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(2019/1/1 - 2019/6/30)


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3月4日。あっというまの3月。このところなにをしていたのか。

このまえここに何か書いていたのが年末で、ハッと気づけばいまが3月。その間なにをしていたのか。まぁふつうにしていたらこうなったのだから、これがふつうなのだとも言えるし、ふつうの人はこんなところにこんなことを書いたりしないのだからそれがふつうで大いに結構じゃないかという気もするものの、まぁそういわずにこういうところにたまに何か書くようなつまらないことをするぐらいがちょうど自分にあっているとも言えなくもない。つまらない人間なのだからふつうに忙しくするなどと立派なことをかんがえずにつまらない作文などこんなところに書いているぐらいがちょうど人としての器に合っているはずでしょうともいえる。
そういうわけで年末に帰省して、大きなブリをお刺身にしたりぶり大根にしたりしたのをいただき(たいへんに立派なブリでしかもたいへんにおいしかった)、めでたくお正月も迎えることができ、食っちゃ寝ーの生活を送って、そうしているとなんか阿鼻叫喚の巷に戻るのもアレだなあと思いはしたがまぁ仕方ない、現場復帰を果たし、授業をやり、センター入試のややこしい役もなんとか切り抜け、卒論の口頭試問も無事終了、2月になると卒論発表会と「送る会」があり、また入試、成績を点けたりシラバスを書いたりがあり、学外のアカデミックな役目のお仕事もしつつ、おなじく学外のさる協議会の委員のお仕事もありそこに今回は学生さんに参加してもらうということになったのも含め若干緊張してたものの学生さんのほうが落ち着きはらってしっかりやってくれたのでまずは成功ということもあり、それが2月末のこと。そういう書き方をすると、なんだかやはり人並にあわただしく過ごしていたのだという気になる。一月は行く、二月は逃げる、等々。

それで、ひとつなにか忘れてはいませんか?この時期には論文、を書くんじゃなかったですか?という心の声が、遥か遠くのほうから聞こえてこなくはない。ふしぎだ。

お正月の帰省から下宿に戻ったあたりからか、左手がちょっとしびれるかんじがあるなあとは思っていたのだが、血行の具合かしら、肩こりかしら、ぐらいに思っていたけれど、どうもしびれの感覚が消える気配がないので、まぁ少し検索してみたらどうやら首であるようだ。それで、首をぐりぐり回したりしていたらよけいしびれたり痛くなったりしてきたので、医者に行った。問診といろいろな診察、そしてやはりレントゲンを撮ってもらったら、フムフム、まぁきれいなほうだけど、ここがちょっと狭くなってるでしょう、ここが神経に当たってるのかな、等々の診断をいただき、まぁおとなしくしていれば治るだろう、痛くなったら痛み止めの頓服を飲むべし、という路線で、あと、「首、ひっぱっとく?」とカジュアルに言われ、「・・・えぇ・・・?」としりごみをしていたら笑われた。リハビリ室には常連の人たちがたくさんいて、なごやかなふんいき。自分の名前が呼ばれて、専用の大きな装置に座って首をひっぱってもらった。まぁじわっと力をかけるぐらいのかんじだったので想像したような恐ろしいものではなかったけれど、まぁ一発で何かが変化するとか治るとかいうようなものでもなかったかんじ。まぁ、かといって、一発でなんとかしようと思い切りよくヒューっとひっぱるというわけにもなかなかたぶんいかないのだろうから、あのくらいがちょうどよかったのだろう。難儀であれば仕事帰りでもときどき通って首をひっぱるといいですよ、ということだったけれど、まぁそのあとおとなしく暮らしていたこともあり、まぁ痛み止めの頓服も飲むこともないし、首をひっぱりにも行ってない。で、しびれる感じはまだあるけれど、まぁおとなしくしているので痛くなったりはしないので、このようすで徐々に収まっていけば治るのでは、という気もする。まぁ治らなかったらまたひっぱってもらえばいいのである。
寝転んで本を読んでいると首を後ろに起こす姿勢がよろしくないようである。勉強はしないほうがいいという天の声かもしれない。

