更 新 メ モ 過 去 ロ グ
(2017/1/1 - 2017/6/30)


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1月31日。年が明けたと思ったら授業期間が終わり。

お正月はことしも実家でゆっくりと過ごした。例年のごとくにおいしいぶりをいただきながら毎日乾杯乾杯、今年もよいお正月を迎えられてけっこうなことである。お正月と言えばの向田邦子ドラマなどもやっていないので、まぁ映画などということで、BSでやっていた『社長外遊記』『続・社長外遊記』など見つつ、森繁やフランキーや三木のり平の芸もさることながら、草笛光子、新珠三千代、久慈あさみといった女優陣がでてくるたびに「草笛光子が若いねえ」「新珠三千代がこんなところに出てるねえ」「そうそう久慈あさみ久慈あさみ」といったぐあい。あと『はやぶさ奉行』、片岡千恵蔵の金さんと大川橋蔵のねずみ小僧の顔合わせ、など。まぁお気楽な感じで。

まぁそんなかんじのお正月休みを過ごし、まぁ正月明けに提出の作文の宿題をまずはぶじに提出して、そうこうするうちに学校が始まり、あれよというまにセンター試験、あれよというまに授業の最終回、あれよあれよで授業期間が終わって、また卒論の口頭試問も終わった。このへんは毎年あっという間、ということである。

そしてまた、なんとなしに先延ばしになっていた研究会スピンオフ企画「学会誌を読む会」の第二回を実施した。今回は会場として、天理大学の新しい大阪オフィスを使ってみた。少し雨模様の当日、「こぬかあめ降る〜御堂筋・・・」などと口ずさみつつ。今回読んだのは『社会学評論』で、ちょうど参加者の論文が掲載されてたということでそれを中心に、6本の投稿論文のうち4本をとりあげることができて、またああだこうだと感想を言いあったりしてたのしかった。
そして、本体のほうの「教育・文化研究会」の第8回の日程も決まった。3/6(月)のお昼から。場所は未定。ちょっと先だが今から楽しみである。

月がかわれば、入試シーズンと年度末の事務仕事と会議、そしてしかし、授業期間が終わったのだからちょっと勉強の時間が取れて、また、論文を書くというシーズンにも入る。そういうのを楽しみにしよう。


 


2月27日。このところなにをやっていたのか。

気がつくと月末なのでやはり2月というのは短いなあと思うわけだけれど、思えば2月の28日間というのは31日間ある月より3日短いわけで、まぁ1割短いと言ったってものすごくばちが当たるわけでもなかろう。それにつけて思い出すのはこれも昔むかしあるときふと思ったことで、身長160センチちょいの人と身長180センチの人とはざっと1割違うわけで、それで歩幅が身長に比例するとすれば歩幅も1割違う、そうすると、まぁおおまかな言い方をするとおなじ100メートル競走をしても人によって距離が1割がた違うんじゃないのか、10メートル分ぐらいのハンディがあるじゃないのか、もしマラソンをやったら4キロ分ぐらいのハンディがあるじゃないのか、と。まぁその計算に関してはたぶんウソなのだけれどそれはともかく、2月の短さはちょっと本気にしたくなるところではある。さてしかしなにがすごいといってこのところなにをやっていたのかさっぱり思い出せないわけであった。2月の前半まではあれですよ、例年のパターンで、試験監督やって成績つけやって、卒論発表会と追いコンがあって入試があって、会議がごしゃごしゃあって、気がつくと2月が半分過ぎていました、これを今年も例年のごとくやっていた、これは思い出せる。もんだいはそのあとで、毎年2月末に〆切が設定されていて、今年もそうなのだけれど、いまひとつそのあたりの記憶がさだかでない。なんかこう、2月の前半が過ぎたあたりから記憶がすーっと消えていって気がつくと月末、的な。さてはこれが時間泥棒団のしわざというやつか、と思い、そしてしかしそういえば『モモ』読んだことなかったことを思い出した。やれやれ。まぁ、ともあれ、思い出せないということは、淡々と無理せずやっているからまったく記憶に残らない、といったところか。
ついいましがたも、過去のここの記述、何年前にはなにをやっていたのだろう等々、読み返してはそれを書いたときのこととか心境であるとか、思い起こしていたのだけれど、しかしこのたびばかりは、のちに読み返してもなんのてがかりもないだろうなと。どうしたものか。

