏会のことを思い出して、自分のメモを確認したのです。
私が、7/3の松蔭チャペル演奏会に到着したのは失礼ながら、後半第2部が始まってしまってからすぐのことでしたので、曲目としては、後半の部です。「E questa vita un lampo 」の冒頭だったか、もっと、あとの曲、詩編150編「主を賛美せよ」あたりだったか?!印象的で素晴らしかったことは確かです。
この「倫理的、宗教的森」は、録音されたのですか? 私は、「Vespro」 も好きですが、「倫理的、宗教的森」は、もっと好きと言えそうです。とにかく松蔭チャペルで一度聴いただけなのですが、思い出深いものです。BCJ版を心待ちにしています。(あの声楽と器楽の、ああ何という豪華メンバー!)  (Akiko Suzuki 様) (99/12/30)
 お便りを頂戴して、私も当日のプログラム(神戸・東京共通)を確認してみました。後半の曲目の歌詞を見てみましたが、やはり“stella.stella”という歌詞は見つけられませんでした。はたしてどの曲の冒頭がそのように聞こえたのでしょうか。
 ソプラノで始まっていたということですと、曲目解説によれば、最後の詩編110編『主、我らの主に言いたもう』第1番(8声)が「ソプラノの先唱」で曲が開始されるとのことです。(しかし、出だしの歌詞は「Dixit Dominus Domino meo: Seda a dextris meis, donec ponam inimicos tuos scabellum pedum tuorum.・・・」です。) この曲でしょうか?
 残念ながら、この時のプロジェクトはレコーディングはされなかったので、確かめるすべは限られてきますが、いずれ「倫理的、宗教的森」は全曲をBCJとして録音する予定とのことですので、これを楽しみに待ちましょう! (矢口) (00/01/02)

Q35 《バッハ・コレギウム・ジャパンには、どうやったら入団できるのですか?》

こんにちは。
ずっと前から思っていたことなのですが、バッハ・コレギウム・ジャパンには、どうやったら入団できるのですか? なにか、オーディションをやっているのでしょうか?

私は、某音楽大学の4年に在学しているのですが、以前、『ヨハネ受難曲』をやったことがあり、その時よりバッハの合唱曲にとても魅力を感じ、もし、入団できる機会があるようならば、是非挑戦してみたいとおもっています。

どのような仕組みなのか教えていただけると嬉しいです。

(Takako Kakimoto様) (99/11/21)
A35 Takako Kakimotoさん、こんにちは。はじめまして。さっそく上記のご質問についてBCJ事務局にうかがってみましたところ、何と簡単な答でした。曰く「入団オーディションは不定期に行っていますので、オーディションに応募をご希望の方は、BCJ事務局TEL 03-3226-5333、FAX 03-5362-5445、Eメールgeneral@bach.co.jp]まで、まずご連絡ください」とのこと。 Takako Kakimotoさん、まずは連絡をとってみてください。そこからスタートですね! ご健闘をお祈りしております。  (矢口) (99/11/26)

Q34 《復活祭オラトリオの演奏、録音予定は?》

 私は初めてアクセスするものです。復活祭、昇天祭オラトリオの録音予定はありませんかおしえてください。ちなみに私は復活祭、マニフィカト、カンタータ93、107番の演奏をヘレヴェッヘのCDでもっています。ロ短調ミサの演奏のなかでヘレヴェッヘが最高!

(l97036様) (99/11/17)
A34  私も是非うかがいたい予定です。お答えをお待ちしております! ヘレヴェッヘは来年来日して3大宗教曲を演奏するようですね。ソリストの中にBCJでもおなじみの顔ぶれもありますので、いずれ「関連コンサート情報」に情報をUPしようと考えています。 (矢口) (99/11/22)
 鈴木雅明さんからお答えをいただきました。ありがとうございます!
 現在のところ、具体的な日程は決まっていませんが、必ず録音はする予定です。2001年から後になることは確かです。
(鈴木雅明様) (99/12/29)
 21世紀のプロジェクトになるようですね。楽しみに待ちたいと思います。 (矢口) (99/12/30)
 l97036様、お待たせいたしました! 復活祭&昇天祭オラトリオBCJ第63回定期で取り上げられ、現在神戸でレコーディングが行われています。鈴木雅明さんのお話によりますと、この2曲のオラトリオで1枚のCDにする予定ですが、カンタータ・シリーズに入れることになるかどうかは検討中(昇天祭オラトリオはBWV11で、一応カンタータに分類されているため)、とのことでした。われわれの手に実際のCDが届くにはまだ1年以上かかるのでは、と思いますが、楽しみに待ちましょう! (矢口) (04/05/23)

Q33 《パイプオルガンについて》
 
 (前略)それにしても、(ヘッセの)「パイプオルガン」という詩は大作ですね。雅明氏のオルガンHesse の詩が朗読される・・・という風なシーンを想像してしまいます。どなたか実現して下さらないでしょうか?! そしたら雅明先生はどんな選曲をされるでしょうか? Bach の曲でしょうか? どんな順序で演奏されるのでしょうか? やはり企画から雅明先生にお願いしたいですね。

 さて、私のパイプオルガン演奏会の体験は、〔勿論聴衆として〕ことしの2月の Valentine's day の頃、いえ、2/26、アクトCITY 浜松 中ホールでの Jean Boyer Organ Recital でした。Act city の誇れるオルガンですが、完成直後誤って防火水を全身に浴びてしまい、一度も弾かれることがなく修理に出され、やっとまた海を渡って帰ってきたものです。お披露目として、市民を招待しての無料コンサートがあり(私はお隣の市民なので、聴けませんでした。)その後の本格的演奏会ということで出かけて参りました。私が持っているオルガンのCDは、雅明氏の2枚と松居直美さんのものと、カール・リヒターヘルムート・ヴァルヒャグスタフ・レオンハルト等ですが、それぞれオルガンの写真があり、これを弾いておられるのかと感嘆します。さて、act city 浜松 のものは、パイプが露出しているもので、静岡AOI館のものはまた全く外観が異なり、松蔭は、ルトリゲ教会は、聖ヤコビは・・・と、聴いている方としてもとても興味深いのですから、演奏者はオルガンを知り尽くしている方々としては、またいっそう感慨深いものでしょうね。
 ところで、Jean Boyer ですが、ステージでの演奏と、パイプの前(高いところで)の演奏がありましたが、どのように音がパイプにつながっていくのか、疑問を抱いたままでした。基本的な質問ですが、教えていただけませんでしょうか?また、オルガンについての推薦書籍がありましたら教えていただけませんか。何語で書かれていてもかまいませんので。先日、デュトワ氏の番組でパイプオルガンの説明があり裏方を少しかいま見ましたが、詳しいことはよく分かりませんでした。また、雅明先生の制作ノートストップの位置等の詳しいご説明がありますが、基本的なオルガンの構造がわかっていない私には理解できなくて、是非学びたいと思っています。どうかお願いいたします。また、オルガン奏者は普段はポジティフオルガンで練習するのだと思いますが、いろいろなタイプのオルガンを弾きこなすのはきっと大変なご苦労がおありでしょうね? そしてそれと共に喜びも! 雅明先生は、演奏されたオルガンはどのくらいあるのですか? ・・・教会といえばすぐに、オルガンを思い浮かべたりされるのでしょうか ?