それで、ものは言いようというのはこのことではないでしょうか、気がつけば春が来るのですから。二月のうちはまだ、晴れた日と寒い日が交互してこれがほんとの三寒四温、などといっていたのだけれどいつのころからか朝、起きると、目が潤んでいるわけですよ、そうやって春の訪れを寿ぐわけです、寿いでそれでもって花粉症の薬が賞味期限過ぎてたので買いなおしたやつを飲む。春が来るというのはやはりどこかしらうれしいもので、風が暖かくなって花が咲き、花粉が飛んでくるのに対してはマスクと薬でもっててきとうに折り合いをつけるコツはまずまずつかんできたものとして、まずはうれしい気持ちにひたるべしである。


 


4月4日。気がつくと新年度がはじまってた

桜が咲いて四月。あれよというまに新年度がはじまっていた。はやいものだ、というか、はやさだとかおそさだとかとは別の次元で、意識を失って気がつくと時が経っている、というかんじもなくはない。春休みはいったいどこにいってしまったのか。自分にあたえられていたはずの時間たちはいったいどこにいってしまったのか。

タイミングをみはからって数日間の帰省。まぁそれでもいちおう数日間はとれたので、よしとすべしである。いつもはなるたけごろごろとすごすのだが、ひさびさにいちど花粉症の薬を買うために散歩がてらドラッグストアに行った。実家のごく近所ではあれ何十年ぶりに(でもないか)歩く道で、以前はなかった店ができて少しだけ様子が変わり(あるいは意外にも様子は変わらず)、小一時間の散歩でもそれなりに新鮮だった。まぁしかしそのぐらいであとはなるたけ食っちゃ寝ーの日々を過ごし、たまたまテレビでやっていた『天国と地獄』を、仲代達也が出てくるまで、といいつつ見始めてついつい釣り込まれ、こたつでお菓子を食べながら最後まで見たりとか、それで晩になると例によって乾杯乾杯というぐあいで、まぁありがたく気散じができた。

阿鼻叫喚の巷に舞い戻り、なんやかんやしているうちに卒業式が過ぎ、なんやかんやしているうちに3月末には年度初めの会議があり在学生ガイダンスがあり、週明け、4月に入ると入学式、新入生がはいってきて、それから専攻の新入生保護者懇談会(がちょうど11時半スタートということで、率先してスマホ中継で新元号の発表を確認、ぐずぐずしたあげくに会見が遅れて始まり、新元号が発表されたのを確認して、保護者の方々と「へえ〜」と言ってから安心して懇談会再開)、また新入生オリエンテーションと歓迎研修があって、あれよというまに授業登録、で明日から授業開始、というところで冒頭に戻る。

そうそう、首のぐあいがかんばしからずというところまでが前回までのお話で、しかし、名医に当たったというのか、医者の予言の通りに、おとなしく暮らしているうちにだいたいおさまってきた。まだ姿勢の具合とかによってはやや手がじんわりしてくることはあるし、まぁ寝ころがって本を読むとか、寝床にはまって枕もとのテレビで映画を見るとかそういう首をグッと後ろに曲げる姿勢は控えているし、同じ理由で自転車に乗って長い距離を走っても、両手足で身体を支えながら前を向いてガタガタ走るというのが首によろしくないかんじなのでこれも控えていて、つまり本を読んだり映画を見たり自転車で外に出たりという自分の主たる業務であり楽しみだったことをのきなみ控えてはいるのだけれど、まぁそれはそれ。ぐあいがよろしくなかったのがなおってきたというのはまことにありがたいはなしで、せっかくなのだからしばらくはおとなしくしているべしということである。


 


4月30日。平成最後の日だそうだ。ゴールデン感を打ち消すねえ。

だんだん今学期の生活のペースが見えてきた。今年度は時間割の組み方が極端で、春秋のバランスが偏ってるというか春学期にくらべ秋学期のほうが講義科目が3つ多いという。まぁそういうこともあるだろう。いまのうちは春なんだからのうのうと過ごすべしである。