ひとつ思い当たったのはやはり、ぼんやりとネットを見ていることが増えたな、と。それにはやはりわけがあって、去年、イーモバからWiMAXのポケットWi-Fiに変えて、なんか下宿の勉強部屋のPCでもリビングのノートPCでもタブレットでも何のちがいもなくいつでもネットに繋げるようになったのに慣れてきたという(ついでにいうと今日のこのくだらない文章の下書きは、Googleドキュメントで書いてみたんだが、複数のPCを使っていたら確かに便利)。なので、なんかちょっとしたことで見る、ちょっとわからないこととか気になることが浮かんだら見る、あるいはTwitterのタイムラインをなんとなしに見る、等々、という、「ネットに繋ぐぞ」という意志を持って繋ぐというより、まぁ学生さんがスマホを机の上に置いてちらちら見ずにいられないような − と書いているうちに、それはつまりネット依存、ということなのだなといまさらながら、さらに思い当たった。なるほど。思い当たる連続である。時間泥棒団はこのへんにいたわけである(たぶん『モモ』を読んでみたらネットのことが書いてあるに違いない)。
ついでにまたそれはなぜかというと、まぁネット依存一般、ということかはともかく、やはりまぁコミュニティの感覚なのだろうなあと、まぁありきたりでもあり自分が論文に書いていたことでもあるようなことなのだけれど、まぁ、引きこもっていつつネットのなかにコミュニティの感覚をもつのです、的なことにこれまた思い当たり、思い当たりの連続で悟りを開いてしまいそうになるわけだけれど、まぁ着地点としては、そのコミュニティというのは自分の場合は研究のコミュニティ、ということなのである。
それは、研究会を立ち上げて2年になり、ずっと「研究の交流とか情報交換とか、ざっくばらんにできる「場」がない、それがあればいい」と言っているわけで、まぁけっきょくのところつねづね言っていることに着地するわけだ。あれやこれやで2年前よりは前進したと思うし、まだまだとっかかりで、これからというのもある。たとえば、この時期にちょっとまとめるものについて、ちょっと読んでもらおうとか意見を聞いてみようとかアイディアをちょっとおしゃべりしながらまとめていければとか、そういうことができる「場」というのは、いま自分にはないし、そういう「場」はほんとうはあったらいいはずなものなので。というようなことをやはりいちばん考えるのはこの時期ということになるのだ。

花粉のシーズンがそろそろ始まるということで、朝、ふと目に涙が浮かんでいることに気づく。これは・・・と思うまでもなく、花粉なのだ。まぁ、いまのところ今日あたりはまだ本格的に花粉が飛んでいるわけではないし、だいいちひきこもりで戸外を歩かないので大丈夫だけれど、まぁ用心しつつできれば楽しい春を過ごしたいと思う今日この頃なのである。


 


3月30日。あっというまの新学期/体温計/帰省。

ようやくなんとなく春らしい気候になってきたと思ったらあっというまの新学期である。学校でいろいろな先生方と顔を合わせては、始まりますねえ、あっというまですねえ、と言い合う。まぁ、あっというまでせわしない、ともいえるし、まぁそんなことを言い合っては、やれやれ、といった顔で肩をすくめては笑い合っているわけで、まぁのんびりとした職場であって結構なことなわけである。