 荘厳な音から、美しいクリスマスを思い描くような音や・・・・そしてカンタータを流れる音人間の心も美しくありたいと願います。 (後略)

(Akiko Suzuki 様) (99/10/17)
A33  Akiko Suzuki 様、いつもお便りありがとうございます。
 雅明さんのオルガンとヘッセの詩のコラボレーション、魅力的な企画ですね! 実現するかどうかはさておき、ヘッセの詩から雅明さんがどんな曲目を連想されるのか、おうかがいしてみたいものです。ヘッセの『ガラス玉遊戯』音楽名人という人物が出てきて主人公クネヒトを様々な場面で導いていくのですが、私には、バッハをはじめとした音楽の森に我々を導いてくださる雅明さんのお姿がこの音楽名人にオーバーラップしてしまいます。ヘッセには、例えば問題作『デミアン』の中でカンタータ106番「マタイ受難曲」に言及した場面があったり、ブクステフーデの「パッサカリア」ニ短調がポイントになる場面で効果的に用いられたりしています。そういった意味では、来月5日にカザルスホールで行われる「鈴木雅明オルガンリサイタル」J.S.バッハとその源流を訪ねて〜ブクステフーデとバッハ〜)は、ヘッセの詩こそ出てまいりませんが、音楽名人・鈴木雅明の本領発揮となるコンサートと期待しています。同じプログラムでの神 戸公演(11/3)もあるようですので、是非多くの方に聴いていただきたいコンサートです。
 さて、ご質問の件ですが、コンソール(演奏するところ)とパイプがどのようにつながっているのか、というものだと思います。電気的な構造のものと、直接つながっているものがある、とうかがったことがあるようにも思うのですが、ここは芸大オルガン科の先生でいらっしゃる鈴木雅明様にご説明願いたいところです。お忙しい中ですがよろしくお願いいたします。オルガンの推薦書籍やCDについているストップ表についてのご説明、さらに今までお弾きになったオルガンの思い出やご感想、オルガニストとしてのご苦労喜びなどについてもおうかがいできましたら幸いです。
(矢口) (99/10/25)
 鈴木雅明さんからお答えをいただきました! お忙しい中、本当にありがとうございます。
《詩とオルガンのコンサート》
 昔、札幌で、詩の朗読とチェンバロ演奏の会をしたことがありますが、オルガンはしたことがありません。たしか、宮澤賢治にもオルガンについての詩がありますね。ずいぶん前に、盛岡の県民ホールのレストランにその詩の額が飾ってあり、それ、売って下さい、とお店の人に頼んだのですが、断られました。これももう20年くらい前のことで、その詩そのものも、今は忘れてしまいましたが、どこかでその詩に再び回り逢いたいものだと思っています。どなたかお教え下さい。(「大空」「パイプオルガン」というような言葉が出てくるのです。)

《どのように音がパイプにつながっていくのか》
 オルガン本体に直結しているコンソール(演奏台)は、もちろんパイプの下の風箱の中にある弁に、トラッカーと呼ばれる木の棒で直結されています。つまり、指の動きはそのまま、弁の開閉につながり、あらゆる小さな表現が可能になっています。しかし、ステージ上に出される、いわゆるリモートコンソールは、電気的な信号で、単に鍵盤の上下を弁の開閉に繋げているだけです。従って、電子オルガンと同じく、音は全くONかOFFかのどちらかであって、音の出し方、切り方、の表現は不可能です。考えてみれば、鍵盤の動きによる表現は、その数ミリの深さの間に変化する速度のみによるのですから、現代のテクノロジーをもってすれば、リモートコンソールであっても、本体に直結したコンソールと同じだけの一体感を実現することくらい簡単なはずですね。どなたか、是非開発してください

《オルガンについての推薦書籍》
 オルガンについての書籍は山のようにありますが、構造については書籍から完全な理解を得るのは、ほとんど不可能だと思います。強いて言えば、最も簡潔にして要を得ているのが、ニューグローヴ音楽辞典Peter Williamsによる解説ではないでしょうか。図解も一応の理解のある方には明快ですが、それでも全く始めての方には、理解しにくいかもしれません。私は毎年松蔭女子学院大学オルガン学の集中講義をしていますが、そのために、オルガンの模型を作ってもらってあります。もしよろしければ、松蔭にいらっしゃった時にお見せします。松蔭では、またレクチャーコンサートも定期的に開かれていますので、どうぞ。

《オルガンのストップについて》
 オルガンストップについても、ニューグローヴ音楽辞典「オルガンストップ」の項目を見られるのが、最も簡単ですが、概してストップの名称は、習慣的なものが多く、実際のオルガンに触れていくうちに、なんとなくわかってくるものなので、一挙に説明されても、わかりにくいとは思います。

《ポジティフオルガンと練習》
 ポジティフオルガンというものは、ほとんど練習には役にたちません。もっとも、手のアーティキュレーションの練習にはなるでしょうが、大オルガンとは別の楽器である、と認識した方がいいかもしれません。今日、ほとんどのオルガニストは、自宅に電子オルガンを備えて練習しています。電子オルガンを持っていないオルガニストは、きっと私くらいなものでしょう。今井さんや他の幾人かの本当に熱心に練習される方は、自宅にれっきとしたパイプオルガンを備えていらっしゃいますが・・・。

(鈴木雅明様) (99/10/25)
 
 宮澤賢治のオルガンに関する詩があったとは知りませんでした。ご存知の方がいらっしゃいましたら是非ご一報ください。最近はパイプ・オルガンのあるホールも多くなり、松蔭のチャペルのみならず、様々なところでオルガンに関するレクチャー・コンサートも開かれているようです。書物等で見ることもひとつの方法ですが、やはり実際の楽器(の響き)に触れながら理解をしていくことが、もっとも確実なようですね。そのような意味では、雅明さんのオルガンのCDについている「ストップ表」の活用として、ブクステフーデなりバッハなりのオルガン曲の楽譜を手に入れられ、表に書かれている小節番号をたよりに、それぞれのストップの響き(いくつかのストップが組み合わされているものももちろんありますが)を味わっていくなどすると、ひと味違った楽しみ方ができるかもしれませんね。お試しください(?) (矢口) (99/10/27)
 
《BCJの音楽は「透きとおったほんとうのたべもの」》

 鈴木雅明先生、早速「パイプオルガン」についてのお答えを頂きまして本当にありがとうございます。多くの質問に対してわかりやすく教えていただき感謝いたします。オルガンリサイタル直前のお忙しい折、申し訳なく思いますが、教えていただき嬉しく存じます。
  さて、お尋ねの宮澤賢治の詩ですが、私の愛読しております次の詩かと思います。
   
      「告別」

  おまえのバスの三連音が
  どんなぐあいに鳴っていたかを
  おそらくおまえはわかっていまい
  その純朴さ希みに充ちたたのしさは
  ほとんどおれを草葉のようにふるわせた
    ・・・・・(中略)・・・・・
  もしも楽器がなかったら
  いいかおまえはおれの弟子なのだ
  ちからのかぎり
  そらいっぱいの
  光でできたパイプオルガンを弾くがいい

                     25.10.25
   宮澤賢治
   「春と修羅」第二集  (1924〜1925年の作品)