そうこうしているうちにゴールデンウイークに入っているのだが、世間では10連休だとか言っている割に大学は − 例によって例のごとく文部科学省の陰謀によって − 授業日が設定されている。そうするとテレビなどの殊更な浮かれぶりとの落差によってずいぶんと休みを損したような気になるのだが、まぁふつうに考えて、連休で遊んだり浮かれたりする人たちがいるということはちょうどそのぶんだけ働いている人たちがいるということなのだから、自分などはのんきなほうなのだろう。某日、本棚を並べているうちに物置のようになってしまっている部屋のいろいろなガラクタをより小さい段ボールにパックして − 捨てはしない、コンピューターがファイルを圧縮して保存するようなものである − まぁほんの少し片付けたりして、まぁそれで一日が暮れたのだからのんきというべしである。
しかし、今年は改元だのなんだのということで騒がしいのである。どちらかといえばそちらの騒ぎによって、のんびりとしたゴールデン感があってしかるべきところをいちじるしく打ち消している。気がつけば平成最後の日、なのだそうで、なんだか大つごもりというか黙示録的というか、のんびりどころか全体的に終末感が横溢してついつい悔い改めたくなってくるというものだ。やれやれ。

昭和が終わって平成が始まった日というのを自分はいまいち経験していなくて、というのもたしか卒論の〆切り前だったかで、とにかく煮詰まっていたのでテレビのコンセントを抜いて暮らしていたので、その日にテレビを見てなかったんである。たしか散歩にでかけてちょっと見晴らしのいいところで、へえ、終わったのか、とぼんやり思っていたような覚えがある。そういうわけで自分は平成元年3月に学部卒業、4月から大学院に入ったわけで、まぁ言ってみれば平成の年月というのは自分がこの業界に足を踏み入れてからの年月とイコールといういいかたもできるわけである。このちょうどまるまる30年ばかりというのは、何だったのか、何があって、何が終わりになるのか、等々、ぼんやりと考えなくはない。思い起こせば恥ずかしきことの数々、 今はただ後悔と反省の日々を過ごしておりますれば、といったところ、まったくもって大いに悔い改めるべしである。

とかなんとか言いつつ、まぁほんとに反省するわけでもなく、というかいつなんどきだってうっすらと後悔ばかりがだらだらと持続する日々であれば反省などというものの付け入る隙も実はなくて、ただただ無為に過ごしているわけである。それで、この春は学内の公開講座の担当の委員になって、大阪の阿倍野市民学習センターで5回シリーズの人間学部公開講座というのをやっているのだが、そのチラシに前口上の短い文章を書いたのが以下の通り、なんのことはない、5回シリーズの途中で元号が変わるというのをちゃっかりイタダいて、それっぽい作文をしたものである:

「ひとつの時代が終わり、あたらしい時代が始まる − わたしたちはこの時の移りゆきに身をおきつつ、その変化を見届けようとしています。そして「人間」には、歴史から学び、自らの手で未来をつくりだすことができます。昨年度にひきつづき、本講座では「人間学」の多様な視点から、現代を生きるわたしたちの問題に迫ります。
「人間」のありかたを掘り下げて探求し、また、「人間」がつくりだしていくあたらしい世界を展望しながら、わたしたちが現代を生きていくヒントを探っていきましょう。」