この3月というのはしかし、何をしていたのかと思い起こせばまずは2月末から体調を崩し、まぁ風邪ということなのだけれどどうやら平熱が低くなっているようでせいぜい微熱程度でどんよりと熱っぽい。医者に行くと、喉も赤いしいちおう微熱もあるのでということで注射を一本打ってもらって風邪薬をもらって帰り、まぁそれで授業も会議もない日はこれ幸いと寝て過ごし、しかし2月末から3月頭というのはあれこれ会議や公務やその他その他の用事が立て込む時期に重なりもして、ちょっとタフだったような気もする。しかし、あれやこれやの会議、入試監督、そして楽しみにしていた第8回「教育・文化研究会」まで、なんとかかんとかぶじにできたのでよかった。

そしてまた、風邪はやがてだいたい良くなったものの、しばらくは体温が安定せず、起き抜けに測ると異様に低く、朝食をたべると少し上がり、少し動くと少し上がり、みたいな変温動物的状態が何日か続いてうんざりした。これじゃカエルですよといいつつ無暗にショウガを食べたりしつつ、しばらく様子をうかがっていたが、あるとき思い立って新しい体温計を買ってそれで測ってみたら、まぁ従来のものと測定値はあまり変わらず、ただ20秒で測れますというのと、測れた時の電子音が少し大きくてわかりやすく、じつはそれが高音難聴気味の身にはとても有り難い。体温計をわきにはさんで時計の針を見つめながら20秒、そろそろかしらと思う頃にチチチ、チチチ、と電子音が鳴る。そろそろなるぞと思って耳をすませばこそ聞こえるというのもあるだろう。いままでのが90秒とかで、それだと集中力が持たなくて聞き逃す。あるいは聞き逃したかもともとうまく測れてなくて何もならなかったのかわからなくて困惑する。そうなると表示されている数字も正しいのか間違っているのかわからずに一層困惑する。それが、20秒でだいたいそれらしい温度がわかり、しかも音がだいたいちゃんと聞こえる、というのは、さしあたり精神のほうの健康によい。ともあれそうやってまた体温をしげしげと測っているうちに、まぁ時が流れたというのでしょうか、だんだん体温は落ち着いてきて、平熱も平熱らしい平熱になってきた。よかった。もとにもどったともいえるし体温計が新しくなったぶんだけプラスともいえる。

風邪で寝ているときは、YogaTabletを枕元に置いて、Webラジオアプリでジャズ専門局をずっと流してはうとうとしていた。ビバップ専門だということで、なるほど、ビバップ〜ハードバップとウエストコーストだけの選曲で、聴いたことある曲があったり、まぁ聞き覚えのありそうな演奏だとちょっとしたブラインドテスト気分でうとうとしながら聴いていたわけである。
それで少しジャズのほうをまた聴こうかという気になって、ジャズ本をめくってみたり、CD棚のハードバップのものを何枚も聴いてみたりして、まぁそうするとやはり悪くないわけである。それで、まぁ春ということもあり、また中古レコード祭りの報など目にすれば、身体もよくなったことだし、新学期に向けて気持ちの切り替えは重要、気散じの必要性もありますよ、などといいつつ某日、街へとふらふら出かけ、中古レコード祭りの段ボール箱をごそごそと漁ってみたり(その時は収穫はなかった)、また別の日には中古レコード屋のはしごをしてみたりして、そのときは何枚か買った、というかですね、店に入って客が自分だけで、後ろでバターンとドアが閉まって店主と二人きりになり、そこでジャズの棚を物色していると店内に流れていた曲がふと好みっぽいジャズに変わったりする(聴いたことない演奏だけど曲自体はたぶんAECだと思うのでAECのライブか何か?ちょうどそのときフリー系のCDを何枚か見ていたのを見透かされた的なことはありそう)みたいなことがあると、まぁ買わずに出ていくわけにもいかなくなる。まぁある種の監禁商法といえなくもないけれど、まぁ嫌いではないのでよしとするし、まぁそうやって何枚かの収穫を手に帰宅することになるわけである。