 いかがですか? 思い出の詩と一致するでしょうか?
この詩を読んでいますと、雅明先生のオルガンを聴いているような時が流れてゆきます。 かしこ

P.S.機会がありましたら、是非、オルガンの模型等見せて下さい。
   11/3の ticket はありますので、可能な限り出かけたいと思っております。
   実現を心待ちにしております。
   いつかオルガンを練習してみたいと思います。

(鈴木晶子様) (99/10/27)
 鈴木晶子様から、質問のお答えへのお礼と、雅明さんがお探しの詩に関する情報をさっそくいただきました。宮澤賢治の詩は、お便りには全文をご紹介くださっていたのですが、著作権の関係もあるものと思い、全体の約5分の1を引用させていただくに留めました。どうかご了承ください。 なお、他にも雅明さんがお探しなのはこの詩ではないかとの情報をいただいており、こちら(http://www02.u-page.so-net.ne.jp/pa2/sennishi/kenji-music-jtb-1996.htm)のHPに全文が掲載されているとのことです。よろしければご覧ください。(*リンクにはなっていません。)
 あわせて本日付で当HPの「リンク集」から、オルガン設計建造家の大林徳吾郎さんが運営されているHP「パイプオルガンと音楽」にリンクを張らせていただきました。そちらのHPのリンクからは、さらに多くのオルガン関係のHPを訪ねることもできますので、是非ご覧になってみてください。
 本日の今井奈緒子さんのコンサートをはじめ、もちろん雅明さんのコンサートも、ますます楽しみになってきました! 秋深し、オルガンの響きに身をひたしてみましょう! (矢口) (99/10/28)
 鈴木雅明さんより“宮澤賢治の詩”についてお便りをいただきました!
 まさしくこの詩です。有名なものだったのですね。この最後の一節が、とっても太い筆で大胆に大書して、盛岡の県民会館のレストランに掛けられてあり、非常に印象的だったのです。(どなたが書かれたかは不明です。) ありがとうございました。  (鈴木雅明様) (99/10/28)

 あたり! といったところですね。はたして、その詩の額そのものはどうなってしまっているのでしょうね。
さあ、みんなでオルガンの音色が発する“光”を浴びに行きましょう! (矢口) (99/10/29)

Q32 《アルト・ソロについて》

 (前略)さて、今回は、演奏スケジュールから感じた質問をさせていただきます。
これまでのコレギウムのCDでは、アルト・ソロカウンター・テノールの人が演奏されていましたが、最近の演奏では少々事情が変わってきたようですね。女性の方もアルト・ソロで演奏するようになってます。例えば、モンテヴェルディの倫理的・宗教的な森では波多野睦美さんが、今度の定期演奏会のカンタータではキルステン・ゾレク=アヴェラさんが出演されます。
 いつもカウンター・テノールの人たちで演奏していたBCJを考えると、女性のアルトの人を起用する方がかえって珍しく感じてしまいます。(普通は逆なのですが…) 鈴木雅明さんの何らかのお考えがあるのでしょうか? 教えていただけるとうれしいです。

(金原 秀行 様) (99/08/16)
 金原さん、こんにちは。BCJのアルト・ソロ起用のコンセプトに関するご質問ですね。
 BCJの声楽ソリストの人選に関しては、以前にも「企業秘密!」ということで、ファンである我々がその人選と実際の演奏の成果から、ああでもないこうでもない、と楽しむ、もしくはBCJに提言する、という形がオイシイ関係だと思います。(フォーラム72をご参照ください。) ただ、BCJではこれまでも、レコーディング開始以前の演奏会ではたびたび女性のアルト・ソロの方も起用されていました(第1回定期などで深みのあるソロを聴かせて下さった雁部[現:小原]伸枝さんや、第14回定期での穴澤ゆう子さん)ので、今回が初めてというわけではないのですが、レコーディングが絡むプロジェクトとしては確かに女性アルトの起用は初めてになりますね。そこで今回は、この変化について何かコメントをいただければと思い、この「Q&A」のコーナーで取り上げさせていただいた次第です。 よろしくお願いいたします。
 (矢口) (99/08/21)
A32  鈴木雅明様よりお答えをいただきました。お忙しい中、ありがとうございます!
 アルトのことは、我々ははじめから、特にカウンターテナーと決めていたわけではないのです。ただ、少なくとも日本ではアルトの女声に求められる音色とイメージが、全くバッハにはあわないため、なかなか女声のアルトで、バッハを専門的に歌おう、という方は少ない。しかも、ソプラノとの音色の差が、あまりにも激しく、アンサンブルにならないことが多いのです。和声感を出すためには、ある程度の音色の同質性と音の太さが同じであることが必要ですが、これがカウンターテナーの方が実現しやすい、というのが現実にはカウンターテナーを多く用いてきた理由です。今後も、やはりカウンターテナーの方が、多く共演していただくことになるとは思いますが、特に女声を排除しているわけではありません。現に合唱の中は、ほとんど女声ですからね。
 
(鈴木雅明様) (99/09/13) 

鈴木雅明様、ありがとうございます。
鈴木様のコメントは明快分かりやすかったです。私は拝見させてもらって、かなり納得した感じがします。どうも一般の日本人は声楽を出たらオペラだという固定観念があり、ドラマチックな歌唱法がほとんどではないかと思うのです。私がコレギウムが好きなのは、カンタータをそうしたオペラチックに、なにか作ったような声で歌っているのではなく、透き通った感じで、無理のない綺麗な歌い方をみんなされているからであります。以前、宮本益光様からもお話を聞いたことがあるのですが、コレギウムの合唱では、みんな同じように明るい感じの綺麗な声を持っている人たちが集まって、それぞれの人が持つ声の高さが違うだけで、そのときに一番歌いやすいパートとして、ソプラノにいたり、アルトにいたり、テノールにいたり、バスにいたりするだけなのだと そんな内容のお話を聞きました。確かに宗教曲は、オペラとは違う。そう思います。だからアルトパートに関しては、全体のアンサンブルに溶け込みやすいカウンター・テノールの人を多用しているのですね。多分、モダン楽器ではなくてオリジナル楽器を使用しているのも、同じような理由なのでしょうね。
 
(金原秀行様) (99/09/14)