さてしかし、1月にやった作文もじっさいにこの時期になってみればそれっぽさも想定外になったものだ。やれやれ。

やれやれ、である。ゴールデンウイークなんだから気楽にぼんやりと過ごしたいものだ。春といっても桜の時期はあっというまで、なんだかせかされるというか、いつも自分がお花見に遅れてしまったような気分になってしまうわけで、今年も盛りを過ぎてからようやく鴨川の端を少し歩いて義理を果たしたような、しかしすでに葉桜になりかけたところを見てはなんだか宿題を遅れて提出したようなばつの悪さがあったわけで、いつもながらのうっすらとした後悔、そういうわけでゴールデンウイークには、なんということもなく春の終わりらしいぼんやりかげんがちょうどいい気がするんである。いつかのゴールデンウイークはむやみに晴れ渡って風が吹いていた、いつかのゴールデンウイークにはホームセンターでジャンクなプラスチックの青い電話機を買った、やたらと肉を焼いて食べた、岩倉のほうまで自転車で散歩に出かけた、百万石でゴダールとかブニュエルのビデオを借りてずっと見ていた、エリック・ドルフィーの中古LPを買った、公園のベンチで『エミール』を読んでいた、等々・・・ゴールデンウイークというのから断片的に思い浮かぶ快かったはずの印象あれこれ、そういうかんじでまぁ過ごしたいものだし、まぁそういうものがけっきょく、たとえばこの30年ばかりのなかで得られたわずかな快いことなのであれば、まぁあとはできるだけのんびりとそういった快いものがまたいつかひょっこり得られるのを待つばかりだ。


 


5月31日。そういうわけで月末。このところなにをしていたか。 / 買い物。

ここ数日むやみに暑くて真夏日だのなんだの言っていたけれどまだ5月。まぁ、もうすぐ月末である。このところなにをしていたのかというと、まぁおおまかにいうと4月から5回シリーズで行っていた公開講座@阿倍野がようやくぶじ終わった。自分は公開講座の委員ということでコーディネーター役としてかかわったのだけれど、5回とも盛況で、反応もいいかんじに見えたしまずは成功だった。よかったよかった。なんだかんだで毎週、顔を出して前説をやり(これは下手だった)、あとは先生方の講義を聞いていたので、なにげに勉強になったし、毎週、大阪に通うというのもおもしろかった。第2回には、帰りに途中下車して四天王寺の境内で古本まつりをやってたのを覗いたりとか。放置しておけば週末などは牡蠣的生活と相成るところを大いに活動し大いに生涯学習できたのだからよしとすべしである。

さて、時系列でいえば月の初めはゴールデンウィーク後半というのがあって、なんとか帰省。例によってすっかり安心して食っちゃ寝ーの日々を送り、毎晩乾杯、春らしいところでたけのこ、ぜんまい、おさしみといえばしめさばに鯛のカルパッチョ、あれやこれや、ああ、この調子であと2,30連休ぐらいあるといいんだけどな、と思ってもそこはまぁしかたなく、まぁひととおり英気を養ったということで阿鼻叫喚の巷へと舞い戻る。

赤い自転車に乗って学生さんたちの後を走っている。どうしたことか、と時系列を遡ると4月末、連休中の授業日の昼休み、大学最寄のホームセンターに自分が出現している。1万なにがしで折りたたみ自転車を購う。どうしたものかというと、今年度から授業で学生さんと市内の小学校の子ども教室にうかがうことになり、自転車で通うのが適当であろうということになったわけである。着任して20年以上、自転車というものを買わなかったのが、あっさり購入という次第。それでしかし、毎日の通学に使うつもりはなくて、その授業のときだけ乗ろうということでそれ以外は折りたたんで研究室に置いておく積りである。なるほど折りたたみ自転車というのはそれなりに研究室の隅に置いておいてもなんとか収まる。しかしいかんせん、自転車というと下宿で使ってる、大学時代以来30年以上乗り続けてるやつで慣れきってしまっているので、いきなり形の違う自転車というのはぐらぐらして乗りにくいものであるね。サドルの高さなど調整して、なんとか乗れるようにして、それでいよいよ実戦投入、小学校へ、ということで冒頭の場面である。まぁ学生さんたちも気を使ってゆっくり走ってくれてたし、なんとかいけた。まぁ、次回以降は、道順もわかっているので各自で行くことになるからまぁ、ちょっと余裕をもって大学を出るべしである。