年度末の事務手続きをあたふたすませ、卒業生を送り出し、あっというまに新学期を迎える準備がはじまる。3月の後半はそんなかんじで、気がつけば、春休み期間に帰省しようと思っていたのに日程があやうく組めなくなる。それでも、これで断念してしまったらなんか会議や校務に負けたような気になるというわけで、間隙をついてはんぶん意地で帰省。とるものもとりあえず、いちおう仕事用に古いXPのサブノート「音響さん」をひっぱり出したのは趣向、それからちくま日本文学全集の百閧1冊かばんに放り込んで汽車に乗り、そういうわけであまりのんびりできなかったけれど、実家では稀勢の里のまさかの逆転優勝も見れたし(照ノ富士びいきのわたくしとしてはちょっとざんねんだったにせよ)、鯛の煮付と、あと汽車の乗換駅の土産物屋で買ってきたあれこれで乾杯(やはり土産物は昔ながらのがいちばんだねえ等々)、大河ドラマを見たり録画してあった時代劇を見たり高校野球を見たり、まぁやはりのんびりと過ごした。ありがたや、これでまずリフレッシュは成った。

そしてしかし、娑婆に戻れば、スイッチ切り替え、もはやまったなしの新年度である。のぞむところだ。


 


4月30日。新年度。このところなにをやっていたのか。

ことしはなんだか桜が咲いていてもあまり花見的なことをしなくて、まぁ花見なんて今年に限らずしないのだけれど、それでもいつもであればなんとなく桜の並木のあるようなところとかを自転車でぼんやり走っては、「今年も桜がきれいだわー」とか思ったりするもんなのだけれど今年はそういうのもあまりせず、ようやく桜の散り初めのころに近所を散歩したぐらい。ふだんあまり歩かない道を歩いて、なにか大きな桜の木があるような寺があって、それが20年ぐらいこの界隈に生活していてはじめて気がついたそれなりに由緒のある寺だったりして、まぁ散歩というのもするものだとは思った。そのていど。

そう、勤続20年で賞状などもらった。いまの職場に拾ってもらって、勤め始めて20年たったわけである。あっというまという気もするしずいぶん経った気もする。ふだん行かない部屋に集められて、ひとりひとり名前を呼ばれて賞状をもらった。同期の先生と、やれやれ20年なんですねえと言い合う。

そしてさらにもうひとむかしの話、この春には、なんだか、自分が大学に入学して新生活を始めたころのことを思い出したり喋ったりということが多かった。3月末に帰省した時とか、そういう話をしていた。そうして、もうこれはだから30年以上前ということになるのだけれど、実家からこちらに来て大学に入り下宿ぐらしを始めた前後のことを思い出したりしたわけである。新生活を始めるにあたって大学生協で一式を買い物したとか、そのときについでにもらって帰ったカタログには、当時の単身者用の電化製品の「it's」とかいうトータルデザインのシリーズが載っていて、なんかかっこよさそうだったけれどそれは買わず、電気湯沸かしだけその「it's」とかいうやつだったなあ、等々、まぁとりとめのないことを思い出したりする。また、受験のとき、本番の予行演習と下見を兼ねて受けた私大入試には父親につきそってもらっていたのだけれど自分が試験を受けているあいだに保護者控室で待っていたときの話とか聞いたり、あと、入学式には父親に来てもらっていたということを聞いて思い出し、なるほど、それでは大学の近くのあのとんかつ店で煮込みとんかつを父親と食べた覚えがあるのがそのときだったのか、などと、あやふやだった記憶のつじつまがあってきたりもしたものである。なんだか、その時期のことは妙に記憶が薄くて、まぁそんなもんかもしれないとはいうものの、実家を離れて一人暮らしをして大学に入って、おおきな出来事が次々とあったはずなのに、奇妙にあやふやなのである。まぁ、必死だったということなのだろう、誰だって生まれたときのことは覚えていない、それと同じことなのではないかしらん。

そう、大学に入学して入居したワンルームマンションは、ちょうど新築のところで、門のところに大きな桜の木があって、春はとてもきれいだったという覚えがある(そして葉桜のころには毛虫がたくさん落ちていたとも)。その桜はたしかもうなくなっているのだけれど、下宿はまだあってたまに自転車で見に行ったりする。変わってないなあとか変わったなあとかそのときどきで適当に感傷的になって、まぁそれだけで帰ってくる。