Q31 《BWV105、テノール・アリアのフェルマータについて》

 最新のカンタータCD第10巻、愛聴させていただいております。
その冒頭に収録されたカンタータBWV105番について質問がありますのでよろしくお願いいたします。
BWV105番、第5曲目のテノールのアリア“Kann ich nur Jesum・・・”、軽快なコルノ・ダ・カッチャのメロディーと駆けめぐるヴァイオリンのオブリガードが聴きものの曲についてです。
 ダ・カーポアリアの形をとるこの曲の中間部の終わりの部分、ダ・カーポの4小節前フェルマータのある演奏をよく聴いてきていたのですが、BCJのCDではそこで立ち止まらずに一気に中間部の終わりまですすんでいっています。私の持っている旧バッハ全集番の楽譜にもこのフェルマータはあるのですが、どのような理由からフェルマータをなくされたのでしょうか。ご教示いただけましたら幸いです。
 (矢口) (99/08/14)
A31  鈴木雅明さんからお答えをいただきました!
 長い間お答しないですみません。実は、105番自筆スコアのコピーが、どこかに散逸してしまって、どうしても確かめることができなかったので、お答えできませんでした。結局未だに見つからないのですが、このフェルマータは、スコアの全パートに書かれているわけではなく、歌のパート(だったと思う)だけに、ごくうすく書かれているものなので、オーケストラの練習をしているときに、あまり大げさに伸ばすのではなく、ちょっとした区切り、あるいはこの意外な和音をややショッキングに響かせるようなアクセントをつけるだけで、次に流れていく方が自然だと思ったのです。
(鈴木雅明様) (99/12/29)
 パート譜の一部に書かれているだけということは、きっとバッハが実際の演奏に際しての練習の時に思いついて書かれたものとも考えられますね。実際、この“意外な和音”の効果はフェルマータがなくても刺激的ですので、そこで立ち止まりすぎずにダ・カーポまでいってしまうBCJの演奏の方が、すっきりしていていいな、と私も感じています。もっとも、はじめてフェルマータなしでの演奏を耳にしたコンサートの時は、非常に“意外”に感じましたが・・・。繰り返し楽しめるCDで最近はすっかりフェルマータなしに慣れてしまいました・・・! (矢口) (99/12/30)
2000/01/23付の「ポリフォニックひとりごと」の中で、AHさんがこの曲の自筆スコアを参照しながらご自身の推測をお書きになっていらっしゃいます。上記の鈴木雅明さんのお答えとほぼ共通する内容のようです。詳しくは、こちらをご覧ください。 (00/01/24)

Q30 《質問(BCJの日本盤のCDはどこで買えますか?他)》

 先日、すばらしいコンサートに行って来ました。
グリニッジ/ドックランド国際祭の特別イベントとして William Christie 指揮兼オルガン Les Arts Florissants の演奏による モンテヴェルデイの Selva Morale.

 この日は 天気もよく、公演場所が普段は一般には演奏場所としては公開されていないロンドンのテムズ河沿いにある、グリニッジ旧国立海軍学校付属の礼拝堂という最高のホールで、もちろん 彼等の演奏及び曲はすばらしく、この世の世界に存在していない体験をさせられました。ほとんど宣伝をされていないせいなのでしょうか、大きな会場にあまり観衆も入っていなく、とてもなにか もったいないような気がしました。 コンサートの切符も10ポンドというとても価格で本当にいいのですか? とむしろ申し訳なく思った位です。
急な事で、実際行くまではどの様なものになるかわからないので誰も誘わず一人で行った為、少しでも他の人に知っていただきたく、メールしている次第です。

 BCJのホームページは、私もやはりバッハのCDはどれを買うか迷っている時に、ペンギン出版社のcdガイドを読むか、新聞や雑誌の批評を参考にするのですが、その時に英国の新聞で日本のBCJを絶賛する批評を読んで探し当てた次第です。

今回の SELVA MORALE は有名な曲ですか? 日本での William Christie の評価は?
かなりのCDが出ていますので著名度は高いと思うのですが。 (コンサートのチケットの売り上げには関係はないようですが)

SELVA MORALE のCDは出ていますか?

前置きが長くなりましたが、今回メールしたの質問の主旨に入ります。
BCJの日本盤のCDはどこで買えますか? 通信販売は可能ですか? 日本では、札幌か静岡でしたらどこかレコード屋さんに頼みますので教えていただけますと大変たすかります。 あまりクラッシクに興味のない人間に前回頼んだ為に「絶版になりました」とのことでその後追跡調査が出来ないでいました。

音楽をより一層楽しむには音楽はもとより宗教の事など、いっぱい知らなくてはいけない事があり、しろうとの私にはBCJのホームページは本当に勉強になります。ありがとうございます。多分、これからも色々と基本的は質問があると思うのです。コンピューターを買って良かったと思っています。

質問2:アンドレシュロスの99年のBCJの公演参加は決定しましたか?
イギリスでのここ2年、かなりの人気で、リサイタルのチケットを手に入れるのは益々困難になってきています。
質問3:イギリスの女性作曲家 CELIA HARPER はご存じですか?
現代作曲家ですが EARLY MUSIC の影響を受けています。先日、MICHAEL CHANCE と ROBIN BRAZE の2大(??)カウンターテノールの彼女の曲の演奏会がありました。サンタマリアという、マイケルチャンによる涙ものアリアがあり是非とも聞いてもらいたいです。(但し、プレミアではありません) 
質問4:日本でも、オルガン兼指揮のスタイルはよくありまか?
WILLIAM CHRISTIE を始め、トレバー・ピノックもよくこのスタイルのようです。見ているほうはあまり落ち着かず、演奏に集中できまん。見なければいいのでしょうか? 
 余談として、去年テノールのホセ・クーラが、唄いながら指揮をしていました。私は合唱団の席に座っていたので、指揮しながら気持ちよさそーに唄う彼の姿がうらやましかったですが、聞いている方には不自然でたまりません。
ホセクラさんは、指揮者を雇う予算がなかったので自分が振りますとジョーク?を飛ばしていましたが 
 BCJブレーメンに行かれるのですよね。 ロンドンの予定はありますか?
私はロンドンで旅行会社に勤めているのですが 最近日本からの合唱団のヨーロッパでの演奏会お手伝いのお仕事が増えてきます。 今年の11月にはケルンの大聖堂で、盛岡のバッハカンタータの演奏会、来年2月にはブラテスラバのオペラハウス二期会オペラの第九公演などがあり、私個人としてはとても楽しみにしています。 いつかBCJさんもロンドンに来ますように。 

 あと、私は拘わらなくなってしまいましたが、エジンバラ祭で今年、てしがわらさぶろう(何故か漢字の変換で出てきません)の TURANDOT の公演会があります。(色々有り、今買いすぎて余ったチケットの販売をしてはいるのですが) 管弦楽団はスコットランドの国立管弦楽団ですが 少年合唄団とオペラ歌手は日本からの参加です。