そう、買い物、消費、である。消費によって精神を賦活すべし。真っ赤な折りたたみ自転車など押していると、たしかに、職場の先生から「お、すごいですね」など声をかけてもらうことも幾度かあった。顕示的消費とはこのことを言うのか。あるいはまぁたしかに自転車はちょっと職場生活を改善するかもしれない。同様にまた、まぁこれも必要に迫られてではあるけれど、個人研究室のデスクトップPCも買い替えることにした。これもまあ10年以上使っているわけで、すっかり動作が遅くなってしまったし、まぁちょうどWin7のサポートが終了するのを見越した買い替え時期にもなってくるということで。まぁ、これはしかしWin10にはなるけれど特に何か変わったものを導入するというわけでもないので、どこまで精神賦活能があるかどうかというとよくわからないけれど(というか今この瞬間に気づいたけれど、プリンタやスキャナのドライバが対応しなくて使えなくなるという可能性があるか…それは困るな)。

そしてこれはまたいささか唐突であるけれど、ハンモックを買った。ハンモック? いささか唐突、そしていささか顕示的消費である。いやまぁ、下宿で独りでゆらゆらしていようというだけなのだけれど。事の起こりはというとつまり、少し前に首をやって − もう治ったけれど − 腹ばいで寝ころがって読書ということがいささかやりにくくなってきた。そこで、のんびりリラックスして本を読むには…ということで、ちょっと「ハンモック 読書」みたいなかんじで調べてみたところ、わらわらと出てきて、しかも思いのほか安価であるということで、まぁさすがにしばらくはまさか本当に買うとは思っていなかったけれどここ数日の時ならぬ猛暑で(5月というのに真夏日、とか)、勢いで注文してしまったわけである。7000えんぐらい。翌日には届いた。自立式の、折りたたみのハンモック。頑丈そうな金属のフレームをばたんばたんと広げて、そこに網みたいなのをフックで引っ掛けてものの1分でできあがります、というしろもの。寝てみたら、なるほどハンモックというのはこういうものかというかんじ。リラックスしているでしょうと言われたらそうかなとも思うし、存外窮屈なもんですねと言われればそれもそうかなとも思う。リラックスということだけでいえば、畳の部屋で大の字に寝ころがるのがうむをいわさずいちばんリラックスすると再認識するがそういうもんだいでもない。それでは肝心の読書はのんびりできるのか − ということを検証する前に、まぁありていにいうともうちょっと飽きたというか、ハンモックなのだからとむきになってゆらゆら揺らしているうちにちょっと酔ったというか、とりあえず雰囲気がわかったということで早々に折りたたんでキャリングバッグに入れて片付けて、あらためて畳の上で大の字になったら非常にリラックスした。

そんなこんなの日々があっというまに過ぎる。そうだな、あと成果というと、つんどく状態だったウディ・アレンをまとめて見たことか。これはゴールデンウィーク前半から、帰省を挟んで5月の半ばぐらいまで。90年代から2000年代のウディ・アレンは、やはり老け込みはしていたり、あるいはもう自分が出演しなくなったりしていて、しかしあいかわらずの、というよりむしろ飽きもせず同じパターンのラブコメを繰り返していた。それはそれで時代を感じさせなくはない。ちなみに「平成最後の日」には『映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』を再見してたけど、Twitterを覗いたら同じことをやってる人はいっぱいいたものである。これもこれで時代というものであろう。なにはともあれそのようにして、ぶじに新元号にも飽き、なにかやはりどこかうわついていたような5月も過ぎていったという次第である。

 

 


6月30日。このところなにをしていたのか。6月は通常営業の月。

気がつけば − といつも言っているみたいだ − 6月も月末。このところなにをしていたのか。例によってつまり日々をただ過ごしていたわけだがとりわけ6月というのは祝日もなくさしたる行事もなく淡々と春学期の授業が進んでいく通常営業の月である。今年度の時間割は春学期に軽く秋学期に重くなってるのはわかっていたが、通常営業の6月に、なるほどこういうペースか、と感じ入った。ともあれこれを粛々と消化し − たのだろう、気がつけば − 春学期の終わりも見えてきそうな昨今である。