さて、時は流れ、流れ流れて現在に戻る。新入生を迎え、新学期が始まり、新たな気持ちの4月、なわけであった。あれこればたばたしつつ、まぁあとから思い返せばその時々でそれなりに必死でということにもなるだろう、まぁがんばっていくべしというところである。

 

 


5月31日。ゴールデンウイークがあり合宿研修があり後半は通常営業の5月。

ゴールデンウイークのある日、松浦理英子の新刊がでたというのを勢い付けに自転車でふらふらと大型書店に出かけ、なんだかんだでマンガと併せて6冊ほど買ってホクホクと帰る。マンガはすぐ読むにせよ、また積読が増えるんだけどねと思いつつ、しかしまぁそういうものである。ところでゴールデンウイークと言えば古本まつりが開催されるのである。それではやはり参戦せざるをえないでしょうということで数日後また自転車でふらふら出かける。さわやかな5月の風と光が嘘のような屋内の会場は広くて隅から隅まで3時間半ぐらいかけて閲して既に文庫で持ってるこれまた松浦理英子の初版単行本を含めこれまた6冊ばかり購入。ふしぎなもので、古本の背中が並んだ棚をずっと眺めていると、少しあるいはかなり欲しい、という欲が刺激されると同時に、こんなことをしているばあいではない、下宿にはこれよりもっと面白いはずだと思って買った本が積読になっているではないか、今すぐこの会場を飛び出して帰宅して積読の本を一冊でも読むべきだ、読みたい、という欲も喚起されてこなくもない。それでも6冊も買ってまたそれなりにホクホクと帰宅すると、まぁそのうち2,3冊読んであとはまた積読になってしまう。こんなことをしていては積読の本がどんどん増えていってしまうではないかという理屈なのだが、それはそれとして、結果として何冊も読むわけなのでこれはまぁそういうものなのであるという理屈もまたある。あるいはまた、さわやかなゴールデンウイークの日々に自転車をころがしたことだけでよかったじゃないかという理屈もある。あるいはまた、理屈などないのだという理屈もある。

3月の帰省がちょっとせわしなかったとか体調的にもいかにもくたびれていたということもあり、まぁあらためてのんびりと帰省した。帰省ラッシュをうまく避けられたので特急もゆったり。実家では庭に大きなしゃくなげのつぼみがふくらんでいて、居間で寝ころがって窓越しに眺めている何日かのうちにそれがいくつも開いた。テレビで再放送の時代劇だとか、きたるべき5月場所のみどころを伝える特番だとか見ながら、まずはのんびりとすごした。まぁそういうゴールデンウイーク。

そして、連休明け。提出すべき宿題とかは連休前とか連休中にあらかた形をつけてあったのですんなり提出したが、それはそれとして、授業に加えてミニオープンキャンパスだとかなんだとかの仕事が続いてさらにその週末には専攻の合宿研修、という流れが、連休明けからいきなりのトップスピードというかんじではあった。今年の合宿はいきなり雨にたたられて初っ端のウォークラリー、駅から施設までのウォーキングという企画が中止、あれやこれやで急遽バスでの輸送になったあたりがいきなりのハイライトで、なかなか大変だったものの、まぁ終わりよければすべてよしというところに着地したようでまぁなによりだった。振り返りの材料もたくさんできたし、といったところ。

そしてまた例年のように、合宿が終わればようやく通常営業で、4月の新学期以来ばたばたとしていたのも一段落、春学期の授業も中盤にさしかかる。落ち着いて日々のペースを作っていくべしである。あっそうそう今期は朝ドラがたいへんに充実している。特にこの5月の展開、主人公が東京へ集団就職してラジオ工場の女子寮の仲間と繰り広げるあれこれには、脚本がよいのか演出がよいのか、まぁともあれ毎朝号泣しては、録画してまた見直して号泣しているような始末である。まぁそんな調子でのんきに日々を送ることができればよいのではないだろうか。なんだいいきなもんじゃないか。