長くなってしまいましたが、特にCDの件、回答していただけると幸いです。

(奥村道子様) (99/07/18)
A30  こんにちは。「VIVA! BCJ」にようこそ! ロンドンからのお便り、ありがとうございます。
まず私のわかる範囲で、ご質問にお答えさせていただきます。他の情報をご存知の方は是非お便りをお寄せください。
SELVA MORALE について
今月のBCJ定期でも取り上げられたモンテヴェルディ晩年の充実した曲集ですが、私自身はBCJが取り上げてくれたことで出会うことのできた作品です。しかし、古楽の熱心な聴き手にとっては“超有名”な曲でもあるそうなので、人によって印象は違うものだと思いますが、一般的にはそれほど広く知られてはいないのではないかと思います。
・日本での William Christie の評価は?
クリスティは日本でももちろんよく知られたアーティストだと思いますし、高く評価されていると思います。ただ私自身は彼の演奏に余り多く触れておりませんので、よくご存知のみなさん、是非ご意見をお寄せください。
・SELVA MORALE のCDは出ていますか?
クリスティの演奏では
 Monteverdi:Serva morale e spirituale/William Christie・Les Arts Florissants
 (Harmonia Mundi France HMC 901250) というCDがあるようです。
BCJは今回レコーディングはしませんでしたので、今後に期待したいと思います。ちなみにその時には、器楽をヴァイオリンのデュオだけにするのではでなく、コルネットなども交えて全曲収録したい、と先日の定期公演後、鈴木雅明さんが抱負を述べてくださいました。楽しみですね。
・BCJの日本盤のCDはどこで買えますか? 通信販売は可能ですか?
BCJのCDの日本盤は原則として、BISからの直輸入盤に日本で制作した日本語のリーフレットを添えて包装し直したもの、と考えていいでしょう(いくつかの例外はあります[はじめの「ヨハネ」、「メサイア」など])。
いずれにせよ内容は(音は)変わりませんので、もし絶版になってしまっていたとしても、BISのものを購入されて、あわせてCD収録時のコンサートのプログラムBCJ事務局から通信販売で購入されてはいかがでしょうか。(過去のプログラムの購入については、こちらをご覧ください。)
なお、BISのHPや日本でのBISのCDの販売をしてくださっている「キング・インターナショナル」のHPからメールで問い合わせることもできると思います。
・アンドレシュロスの99年のBCJの公演参加は決定しましたか?
アンドレアス・ショルのことかと思いますが、99年度のBCJ公演には参加されないようです。しかし、近々登場される可能性もあるようですので、何かわかりましたらご報告いたします。(こちらをご覧ください![99/07/30])
・イギリスの女性作曲家 CELIA HARPER はご存じですか?
残念ながら、私は存じ上げておりません。しかし、チャンスロビンが演奏に参加されているというのは注目ですね。何かご存知の方がいらっしゃいましたらご一報ください。
・日本でも、オルガン兼指揮のスタイルはよくありまか?
BCJでの鈴木雅明さんは、たいがいこのスタイルで演奏されています。他ではあまり見かけませんがいかがでしょうか。私は特に気にはならないのですが、皆様いかがですか?
・BCJロンドンの予定はありますか?
来年の“バッハ・イヤー”には、色々な国での演奏も企画されているようですが、今のところイギリスでの公演予定はうかがっておりません。是非いつか実現するといいですね。
取りあえず以上ですが、また何かありましたらお便りください! (矢口) (99/07/20)
上記のご質問をもとにBCJ事務局にロンドン公演についてうかがったところ、「2001年に予定されています。」とのことでした。楽しみにお待ちください! (矢口) (99/07/22)

Q29 《BWV21の「シンフォニア」の演奏について》

6月7日のBCJ所沢公演でのカンタータ21番の演奏で、冒頭のシンフォニア1stヴァイオリンのパートだけ寺神戸さんのソロで演奏されていました(2ndヴァイオリン以下、他の弦楽器のパートは複数奏者での演奏)が、どのようなお考えからの選択だったのでしょうか、お聞かせ願えましたら幸いです。ちなみに、私の持っている旧バッハ全集の同曲のスコアでは「ソロ」の指定はないようです。
ちなみに一昨日ベルリン古楽アカデミープレガルディエンのコンビで同曲を聴いてきましたが、「シンフォニア」では1stヴァイオリン3人、2ndヴァイオリン2人、ヴィオラ2人とオーボエ、通奏低音という構成でした。(蛇足ながら、同公演[三鷹]にトン・コープマン氏が聴きに見えていました! プレガルディエン氏に誘われたそうです。)
ご教示、よろしくお願いいたします。

(矢口) (99/06/14)
A29 鈴木雅明さんからお答えをいただきました。 お忙しい中、ありがとうございます!
どのような楽器の編成で演奏するかはすべてまず原典資料から考えるべきだとは思いますが、この場合は単純ではないのです。21番の場合、28種類のオリジナルパート譜が伝えられていますが、同じパートを複数の奏者が弾いた事を証拠づけるいわゆるDoublette(コピー)はないので、何人が弾いたかは全くわかりません。
通常我々BCJでは、第1、第2ヴァイオリンをそれぞれ3人で演奏していますが、第1曲目の曲想を見ると、第1ヴァイオリンのパートがソロ的な音型で満たされているので、この場合明かにオーボエのソロとのデュエットとして、ただ一人が弾いたに違いないことは想像に難くありません。ただ問題は、では第2ヴァイオリン以下のパートを何人で奏するか、ということです。
前回ケーテンの版としてニ短調で録音したときは、弦楽器の全パートソロにしました。しかし、今回はライプツィヒ版ということで、前回との響きの違いを出すためにも、第1ヴァイオリンのみをソロとし、後のパートは全員で演奏したので、伴奏部分が多少充実して、それはそれでよかったのではないか、と思っていますが、資料的な根拠はありません
(鈴木雅明様) (99/06/26)

Q28 《ファゴットの扱いについて》
 
バッハのカンタータのCDを聞いていると、1曲のカンタータの中で、通奏低音にファゴットが加わっている曲とそうでない曲があり、演奏者によってその選択がまちまちである場合が多いようです。何曲かについてミニチュア・スコアを買って読んでみても、その選択の違いがよくわかりません。
まだこのような種類の曲(のCD)を聴くようになって日が浅いので教えていただきたいのですが、スコアにおいて編成の中に特に「ファゴット(あるいはバスーン)」の指定がないカンタータの場合、ファゴットを加えるかどうか、を演奏者の方々〜実際は指揮者が決めることが多いのでしょうが〜はどのように決めておられるのでしょうか? いろいろなケースがあることとは思いますが、みなさんのご経験など含めていろいろ教えていただけると幸いです。

([匿名希望]様) (99/06/12)
A28 鈴木雅明さんからお答えをいただきました。 ありがとうございます!
コンティヌオの編成については、複雑な資料の状況を見ながら、音楽的に判断せざるを得ないので、本当に悩むことが多いのです。まず、ファゴットという指定が、スコアまたはパート譜にあれば、問題はありません(例:BWV147、21、199など)。しかし、そうでない場合、数字つきのコンティヌオパート譜をオルガン、チェンバロなどの和音を演奏するためのものとみなして、原則的に除外し、数字のないパート譜の数とその状況を見ます。(オルガンのパート譜は、ライプツィヒ時代の場合必ず移調楽譜です。)つまり、何種類の旋律楽器が共演していたかを推測するのですが、ライプツィヒ時代の場合、通常、8フィートの弦楽器はまず必須と考えられるので、1種類だけの場合は、チェロのみ、という可能性がもっとも強いでしょう。もう1種類ある場合は、ライプツィヒ時代のものなら、16フィートかファゴットの可能性があります。(初期のカンタータではBWV71のようにオルガン以外何の旋律楽器もコンティヌオには含まれていなかった例もあります。)
もっとも、チェロのパート譜をファゴットの人がいっしょに見たかも知れないし、チェンバロのものと思しきパート譜(つまり移調していないのに数字のついているもの)なら、ファゴットと共用もできたでしょう。ですから結局最終的にファゴットを加えるかどうかは、もちろん演奏者の判断です。特に大規模な編成ならまず間違いなくファゴットを入れた方が効果的ですし、さほど大きな編成でなくとも、BWV132のように、バッハがスコアにわざわざファゴット(らしき)音型をコンティヌオパートに重ねて書き入れている例もあるので、ファゴットは基本的に不可欠な楽器だと思います。
ただし、ファゴットのパート譜がさだかにある場合でも、楽器の性格上、長い和音をのばすだけの伴奏つきレシタティーヴォのようなものまでそのまま演奏したとは考えられません。その場合ファゴットは省略されたか、さもなくば長い和音の頭だけ(四分音符一つ分くらいだけ)を演奏したに違いありません。(この方法は、BWV18のオリジナルパート譜に証拠があります。)この方法は、なかなか効果的です。
(鈴木雅明様) (99/06/26)

Q27 《鈴木雅明さんのベーム》

鈴木雅明さんのオルガン演奏で、ゲオルク・ベームの「カプリッチョ・ニ長調」という曲をさがしたいのですが、矢口さんはご存知でしょうか。もしご存知でしたらご一報ください。

(渡辺冬ニ様) (99/05/07)
A27 鈴木雅明さんからベームのCapriccio D-durに関して情報をいただきました。
お忙しい中ありがとうございます!
・・・実は、一度この曲を松蔭のオルガンでCD録音したことがあるのです。それは、確か、松蔭の聖歌隊をまだ教えていた時、つまり1984年ころではないかと思いますが、聖歌隊の合唱とともに作ったCDに入っているはずです。・・・ (鈴木雅明さん) (99/05/11)
 もう15年前ぐらい前のことなのですね。現在は雅明さんのお手許にもそのCDは見あたらないそうですが、また是非新たにレコーディングしていただきたいものです。今秋のオルガンリサイタルも楽しみです! (99/05/16) (矢口)
上記CDについて、神戸の「シェフ」緋田さんから情報をいただきました。ありがとうございました!
雅明さんより、クリスマスのCDに収録したはず、とのことでしたが、正確にはバリトンの今仲幸雄さんとの録音で「小羊の歌」の中にあります。ミクタムレコードというキリスト教関係のレーベルで、番号はMCD−1006です。ちなみに、クリスマスのほうは、MCD−1007です。これらはキリスト教専門書店で手に入ります。
雅明さんとしては古いものなので、あまり良い顔はなさいませんが、根強くキリスト教関係では人気があるようです。松蔭ではチャペルで結婚するカップルに記念品として差し上げています。 
(緋田吉也さん:BCJバス) (99/5/18)
 なるほど、今でも入手できるのですね。たしかに雅明さんは「わざわざお買い求め頂くには値しません」と上記の情報をお寄せいただいたお便りの中でおっしゃっていらっしゃいましたが、機会がありましたらうかがってみたいものです。 (99/05/19) (矢口)

Q26 《カンタータCD第9巻での通奏低音について》

 第9巻のCDの通奏低音にはチェンバロが使われていないと思うのですが、HPのTOPページの写真(第9巻の曲目での東京定期のもの)を見ると、雅明さんの前にはチェンバロがあるように見えます。
どのようなご判断でCDではチェンバロを使用されなかったのでしょうか。よろしければご教示ください。
 
(矢口) (99/02/04)
A26 Q25のご質問を雅明さんにおうかがいしたときに、一緒に私からの質問もさせていただきました。少々考えすぎ(^^)な質問だったのですが、お答えをくださいました。重ね重ねありがとうございます!
第9巻はチェンバロを示唆する資料が何もないのと、音楽的にもそれほどチェンバロを志向する内容ではない、との判断です。ライプツィヒではチェンバロとオルガンを両方使うのが一般的だったというDreyfusの意見を尊重するからといって、すべてをまたチェンバロ入りで華々しくするばかりが能じゃない、という気もしますが如何?
コンサートのときチェンバロを置いていたのは、ヴァイオリンコンチェルトのためだったと思います。
(鈴木雅明さん) (99/02/04)
 
第9巻の3曲は、華やかさとしっとりした味わいがとてもいいバランスで、繰り返し聴いています。オルガンによる通奏低音はその雰囲気にとても良くマッチしていたのでコンサートではどうだったかな、と思って写真を見た時に思い浮かんだ質問でした。そういえばコンサートの時にはコンチェルトも演奏してくださったのでしたね。よくわかりました。(矢口) (99/02/04)

Q25 《カンタータ21のライプツィッヒ版はいつですか?》
 
矢口様 こんばんは、金原です。
いつもいつもHPの更新お疲れ様です。私の友人はViva BCJを見て、ほとんど毎日のように更新情報の日付がついているのに驚いていました。

ところで、カンタータ21のヴァイマール版がカンタータ集6巻で売られていますが、確かこの曲はバッハがライプツィッヒ就任後、3回目ぐらいで再演されたらしいですね。
今、BCJのCDもライプツィッヒカンタータに突入しましたが、なんとなくBCJのCDのコンセプトからするともうそろそろかな・・・と思っています。
一昨年、まだ紀尾井ホールで演奏していたときに、生演奏を聴いて非常に感銘を受けたライプツィッヒ版ですので、非常に出てくるのが楽しみです。 それでは失礼します。

(金原秀行様) (99/02/02)
A25 鈴木雅明さんからさっそくお答を頂戴しました! お忙しい中ありがとうございます。
BWV21ライプツィヒ版は今年の6月の定期のとき録音だけします。定期ではすでに演奏してしまったので演奏しませんが、現在演奏の機会を検討中です。 (鈴木雅明さん) (99/02/04)
 金原さん、なかなか鋭い読みでしたね。是非実演でもうかがいたいものです。定期公演以外のコンサートについては、新しい情報が入り次第またお知らせいたします。 (矢口) (99/02/04)
 矢口様ならびに鈴木様 先日、質問をさせていただいた金原です。
HP上での親切なご解答ありがとうございました。楽しみにさせていただきます。
また、2月13日の定期演奏会も楽しみにしています。 (金原秀行様) (99/02/05)
いいえ、どういたしまして! また何なりとご質問やご感想をお寄せください。お待ちしております。(矢口) (99/02/08) 
BWV21ライプツィヒ版の演奏会の情報が判明!こちらをご覧ください! (矢口) (99/02/27)

Q24 《若松夏美さんin18世紀オーケストラ?》

ヴァイオリンの若松夏美さんフランス・ブリュッヘンの18世紀オーケストラにも所属しているのですか? NHKのモーツアルトのレクイエム観ていたら、似た人がいました。

(宮内 泉 様) (98/12/05)
A24 11月29日夜NHK教育TVの「フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ、モーツァルト/レクイエム」の放送をご覧になってのご質問と思います。ちょうどBCJの「マニフィカト」づくしの東京定期の日の放送でしたので、私もビデオで拝見しました。たしかに夏美さんがのっていらっしゃるようです。18世紀オーケストラには、かつては鈴木秀美さんも在籍されていたことがあったと思います。このあたりにお詳しいAHさん、何かご教示いただけませんか!
(矢口) (98/12/06)
18世紀オケは、常設のオーケストラではありません。ツアーや音楽祭への出演の際に、ブリュッヘンの音楽を心から愛する世界中のメンバーが集められるのです。若松夏美さんもその一人です。何年か前の来日時の「ベートーヴェン第9」のときも参加していました。最近発売されたベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲(1997年発売)でも若松さんはオケの一員として参加しています。かつては鈴木秀美さんも参加していましたが、ラ・プティット・バンドの首席チェロ奏者になってからは参加していません。BCJもあるし、首席奏者となるとなかなか掛け持ちも難しいのでしょう。メンバーを見ていると、どうやら18世紀オケが結成された1980年代前半に台頭してきた人たちが多いような感じです。若松夏美さんも1986年くらいまではヨーロッパで活躍していましたし。寺神戸さんなどはそれよりも少々後、80年代後半に出てきた世代です。 (AH) (98/12/07)

Q23 《ラテン語の発音について(「マニフィカト」)》
 
BCJのコンサートに備えて、バッハの「マニフィカト」のCD(下記の3枚)を聴きましたが、ラテン語の発音に違いがありました
   
  ・ピケット盤(初稿による演奏)ポリグラムPOCL-1787
  ・ガーディナー盤 日本フォノグラムPHCP-9034(限定盤)
  ・ヘレヴェッヘ盤 harmonia mundi FRANCE HMC901326
  
 ガーディナー盤・ヘレヴェッヘ盤と、ピケット盤には発音の違いがありました。
ピケット盤では、geを「ゲ」、magnaを「マグナ」と発音し、子音sが有声音になる場合がより多いように聴こえました。一方、ガーディナー盤とヘレヴェッヘ盤においては、それぞれ、「ヂェ」、「マニャ」と発音されています。(ガーディナー盤およびヘレヴェッヘ盤の発音の方がイタリア語的で、演奏における発音としては、一般的なように思われます。)
ラテン語は、時代や地域によって発音に相違があるようですが、バッハの作品の演奏にふさわしい発音とは、どのようなものでしょうか。また、BCJはどのような発音を採用されるのでしょうか
恐縮ですが、お答えをいただければ幸いです。よろしくお願いします。

(久保昭彦様) (98/11/15)
先日の質問(ラテン語の発音について)をHPに掲載していただき、ありがとうございました。
ご多忙にもかかわらず、ご回答をお寄せいただいた鈴木雅明さんにも心より感謝いたします
さて、先日の3枚のCDの中では、ヘレヴェッヘ盤が心に染み入るような美しい演奏で、特に魅力的でしたが、もっと力強さや躍動感が欲しいとも感じました。
BCJは美しさのみならず華やかさにも満ちあふれた演奏をされるものと、大いにコンサートを期待しています。

(久保昭彦様) (98/11/22)
久保さん、ていねいな「お礼メール」をいただきありがとうございます。私も色々学ばせていただき、感謝にたえません。
さて、話題のヘルヴェッヘですが、この20日(ブルックナー、ストラヴィンスキー、フォーレ)、22日(シュッツ、バッハ一族)のコンサートを北とぴあで聴いてまいりましたので、簡単にご報告しておきます。(合唱はもちろんコレギウム・ヴォカーレ。)
まず20日。初めて日本でヴェールをぬいだヘルヴェッヘ/コレギウム・ヴォカーレの音楽に圧倒されました。器楽はレストロアルモニコ東京(BCJでもおなじみの面々です!)。力強さと繊細な表現を兼ね備えた完璧な出来クオリティの高い合唱がどういうものかを思い知らされた感じでした。特にフォーレは圧巻。そして22日。シュッツとバッハ一族の宗教曲を端正に、そして表情豊かに聴かせてくれました。やはりクオリティの高い、素晴らしく通りのよい“鳴る”歌声ですが、沸き上がる躍動感やドイツ語の響きを通じての“神への思い”については今一歩物足りなさも感じました。BCJ合唱団も、今の持ち味を大切にしながら、さらに精進を続けて欲しいと思いました。 (矢口) (98/11/23)
A23 鈴木雅明さんよりお便りをいただきました!お忙しい中、いつも本当にありがとうございます。
さすがはBCJの聴衆。極めて高度ですね。現在の古楽の演奏家たちの間では、作曲家の発音を基本的に踏襲するというのが原則だと思います。ただしこれは例えばイギリスの音楽家たちが、モダン楽器と古楽器を持ち替えて、あごを楽器にあてたまま弾いて平気なように、どの程度オーセンティックに徹底させるか、というのはその演奏家によってかわってきます。(中略)僕は発音が音楽に与える印象の差は非常に大きいと思います我々のラテン語の発音については、次回のプログラムの制作ノートをご覧ください。29日をお楽しみに。」とのことです。(2通いただいたメールをまとめさせていただきました)
BCJとしての取り組みの実際は、まず演奏から感じ取ってください、ということと受けとめました。
そこで、29日に演奏をおうかがいした後、神戸公演(12/6)の終了を待って、プログラム誌上の制作ノートの概要をここにレポートさせていただこうと思います。29日の「マニフィカート」の第一声が楽しみです! (矢口) (98/11/19)
 実は、久保様のご質問について、私が加入している「バッハ・メーリングリスト」のみなさんにも投げかけをさせていただいたところ、たくさんのレスポンスを頂戴しております。内容もかなり深く、また広がっておりますので、いずれこちらについてもここに簡単にご報告させていただこうと思っております。MLの皆様、色々ありがとうございます! (矢口) (98/11/19)
《第36回BCJ定期公演プログラム、制作ノート》より
ラテン語の発音について(一部)
 
 ・・・BCJでは原則として、演奏する作品の作曲家が属している地域と時代に標準的な発音を採用するように努めてきた。今回、ライプツイッヒで演奏されたクーナウとバッハのマニフィカトに関しては、いわゆるドイツ語式による発音が、その音楽の求める表情、特にアーティキュレーションとの関係でより適切だと思われる。
 例えば、バッハのマニフィカト ニ長調版で作曲者自身が、第9曲目第34〜35小節の”inanes”という言葉を、小節線をはさんで”in”と”anes”に明瞭に分けて書いていること、またすぐそれに続く第10曲目第11小節で、アルト声部の”suscepit”という単語を”sus”と”cepit”に分けて書いている(この場合は段が変わっている)点などから、バッハが思い描いていた発音が、イタリア語的に「イナーネス」や「スシェピットゥ」ではなく、ドイツ語式に「イン・アーネス」「スス・ツェピットゥ」であることが想像できる。・・・

 以上、ラテン語の発音の話題の主要な部分引用させていただきました。このあと、ゼレンカの曲における考察などが続きますが、興味のある方はこのプログラム冊子をBCJ事務局に連絡してご購入ください。(^O^)
 「バッハ・メーリングリスト」でも色々なことを教えていただきましたが、おおかたのご意見は、やはり「ふさわしいのはドイツ語訛りのラテン語であろう」とのことでした。この話題、実際に合唱をなさっている方には常に課題となるものだったようです。確かにBCJでも、これから21世紀に向けて取り組む「ロ短調」でもラテン語とはご縁があるわけで、避けて通れない課題であったのですね。
 しかし、さすがBCJ、バッハの記譜の中にその思い描いていた発音を見いだすとは、納得いたしました。今回の「マニフィカトづくし」の演奏もレコーディングされたとのことですので、その発音を実際に聴いて確かめるのが楽しみです。
 (矢口) (99/01/03)

Q22 《ラ・プティットバンドのTVカメラについて》

矢口様、お久しぶりです。
今、話題のラ・プティットバンドですが、私も東京の紀尾井二日目の演奏を聴きに行きました。シギスヴァルトの統率力がよくわかりました。非常に上品な演奏でした。

ところで、気になったのですが、TVカメラが幾つかありましたが、なにか放送するためのものであるのかどうなのか、またどこで、いつ放送されるのか教えていただきたいと思います。
BCJの範疇外だとおもいますが、もし分かりましたら教えてください。

それでは失礼します。

(金原秀行様) (98/10/08)
A22 金原さん、こんにちは。ラ・プティットバンドの公演、本当に素晴らしいものでしたね。
さて、ご質問の件ですが、ニフティサーブの古楽・バロック部屋にも同様の問い合わせが寄せられていました。その中では投稿された方が「NHKのBSクラシック・アワーと思われる収録」とおっしゃっています。
私も確認したわけではありませんので、詳しくご存じの方がいらっしゃいましたら、是非ご一報ください
(「ブランデンブルク」プログラムもどこかで収録していないでしょうかネ。) (矢口) (98/10/11)
 本日、ラ・プティットバンド招聘もと「ソティエ音楽工房」に問い合わせをしたところ、今回の収録はNHKによるもので、BSでの放送を予定している、とのことでした。ただ、放送日はまだ決まっていないそうです。
 収録は10/1,5の紀尾井ホール公演とのことでしたので、「ブランデンブルク」プロも収録してくださったようです。
 詳しいことがわかりましたらまたこのコーナーでお知らせいたします。楽しみですね!
(矢口) (98/10/14)
 テレビ情報誌によりますと、今回のラ・プティットバンドの公演が、11月のはじめ、さっそくNHK衛星第2放送でオンエアになるようです!
  ・「BSクラシックアワー」11月2日(月)8:05〜9:00《ラ・プティットバンド(1)》
    
1.「ブランデルブルク協奏曲 第6番 変ロ長調 BWV1051」(バッハ)
     2.「ブランデルブルク協奏曲 第5番 ニ長調 BWV1050」(バッハ)
     3.「ブランデルブルク協奏曲 第3番 ト長調 BWV1048」(バッハ)
  ・「BSクラシックアワー」11月3日(火)8:05〜9:00《ラ・プティットバンド(2)》
 
    1.「フルートとバイオリンとチェンバロのための協奏曲 イ短調 BWV1044」(バッハ)
     2.「”音楽のささげもの”より 6声のリチェルカーレ」(バッハ)
     3.「組曲 第2番 ロ短調 BWV1067」(バッハ)
  ・「BSクラシックアワー」11月4日(水)8:05〜9:00《ラ・プティットバンド(3)》
     1.「ブランデンブルク協奏曲 第4番 ト長調 BWV1049」(バッハ)
     2.「2つのバイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043」(バッハ)
     3.「バイオリン協奏曲 第1番 BWV1041」(バッハ)
      *3.は、ジーン・ラモン〔Vn〕、ターフェルムジーク・バロック・オーケストラ
 いよいよあの名演がよみがえります!どうかお見逃しなく!!  (矢口) (98/11/01)
 上記のラ・プティット・バンド(LPB)の番組が、明日2月1日から3日連続で、上記と同じ時間帯で再放送されます!(NHK衛星第2放送) 前回お見逃しになった方のみならず、さらに多くの方にもご覧いただきたい演奏です。是非ご覧ください! (矢口) (99/01/31)

  ・「BSクラシックアワー」 ’99年 2月1日(月) 8:05〜9:00 《ラ・プティットバンド(1)》
 
 ・「BSクラシックアワー」 ’99年 2月2日(火) 8:05〜9:00 《ラ・プティットバンド(2)》
 
 ・「BSクラシックアワー」 ’99年 2月3日(水) 8:05〜9:00 《ラ・プティットバンド(3)》

'98年のラ・プティット・バンド(LPB)来日公演の模様が、明日7月24日から3日連続で、上記と同じ時間帯で再放送されます!(NHK衛星第2放送) バッハ・イヤーの企画の一環として放送されるものと思われますが、今年のBCJ「ブランデンブルク協奏曲」公演を思い出しながら、楽しむのも一興ではないでしょうか。お楽しみください! (矢口) (00/07/23)

  ・「クラシック倶楽部」  2000年 7月24日(月) 8:05〜9:00 《ラ・プティットバンド(1)》
 
 ・「クラシック倶楽部」 2000年 7月25日(火) 8:05〜9:00 《ラ・プティットバンド(2)》
 
 ・「クラシック倶楽部」 2000年 7月26日(水) 8:05〜9:00 《ラ・プティットバンド(3)》

Q21 《BWV138、第1曲目のテノールパートについて》

今回の定期公演(第35回東京定期)で取り上げられたBWV138の第1曲目のテノールパートを、BCJではソロの部分と合唱になる部分に分けていらっしゃいましたが、どのようなお考えからそのようにされたのか、お聞かせください。
従来より同曲中のアルトパートの一部は、レチタティーボとして演奏されてきているようですが、今回の措置によってテノールパートでも語り風な部分とコラールの部分が見事に対比され、素晴らしい効果をあげていたと思います。
 
(矢口) (98/09/28)
A21 コンサートの当日に鈴木雅明さんに質問をお伝えしておりましたので、お答えも同時にUPさせていただきます。鈴木雅明さん、お忙しい中いつも本当にありがとうございます。
 この作品(BWV138)の第1曲、第2曲を見ると、コラールの間に、ソプラノ、アルト、バスに順次レシタティーヴォが挿入されています。このスタイルは、一般的にはソロとTuttiの対比とも考えられますが、コラールがトゥッティと決まっていたわけでもなく、当時の合唱の人数が各パート多くて2〜3人、すべてが1人で歌われたこともありうるとすれば、そもそもコラール対レシタティーヴォが必ずしも(パート内の)トゥッティ対ソロの対比とは限りません。しかも、ライプツィヒで1723年に演奏されたカンタータのうち、22番、23番、75番、76番、さらに再演された21番などに、ソロ、トゥッティの対比がもちいられていますが、これらはすべて、各声部が対等なフーガの入り、または合唱との対比ですので、確かに、この138番とは大分事情が異なります
 この138番の場合、アルト、ソプラノ、バスのレシタティーヴォ部分はソロを想定していることが確かですが、テノールの冒頭は、コラールを導くほんの一声ですから、必ずしもソロとは限りません。(以前演奏したときはテノール全員で歌いました。) しかし、ソプラノ、アルト、バスがあって、なぜテノールのソロは登場しないのか、という疑問が湧きますし、テノールの冒頭もレシタティーヴォとは言えないものの、オーケストラの導入モティーフを切々と歌うわけで、それに続くコラールとは非常に大きなコントラストを作っています。そして、このカンタータの場合オリジナル・パート譜が失われ、自筆スコアだけが残っている現状を考えると、演奏の細部に渡る指示が欠けていても必ずしも不自然ではない、というような事情を考慮して、今回はソロの方が、より効果的だと判断したのです。

(鈴木雅明さん) (98/09/28)
追記(お答えの中の下線部に関連して)
コンサート当日にこの質問についてお伺いした時、「それぞれのパートの中でソロで歌う部分とトゥッティで歌う部分の指示は、多くの場合スコアではなくパート譜に記載されていた。この曲の場合はそのパート譜が現存していないので色々な観点から考え今回の形になったのです。」とのお話も伺い、なるほど!と思った次第です。(矢口)

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